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最近又良く話題になるいじめ。
昔からいじめはあるけど、教育委員会や学校、校長も悪いかもしんないけど。
いじめてんのは学校等に文句言ってる親達の子供だからね。
完全に大人をなめてる子供。こういうふうに育てた親の責任はどこへやら・・
ただ、あの女の子の「私が死んだら〜」の文を遺書じゃないって言っていた
ギョロ目のおっさんはゆるせんな
どうでしょか??
[スレ作成日時]2006-10-18 12:21:00
最近又良く話題になるいじめ。
昔からいじめはあるけど、教育委員会や学校、校長も悪いかもしんないけど。
いじめてんのは学校等に文句言ってる親達の子供だからね。
完全に大人をなめてる子供。こういうふうに育てた親の責任はどこへやら・・
ただ、あの女の子の「私が死んだら〜」の文を遺書じゃないって言っていた
ギョロ目のおっさんはゆるせんな
どうでしょか??
[スレ作成日時]2006-10-18 12:21:00
学歴がある人間が生き残るのは当然。
弱肉強食と人間がゆがんでるのは違うからね。
野蛮人ともちがうわな。
>学歴がある人間が生き残るのは当然。
当然?
学歴はお飾りにしかならんよ。
521さんはきっとこの前深夜番組に出ていた「高学歴で・・・・・・無職でどうてい」とのたまっていた
学歴しか誇るものがない人と同じ人種なのかな。
いじめが恥ずかしい事だって言う価値観が定着すればある程度抑止できるんだろうな。
だって、教室なんていう場所で用を足す小学生なんていないでしょ。
人前で裸になる子だって。
それは恥ずかしい事だという価値観が定着してるからでしょ。
ま、そんな簡単なことじゃないんだろうけどね、価値が定着するまでは。
どんどん話がズレていくなぁ・・・。
イジメ苦なんて所詮他人事、って事なんだろうか。
真剣に考えていると思われる書き込みが、あまりにも少ない。
いじめっ子に社会奉仕という話。
社会奉仕って何?掃除とか?と最初思ったけど障害児(それも重度)の施設などでのお手伝いや
子供達の相手をするとかいうのはいいかも。
少なくとも外見や、皆と異なるということでいじめなんかしなくなるのではと思う。
>>523
>いじめが恥ずかしい事だって言う価値観が定着すればある程度抑止できるんだろうな。
そうですね。教師や親、大人が一貫していじめは卑しい行為であることを伝えることで、
少なくとも圧倒的多数の傍観者が積極的傍観者にならずに済むのかなぁと思います。
10年前大河内君のいじめ自殺をきっかけに、
全国の学校でいじめが多く存在していることを確認できました。
でも年毎にいじめは減少していきます。
それはいじめがなくなったのではなく、カウントされなくなったからです。
話題になって国民の関心を引く間にはそれなりに対応して
喉もと過ぎれば〜でいじめ問題を放置してきました。
現場にしてみれば、やっかいな問題を公にして
仕事を増やしたくないという思いもあるのではないでしょうか。
今回はどうでしょうか。
いじめ撲滅…真剣に徹底して取り組めば、かなり効果はあげられると思います。
ですが、いじめる行為は家庭でいじめられている子の膿です。
それが悪い、卑しいと認識したところでなくならないでしょう。
傷を癒してやる、家庭に変わる場所(人)が必要だと思います。
大河内君がニュースになった時、
中学の担任の先生が泣きながら、「いじめはやめましょう」
って言ってくれたけど、何も変わらなかった。
いじめてる側は、いくらニュースでいじめで自殺した子が取り上げられても、
しょせんは他人事だから、何も心に響かないんだと思う。
いじめられた子のニュースは心に響かなくても、いじめっ子を撲滅しようという大々的なニュースy世論にはおののくかもよ?
>傷を癒してやる、家庭に変わる場所(人)が必要だと思います。
いや家庭(母親)以外ありえないでしょう、他人(学校)任せは危ないです。
>>526
>>ですが、いじめる行為は家庭でいじめられている子の膿です。
なぜ、そう言い切れるのですか?
親に愛情を注がれて育った「普通の子供」がイジメに参加している
ケースって、私は絶対に(しかも相当数)在ると思うのです。
家に帰れば優しい両親やきょうだいがいて、経済的にも精神的にも
不自由の無い子供たちが、孤立を恐れ仲間に迎合するため、あるいは
単に「面白いから」という理由でイジメに参加している、という話を
私はかつて何度も聞いた事があります。
己の欲求にまかせて、弱い者から力ずくで権利を奪おうとしてしまう。
・・・それは社会のルールを知らず、相手の気持ちを思いやる事に対し
未成熟な子供であれば、ある意味「普通に」犯してしまう過ちなんじゃ
ないでしょうか?
だからこそ、大人は毅然と対処するべきだと私は思うのです。
貴女が仰る事も、イジメという現象の背景のひとつだとは思います。
しかし、それが全てではない。
個々の事象において、関係者の事情を考慮するのは大切な事ですが
「イジメという行為自体は無条件で否定する」という姿勢は
いかなる事象においても絶対に緩めてはならないと思います。
幼さゆえの過ちは厳しく罰するべきである、という基本的な事を
貴女のコメントを読んでいると、私はどうしても見失ってしまいます。
>家に帰れば優しい両親やきょうだいがいて、経済的にも精神的にも
>不自由の無い子供たち
傍から見ればそうでも、いじめ側に回ってしまう子の家庭は両親の不仲や兄弟と比較されてたり親の期待を背負ってたりってこともあるんじゃないかな。
だから
>孤立を恐れ仲間に迎合するため、あるいは
>単に「面白いから」という理由でイジメに参加している
じゃないかな?
ただこういう一見普通に見える家庭でも子供がストレスを感じているケースは
非常に多いと思います。
だから一部の子にだけ制裁を与えるのではなく、全体責任として問題に対処しないと
いたちごっこみたいになると思うんですけど、どうでしょう?
>>一部の子にだけ制裁を与えるのではなく、全体責任として問題に対処しないと
>>いたちごっこみたいになると思うんですけど
例えば何人かの子供たちが、ひとりの子供をいじめたとします。
イジメに参加している理由はそれぞれバラバラ。
それこそ、家庭内の問題が反映されている子もいれば
単なる自己保身のために加わっている子もいるかもしれない。
一方、クラスの中にはイジメをこころよく思っていない子供も少なからずいて
止めた方が良いと思っていても言い出せない子、あるいは
止めろと言っても聞き届けられなかったり、言ってはみたものの
体を張って主張するほどの意識はなかったり、その姿勢もバラバラ。
そして、(よく言われている事であり、その内容にも様々な問題があるものの)
いじめられた子供も「原因」を孕んでいる場合だってある筈。
個人のケンカの延長線上にあるイジメだって、事例としては少なくないと思う。
・・・これはひとつの例として挙げた設定ではありますが
誰しも長所や欠点があり、好き嫌い、ウマが合う・合わないがある中で
「イジメの原因」を一元化すること自体が、まず不可能じゃないでしょうか。
したがって、それに対応し得るルール作りも事実上不可能じゃないかと。
そういった現実がある以上、「全体責任として対処する」という表現には
失礼ながら、何ひとつ具体性が見出せません。
ある学校内の人間関係において、関係者全体の事情を包括するような
ルール作りなど、出来る筈がない。
ましてや、世の中すべての「いじめ問題」をカバーする事など・・。
出来ると言うのであれば、それこそ大至急取り組むべきです。
何度も言うようですが、すべての事象に共通して言える唯一の事実は
「いじめは卑しく醜い行為だ」 という事です。
確かに何度「抑止」を繰り返しても、イジメ根絶は不可能でしょう。
しかし、問題を無理やり共通化し、具体性の無いルールでひと括りにして
しまおうという姿勢がイジメを潜在化させ、イジメ行為が本来持つ罪を
ぼやけさせてしまっているような気がしてなりません。
いたちごっこで結構。
我が子が子供でいる時間は、過ぎてしまえばアッという間だと聞きました。
そのわずかな期間、彼ら個人を取り巻く環境に目を配り、どうしても自力では
対処できない問題がある時には、親として排除してやるべきです。
現代では、それすらも出来ていない事例が増えているという事だと思います。
社会のルールが行き届いていないとか、そんな事ではない。
もっともっと手前の段階で躓いてしまっている大人が多いのではないかと。
最近の犯罪を見てると罪の意識が欠如していると思う。
イジメについては 自分の行為がイジメだという認識そのものが
欠如している場合が多いように感じる。
一度被害者になると何でもないことにも過剰反応する場合があるのも、
その傾向を持つ人がどんどん増えてるような気もするし・・・。
子供に(年齢にもよるけど)罪の意識を理解させるのは難しいと思う。
つまり「他者(人間以外も)を傷つけてはいけない」と
教えるしか無いんだろうけど これって家庭での躾の基本ですよね?!
本当は「相手が傷つく可能性のあることはやってはいけない」と言いたいけど
そうすると他者に対して何も働きかけることも話しかけることもできない子に
なりかねないのを経験から知ってるので言えない・・・。
罪の意識があっても「いじめられる側にはなりたくない」から
見て見ぬふりしたりイジメに加わる子もいるし、少数だろうけど
いじめられた経験があるからこそ「いじめられる側になる前に
いじめる側になってしまえばいじめられないはず」と考える子も
いると思うけど、こういう子に勇気を持たせる具体的な方法なんて
私もわからないし 今時の親も教師も知らないんだろうと思う。
親も子供も教師も他人の心について考える心の余裕を無くしてるし
他人の傷や感動に共感することも無くなってると感じる。
行政の力を使ってでも まずは親・子供・教師がお互いについて
一緒に語り合って考えるための十分な時間を作るべきなのかも。
コミュニケーションが下手なうえに不十分なのは確かだと思うから。
特に子供には、言いたいことを全部吐き出させるだけでも
ストレスや鬱憤が晴れて他人にぶつけることが減るのでは?!
いじめを放置した責任は大人だけではなく、
周りにいた子供達にも大いにあるということを分からせたい。
例えば、いじめが発覚したクラスには全員で
「いじめについてもう一度話合う時間」を設け
全体責任として奉仕活動などをやらせるというのはどうでしょう?
(いじめの主犯にはこれ以上のことが必要)
自分のクラス(学校)からいじめを出さないという
子供達の意識があると、もしいじめがあっても
いじめられた子に重大なダメージを与えてしまう前に防げるかなと思うのですが。
いじめた子だけに罪が与えられては
他の子は所詮人事で済んでしまうのでは?
いじめられる子は悪くないけど
優しすぎたり、正義感が強すぎたり、頑固だったり
ターゲットになりやすい性質があることは事実だと思います。
だからといっていじめてはいけない。
人間には平等に人権があって何が何でもその人権は尊重しなくては
いけないんだということを子供たちに分かってほしい。
家庭での躾が出来る家庭は最大の努力をする。
残念ながら出来ない家庭もあるでしょう。
>イジメについては 自分の行為がイジメだという認識そのものが
>欠如している場合が多いように感じる
欠如というよりとらえ方の違いの気がするな。
例えば昔、TVで熱いおでんを食わせるのあったじゃない。
あれ見てるほうは面白いよね。
逃げれば逃げるほど面白かったじゃない。
でも芸人だから笑えるのであって、普通の人がやられていればいじめだよね。
それと同じで、やっているほうは遊び(笑い)の延長ででやっているだけ、
それがエスカレートしていくって言うのが結構いるんじゃないかな。
だからそれほど罪の意識ってないと思うよ。
さっきのおでんの話だけど、相手を傷つけている(やけど)のに
笑いがあるから傷つけているって事を認識して無い。
傷つけることより、面白い(笑い)の方が大きいから。
そこを傷つけているってわからせる事が必要であって、
ただ罰則じゃあ減らないどころか、
反感かって隠れて陰湿になっていく気がするな。
自分の言動が相手を傷つけていることに気づかない
・・・自分自身で様々な痛みを経験してないのと想像力が無いから?!
過保護・過干渉・放任等 家庭での教育の結果なんでしょうね。
ただ、相手が傷ついてるのを見て喜ぶ とか
自分の言動への反応を実感したくて相手が傷つく言動をする
というのも結構多いのではないかと思うんですが・・・。
(後者は寂しさからくるもので、呼び出されて親が来るか確認したいとか
怒られてる間は親は自分のことを考えてるから と言ってわざわざ
バレるような万引きしたりするのと同じ思考パターンという意味です)
>傷つけることより、面白い(笑い)の方が大きい
正直言って覚えがある。
人をからかうのって面白い。
相手がのってくればもっと楽しい。
相手が嫌がればしらける。
相手が怒ったり泣いたりしたら
「なんでコレくらいのことで?シャレの通じないつまらない奴」
って嫌いになる。
でもそれ見ていた子に真剣な顔で
「嫌がってるじゃん。やめなよ」
って言われたとき、ハットして
自分がやってることがすごく恥ずかしくなったのを覚えてる。
>>534
>>いじめを放置した責任は大人だけではなく、
>>周りにいた子供達にも大いにあるということを分からせたい。
>>
>>いじめた子だけに罪が与えられては
>>他の子は所詮人事で済んでしまうのでは?
問題を(クラスで)共有し、一緒に考えるというのは大事な事だと思います。
ただしそれこそ、大人から指導されて始めて考えれば良い事でも無ければ
問題が発生した時だけ考えれば良い、という事でも無い筈。
そこを踏まえた上でなければ、「反省」も形骸化してしまいそうです。
それに、「イジメを放置した罪」を問うがために、全体責任と称して
直接手を出さなかった者にまで罰を分担させる事には賛成できません。
それが適切と言えるケースも在るのかも知れませんが
慎重になるべきだ、という意味です。
いじめられた者にとってはやはりプレッシャーとなってしまうでしょうし
加担しなかった者にとっては、やはり「不当な措置」となってしまいかねない。
そもそも「いじめ放置」に対する責任を、子供たちに問うべきなのでしょうか?
良くない事だ、やめさせなきゃと思っていながら、実行に移すだけの勇気を
持てない、といった子供は相当数いると考えるのが普通だと思う。
彼らがほんの少し勇気を出せば救われる子供がいる、という事実は
私自身も実体験として解っているつもりです。
だからこそ、(罰の重さに差をつけるとはいえ)彼らと「首謀者」とを
同じカテゴリーで扱ってはいけないと思うのです。
彼らをも罰するという発想は、イジメに抗えなかった「いじめられっ子の弱さ」を
責める発想とまったく同質のものではないかと。
経験者として敢えて言いたい。
今後も加担しないでいてくれるのであれば「他人事」でも全然構わないんです。
手を出してくる者とそうでない者との間には、歴然たる差がある。
なのに、皆が同様にペナルティを課せられてしまうのでは
いじめられた子供はますます追い込まれてしまう。
>>535
>>欠如というよりとらえ方の違いの気がするな。
実態としては、その通りなんでしょうね。
いじめている方は罪の意識がなく、相手の苦しみを知らない。
「捉え方の違い」を修正するのは、言うほど簡単な事ではないのかも知れません。
本能的に「面白い」と感じる事を制御しようとしても、そううまくはいかない。
相手が未成熟な子供であれば尚更です。
そういう認識の違いがあるのだとすれば、まず大人がすべき事は
いじめている側が「捉え方の違い」という言葉を利用し
過ちを正当化しようとする事を決して赦さないことだと思います。
>今後も加担しないでいてくれるのであれば「他人事」でも全然構わないんです。
>手を出してくる者とそうでない者との間には、歴然たる差がある。
>なのに、皆が同様にペナルティを課せられてしまうのでは
>いじめられた子供はますます追い込まれてしまう。
そんな風にいじめらてる子が思っているとは想像もつきませんでした。
親切の押し売りととられてしまうのですね?
確かに「お前(いじめた子)のせいで自分たちまで罰を与えられた」
と思うと同時に「お前(いじめられた子)のせいで・・・」となる危険性もありますね。
う〜ん。
>>親切の押し売りととられてしまうのですね?
連帯責任で罰せられる子供には、少なくとも「親切で」などという思いは
無いと思います。
評価・賞罰というものは、自分の行動に照らし合わせて納得のいくもので
なければ、誰だって受け入れらない筈。そこは子供も同じでしょう。
私の意見が「いじめられっ子」の総意であるとまでは言いませんが
クラスの中には友達と呼べる仲間がいる以上、自分の事で
叱られたり罰せられたりする事には心を痛める筈。
そう思って意見させていただいたまでです。
言いにくいのですが・・・今時のいじめっ子のほとんどに
「自分のせいで」という考えは無く
「あいつ(他人)のせいで」という考えのみのような・・・。
「自分のせいで」と考えるのはいじめられっ子では?!
(そしていじられっ子は自分で自分を追いつめることに・・・)
>自分の事で叱られたり罰せられたりする事には心を痛める筈。
>「自分のせいで」と考えるのはいじめられっ子
何で?
本当にいじめられっ子ってこんないい奴ばかりなの?
これでは悲劇のヒロインぶってるって言われちゃうよ。
もっと人に頼ったり、甘えたり、時には他人のせいにしちゃって
自分の気持ちを楽にしたりすることは出来ないの?
つーか、541が誰に対するどういう主旨の意見なのかが分からん。
意味不明。
541は連帯責任をとらせても子供たちに罪の意識は無いよって
ことがいいたいんじゃない?
逆にいじめられっ子は自分のせいで皆に申し訳ないって
自分を追い詰めるから534のやり方は反対ってことではないかなぁ?
>自分自身で様々な痛みを経験してない
これ本当にその通りだね。
経験無いから痛みがわからない。
これは自分の考えだけど、
人の痛みって、子供の頃物語で経験したんじゃないかと思うのだけど。
名作劇場見て悲しんだり、笑ったりしたよね。
今みたいにゲーム無いから、本とかも一杯よんだじゃない。
そういうのですら、今の子は経験が無いような気がする。
ゲ〜ムが悪いとは言わないけれど、
活字離れによる読書率の低下、TVのバラエティ化による笑い。
こういうのも要因のひとつにはいるんじゃないかな。
>545
>それはそれでやってる方も浮かばれんですなぁ
君、535さんが言ってる意味わかってないんじゃない?
罪の意識が無い者に罰を与えたところで、かえって逆効果に
なりかねない、って話をしてるんだよ。
>人の痛みって、子供の頃物語で経験したんじゃないかと思うのだけど
疑似体験だね。
でもこれもとても大事なことなんだけど
また同じ話の繰り返しになっちゃうよ。
今はもっと具体的で一時的でも即効性のある対策案が
求められているんじゃないかな。
今日子供が学校から「文部科学大臣からのお願い」って紙もらってきたよ。
こども宛と************者宛があった。
校長からは「子供がいじめられたと感じたとき、それをいじめとして受け止める。
(中略)事実を隠したり曲げたりするようなことは、絶対にしません」
先月のいじめ報告は○件で解決済みが○件、解決済みだか継続観察が○件、解決策強化が○件
と具体的な数字が挙げられてました。出来ればせめて学年別が知りたかった。
今後の目標は早期発見、早期指導だそうです。
どうも見てて違和感があって仕方ないんですが。
なぜ、学校や社会、テレビなんかの影響など「他人」対しての責任論と罰則の話は
やたらと上がってくるのに、親の責任や躾けの話はほとんど一部の方しか指摘しないんでしょうか。
結局ここに書き込んでいる人もいじめは他人事、誰かが対処してくれという考えのような気がします。
いじめの現場は学校でも、いじめる側の問題やいじめられる側のすぐ自殺してしまう問題なんかは
学校が対処できる話ではないと思います。
親のしつけや教育が偏っているせいでいじめる側もいじめられる側も子供が不幸になっているんじゃないでしょうか。
点数や何処の学校に入ったかばかりで評価しそれだけで他人と比べる。
そんな偏った教育と学歴ばかり、点数ばかりを評価する大人たち(自分も含めて)が今の現状をつくり更に悪化させているんではないでしょうか。
大人たちが他人に責任を押し付けあっている限り、絶対に状況はよくならないと思います。
自分の子は自分が責任を持って躾ますよ。
でも他人の子を躾けるのは難しいっていうか無理。(経験上)
だから学校を頼ってしまうんだけど・・・。
いや、最近は点数や学歴を不当に評価しない、逆の意味で偏っていると感じます。
おもしろおかしい、要領のいい子ばかりが、集団の中では人気を集める。
どんなにマジメにコツコツ勉強するタイプの子でも、運動神経が鈍ければそれだけでいじめられる。
子どもを育てる資格のない非常識な親が増えたのもいじめ増加の主原因です。
>非常識な親
もそうだけど、大人になりきれてない親も多いような気がするが。
ピーターパンシンドローム?
大人になりきれない親って多いでしょ。
精神的に幼いから非常識何でしょ
常識知らず、自己本位、そんなのが人の親になっている。
小学生から髪染めたりパーマかけたこっているじゃない。
それを違和感覚えず個人の自由なんてのたまわっている親がいる。
本当に子を持つ資格の無い親って多いね。
罪の意識が無いものに自分のしたことが罪であるとわからせるためにも罰則ってあるのではないかなあ。
悪いことしないのに、なんで自分が罰を与えられると思うのだろう?
罰を与えられるということはすなわち悪いことをしたから。
十分罪を犯したことを悔いている人間になら罰そのものを与える意味って本当は大してないと思う。
個人的には罪の意識がないものにほど罰は効果が大きいと思うから、皆の意見はなかなか興味深かった。
>親の責任や躾けの話はほとんど一部の方しか指摘しないんでしょうか。
>結局ここに書き込んでいる人もいじめは他人事、誰かが対処してくれという考えのような気がしま>す
上にもあるけど、ここに書き込んでいる人は自分達の子供は当然いじめしないように、またいじめられても自殺なんかしないように躾けるつもりなんでしょう。
だから事実として「他人事のいじめ」をどう対処するかという難しい話になってしまうのではないの? わかるかな・・・。
親の責任を言う人は誰の親のことを言っているんだろう。
いじめっ子の親に責任もってなんて言ってすむなら話は簡単。
実際はそうならないから難しいんでしょ。
躾も同じ。
子どもを産むの、許可制にすればいいのに。
でも実際は、**な親って若い頃の出来ちゃった婚が多いしねぇ。
「子育てを見直そう」
「いじめ撲滅」
「家庭教育」
なんて講演会があっても本当に必要な親は聞きに来ないよね。
どこの家庭でも同じようにきちんと躾をするべきだと訴えても
無理な話。(訴えていく必要はあるが・・・)
学校なら皆に同じ躾ができるでしょ?
だから学校を頼らざるを得ないのよ。
やっぱり今後罰は必要なのではないですか?
保護者にも責任を負わせるのがよいと思う。
福岡の小学6年生・・胴上げで落とされて脳挫傷で入院中。
頭から落下したそうですが打ち所によっては死んでいたかも。
それまでも遊びの中でもその子だけ突き飛ばされたりしていたらしい。
これが道路であったり電車のホームであったらと思うとゾッとする。
これっていじめと一言で片付けるようなことでしょうか。
殺人だね。恐いね。
どうしてそこまでエスカレートしちゃったんだろうね。
実際いじめてる時って相手が「死んでもいい」って思ってるんだよね。
自分を見失ってるっていうか。
キレ易い子と同じかな。
後で後悔してももう遅い。
>************者にも責任を負わせるのがよいと思う。
賛成!
例えばどんな?
でも報道が全てを語っているわけではないから鵜呑みにしないほうがいいよ。
どっちかというとデフォルメしてる場合が多いのでは。
義家氏に任せておけばいいですよ。
彼の提案らしいね。
出港停止処分
具体的な案でわかりやすい!あの頭でっかちの官僚みたいな連中のなかでの意見、流石だな。
「学校行かなくて良いなんてラッキー」ぐらいにしか思わないような気もする。
>>542
いじめられっ子全員がそうだとは言いませんし、いじめられっ子に
「なんで自分だけが」っていう悲劇のヒロインっぽい部分がある子が
多いのも事実だろうとは思ってますよ?!
>>543
「自分の事で叱られたり罰せられたりすることには心を痛める筈」
という意見に対して、そういう子なら他人の痛みもわかるだろうから
いじめっ子になることはなく むしろ いじめられっ子にそういう
タイプが多いのではないか、だとしたら話し合ったりするのはともかく
罰まで連帯責任にする意味はほとんど無いと思う、と感じただけです。
>>549
ここに真剣にレスしてる人は 自分の事も似ついては真剣に対応しようと
考えている人がほとんどだ思いますよ?! だけど、
学校内の様子は親にはなかなかわからないものだから
学校(教師)にも目と気を配ってもらって何か気づけば教えて欲しいし、
他人の家庭に張り付いて監視や指導するわけにも行かないから
真剣に考えない親に対しては学校から働きかけてもらう必要もある、
ということだと思いますけど?!
>>554
罰を与えられても それを自分が悪いことをしたからだと素直に
反省するどころが逆に 被害者(いじめられっ子)とか罰を与えた教師や
学校を逆恨みする子が増えてるような気がしませんか?!
「学校に恨みがあった」とか言って卒業した学校に放火したりするのって
そういうパターンではないかと思うんですか・・・。
>>566
同感ですね。 というか、出校停止処分中は監視してないと
遊び歩いて逆に周りに迷惑掛けそう・・・。 でもって
そういう子の親は監視なんて考えもしないだろうし、
学生が日中に出歩いてるからと普通の人が注意したら
逆ギレして傷害事件や殺人事件になりかねないかも・・・。
そうなればどっかに送り込めるんでは。
そこまでの性悪ならしかたない処置。
>>568
>>出校停止処分中は監視してないと
極論かも知れないけれど、個人的にはそんな必要ないと思う。
ここで言う「出校停止処分」とは、いわゆる指導・監督といった類の措置ではなく
学生として教育を受ける権利そのものを奪うというもの。
そして、今まで自分を守ってくれていたぬるま湯のような環境から
強制的にドロップアウトさせるという、いわば最もシンプルな「罰」なんだと思う。
・・・それが示す本当の意味、本当の恐ろしさを理解できる者であれば
罰としての効果も十分に期待できる筈。
逆に言えば、そこまでしても効かない者には、もはや「つける薬」は無いのだと思う。
処分中の行動を(学校側が)何処まで把握できるか、にもよる事だけど
ここぞとばかりに遊び歩いたり、二次的な問題を引き起こすようであれば
それこそ学校に居られなくなるという結末もやむなし。
いじめ行為に対するペナルティとして、強制指導はむしろなじまないと思う。
他人の権利を奪う者には自らの権利も保証されないのだという事を
身をもって解らせるべき。
報道の方はどうやら一服ついたようだね、見かけなくなってきたし。
自分の子供時代なんてはるか昔になってしまったから、
今の子供たちの心理にあてはまるかどうかはわからないけど‥‥
自分は気が弱くておとなしい方で、
いじめられても不思議じゃない性質の子供だった気がするんだけど、
なぜかいじめられることはなかった。
と言うか、むしろいじめっ子に好かれていたようなフシがある。
なぜかなあ、とずっと考えていたんだけど、
心の根底に「友達なんか別にいなくてもかまわない」という気持ちがあったから、
誰に対しても泰然とした態度で接することができたからだと思っている。
そんな態度でも、偏屈じゃなければそこそこ友達はできたりするんだよね。
毎日のように友達と遊んでいたけど、自分から誘ったことは一度もなかった。
今のいじめられっ子(またはいじめを黙認してる子供たち)に
一言だけ言うとするなら、
「友達を失うことを恐れるな」
失うことを恐れていると、もっと大事なものを失うことになる。
真の友人を作る機会も、自分の良心も、命さえも。
↑
村上春樹の小説の主人公のようですね。
今の子は昔の子より寂しがりやで甘えん坊だから
「友達を失うことを恐れるな」ってのは無理でしょうね。
そのうえ世間には、一人で昼食食べてたりすると
「あの子は性格か何かに問題があって友達ができないんだろう」
と決めつけて変なレッテル貼る人も多いから・・・。
だから あえて何か言うなら・・・
「悪いことを注意しただけで離れていく子は本当の友達じゃない」
>>576
「♪友達100人できるかな〜」という歌がありますが、
ああいう軽薄で表面的な大人の感性が、子供の「仲間はずれ恐怖症」を生み出している気がしますね。
とっとと廃絶すべきだと思います(笑)
>>574
>>自分は気が弱くておとなしい方で、
>>いじめられても不思議じゃない性質の子供だった気がするんだけど、
いじめられる要因は「気が弱くておとなしい」という事が全てではない。
そこは努々、間違えないように気をつけた方がいいよ。
貴方が既に大人で、いじめに加担することは無いのだとしても
いずれ子を持ち、子供のいる社会に関わる可能性があるのなら
今の考え方はとても危険な誤解だと思う。
実際友達が何人いるかとかいった「結果」はどうであれ
「友達なんかいなくてもかまわない」などという態度では
社会から受け入れられる筈がない。それは子供の社会でも同じこと。
貴方は、自分自身のそういう発想が「泰然とした態度」に繋がって
いると思い込んでいるだけで、実際は周囲にいた仲間たちの
寛大さや思いやりに助けられていただけに過ぎないと思う。
昔の事を振り返るなら、そういう「友人の温情」にこそ思いを至らせる
べきなのであって、クールであったが故に相手の方から近づいてきた
などという分析は、単なる思いあがりだと思う。
友達を失うのは恐ろしい事だよ。
だからこそ、今いじめられている子供たちは悩んでいるんだろうに。
子供であれば尚更だし、大人になったってそこは変わらない筈。
そうやって自分の過去を肯定するのは勝手だが、せめて
自分の子供には誤った事を受け継ぐべきではないと思う。
気が弱くておとなしいだけがいじめられる理由じゃないでしょう。
いじめっ子や親分気取りの子供だとそういう子で子分にしやすいタイプもあるかも。
身近にもいました。いじめられはしないけど、なぜか問題ある子が気に入って悪いことにひきこもうとするんです。
574です。
う〜ん、文章がまずかったせいか、何だか自分勝手な人間に思われてそうですが‥‥(汗)
別にニヒルにふるまってたわけでもなく、もちろん他人に感謝しなかったわけでもないし、
もちろん自分の生き方が万能の解決方法などと言うつもりはありません。
ただ子供たちが「友達を失うことは恐ろしい」と深刻に悩むが故に
心にブレーキをかけている面があるとすればなおさら、
大人が一緒になってそういう価値観の上塗りをしていたら、恐れから絶対に抜け出せないですよ。
むしろそんなことを恐れなくても大丈夫、と肩の力を抜いてあげるべきじゃないのかなあと思います。
自分にはまだ子供がいませんが、子供が出来たとしたら
「自分が『正しい』と思うことをしない状態で、流されるようにつながっている友人なんて
そんなうわべだけの関係は友人でもなんでもないし、たとえそれが孤独を招くとしても
そんな悩みには死ぬほどの価値はない」とは言ってあげたいと思っています。
>>581
>そんな態度でも、偏屈じゃなければそこそこ友達はできたりするんだよね。
>毎日のように友達と遊んでいたけど、自分から誘ったことは一度もなかった。
・・・というくだりが真意で無かったというのなら、581での弁解もいくらか理解できるが
だとしたら本当に文章がマズいよ。言ってる事が574と581では違い過ぎてる。
それに、子供の社会には何も「うわべだけの付き合い」しか無い訳ではないし
逆に、うわべだけの付き合いの中にだって最低限のルールが(本来は)有って然るべき。
学校という枠のなか、仲の良し悪しなんてのは決して不自然な事ではないのであって
虐めってのはそこを超えたとこで起こっている現象でしょ。
一方の権利や言い分を完全無視した、いわばパワハラと言うべき行為。
それに対する意見として、貴方の言葉は
「いじめられたって気にするな。そんなヤツは相手にするな。」としか聞こえない。
それでは何のアドバイスにもなってないのよ。
貴方には理解ある仲間がいたけれど、実際この瞬間苦しんでいる子供達には
それがない。だから問題になってるんだと思うんだが。
友達を傷つけることもあるかもしれないという意味ならわかりますが、
そういう気持ちで親友とつきあえる人というのは、大人しい気の弱い人ではないですよ。
気の弱い人というのは他人に流されるような人です。
574です。なんかますます泥沼にはまってきたようですが(汗)
えーと、そもそもこんな考えに至ったのは、もし将来自分に子供ができたとき、
「子供をいじめっ子にしない育て方」というのはなんとなく想像できるんですが、
「子供がいじめられっ子にならない育て方」は恥ずかしながらどうも思いつかないんですね。
何せいじめっ子もその親も、正論で戦っておさまる相手だとは期待できないし。
それにいじめられっ子は、親にその事実を知られることも非常に苦痛でしょうから
親が気づいたときは後の祭り、という可能性もあるわけで。
短絡的に思いつくのは、体を鍛えるか人付き合いをしないか、いじめっ子に媚を売るか(笑)くらいしかない。
じゃあそのどれでもなかった自分はどうしていじめられなかったのか?
周囲の温情に恵まれたのは事実なんでしょうが、それに感謝しておしまい、にしてしまうと
現代、日に日に死んでいく子供たちを「あの子たちは周囲に恵まれなかった、運が悪かった」と
片付けてしまうのと同じではないのか? そんな同情や、最近話題の制度が何の解決になるのか?
子供が自らの意思やふるまいで出来うることはないのか?
単なる理想論でない実際的なアドバイスとしては何があるのか?という疑問の中でたどり着いたひとつの例です。
もちろん異論は大いにあると思います。
まあこういう妙な考えでも結果的にうまくやってきた人間もいるんだよ、としか今は言えませんが。
まあ、気が弱くて大人しいと自分で思っていただけで、そうじゃなかったんでしょう。
誰でもかれでもいじめられっ子になるわけでもないですからね。
いじめられる子って、優しい子が多い気がする。
優しいというより気が弱いかと思う。
気が弱いのと優しいは表面上は似ている時もあるけど、中身は全くの別ものです。
いじめられっ子にはいじめられる原因がある。
だからいじめていいというワケではないが、
まだ今はいじめに遭っていない子に対しての考え方
(いじめの対象にならない為)には
574さんのアドバイスでいいと思う。
自分だって子供が友達がいじめに遭ってると相談されたら
まずは様子を見て「気にするな」「相手にするな」と言いますよ。
それでもしつこいようなら、どうしたらいいかまた相談に乗るから
必ず言うようにと促すよ。
親なら子供の様子、顔色を見ればどれ程深刻なのか分かる。
それが分からないような親は失格だ。
まずは本人がいじめに負けないことを
信じてやりたい。
いじめられたり仲間外れにされたりするぐらいだったら
一人で本でも読んでクールに演じてる方がいいと
子供が思うなら同感するよ。
いじめられる子は可哀想だけど容姿が人と違う、
人一倍自己主張が強い、嫌われやすい性格だというのが現実だ。
もう一度言っておく、だからといっていじめを肯定してるのではない。
>人一倍自己主張が強い
これはどうかな。そういうタイプもいるだろうけど、自己主張を何もできないいじめられっ子というほうが多そうだけど。
だからいじめに負けてしまうことも多いんだろうと思う。
自己主張の強い、嫌われやすい性格の子供ならいじめられっ子になっても大丈夫でしょ。
>>もう一度言っておく、だからといっていじめを肯定してるのではない。
であれば、その紋きり型の分類は何の為なんだ?と問いたい。
容姿・自己主張・性格、どれも人として「差」があるのは当然だ。
きらわれやすい、という現実が仮にあるのだとしても
それはいじめという行為に直結して良いものではない。
実際には、そこが「 直 結 し て し ま っ て い る こ と」にこそ
問題があるんだろうに。
「可哀想だけど」などという軽薄な枕詞で赦されるものではない。
それは結局「いじめられても仕方ない」と言っているようなもんじゃないか。
原因なんぞを追究して何になる?
ならば俺は敢えて言わせていただこう。
「原因があるからいじめられる」という考え方こそが害なんだとね。
>親なら子供の様子、顔色を見ればどれ程深刻なのか分かる。
>それが分からないような親は失格だ。
もう一回言う。
いじめを苦に自殺した大河内君はその前日
壊れた自転車を親に問われ、
「大丈夫だよ!」と満面の笑みで応えた。
親は我が子の生きる力を信じた。
まさか自分で命を絶つところまで追い込まれていたなんて
夢にも思わなかっただろう。
>まずは様子を見て「気にするな」「相手にするな」と言いますよ。
親に話す時点で既に深刻だと思います。
話してくれたことを褒めてやり、
事実関係をよく聞いて、学校なり、
当事者の保護者なり連絡を取り合って
いじめの芽を摘んでしまう方向に行動すべきだと思います。
貴方がおっしゃるように
容姿がちがっても、勉強できてもできなくとも
やることが早くとも遅くともいじめていい理由にはなりません。
いじめる子もいじめられる子も傍観者も
いじめは卑しいことだと学ばせることが教育だと思います。
>「原因があるからいじめられる」という考え方
考え方ではない現実だ。
この現実を大人がどう変えていくかが問題だ。
>まさか自分で命を絶つところまで追い込まれていたなんて
>夢にも思わなかっただろう。
大河内くんの親はあの時どうして気づいてやれなかったのか自責の念から
たち直ることはおそらく一生無理なんじゃないかな。
もし自分だったらそうだ。
周りから「気づかなくても仕方なかったんだよ」と言われても何の慰めにもならない。
自分の子が死んで仕方ないなんて思えるわけがない。
>いじめていい理由
こんなものは存在してはいけない。
でもいじめられる理由は現実にいじめがある限りある。
だからいじめられる理由(要素)がある子には
いじめられないで済む方法を教えてやる必要がある。
でも外見や出来ないこと、生まれつき持っているものなどでいじめられる子はどうするの?
そういう子をいじめる情けないいじめっ子っていつの時代も何処でもやっぱりいるでしょ?
いじめてはいけないという事を教えないとね。592さんはいじめられる子のことしか書かないけれどいじめそのものがいけない事だと教える必要性はもっとあるとは思わないのかな?
>「原因があるからいじめられる」という考え方
>考え方ではない現実だ。
>この現実を大人がどう変えていくかが問題だ。
そんなの変えられないよ。
>だからいじめられる理由(要素)がある子には
>いじめられないで済む方法を教えてやる必要がある。
どんな風に?
いじめられてる子に、ここを直そうと言えば
自分に非があると思うでしょう。
そうでなくともいじめられるのは自分のせい?!と思うものです。
親が教師が心身ともにズタズタになった子どもをさらに追い詰めてどうする?
万が一いじめられる要素を取り除いて
その子がいじめられなくなったとしても
また他の子がターゲットになるでしょう。
いじめは卑劣な行為であることの認識を
共有することこそいじめ撲滅のための第一歩でしょう。
とりあえずまた出港停止処分が議論されてるね。
おそらく再生会議内でも義家君が頑張ってるんだろうね。
ワタミの社長は現場わかってないのによく発言する一方で
義家君は現場の人間なのでやはり説得力がある。
義家君はほめられた人ではないが、この問題には一番真剣にやっておる。
皆が応援していけば間違いない。
大河内君のお父さんは息子さんが亡くなってから
その時の息子さんの気持ちに寄り添うことをはじめました。
事実関係をつぶさに探る中で、息子さんの、友人達の
気持ちを手繰り寄せては、状況を理解していきました。
でももう息子さんは帰ってきません。
そうしたことは生きている間にすべきでした。
話してくれなくとも、分ってやるアンテナを張るべきでした。
大河内君のお父さんは
大河内君のようにいじめで悩んでいる子ども達の話を聞いてやって
自殺しようとする子ども達のいくつもの命をを救っています。
それでも592さんのおっしゃるように自責の念は拭い去ることはできないでしょう。
私たちは大河内君のお父さんから、自殺で逝ってしまった親御さん達から
学ぶことは沢山あると思います。
自分の子どもが逝ってから、何を学んでももう遅いのです。
>自分の子どもが逝ってから、何を学んでももう遅いのです
そうだ。
いじめれる前に親に出来ることはある。
自分の子のここが人から反感を買うだろうとか
ここがいじめの対象になるかも知れないなってことは
世間知らずの親でなければだいたい予想がつく。
自己主張の強い子には「そんな態度だと友達に嫌われるよ」と教えてやる。
容姿にコンプレックスを持ってるなら
その個性を生かして人気物になった奴もいる話をしてやる。
気の弱い奴なら逃げる方法を教えてやる。
いじめてはいけないことを教えるのは当たり前だ。
その当たり前のことが出来ないからなかなかいじめがなくならない。
だからいじめがいけいないことを教えると同時に
いじめられない方法も教えていかなくては間に合わない。
既にいじめに遭ってる奴には悔しいがとりあえず逃避させるしかない。
既にいじめてる奴には出港停止でも見せしめでもやるべきだ。
今の子供に(親にも)いじめの罪の重さを分からせるにはこれぐらいやらないと分からない。
全ては親のせいだ、間違いない!
>>592
>>考え方ではない現実だ。
つまりあんたも「いじめられる子供には相応の要因がある」と
認めてしまっている訳だな?
俺が「害だ」と言っている意味を解っていただけているだろうか?
現実を受け止め変えていこうとする姿勢は立派に聞こえるが
言うほど簡単な事ではない。
もし本当に、我々大人に出来ることがあると言うのであれば
それは口先だけの理想論を振りかざす事なんかではない。
仮に、ある子供に「いじめられる原因」が有ったとしても
それが原因だ、などと言う発想そのものを認めないという
強い姿勢が求められているんじゃないだろうかね。
俺に言わせれば、「いじめの原因」なんてものを認めてしまって
いる時点で、その大人は思考停止しているに等しい。
現実に起こっている問題を現実として考えられない者の思考は
子供にとって「害」以外のなにものでも無い。
>>597
自己主張の強い子供に、控えめにさせるのは簡単かもしれないね。
でも気の弱い子や外見に何かしら特徴がある子に、上手に対処しろというのは言うのは簡単だけど
実際はとても難しいと思う。
それに容姿にコンプレックスを持っているかどうかはいじめに関係ないでしょ?
外見でいじめをするなんて最低。それこそ人間のくずのすることだって繰り返し教えれば?
周りがみなそう言ってれば同調する子もいなくなるでしょ。
重度の障害者を受け入れるクラスは障害を理由にしたいじめなどなく周りの子供も人間的に成長することが多いようです。
万全の準備があるということも大きいと思う。やればできるんだよね。
気の弱い人に逃げることを教えても逃げられない状況だったらどうするの?
結局、もともと強い子しかしらないんじゃないかと思う。いじめられっこは自己主張が強いなんて思う当たりそもそもずれてる。
いじめはだめだよー絶対に!
みんながいじめを理解すること
それがいじめをなくす方法!
試すべし
いじめてることに気づかない場合もあるらしいよ。
笑っていても、心は傷ついているかもしれない。
そう、だから気づけない。大人ですら
大河内君がいじめに遭うきっかけは何?
バスケ部で後輩をかばっていじめに遭った子がいたけど
その後輩は何でいじめられてたんだろう。
知ってる人いる?
>>599
> 仮に、ある子供に「いじめられる原因」が有ったとしても
> それが原因だ、などと言う発想そのものを認めないという
> 強い姿勢が求められているんじゃないだろうかね。
いじめられやすい子供がいる、という現実に目を背けるべきではない。
いじるられる子に
なんらかの原因はあるが
それをいじめの原因にしてはいけない。
「いじめられる子にどんな原因があったとしても
いじめてはいけない」と言ったらしっくりくるな。
「いじめられる原因」はいじめる人の「口実」です。
>いじめられやすい子供がいる、という現実に目を背けるべきではない。
そう、いじめられやすいような特徴を持っている子をいじめることは卑怯なことだと教えなくてはいけない。
いじめられる特徴をなくせばいいなんていうのは、単純すぎ。
なくせない特徴だったり、一方では長所だったりするものを消す必要なんてないし、いじめっ子のためにその特徴のために無用に傷ついたりするのは理不尽。
いじめられっ子がファーストフードや甘いもの食べ放題の肥満児で太っていることを理由にいじめられるとか、本人がいじわる〜な性格で逆に皆にいじめられるようになったなんていう例ばかりならともかく、実際はそういうほうが少ないと思う。
薬が必要で副作用で顔や体つきに特徴ができるとか、生まれつきあざがあったり身長が低い(又は高い)なんていうのでもいじめはあるでしょ?
性格だって無理にいじめっ子に対抗して直すなんて子供にはかなり無理があると思う。
そもそも3つ子の魂百までというのはその通りで、生まれ持った性質って環境その他で表面上変わることはあっても心の奥ではかわらないことのほうがずっと多いでしょ?
それを無理して直すというのはどこかしらでひずみがでるか、あるいはもっと楽しい子供時代を送れるときに辛い訓練を受けるようなものではないかと思う。
他人を当てにするのはアマチャンだよ。親が命張って守れ!
有名人の「昔いじめられていた」告白を最近よく見かける。
結局、何らかのきっかけで変わったから今の自分がいるという結末になるようだ。
社会で守らなければならないのは当然だが、最終的には自ら変わらなければならない。
本当に、変わらなきゃいけないのは、いじめられてる側ではなく、
いじめてる側でしょう。
616に同意。
それにいじめられていても今があるのは変わったからというわけでもないと思う。
別に変わらなくてもそのまま大人になったというだけでは?
他人をあてにしているという考え方自体変。
やっぱり本当に弱い立場にたって考えたり感じたりすることができない人なんだろうと思う。
もっと社会の弱者を知ったらどうだろう?
いじめる奴が1000%悪い。
『いじめられる方にも原因が・・・』などという意見、あたいは認めない。
性格・体格・千差万別。当然の事。
それで『いじめられる方にも原因が・・・』と言われたってなあ。
原因があろうが無かろうが、 い じ め な きゃ 良い訳で。
いじめをする行為、しようと思う根性を持ってるって事がどんだけ最低か。
それを、親は子どもが小さい時から、徹底的に叩きこんで洗脳するべき。
他力本願はなさけないと思う。都知事が言ったのは理にかなってるなぁ。
高校を卒業するまでは年齢的にも経験的にも人間として未熟であるのだから
他人を虐める事はどんな理由があっても許さないという空気を作るべき。
虐めをひとつの罪として全ての人が意識的に気をつけその罪を犯したときは罰をうける
というくらいの構えでいなければ何も変らないと思う。
被害者(いじめられっこ)を何より優先した早い対応を願いたい。
社会に出た時にも虐めは必ずあるもだろうけれど、未熟な年齢の集まりでの虐めとは質が違うし
また、それを上手くかわしたり自分で対処できる年齢になっているので乗り越えて行けると思う。