リゾートマンション・リゾートホテル・別荘掲示板「越後湯沢・苗場のリゾートマンションは買ってはいけない?」についてご紹介しています。
  1. マンション
  2. 賃貸、家具、不要品譲渡、その他掲示板
  3. リゾートマンション・リゾートホテル・別荘掲示板
  4. 越後湯沢・苗場のリゾートマンションは買ってはいけない?
  • 掲示板
777 [更新日時] 2024-11-15 16:44:08

越後湯沢・苗場のリゾートマンションは買ってはいけない?



藻谷 湯沢のいくつかのマンションでは、水回りが老朽化しているために、蛇口から出る水道水も飲用には堪えず、住民はペットボトルの水を買っていると聞きます。



「空き家大国ニッポン」のゾッとする近未来?首都圏でさえこの惨状… 無計画な開発の果てに
2017.03.10 藻谷 浩介,野澤 千絵 現代ビジネス
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51118


ベストセラー『里山資本主義』の著者・藻谷浩介さんと、『老いる家 崩れる街』の著者・野澤千絵さんのおふたりが明かす日本の惨状――。


藻谷 浩介(もたに・こうすけ)1964年、山口県生まれ。日本総合研究所主席研究員。主な著書に『デフレの正体』『里山資本主義』『しなやかな日本列島のつくりかた』『和の国富論』などがある

野澤 千絵(のざわ・ちえ)兵庫県生まれ。東洋大学理工学部建築学科教授。著書『老いる家 崩れる街――住宅過剰社会の末路』(講談社現代新書)が話題を呼び、累計5万5000部を超えている




藻谷 戦後の日本の住宅業界は、「供給を増やせば市場価値も上がる」という、市場経済原理とは真逆の、謎の信念によって支えられてきたのです。原理的には、供給を増やせば値段は下がるのが当然なのですが。

今から20年以上も前、日本開発銀行で地域振興の調査をしていた時分に、大阪の街づくりコンサルタントと話をしていて、初めてそのことに気づきました。

私が「容積率を上げると供給が過剰になってテナントの家賃も下がるし、地価も下落しますから、やめたほうがいいですよね」と言ったら、「はぁ? 容積率を上げないと地価が上がらないだろうが!」と激怒されたんです。

私は「供給を増やすと値段が上がる」と大真面目な顔で言う人がいることにひどく驚いたんですが、それ以来出会った不動産業界、住宅業界の人はみな同じ考えだったんです。



野澤 たしかに、同じ広さの土地を開発する場合、容積率を上げればより多くの住戸が作れますから、その土地の価値は上がりますが……。




藻谷 これは典型的な「合成の誤謬」です。その土地だけみれば確かにその時には価値は上がるのですが、そうなると隣の土地でも同じことを始めます。つまり、エリア全体で見ればあっという間に供給過剰になって地価が下がるんです。

湯沢町(新潟県)が典型ですね。都市計画もないスキー場エリアで、バブルの頃に林立した超高層のリゾートマンションの部屋が、今は超格安で売りに出ています。




野澤 そうですね。あのリゾートマンションはいまや100万円でも売れない状態でしょう。結局、持ち主にしてみれば資産価値は暴落しても、古くなった家電製品のようにどこかに廃棄することもできない。

所有権がある以上、固定資産税や管理費・修繕積立金という支出だけは負担しなければならない。ものすごい重荷になっているはずです。



藻谷 湯沢のいくつかのマンションでは、水回りが老朽化しているために、蛇口から出る水道水も飲用には堪えず、住民はペットボトルの水を買っていると聞きます。




野澤 えーっ!




住宅業界の人が買わない物件


藻谷 実際には開発業者はそんな超高層住宅の末路は知っているのです。でも「買う奴がいるのだから、今売れればいい」という「売り逃げの論理」で突っ走っているんです。

東京都心に急増している分譲タワーマンションの多くは、近い将来、高齢者が詰まった「新・山村」になって、その処理は大きな社会問題になります。その頃になって製造物責任を問われるのは、売り逃げを図った不動産会社ですよ。




野澤 だから、建築や住宅業界の人はほとんど、タワーマンションを買ってないですよね。




藻谷 そう、住宅業界の人は超高層物件を買わない。私も家は買っていない。首都圏の家を買うリスクは大きすぎます。




野澤 タワーマンションは修繕コストも膨大になります。大規模修繕や建て替えの際に住民の意見をまとめなくてはならないけれど、何百世帯もの合意を得るのは非常に難しい。




藻谷 消防車の梯子が届かないような高さの建物の修繕はかなり技術的にハードルが高い。湯沢町のように、十分な修繕ができない「立ち腐れ超高層」が激増するでしょう。そして、劣悪な状態になったマンションであっても、居住者は税金や管理費・修繕積立金を負担し続けなければならない……。




野澤 戸建てもタワーマンションも大量に余る時代になってきているのは予想ではなく現実です。こうなった以上、今すでにある空き家を中古住宅として流通できる建物にして売買・賃貸したり、古い空き家は解体・除却することが一般化するような仕組みを整えつつ、都市計画を厳格にし、規制を強化すべきだと思います。




藻谷 高さ制限の厳格な国立市東京都)では、高層マンションを建設した業者に、住民が訴訟を起こし、一審では20メートルを超える部分の撤去を命じた。地元の不動産業者が「不当な判決だ。これで国立の地価は暴落する」と言っていましたが、現実には国立の地価は今でも上がっている。




野澤 「地区計画」という都市計画制度による規制で、実質的に住宅の供給が一定程度制限されているからですね。住宅過剰時代には、自分の家があるまち自体の資産価値を上げるよう、ひとりひとりが行政に働きかけることが、ますます必要となってくるのでしょう。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51118?page=4

[スレ作成日時]2017-05-27 20:04:01

[PR] 周辺の物件
リーフィアレジデンス練馬中村橋
サンクレイドル西日暮里II・III

スレの更新情報を受け取る

更新通知サービスMail-Wind

越後湯沢・苗場のリゾートマンションは買ってはいけない?

  1. 1 777


    湯沢・苗場に限らず、築30年以上の中古マンションを買うと水道が出なかったり、スラム化が進んでいたり、***が出入りしていたり、売りたくても売れなかったりするので注意して下さい:


    【戦慄のルポ】いま全国の「限界マンション」で起きていること 建物と住民の老化でスラム化
    2016.12.31 週刊現代  :現代ビジネス
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50483


    ■白骨化した変死体が…

    福岡県・福岡市博多区。JRの博多駅から徒歩10分ほどの裏通りに面した、築40年超のAマンション。

    年季が感じられる灰色の壁と、塗装が剥がれて何が書いてあるのか判別しにくいマンション名のプレートを除けば、一見、どこにでもあるような古びた建物に見える。だが、ここは、「スラム化マンション」として全国的に有名になった物件だ。

    近隣の不動産を取り扱う業者が言う。

    「かつて、このマンションは中流の家庭が入居するごく普通の物件でした。それが、地上げ屋と住民の対立から、入居世帯の過半が不在となり、結果的に管理組合の機能が麻痺してしまった。

    共用部の電気代の支払いが止まって、エレベーターは動かなくなり、屋上の貯水タンクへの水の供給が停止。居住が不可能になりました。

    多くの住民が出ていってしまい、浮浪者や不審者のたまり場となり、荒れに荒れた。不審火による火災が発生して全焼した部屋が丸焦げのまま放置されていたり、白骨化した変死体が発見されたりと、酷い有り様でした。

    経済的な事情で出ていくことのできなかった高齢の住民は為す術もなく、相当な苦労をされたと思います」

    いまでこそ、外壁は塗り直されているが、かつては一面がペンキの落書きだらけだった。混乱に乗じて暴力団事務所が入居したという部屋のドアには、発砲事件の弾痕がいまも残る。

    現在は、全住戸の半分ほどに住民がいるとはいえ、屋上には今もゴミが散乱し、壁のところどころには、また新たな落書きがなされている――。

    にわかには信じがたい光景。だが、今後、こうした管理不全による「スラム化マンション」が、日本全国で急増する可能性が高い。

    『限界マンション』などの著書がある、富士通総研の米山秀隆氏が言う。

    「マンションには2つの『老い』があります。建物と、居住者(部屋の持ち主)の高齢化です。この老いの過程で、空室化や賃貸化が急速に進み、維持管理や建て替え対応が難しくなっていく。

    こうして管理不全の状態になった分譲マンションがいつからか『限界マンション』と呼ばれるようになりました。

          

    日本に分譲マンションが登場したのは、'50年代の終わり頃で、高度成長期にはさらに増加した。そうした初期のマンションは、現在、築年数で50年から60年を迎えています。

    管理組合が存在しないところも多く、いつしか日常的な管理すら行われなくなり、あらゆるところに不具合が出ている。『いまにも倒壊しそう』というほどの例は、都内ではまだありませんが、今後20年でどんどん増えていくでしょう」

    ■管理組合が自然消滅

    現在、全国のマンションのうち、世帯主の年齢が60歳以上のものは約5割を占め、マンション住民の高齢化は急速に進行している。

    住民の高齢化が進むと、どうなるのか。そのモデルケースが、東京・新宿区の高田馬場駅から徒歩15分程度のところにある大規模な都営B団地だ。

    ここは、総戸数約2300戸のうち65歳以上の住人が過半数を占める。都が、単身での入居は60歳以上と制限していることが高齢化に拍車をかけたこともあり、大都会の「姥捨て山」と揶揄する者すらいる。

    エレベーターのない5階建ての棟に住む、70代の男性が言う。

    「昔は子供もいっぱいいたけど、いまはもう年寄りばかり。ここ数年で知り合いだけで十数人が亡くなった。なかには、部屋の中で倒れて、死後2週間以上経ってから発見された人もいた。

    団地全体だと孤独死の話はしょっちゅう聞きます。皆どこかしら体を悪くして、病院に行く以外は家に引きこもっている。自治会の役員もなり手が少なく、あと5年もしたら、運営が成り立たなくなりますよ」

    このB団地は、あくまで都営であるため、設備の維持管理は都が担っているので、仮に自治会が組織できなくなっても、一定の環境は維持されるかもしれない。

    だが、民間マンションの場合、同様に住民の高齢化が進み、管理組合の機能が果たされなくなれば、もはや誰も面倒を見てくれなくなる。

    老朽化マンションの問題に詳しい、高崎健康福祉大学元教授の松本恭治氏が言う。

    「以前私は、自宅のある都内の多摩地区から、大学のあった群馬県高崎市の近辺までに建つ約250件のマンションを、数年かけてしらみつぶしに調査しました。

    結果、その1割、25件のマンションが住民の高齢化による管理組合の機能停止や、管理費積立不足による修繕不可能などの『管理不全』に陥っていたのです。

    調査から数年が経ち、その数はもっと増えているはず。こうした足を使った調査はほとんど行われていないから見過ごされがちですが、東京周縁部での管理不全のマンションの増加スピードは、想像を遥かに超えるものがある。

    私が実際に赴いて調査しただけでも、埼玉県所沢市新座市熊谷市、茨城県の取手市などで、管理不全マンションの増加が目立っています」

    ■いきなり廊下が崩落

    建物と住人の2つの老い。その進行がとりわけ顕著なのが、'81年の6月以前に建設された旧耐震マンション(築35年以上)と、そのさらに前、'71年以前に建てられた旧々耐震マンション(築45年以上)だ。

    日本全国で、旧耐震は約106万戸、旧々耐震は約18万個が現存しており、両者を合わせた数は、多い順に東京、神奈川、大阪、千葉、兵庫、埼玉、愛知と続く。

    そのうち東京には、旧耐震が36万戸、旧々耐震が7万戸現存。次ページの表を見れば分かる通り、世田谷区渋谷区港区新宿区など、人気住宅地とされる地域に多い。

    都下に目を移せば、多摩ニュータウンに代表される大規模団地を抱える多摩市八王子市町田市に多く残る。

                

    この状況に危機感を覚えた東京都は、今年3月「良質なマンションストックの形成促進計画」を策定。マンションと各管理団体を登録させ、都の側で老朽化の状況を把握する試みをはじめた。

    都は、8割以上のマンションの登録を目標に掲げるが、前出の米山氏は、その効果に懐疑的だ。

    「そもそも、こういう仕組みにすぐに反応して登録できる時点で、それなりに管理が行き届いている証なんです。問題なのは、管理組合が機能していないマンション。そうしたところは、手間が増えるのを嫌がり、登録しないのが目に見えている。

    あるいは、そもそも組合がないマンションの場合、こうした計画の存在そのものを住民が把握できない。老朽化物件の増加は避けられない現象なので、行政は早晩、マンション解体の問題に本腰を入れて向き合う必要に迫られるでしょう」

    老朽化したマンションの不利益を被るのは、当該マンションの住民たちだけではない。

    「修繕がおろそかになっていたマンションの外壁コンクリートがボロッと剥がれて、歩道に落下したなんていう事故は、全国各地で毎日のように起こっています。取り返しのつかない大事故がいつ起きてもおかしくない」(前出・松本氏)

    実際'09年には、沖縄県浦添市の住宅街にある築35年(当時)の老朽化マンションで、長さ約15メートルの廊下が崩落する事故が起きている。早朝5時という時間帯だったため、けが人はいなかったが、下敷きになった軽自動車はペシャンコにつぶれ、大惨事になる恐れもあった。

    これも、管理組合がきちんと機能し、定期的な検査や保全が行われていれば、事前に対策の打てた事故だった。

    こうした管理組合の機能不全に加えて、外国人の賃貸利用者増加が「スラム化」に拍車をかけるケースもある。

    神奈川県横浜市中区・関内。最寄りの市営地下鉄の駅から徒歩5分ほどの好立地に、Cマンションがある。周辺にはコンビニエンスストアや大規模スーパーもある便利な場所。

    高級マンションが林立する一帯にぽつりと佇む、くすんだ外壁が、物寂しい雰囲気を醸す。壁にはひび割れが目立ち、バルコニーの手すりのまわりのコンクリートは崩れ、いつ手すりが外れて人が転落してもおかしくない状態だ。

    このマンションは築40年程度の9階建てで、総戸数は40弱と規模が小さいこともあり、地主が自主管理をしていたが、5年前、地主が亡くなったのを機に、状況が一気に悪化した。

    一室を所有している70代の女性住民が嘆く。

    「建物の老朽化が進んでいるのに、修繕の手立てがなかった。あちこちで起こる水漏れなどに耐えられなくなり、住民有志であわてて管理組合を立ち上げました」

    そこで衝撃の事実が発覚する。地主が生前に徴収していた管理費を使い込み、残高が0になっていたのだ。

    あわてて修繕費積立金を集め出したものの、予想外の出費は高齢の住人たちには荷が重く、瞬く間に滞納者が増えた。なかなか積み立てが進まず手をこまねくうちに、生活に大きな支障をきたすレベルの不調が、マンションのあちこちで起こりはじめた。

    「まともなマンションなら年に数回は行われる給排水の高圧洗浄ができなかったので、しょっちゅう水が詰まるようになりました。屋上にある受水槽の清掃もしておらず、水質検査が必要なのですが、その費用さえなかった」(前出・女性住民)

    ■地獄のような悪臭

    悪化する状況に、賃貸住民が逃げ出し、オーナー所有者たちが空室をなんとかしようと借り手を選ばなくなったことで、中国人の居住者が一挙に増えだした。

    「彼らは、料理で使った油を普通に排水口に流して捨てるんです。もともとサビやゴミで詰まり気味のところに油を流し込むから、排水管の中で固まってしまう。水が流れないので洗い物はおろか、洗濯もまともにできない。

    組合理事が抗議をしに行っても、『何が悪いんだ』と開き直られ、話し合いにすらならない。そのうち下水も詰まって、汚物が逆流し、お風呂場に溢れるようになった。悪臭なんてもんじゃない。

    もう地獄です。仕方がないから、吐き気を抑えながら、誰のものかもわからぬ汚物を風呂桶ですくってはゴミ袋にためて捨てに行く。この歳になってなにをしているんだろうと、涙が出ました。

    結局修理してもらうために、業者を呼ぶことが決まったのですが、長年の老朽化で、『洗浄時に破損するリスクがあるから』といってほとんどのところに断られてしまい、途方に暮れました」(前出・女性住民)

    このマンションは粘り強い交渉を経て、これからようやく修繕の第一歩を踏み出すという。だが、取材時もちょうど配管にひびが入り、ガス漏れが発生。住民たちの悩みは尽きない。

    こうした、管理不全の老朽化マンションの救済業務に特化した企業も出てきている。

    そのひとつ、横浜サンユーの利根宏代表が言う。

    「うちは、20年ほど前からこうした業務に取り組んできましたが、管理不全物件の数は年を追うごとに増えています。立地が良いから大丈夫、などという考えはまったくの幻想。

    いまのままでは、所有者の多くが亡くなり修繕の手もつけられず、買い手もつかないマンションが日に日に増えて行く。国や自治体が解体するにしても、膨大なお金がかかる。一体どうしたらいいのか……」

    前出の米山氏が続ける。

    「結局、マンションは自分たちのものなので、他人が助けてくれることを期待してはいけません。行政が支援するといっても、出来ることは限られる。他の住人に任せきりにするのではなく、早いうちから管理組合の状況を把握した方がいい。

    マンションを売却して老人ホームなどに入居することを考えても、資産価値を下げないために積極的に管理組合に関与することが、ひいてはスラム化を防ぐ第一歩です」

    「限界マンション」の現実は、決して他人事ではない。
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50483

  2. 2 777


    無料でもいらない湯沢町のリゾートマンション 2017/2/11 



    若いころは憧れの対象だったリゾートマンション

    昨日(2月10日)のTV朝日スーパーJチャンネル内の特集「冬は誤算!?…夢の終の住処・有名リゾート地=越後湯沢で」を観て、いろいろ考えることがありました。

    この番組の趣旨は、リタイア後に都内などから越後湯沢へ移住してきた何名かの夫婦や独身男性を取材して、移住後の生活を密着取材したものです。

    移住にある程度満足している人もいれば、移住を後悔している人もいて、これから移住を考えているものにとっては非常に参考になる番組内容でした。

    さて、新潟県南魚沼郡湯沢町と言えばバブル時代(1980年後半~1990年前半)に高級スキーリゾート地として大変賑わった場所です。

    当時20代だった私は、スキーが大好きで都内から毎週のようにクルマで苗場スキー場を目指したものです。映画「私をスキーに連れてって」の影響もあり、当時の若者がスキーをするのはファッションの一部だったんですよね。

    それで貧乏会社員の私は苗場に続々と建設されていたリゾートマンションを観て「いつかお金持ちになって苗場にリゾートマンションを別荘として買ってやる!」と心に誓ったものです。当時お金が無かった私は、会社が終わって夜中にクルマで苗場まで行き、車中泊をして朝一番からスキーを楽しんでいました。狭いクルマの中で寝るのは大変苦痛でしたが、若かったので大した睡眠時間を取らなくても大丈夫でしたね。まあ必ず女の子が一緒に居ましたし楽しかったので疲れも吹き飛んでいたんでしょう(笑)

    そんな思い出の湯沢町ですが、近年バブル当時に建設されたリゾートマンションが売れているそうです。
    主に高齢者が終の棲家として都内などから移住されるパターンが多いとのこと。

    しかも購入したマンションの価格が激安!

    調べたら1部屋10万円のマンションが沢山あります。



    上記のマンションは苗場スキー場から徒歩圏内の西武グループ管理物件の1つです。

    まさに私が27年前に「このマンション、いつか買うてやる!」と誓った物件…

    「今なら1棟ごと買えるがな」


    ネットオークションでマンションを購入した50代男性

    番組内で50代独身男性の1人を取材しておりました。

    湯沢町の中古マンションをネットオークションで落札し、1LDKの部屋を19万1000円で購入。2年ほど独りで住んでいたが、大阪のご両親の世話をするため実家へ戻ろうと検討。

    不動産会社に部屋の買い取りを依頼したところ新たな買い手を見つけるには3年かかると判断され、買い取りには管理費、修繕積み立て、固定資産税などを含め200万円以上の支払いが必要と言われた…

    この部屋が最終的に売れたのかは分かりませんが、安いのは理由があるんですよね。

    築30年のマンションを10万で買えても、維持費が毎月3~4万、固定資産税が毎年10万程度掛かります。途中で売却したくても次のオーナーが見つかるまで何年も待たなければならない…

    普通の物件ならば値段を下げればいつかは売れますが、10万程度で売られている物件はこれ以上値下げしようが有りません!
    (無料でも良いんでしょうが、不動産屋の仲介料が全く取れないので仲介しない)

    昔夢見ていたリゾートマンションがこんな姿になってしまって複雑な心境になった番組でした。

    じゃあ今このリゾートマンションを買うか?と問われても

    タダでもいらねー



    ______



    10万円で買えても、売ろうとしたら 200万円は出さないと引き取ってもらえない?


    メディカル&リゾート・ソリューション株式会社
    http://www.mrs-japan.jp/

    メディカル&リゾート・エステート株式会社にて、利用しなくなったリゾート物件があれば、利用できる物件への乗り換えや、単純に売却処分(買取)も承ります。

    メディカル&リゾート・エステート株式会社は単にリゾート物件の仲介や売買をするのではなく、廃墟化・老朽化・衰退化した物件の再生や運用など資産の有効活用を基本とし、より美しく楽しく夢のあるリゾート物件であることをベースに業界再生を目指していきます。


    メディカル&リゾート・ソリューション株式会社による買取りの条件について
    http://mrs-japan-estate.jp/d-mansion


    1、 買い取り対象のリゾートマンション

    ① 全国(北海道~沖縄まで)の物件を買取します。

    ②ハワイなど海外の一部物件も買取します。

    ③流通性が極めて乏しい物件でも買取します。

    ④昭和40年代竣工の老朽化した物件でも買取します。

    ⑤廃墟化した物件でも買取できる物件があります。




    2、買取りに掛かる費用について

    ①取得費用

    通常の不動産取引では、取得費用については買主が負担となるのが通例ですが、弊社による買取りでは、その費用(移転登記費用・不動産取得税など)の相応額全額を売り主様にご負担いただきます。


    ②維持費

    通常の不動産取引では、取得後の維持費は当然に買主が負担していきますが、弊社による買取りでは、その費用(管理費・修繕積立金・固定資産税など)の1年~3年相応額を売り主様にご負担いただきます。



    リゾートマンションの相場をインターネット等で調べると、容易にその物件価格が確認できますが、その価格のほとんどは、実態相場ではなく、売り主及び仲介業者の希望価格であり表面相場ともいいます。売却希望者は売買の交渉にあたり、まずは希望価格からスタートし、交渉に応じて減額していきます。

    実際の売買価格は、概ね表面価格の半値八掛けです。仮に、500万円の希望価格であっても、実態価格が200万円以下になること珍しくありません。さらに仲介業者(不動産業者)は、流通性が乏しく、かつその売買価格が低額の場合は、手数料も少額となり、商いとしては採算が取れないために、仲介の依頼は受け付けても、1年どころか3年・5年~待っても売れないというのが現実です。

    場合によっては、費用を負担してもよいから手放したいというニーズが近年は顕著に増加しています。このような現状を考えると上記の条件は、買主(弊社)の都合のよい条件ばかりとも言えません。売主様の立場に立って考えれば、使用しなくなったマンションであっても。


    ①維持費(概ね年間30万円~100万円)を支払いしなければならい。

    ②大規模修繕費用の支払いをしなければならない。

    ③将来の取り壊し費用分担金の支払いをしなければならない。

    ④誰が相続するのか、また相続にかかる費用の支払いをしなければならない。


    そうなると、過去売れなかった事実を踏まえて、将来を予測した場合、利用しないにもかかわらず、その維持費の負担は高額になります。ならば、一時的に費用は必要だけれど、現時点で処分(弊社による買取)したほうが良いという結論も売主様にとってのメリットも大きく、検討に値すると考えております。




    流通市場で動きのある物件であれば、高価買取、全国の物件買取強化中です。

    直ちに処分の、ご希望があれば・・・買取査定でお申し込みいただけます。
    http://mrs-japan-estate.jp/d-mansion



    ファミール・ヴィラ苗場の掲示板
    http://6030.teacup.com/fvnaeba/bbs


    Re: 名簿流出していませんか? 投稿者:406号室 投稿日:2017年 3月18日(土)01時39分49秒

    taityoさんへのお返事です。

    いつも情報ありがとうございます。

    > 最近、リゾートマンション処理業者から手紙が来るようになりました。
    > 管理組合、もしくは管理会社しか知り得ない個人情報が記されています。
    > ちょっと心配しています。

    それは、1月配布の総会議事録と共に、「リゾートマンション買い取り業者に関するご注意」を配布しているものの内容と関係した業者と思います。

    会員権なども扱っているようですが、ダイヤモンドソサエティ
    http://www.diamond-s.co.jp/company/about/index.html


    では、相手名を挙げて、注意喚起の文書を出しています。


    『緊急のお知らせ

    オーナー各位におかれましては、時下益々ご清祥の事とお慶び申し上げます。
    また平素は各ソサエティおよび弊社の運営に対し、格別のご厚情を賜りまして、心より厚
    く御礼申し上げます。

    さて、先般来下記の会社よりソサエティオーナー各位に対し、高額な会員権処分費用等
    が列挙された上に、自社の運営する会員組織への入会を提案する文書等が送り付けられて
    いる旨、複数のオーナー様よりお問い合わせ等を頂戴しております。

    その書面の骨子は、会員の権利の買取りと交換の提案ですが、2つの提案のいずれもが、
    会員各位が会員の権利を上記会社に売却するに当り60万円近い金額を上記会社に支払うと
    いう内容です。つまり、不動産の持分を移転するのに、そのような多額の処分費用がいる
    という非常に不条理な話であります。特に移転登記費用(通常の不動産売買では買主側が
    支払う)や権利移転後の年会費(管理費)まで売主に負担させるという内容は、常識に外
    れた内容であります。

    弊社と致しましては、お問い合わせを頂戴したオーナー様へ個別にご説明申し上げた上、
    充分にご注意いただくようご案内を申し上げる一方で、業界団体の一般社団法人日本リゾ
    ートクラブ協会へも事態を報告したところ、同協会にも加盟各社から同様の申し出がある
    ため、各社に対しては注意を促しつつ、目下その対処法につき同協会顧問の弁護士へ相談
    しているとの事でした。

    しかしながら、ここ最近になりオーナー各位からのお問い合わせが急増している事から、
    弊社と致しましては事態をより重く受け止め、従前来のホームページにおけるお知らせに
    加え、オーナー各位がこのような文書に惑わされる事のないよう、改めまして注意喚起を
    させていただく次第です。



    対象の会社:メディカル&リゾート・ソリューション株式会社
    (本社:大阪府吹田市。他に東京,札幌に営業所等があります)

    以 上 』
    http://www.diamond-s.co.jp/pdf/1609_info.pdf


    >その書面骨子は、会員の権利買取りと交換提案ですが、2つの提案いずれもが、会員各位が会員の権利を上記会社に売却するに当り60万円近い金額を上記会社に支払うという内容です。つまり、不動産の持分を移転するに、そのような多額処分費用がいるという非常に不条理な話であります。……

    うちの管理会社の情報によると、買い取り後も、所有権移転や名義変更がなされず、結果的に旧オーナーが継続して管理費を支払うことになるなどの例もあるようです。

    怪しい手紙などは、スキャンして、管理会社へのお問い合わせフォームから、画像添付等で情報提供していただくとありがたいと思います。

    また、このような業者は、各地で似たようなことを行っていますから、特にうちの管理組合で、情報流出したということは、ないと思います。
    その証拠として、たまたま私は自宅を転居しているのですが、苗場の方は、登記名義人住所変更登記をしていません。ですから、そうした類いのダイレクトメール等は、一切来ないのです。
    大抵の場合、そういう業者は、登記簿を閲覧して所有者情報を得ていて、それは、防げないのです。

    いずれにしろ、うちの場合は、地元の仲介業者さんが確実な仕事をしてくれるので、転売等でも心配ないと思いますが、処分に困っているようなところでは、こうした悪徳業者に引っかかってしまう例もあって、こうした事象が発生しているものと思います。
    http://blog.goo.ne.jp/fv-naeba



  3. 3 777


    苗場にリゾートマンションを買ってもスキーはできない?




    苗場地区のスキー場は

    ゲレンデ廃止 : 三国スキー場、二居スキー場、浅貝ゲレンデ、浅貝の隣のファミリーゲレンデ、白樺平ゲレンデ

    リフト運行中止: 苗場スキー場内のリフトは半分廃止



    苗場スキー場は元々傾斜がきつく、初心者は一番下でしか滑れなかったのですが、

    ・最近は初心者用コースは中国人が占拠
    ・初心者がその上までリフトで上がっても傾斜がきつ過ぎてスキーでは降りてこれない



    Re 苗場地区の将来は? 投稿者:タワー引退者 投稿日:2016年 8月31日(水)12時22分29秒


    私は苗場スキー場に絶望してタワーを売却しました。
    毎年いるとわかるのですが、経営が傾斜した時から、

    ・コースの廃止(火打ゲレンデはかなりコース廃止されましたね)

    ・コース整備の手抜き(コースは存在しても滑れない。大斜面も迂回くねくねが存在して、初中級者でも上から下まで何とか降りてこれたはず)、

    ・ロープウェイ・ゴンドラがすぐに運休(強風とか視界不良とかの理由ですぐ1日運休する)

    ・平日はさらにコースも縮小

    ・プリンスホテル内の店が穴あき状態(行くと営業してないとか)

    ・プリンスホテル自体が季節営業に以降(今は夏はやっているようですが、冬しか営業せず)

    など、スキー場としてまともではなくなりました。
    子供と外国人だけ相手して、下の方で滑ってろと言わんばかり。
    子どももちょっと滑れるようになると、満足せず田代や湯沢まで遠征してました。

    さらにスキーシーズン以外で営業していたゴルフ場も廃止されましたしね。

    プリンスホテルだけのせいにするつもりは無いです。

    地元も浅貝ゲレンデもM選手の仲間内だけでの営業(レストハウスで仲間内だけでの盛り上がりで営業しているのかどうかもわかず、地元のホテル・ペンションとの連携もなし)で、M選手がスキー選手のせいかスノボパークもなくなり、地元もやる気なし(浅貝と温泉のセットでもやればいいのに)

    タワーは気に入ってたのですが、手放しました。

    苗場は温暖化で雪質も悪くなり、さらに奥の三国スキー場があれば雪質の良さは多分売りになると思うんですけど、地元もこうじゃ難しんでしょうね。残念です。
    http://8601.teacup.com/naebatower/bbs/983




    “苗プリよ! 頑張る気はあるのかい?”


    アラフォー以上の世代には特別な存在に感じる方も多い苗プリ。

    当時は私もだいぶ通いました。
    その後も何度か泊まっていますが、先日6、7年ぶりに宿泊しました。

    今回はとてもお得なパックがあって急遽苗プリに久々行ってみるかーっとなったのですが、結果はタイトル通り、昔の巨大リゾート苗プリ時代の遺産を食いつぶしているような印象。

    立地、知名度、施設、客層全てを手に入れてるだけに、本気でやったらもっと素敵な施設として今も1位で有り続けられるだろうに・・・残念です。



    ゲレンデ。

    まー言わずもがなの苗場ですが、相変わらずゴンドラ上は滑りにくいので中上級限定、下の方はだらーっと初級コースが横に広がっています。


    なにより今回ショックだったのは、リフトが止まりまくっていて動いていない。
    ゴンドラも2本のうち1本のみの営業。

    初日は苗場で滑りましたが二日目は田代へ行きました。

    すっごく利用客が多いので初級コースは平日でも大混雑。
    賑わってるのはありがたいですが、じゃあリフト動かしてよって感じです。

    ゴンドラで上がっても初級者が迂回コースで降りられれば、ばらけるのでしょうけど。上にはいけないから下に溜まる。
    中間のコブ、非圧雪バーンはほとんど人がいないって感じ。




    施設。

    宿泊は4号館のツイン部屋。

    ソファーベットを使えば3人もOKなタイプなので、狭小ほどではなく、許せる範囲の広さです。ただプリンスは基本狭いので、他のホテルに慣れてるとちょっとねえ。今時ベッド幅がシングルサイズ、長さもむかしのタイプなので短め。硬いスプリング式。空調は壁付のメモリを動かすタイプ。これ最近の若者使い方知らないんじゃない?という旧式。冬は暖房のみです。ユニットバスタイプで洗面台は外に出てます。


    アメニティ?

    聞いちゃあいけません。いたって普通です。

    ここまでは、まーねええという印象ですが、掃除、メンテがひどい。
    壁紙が至るところ破れています。汚れてるではなく、破れたままです。

    部屋の中だけでなく、廊下やレストラン、ロッカーなどあちこちがそんな状態。

    特に苗場温泉の大浴場の脱衣所はひどかった。苗場は巨大ホテルなので、どの部屋に泊まるかで状況も変わるでしょうが、いわゆる大浴場が有料の小さな内風呂1箇所のみ。露天もありますが、3月は土日しかやってませんって!

    おいおい。こんなデカイホテルにただでさえも大浴場が少ないのになぜ平日やらないという発想になるのか・・・・


    次はレストラン。

    何件ものレストランがあります。
    繁盛期はお客さんが大量にいるので予約殺到大混雑ですが、平日なのでそこそこでした。

    どこも夕食は5500円くらいから。居酒屋風の店や単品の定食なんかは1000円ちょっとで食べられるものもあります。ピザハットが一番安いのかな?まープリンスなので割高ではありますが、選べるくらいの食事処はあります。プリンスといえば昔から中華のイメージなので中華を選択。店内の雰囲気も落ち着いていて美味しかったですよ。

    昼食のレストランはアゼリアでしたがメニューを工夫していたり華やかなバブル時代風?苗場らしさを感じさせてくれました。


    次はソフト面。

    スタッフの対応は・・・・超大型ホテルなのでまーホスピタリティなんて言葉はありません。てきぱきと対応することを第一目標に置いてる接客です。

    クロークのお姉さんは荷物はロッカーに入れて下さい。とかなり上から目線。
    フロントは必要最低限の説明でさばく。
    レストランのスタッフは割と感じよかったですが。

    一番良かったのは苗場浴場のおばちゃま。唯一温かい笑顔と元気な声かけ、懸命にお掃除してくれてました。

    客層は 若者がとにかく多くてテンションが高い。若い人が沢山来てくれるのはありがたいですので、いいことですが、渋谷や池袋を歩くときのようなストレスが伴います。


    あとは3世代などのファミリー層。この客層にはとっても向いているホテルですね。

    ゲレンデ目の前の部屋から孫が滑る姿を眺められますし、レストランやカフェもありますので過ごしやすいでしょう。おじいちゃん世代も苗場ならどんなところか知っていますしね。そういった常連さんらしきファミリーが沢山いました。


    滞在した結果の感想は、なんか疲れたね。という一言がつい出ました。
    イライラするのは覚悟して行きましたが、やっぱり疲れました。




    総合的に、苗場人気は健在なようで良かったですが、ホテル側に努力は見られません。

    壁紙の破れなんて他の旅館やホテルなら悪評が沢山ですよね。

    料金も通常期は決してお安くないし。

    巨大リゾートも最近は北海道のリゾートホテルに慣れてしまってるので感動はないし、小さな子供や年配な方や休みが取れなくて北海道はいけないという方にはいいかもしれませんが、わざわざ苗プリに泊まる理由は感じられませんでした。

    ホテル側がお客様に喜んでもらいたいという気持ちを持ってくれれば、素敵なリゾートして君臨し続けられるのではないかと思いますが・・・
    やはり苗プリがなくなってしまったら寂しいですからね。頑張って欲しいです。

    でも当分行きませんw


    2015年 3月に、カップルで訪問(体験)
    https://www.tripadvisor.jp/ShowUserReviews-g1119245-d301350-r260646159...

  4. 4 777




    買い手が見つからないスラム化したリゾートマンションを処分する方法は?



    真偽はわかりませんが掲示板でこういうのを見つけました:



    60 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 19:40:34.93
    リゾートマンションなんて買うと後悔するぞ。

    何が困るって、管理費/共益費/修繕積立費、それに将来の建て替え費用が出てくる場合も。

    年に半分ぐらい、そっちに住むならまだしも冬に時々行くぐらいなら
    普通にホテルに泊まったほうがよっぽど良い。


    64 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 19:47:57.72
    >>60
    賃貸にすればそれらのリスクは全て回避可能。

    家賃なんて家族が余裕を持って過ごせる広さでも5~7万円だから、月に1~2泊するならホテルより全然お得。
    ホテルより部屋は広いし温泉は空いてるし、何より荷物を置きっぱなしにできる。




    66 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 19:49:28.0

    湯沢は新幹線があるから、ここにすんで時々東京に新幹線でいけばいいや、くらいの人もいるからね

    でも、調べると、せめて300万で眺望のいい角部屋とか買っておかないと
    あとでババ抜きのババ状態で永久に手放せない

    やるとしたら、ダミー会社たちあげてその名義だね
    最後捨てるときは、管理費も固定資産税も、会社倒産手続きしてすべて終了。


    246 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/23(日) 15:16:08.82

    リゾマンはただの消費財じゃなくて、維持費が掛かるのに捨てられない(売れない)消費財だから性質が悪い。
    満足できる物件が賃貸で出ているなら、賃貸のほうがいいと思うけどな。

    自分から進んでババ抜きに参加したくない。


    249 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/24(月) 03:36:48.83
    >>246
    知識なさすぎ。

    高齢で財産ない人に譲渡する、ダミー法人作って偽装売却する、
    無限に方法あります。
    捨てるのは簡単だよ

    今現在管理費滞納して放置されているのは、その人(法人)自体が実質的に破産、夜逃げ状態で、もう終わっているケース。

    まだ本人元気なら、「切り捨て」は極めて簡単。



    75 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:17:42.00

    利便性考えると、湯沢でしょうが、永住老人が居ないという意味では苗場もいいかもね。

    ただし、夏いったことある人はわかっているだろうけど、フジロック以外は、完全なゴーストタウン

    寂しいを通り越して、恐怖を感じる
    千と千尋の神隠しみたいな感じ



    82 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:27:56.31

    ぶっちゃけ、苗場はスラム化へのカウントダウンが始まっているけど、
    あと何年もつか、それだけが問題。

    仮に3年もつとして、ガンガン使いまくって捨てるなら、損はない
    「財産」なんて考えると大間違い。使って捨てるティッシュペーパーみたいなもの

    あと、スラム化して、どうなるかだね。

    仕事場がないから、アジア系外国人の犯罪の温床にはならないでしょう

    どちらかというと、地元民の普通のマンション化か、それとも老人ホームか。

    ご近所つきあいとかしてしまうと、怪我、病気で車運転できない老人の介護、買い出しやらされるから、 絶対に近所つきあいはやってはいけないね。可愛そうだけど、高齢者がいたら完全無視。これを貫く。


    86 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:39:13.89
    >>82
    いくらなんでも3年はもつでしょ。
    維持のモチベーション以外はw

    使い捨てられるといいんだけど、投げ捨て禁止だからなあ。



    91 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:50:15.92
    >>86
    個人名義で買うのは危険すぎ。

    3年であぼんと予測したなら、やっぱり法人ダミーで最悪倒産手続き
    http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/ski/1434758230/

  5. 5 777


    日本人はこの映画を見て、そして島村のモデルが川端康成自身である事を知って、湯沢の事を買い被ってしまったんですね:


    映画「雪国」1957 動画
    豊田四郎/監督 
    川端康成/原作

    出演: 池部良, 岸恵子, 八千草薫, 森繁久彌
    http://www.bilibili.com/video/av8295567/
    http://freemovie.nekomoe.net/2017/0130211343.html


    一夜一話 - 映画「雪国」 1957年 監督:豊田四郎 出演:岸惠子、池部良

      原作が川端康成の「雪国」だからといって、文学作品拝読の構えで観ると損をする。

      芸者・駒子を演ずる岸惠子が、思いの外に色っぽいと読み解けたら、この映画、一段と面白くなる。セックスシーンこそ無いが、島村(池部良)を前にした駒子は可愛く濡れている。

      画家の端くれと言う島村は、この雪国にスケッチのため、一人東京からやって来た。そして宿で芸者の駒子と出会う。出会ってすぐに互いの心はひとつとなった。そんなふたりの気配が部屋に満ちる様子を、酒を持ってきた宿の女中役・浪花千栄子が的確に演じてみせる。

      翌日の夜、宿の大広間の宴会は地元の芸者衆で盛り上がっていた。助っ人の駒子は酔っぱらっている。酔わないと島村の部屋に行く勇気が出ない。そんな一方的な熱い心を抱えて駒子は宴会を抜け出し島村の寝ている部屋へ入った。そこでのふたりのやり取りは、この映画で一二の見せ場だ。大胆な一方でその気持ちを自身の心の内に引きもどす駒子と、小悪魔的魅惑に翻弄されていく受け身な島村。そしてふたりは夜明けを迎えた。


    そんな回想シーンを懐かしく思い返すふたりは、年の瀬迫る炬燵に入っている。そのうち島村が、「風呂に入ってくる」と、ひとり廊下を伝い脱衣所で帯を解こうとするその時、後ろから突然に駒子が、「あたしも入る」と言うやいなや帯を解き始める。驚く島村。風呂に入ってからの駒子も艶めかしい。

      初めて島村がここを訪れた時に、山で取って来たアケビを部屋の花瓶に生けるが、初対面の駒子がこのアケビの実を少し食べる。このアケビの実の隠喩・・・。またそのあと、紅が付いた盃を美しいと言い、それを厭わず口紅が付いたままの盃で駒子の酌を受ける島村、その態度にドギマギする駒子。ことほどさようにこの映画には、そんな色っぽいシーンがある。

    ところが、「あんたなんか、東京へ帰っちゃいなさい」と駒子はたびたび島村に言う。年に一度の逢瀬。ふたりの愛は結ばれない。島村は東京に妻がいる。駒子の事はばれている。

      だが、「雪国」は島村と駒子の愛を描くだけではない。

      駒子と年下の葉子(八千草薫)は、それぞれ貧しい農家の子であったが、共に三味のお師匠の養女として育てられた。

      その後、駒子は芸者見習いから芸者となり、年配の旦那を持つ身となった。それは年老いてしまった養母と病を患うその息子の行男を養うため。養母と行男が住む家も、旦那の世話によるものだった。背負うものが多い駒子であった。

      幼なじみの行男は駒子のことが好きだったが、駒子はそうでもなく、むしろ密かにだが葉子の方が彼を愛していた。だから葉子は駒子を憎んでいた。島村を駒子から奪ってしまいたい、そんな邪念を葉子は抱くようになって行った。

      駒子の妊娠と旦那からの離縁、芸者としての独り立ち、行男の容体悪化、火事と葉子の火傷、そして島村と駒子の別れ。島村は最後まで駒子に対する態度が煮え切らない。

      岸惠子のぶりっ子なまでの艶めかしさ、池部良演ずる逡巡するつれない男、絶たない逃げ道。

      脇役では、宿の女中役の浪花千栄子がダントツに光る。田舎芸者を演ずる市原悦子と島村のシーンは喜劇だ。また、盲目の按摩マッサージ指圧師を演ずる千石規子が、なにやら異彩を放つのに魅かれる。最後に、音楽担当の芥川也寸志が、欧米映画音楽の弦楽をよく勉強しているのが聴ける。
      

    監督:豊田四郎|1957年|133分|

    原作:川端康成|脚色:八住利雄|撮影:安本淳|音楽:芥川也寸志|

    出演:

    島村(池部良)
    駒子(岸惠子)
    葉子(八千草薫)

    葉子の弟・佐一郎(久保明)|師匠(三好栄子)|その息子・行男(中村彰)|宿の女中おたつ(浪花千栄子)|同じく・おりん(春江ふかみ)|同じく・おとり(水の也清美)|宿の主人(加東大介)|宿のお内儀(東郷晴子)|県会議員・伊村(森繁久彌)|駒子の母(浦辺粂子)|番頭(東野英治郎)|万吉(多々良純)|女給・花枝(中田康子)|芸者・菊勇(万代峯子)|同じく・勘平(市原悦子)|駅長(若宮忠三郎)|女按摩(千石規子)|宿の女中きみ子(加藤純子)|小千谷の番頭(桜井巨郎)|
    http://odakyuensen.blog.fc2.com/blog-entry-1257.html



    Amazon 雪国 [DVD] 池部良 (出演), 岸恵子 (出演), 豊田四郎 (監督) カスタマーレビュー


    思わず、これが同じ日本なのか?!と目を見張った逸品 投稿者 へいたらう 投稿日 2007/11/5

    この作品は、言うまでもなく、ノーベル賞作家・川端康成の名作を映画化したものだが、大家が描く男女の心の機微よりも、むしろ、私には昭和初期の習俗を余すことなく映し出したことの方が印象深かった。

    即ち、「同じ日本なのか?!」とさえ思わせられるほどに衝撃的であると同時に、新鮮でもあったのである。

    見上げるほどに降り積もった雪。

    その雪の中に、多くの人たちが暮らし、多くの子供たちが、見たこともない祭りに興じている。

    その一方で、男がふらりと田舎町の宿屋に宿泊すれば、いきなり、「芸者を呼んでくれ」と言って普通に女を抱けるという現実と、自分の想いとは別に、生きていくためには心を切り離さねばならないヒロインの現実・・・。

    作品自体は、後半、少々、間延びしたような観がなきにしもあらずだったが、それらの悲哀を余すことなく描きったという点では十分に堪能できたように思う。

    配役陣という点では、何と言っても大女優・岸恵子の、「可愛い」駒子役が圧巻であったろう。

    役柄、酔っぱらう姿が多かったが、本当に酔っぱらっているようにしか見えなかったし、自分の感情と、どうにもならない現実との間で身を焦がす姿も他の女優とはひと味もふた味も違うものがあったように思う。

    島村役は池部良でも佐田啓二でも大差なかったかもしれないが、岸恵子の駒子役だけは、圧巻であったように思える所以である。


    __


    駒子役の岸恵子の演技力が光る最高の名作
    投稿者 島村 良 投稿日 2008/1/18

    この作品は日本映画史上屈指の名作であると思う。
    出演者は言うまでもなく、監督、脚本、映像、音楽等全てがすばらしい。

    その中でも特筆すべきは、やはり駒子役の岸恵子の存在感であろう。

    駒子は実はなかなかに演じるのが難しいキャラクターの持ち主。
    芸者に出るような身でありながら純粋さを失わない可愛い女だが、感情の起伏の激しさ、情の深さ、時に見せる弱さ、嫉妬心、そういうものを複雑に併せ持つ女性である。

    岸恵子はその駒子が到底成就するはずもない恋に身をやつす様を、これ以上ないと思えるほどの卓越した演技力で見せてくれているのだ。

    小説を映画化し、多くの人の賛意を得るのはとても難しいことだと思う。
    前もって本を読んでいた人々には、それぞれにその作品に対する強いイメージが心に焼き付いているものだ。だから他人の手によって映画化されたものには、たいていの場合失望感を持つケースがほとんどであるだろう。しかしながらこの作品はそういった違和感なりを遠くへふっとばしてしまうほどの圧倒的な臨場感をもって我々の心に迫ってくる。


    島村役の池部良、葉子役の八千草薫他脇役陣もそれぞれにその役柄に応じた最高の演技である。又、白黒の映像が雪という幽玄な世界をより魅力的なものにさせている。なかでも鳥追い祭りの雪と火が織り成すシーンは、来るはずであった島村に裏切られた駒子の哀しくしかし美しい表情ともあいまって芸術作品を見るかのごとくである。さらに全編を流れる團伊玖磨の音楽はあたかもハリウッド映画のそれを思わすすばらしい効果をあげている。

    しかしながら何といっても最高なのは「岸恵子の駒子」である。もとより大女優だけに数多くの作品に出演してはいるが、これがおそらくベストパフォーマンスだと個人的には確信している。彼女を超える駒子役はおそらくもう出ないことだろう。50年ほど前の映画だが、その演技にまったく古くささは感じない。現代を生きる若い方々にも是非見てもらいたいと思う。

    きっとその魅力が時代を超えて伝わってくることだろう。


    ただひとつ残念に思ったのは、切なく美しいラストシーンの直前の場面、火事で顔に醜い火傷を負った葉子の顔のアップ(一瞬ではあるが・・)を見せる必要があったのかどうか。

    せめて包帯を巻くとか何とかできなかったものか、この映画をTVで始めて見た高校3年のときにはその悲惨さがショックでなかなか寝つかれなかったことを思いだす。

    それがあるために、ラストのやや重苦しい感動が、必要以上にその度合いを増してしまったように思うのは私だけであろうか。
    https://www.amazon.co.jp/%E9%9B%AA%E5%9B%BD-DVD-%E6%B1%A0%E9%83%A8%E8%...



  6. 6 777


    日本最悪の温泉 湯沢

    客観的に判断すると


    スキーをやりたいなら白馬、志賀高原かニセコ、富良野

    風光明媚な所なら山中湖、軽井沢・菅平か蓼科・八ヶ岳

    温泉なら草津、北海道の川湯温泉かニセコ

    街の雰囲気や洗練度では軽井沢か湯布院

    食べ物が美味しい所なら北海道

    海が見たいなら伊豆、白浜か沖縄

    東京に近い温泉地なら熱海か箱根


    湯沢に人気が無いのは

    温泉最悪、風景全然ダメ、街並みのセンス最悪、雪質平凡、食べ物平凡

    でマンション価格が安い以外には良い所が一つも無いからなのですね。

    何でそんな何の取り得も無い所に高層の大型リゾートマンションを 58棟も建てまくったかというと、湯沢は川端康成の『雪国』のお蔭で有名になっていたので何か勘違いしてしまったんでしょう。

    『雪国』というのは、名も無い場末の田舎町で働く訳有り田舎芸者(今のピンク・コンパニオンに相当)と川端康成との情痴関係を描いた私小説 (小説の細部もノンフィクションに近かったので関係者を激怒させた様ですね)

    『雪国』の中にはそもそも湯沢という地名自体が全く出てきません。
    川端康成自体、雪国が売れて儲けた金で軽井沢に別荘を建てた位ですから、湯沢はちっぽけな共同浴場が一つ有るだけの何の取り得もない場末の田舎町としか認識していなかったのですね。

    当時の文学者は伊香保、水上温泉や法師温泉には良く行っていても、湯沢温泉はその名前すら聞いた事もなかったのです。

    _______



    愛のゆくえ 「雪国」 - 魔界の住人・川端康成  森本穫の部屋

    愛のゆくえ「雪国」その1

    越後湯沢へ

     1932、3年(昭和7,8年)ころ、川端康成はしばしば上州(群馬県)の温泉へ原稿を書きに行っていた。

     その前、昭和6年には、直木三十五に連れられて、池谷信三郎と3人で、上州の法師温泉へも出かけている。

     法師温泉は三国(みくに)峠の麓で、直木が特に好きな温泉だった。
     その昭和6年には清水トンネルが開通し、越後がぐっと近くなった。

       「雪国」を書く前私は水上(みなかみ)温泉へ幾度か原稿を書きに行つた。

       水上の一つ手前の駅の上牧(かみもく)温泉にも行つた。(中略)水上か上牧にゐた時私は宿の人にすすめられて、
       清水トンネルの向うの越後湯沢へ行つてみた。水上よりはよほど鄙(ひな)びてゐた。それからは湯沢へ多く行つた。

       上越線で湯沢は越後の入口になつたが、清水トンネルの通る前は、三国越えはあつても、越後の奥とも言へたのである。
                                                 (「独影自命」6ノ2)



    昭和9年6月初旬、康成は上牧温泉の大室旅館に滞在して原稿を書いていた。

     6月8日附で群馬県利根郡桃野村(上越線上牧駅前)大室温泉旅館の康成から、東京下谷上野桜木町36の川端秀子に宛てた書簡が遺されている。

     11日、12日には、同じく上牧駅前利根川向岸大室温泉旅館から秀子に手紙を出している。

     11日の手紙には、「明日改造すめば、どこかへ遊びに行つて来る。ここは配達1回しかないので、まだ杉山の手紙を貰つただけ、さつぱり様子分らず閉口だ。/文学界はどうかしらん。」と書いてある。

     原稿に追われつづけ、ここらで「どこかへ遊びに行つて」心身の回復をはかりたかったのだろう。また上牧の郵便事情の不便なことをも嘆いている。

     12日のには、「新潮と文藝7月号送れ、/なぜ報告の手紙をよこさんのだ、馬鹿野郎、手がくさつたつて代筆されることも出来るだらう」と癇癪を起こしている。

       改造の仕事で疲れ、気をまぎらす術なく、婆さんのやうな顔になつた。

       これだつて、原稿受けとり、改造に渡し、間に合つたと、電報でもくれたら、どれだけ安心して、仕事疲れの翌日が眠れるかしれん、僅か30銭ですむぢやないか。
       それくらゐの心は配れ。


     と、八つ当たり気味の手紙である。疲れてもいたのだろう。

    そのころは、車掌にチップを出して鉄道便の上野駅止めで原稿を送り、秀子に電報を打って上野駅で受け取らせ、出版社に直接持参させていたようだ。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/38bdc6f0c695da88fc77ee638f489c...



    愛のゆくえ 「雪国」その2

    越後湯沢の初印象

     6月14日附(づけ)で新潟県南魚沼(みなみうおぬま)郡越後湯沢高半(たかはん)旅館より上野桜木町36の秀子に宛てた書簡(15)は、冒頭に、越後湯沢の印象が書いてある。

       文学界の原稿を出しかたがた、水上駅に来たついで、一休みに、清水トンネルを越え、越後湯沢に来た。戸数四百ばかりの村、湯の宿も13,4あり、水上のやうになにか肌あらいところなく、古びてゐてよい。この宿は部屋も40ある。

     この旅館が越後湯沢随一の、主人が代々高橋半左衛門を名のる高(たか)半(はん)旅館である。

     康成はこの宿が気に入ったのだろう、こののちずっと、この宿を定宿とすることになる。

     ちなみに、康成に与えられた部屋は、清水トンネル開通のあと、新築された「長生閣」の二階「かすみの間」である。「雪国」作中では、「椿の間」として描かれる。

     なお14日附の秀子宛て書簡15は長いもので、途中「13日 康成」と記したあとに、翌朝書き加えた文言がある。

     つまり、康成が初めて湯沢に来たのは6月13日、翌14日に書簡を投函したことが明かとなる。

     このことは、当時、中央公論の編集者であった藤田圭雄(たまを)宛ての書簡にも明記してある。煩雑になるが資料として貴重なので、引用しておこう。

     第4次37巻本『川端康成全集』補巻2(新潮社、1984・5・20)の藤田宛て書簡1(昭和9年6月14日附 新潟県魚沼郡湯沢温泉高半旅館より東京麹町(こうじまち)丸の内ビルヂング中央公論編輯部宛て)

       拝啓、
       水上の1つ手前の駅の大室温泉に1週間ほど滞在の後、今日清水トンネルを越えて越後湯沢に参りました。古ぼけた村です。でもこの宿は客室が40ばかりもあります。(中略)21日頃までここに滞在いたします。(以下略)

       14日                   川端康成
      藤田圭造(ママ)様(正しくは、藤田圭雄)


     この書簡の日付が14日となっているのは、到着の翌14日に大室温泉に荷物をとりに戻り、14日にあらためて高半旅館に腰を落ち着けたからであろう。すなわち、康成が初めて越後湯沢に来たのは、1934(昭和9)年6月13日、腰を落ち着けたのが翌14日と確定してよいだろう。

     ちなみに、この点はつとに平山三男が「雪国」論(『川端康成 作家・作品シリーズ6』東京書籍、1979・4・日付記載なし)において指摘している。

     この気晴らしの旅で、康成はひとりの女とゆくりなくもめぐり逢い、もう1度その女に逢いにゆくために、その年の12月初旬、今度は上野から汽車に乗って越後湯沢の駅に降りた。

     やはり夫人宛て書簡によって、それが12月6日のことであるとわかる。

     康成はこの宿に籠もって、『文藝春秋』と『改造』の新年号2つの原稿を書く予定であった。もっとも、このとき、何を書くか、内容は、まったく頭の中になかった。ただ、6月の旅でめぐり逢った女と再会すれば、何か書く材料ができるだろうという、ぼんやりした期待があるばかりだったろう。


    「雪国」初出(はじめて雑誌に発表されたもの)

     「雪国」が昭和9年末から書き始められ、いろいろな雑誌に分載されて、最初に創元社から昭和12)年6月12日に刊行され(旧版『雪国』)、それからさらに書きつがれて、戦後の1948(昭和23)年12月25日に、あらためて同じく創元社から刊行され、これが〈決定版『雪国』〉と呼ばれていることは、よく知られている。

     その後、20年あまりたって、すこし手を加えられて、1971(昭和46)年8月15日、牧羊社から『定本雪国』が刊行された。

     康成が、これを『定本』にすると宣言し、以降、新潮社の第3次全集、第4次全集も、また新潮文庫103版以降も、この牧羊社版を底本にしていることは、平山三男の指摘によって、よく知られているとおりである。

     しかしやはり重要なのは、初出としてあちこちに分載された文章が、大幅に手を入れられて昭和12年の創元社版、あるいは昭和23年の決定版になった、その経過である。

     そこに、『雪国』にこめた康成の渾身の努力が刻印されているからである。

    さて、その最初の分載が「夕景色の鏡」と「白い朝の鏡」であることも、読者はよく御存知のことであろう。康成は、この2作のできた由来を、〈決定版『雪国』〉の「あとがき」で語っている。

       「雪国」は昭和9年から12年までの4年間に書いた。(中略)

       はじめは「文藝春秋」昭和10年1月号に40枚ほどの短篇として書くつもり、その短篇1つでこの材料は片づくはずが、「文藝春秋」の締切に終わりまで書ききれなかつたために、同月号だが締切の数日おそい「改造」にその続きを書き継ぐことになり、この材料を扱う日数の加はるにつれて、余情が後日にのこり、初めのつもりとはちがつたものになつたのである。

     このことばを裏づけるように、1934(昭和9)年12月7日附で上越線越後湯沢高半旅館より秀子に出した書簡には、

       斎藤君(注、『文藝春秋』の記者)は9日中にくれといふ。やはり正月で校了が2日早い由、9日は日曜。9日の汽車で全部送れるといいが、10日にまたがるだらう。(中略)

       もつとも何枚かけるかまだ分らぬが。

       しつかりした材料を持つて来ず、例によつて、夢のやうなつくりごとなるが厭(いや)である。                     (補巻2の21)


        
    とあり、さらに10日の書簡には、次のような一節がある。

       文藝春秋の小説は書き切れず尻切れとんぼ。
      (10日夕方の)今から改造にかかる。

     綱渡りのような、あやうい売文生活をつづけていたのである。もっとも、補巻に収められた書簡を見ると、このころの康成には『モダン日本』『婦人倶楽部』『若草』『行動』『中外新報』『中央公論』などから注文が殺到していて、それを1つ1つこなしてゆくのは、並大抵のことではなかっただろう。

    ――このような状況で初出「夕景色の鏡」は書かれた。

     よく知られているように、第1作「夕景色の鏡」の冒頭は、現在の「雪国」の有名な文章とは異なっていた。

       濡れた髪を指でさはつた。――その触覚をなによりも覚えてゐる。その一つだけがなまなましく思ひ出されると、島村は女に告げたくて、汽車に乗つた旅であつた。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/1ff09e0b54d8d44a456a67455ef79b...





    愛のゆくえ 「雪国」その3

    連載第一回「夕景色の鏡」の冒頭

      濡れた髪を指でさはつた。――その触覚をなによりも覚えてゐる。その1つだけがなまなましく思ひ出されると、島村は女に告げたくて、汽車に乗つた旅であつた。

     この部分は〈決定版『雪国』〉では完全に消滅しているが、視点人物島村を雪国に導くものが何であったかを明確に語っている。それは女――駒子の思い出であり、それも単なる情緒的なものではなく、指の触覚というきわめて官能的なものであった。

     冒頭では、指の触れたのは単に「髪」となっているが、少しあとに駒子の心理の説明として「まだ16,7の頃に、自分がどんなにいい女であるかを、男から噛んでふくめるやうに教へられ、その時はそれを喜ぶどころか、恥ぢるばかりだと……」とあることからも、それが駒子の肉体的な魅力を暗示していることは明らかである。

     もっと具体的にいうと、島村が左指で覚えていたのは、のちに出て来る表現ではあるが、駒子の「みうちのあついひとところ」の生ま生ましい触感だったのである。

     島村は駒子、というより駒子の肉体に再会しようとして、雪国に向かう汽車に乗った。そしてその車中で葉子に出会うのである。

       もう三時間も前、島村は退屈まぎれに、彼を女のところへ引き寄せてゆくやうな、左手の〈人指指〉をいろいろに動かして眺めてみたり、鼻につけて匂ひを嗅いでみたりしてゐたが、ふとその〈指〉で窓ガラスに線を引くと、そこに女の片目から片頬がはつきり浮き出たのだつた。

                     (初出では、〈 〉の中は伏せ字になっている。)

    この車窓の鏡に浮かび出た女が葉子であり、島村はやがて窓外の夕景色と二重写しになった葉子の顔の非現実な美しさに胸がふるえるのであるが、ここに短篇「夕景色の鏡」の意図はあらわになる。

     すなわち、前の旅でなじんだ女との再会を胸に描いて官能の思い出の世界にただよっていた島村が、眼前に現出した「この世ならぬ象徴の世界」の美に陶然となるのである。〈官能的な世界〉と〈象徴的な美の世界〉が、ここでは鮮やかに対比されている。

     康成の「はじめは……40枚の短篇として書くつもり」が、この対比を描くことであったことは、明かである。

    はたして、『改造』新年号に発表されたのは、「白い朝の鏡」であった。「夕景色の鏡」と対比する意図はよく現れている。

     ところがこの「白い朝の鏡」のなかに、その題名に相応する内容は登場してこないのである。

     それが発表されるのは、それから10ヶ月もたった『日本評論』11月号に「物語」と題して発表された作品の末尾においてである。



    第三回「徒労」

     つづけて『日本評論』の12月号に「徒労」が発表されているのは、翌年の1935(昭和10)年の秋、蛾が卵を産みつける時期に10ヶ月ぶりに湯沢をおとずれた康成の身に、駒子のモデルとなる女性との再会があって、「余情」が深まるような出来事が生じたためであろう。

     実際、作品の中で女が「駒子」と名づけられて登場するのは「徒労」からで、それまでは、単に「女」と呼ばれているに過ぎないのである。

     1、2回の短篇で終わるはずだった素材が内容の濃いものとなり、続編を書き継ぐ意志の生じたことが、そのような変化をもたらしたといってもいいだろう。

     これを裏づけるように、ずっとのちの1959年(昭和34年)になって、康成は「『雪国』の旅」と題するエッセイを発表していて、その中に、1935(昭和10)年秋の日記を公開している。

     1935年(昭和10年)秋とは、「雪国」作中では、島村が3度めに湯沢をおとずれて、長い逗留をすることになっている。しかし現実の康成はこの昭和10年の秋、この湯沢で「物語」「徒労」を書いたのである。

     そのときに、駒子のモデルとの濃い接触のあったことが、この日記に記されている。きわだったところだけを写す。なお、( )の中の説明は、康成が付したものである。


      昭和10年9月30日
     「少女倶楽部」、書き終る。1時55分の汽車で湯沢に行く。駒。(註、駒子が宿へ来たことである。)

      10月1日
     午前より宿の子供を部屋に呼ぶ。(註、「雪国」に書いてある。)3時過ぎ帰る。(註、駒子が。)

      10月2日
     朝、7時ごろに起される。(註、駒子が来て。)夜、駅まで行く、宴会の後で。

      10月4日
     西川博士よりレントゲン写真の結果の手紙。夜中11時に。(註、駒子が来る。)

      10月5日
     「讀賣(読売)」の原稿終り。10時より。(註、駒子が来る。)

      十月十一日
     「日本評論」のための「物語」(註、「雪国」の一部)、18枚で打切り、その原稿を送る。


     このように、ほとんど毎日、駒子が時ならぬ時刻にやって来ている。そしてこれらの素材を康成は「雪国」作中に書きこんでいる。そういう、ただならぬ状況のなかで、「物語」は短いながら完成し、これを康成は『日本評論』に送っているのである。


    「夕景色の鏡」

     では、「雪国」最初の2つの短篇のなかでは、何が語られたのであろうか。

     まず「夕景色の鏡」から見てゆくことにしよう。

     「夕景色の鏡」では、冒頭の2行で、先ほど紹介したように、島村のこの旅が、その触感だけがなまなましく思い出されると女に告げたくて汽車に乗った旅であったことが書かれる。

     ついで、

       「あんた笑つてるわね。私を笑つてるわね。」
       「笑つてやしない。」
       「心の底で笑つてるでせう。今笑はなくつても、後できつと笑ふわ。」

    と、最後までは拒み通せなかつたことを、その時女は枕を顔に抱きつけて泣いたのだつたけれども、彼はやはり水商売の女だつたと笑つて忘れるどころか、それがあつたために反つて、いつも女をまざまざと思ひ浮かべたくなるのだつた。

    と、回想の核心部分が書かれる。それから、現在の「雪国」冒頭の原型にあたる1行が登場する。

       国境のトンネルを抜けると窓の外の夜の底が白くなつた。信号所に汽車が止つた。

     ちなみに、現行の「雪国」冒頭は、以下のようになっている。


       国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた。夜の底が白くなつた。信号所に汽車が止まつた。

     そこから一転して現在の車中の光景となり、向こう側の座席から娘が立ってきて、島村の前のガラス窓を落して、身を乗り出し、駅長を呼ぶのである。

     駅長の応える言葉で、この娘の名が葉子であることは、すぐ読者に伝えられる。

      そのやうな、やがて雪に埋れる鉄道信号所に、葉子といふ娘の弟がこの冬から勤めてゐるのだと分ると、島村は一層彼女に物語めいた興味を増した。

     こうして、娘が病人連れで、甲斐々々しく世話をしていること、もう3時間も前、窓ガラスに葉子が映って驚いたこと、それ以来彼がずっと鏡の中の彼女を注視していて、娘の顔に野山の火が重なったとき、胸がふるえたこと……と、この作品の頂点が記されるのである。

       さうしてともし火は彼女の顔のなかを流れて通るのだつた。しかし彼女の顔を光り輝かせるやうなことはなかつた。冷く遠い光であつた。小さい瞬きのまはりをぽうつと明るくしながら、つまり娘の眼と火とが重つた瞬間、彼女の眼は夕闇の波間に浮ぶ、妖しく美しい夜光虫であつた。

     半時間後、葉子達も島村と同じ駅に下りたので、彼はまたなにが起るかと自分にかかわりがあるかのようにやうにあわてたりするが、宿屋の客引きの番頭と出会って、「お師匠さんとこの娘はまだいるかい」と尋ねる。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/9987e54b50d12c1dce54bc68a1d42a...



    愛のゆくえ 「雪国」その4

    再会

     前に泊まった温泉宿に落ちついた島村は、内湯に行く。そして長い古びた廊下を部屋へ戻ってゆくとき、女と再会するのである。

       その長いはづれの帳場の曲り角に、裾を黒光りの板の上へ冷え冷えと拡げて、女が立つて待つてゐた。

       と(ママ)うとう芸者に出たのであらうかと、その裾を見てはつとしたけれども、こちらへ歩いて来るでもない、體のどこかを崩して迎へるしなを作るでもない、その立ち姿から、彼は遠目にも真面目なものを受け取つて、急いで来たが、女の傍(かたわら)に立つても黙つてゐた。(中略)

       手紙も出さず、会ひにも来ず、踊の型の本など送るといふ約束も果さず、女からすれば笑つて忘れられたとしか思へないだらうから、先づ島村の方から詫びかいひわけを云はなければならない順序だつたが、顔を見ないで歩いてゐるうちにも、女は彼を責めるどころか、體いつぱいになつかしさを感じてゐることが知れるので、彼は尚更、どんなことを云つたにしても、その言葉は自分の方が不真面目だといふ響きしか持たぬだらうと思つて、なにか彼女に気押される甘い喜びにつつまれてゐたが、階段の下まで来ると、

      「こいつが一番よく君を覚えてゐたよ。」と、人差指だけ伸した左手の握拳を、いきなり女の目の前に突きつけた。

    女との再会は、このように印象的にはたされる。

     しかし同時に、男の不誠実もまた、しっかり刻印される。

     その不誠実を徹底するように、男は「こいつが一番よく君を覚えてゐたよ」と人差指を女の面前に突きだすのである。

     だが女は怒らない。

       「さう?」と、女は彼の指を握ると、そのまま手を離さないで手をひくやうに階段を上つて行つた。

     そうして彼の部屋に来ると、女はさっと首まで赤くなって、それを誤魔化すためにあわてて彼の手を拾いながら、「これが覚えてゐてくれたの?」「右ぢやない、こつちだよ」と、女の掌の間から右手を抜いて、炬燵に入れると、改めて左の握拳を出した。彼女はすました顔で「ええ、分かつてるわ」と、ふふと含み笑いしながら、島村の掌を拡げて、その上に顔を押しあてるのである。

       「ほう冷い。こんな冷い髪の毛初めてだ。」
      「東京はまだ雪が降らないの?」
      「君はあの時、ああ云つてたけれども、あれはやつぱり嘘だよ。さうでなければ、誰が年の暮にこんな寒いところへ来るものか。」

    ここで文章は冒頭につながり、また、最初の出会いへと回想に移るきっかけとなるのだが、じつは、この前に、重要な記述が20行ばかり、初出にはあった。


    女の體(からだ)の秘密

     それは、たった1度の出会いで、女がどうしてこの男を忘れられないようになったか、という女の微妙な心理の説明である。

     この心理の説明が消去されてしまった現在の「雪国」では、読者は、どうしてああも簡単に女が島村に恋心を抱いてしまったのか、理解できないのである。

     初出で康成は、女の心の秘密を、こんなに克明に説明していた。

       それではこの男も、私をほんたうに知つてくれたのだつたか、それにひかれて遙々来たのだつたか、どこを捜しても私のやうな女はさうゐないので忘れなかつたのかと、彼女はなんだか底寂しい喜びに誘ひこまれた。ほつと安心したやうな親しさで、心が男に寄り添つて行つた。許されたやうな思ひだつた。かういふ男は彼女にとつて逆らひ難い誘惑だつた。

       と云つたところで、彼女はまだ水商売が身にしみてゐるわけでなし、多くの男を知つてゐるわけでもないが、まだ16、7の頃に、自分がどんなにいい女であるかを、男から噛んでふくめるやうに教へられ、その時はそれを喜ぶどころか、恥ぢるばかりだと、男はいよいよむきになつて褒めちぎつたので、やがて男の云ふことが彼女の頭の底に宿命のやうに沈みついてしまつたのだつた。

       けれども、それが彼女自身ではつきりと分るやうになつた後まで、天刑をあばかれたやうな初めの悲しみは消え残つてゐるのだつた。余りに早く愛なくして知つたためであったらう。

       島村といふ男は1週間も山登りをして来たほどで、よく整つた體はさう弱さうに見えなかつたけれど、肉附の色白い円みがいくらか女じみてゐるし、まして道楽した風はなく、女のあつかひが淡白なところから考へても、あの時彼女のほんたうが分つてくれたとは、たうてい思へなくて、それが後々まで未練のもとのやうでもあり、また反つてそのきれいさが愛着の種ともなつてゐるのだつた。彼女の幾人かの男のうちで、彼だけはそれを知らない。

       けれども、あの時自分は酔つてゐたから、男を見抜くことが出来なかつたのだらうか。さうではない、気は確かだつた。そんなら、この人を初めてほんたうに愛したゆゑの迂闊だつたのだらうかといふ結論に辿りついて、女はふふと含み笑ひしながら、島村の掌を拡げて、その上に顔を押しあてた。

     この長い引用は、駒子の心理を知るには欠かせない部分なのだが、現在の「雪国」では、削除されてしまった。

     女は16、7のころ、男に教えられて、自分が女として類稀(たぐい、まれ)な肉体を持っていることを知ってしまった。

     だから最初に思ったことは、島村が自分のほんとうの肉体の秘密を知って、それにひかれて遙々(はるばる)来たのだったか、ということだった。底寂しい喜びに誘われ、ほっと安心したような親しさを感じた。

     しかし次に考えたことは、島村は女のあつかいも淡白であったから、彼女のほんとうの秘密を知ったとは到底思えず、それが後々までの未練のもとであり、またそのきれいさが愛着の種ともなっている、ということだった。「彼女の幾人かの男のうちで、彼だけはそれを知らない。」

     彼に肉体の秘密を悟らせないままに終わったのは、「この人を初めてほんたうに愛したゆゑの迂闊だつたのだらうか」、最後に女はそう考えて、ふふと含み笑いするのである。

    さて、男は掌に顔を押しあてられて、女の髪の冷たさに驚く。

    「ほう冷い。こんな冷い髪の毛初めてだ。」そう言って、女に「東京はまだ雪が降らないの?」と訊かれても、それには応えず、言おうと思っていた言葉を口にするのである。

       「君はあの時、ああ云つてたけれども、あれはやつぱり嘘だよ。さうでなければ、誰が年の暮にこんな寒いところへ来るものか。」

     この言葉をきっかけに、「あの時は――雪崩の危険期が過ぎて、新緑の登山季節に入つた頃だつた。」と、最初の邂逅を振り返る回想場面――第1の旅へと、叙述は戻るのである。

    無為徒食(むいとしょく)の島村

     「無為徒食の島村は」と、その冒頭で島村の人物像が提示される。

    無為徒食とは、定まった職業も持たず、親から遺された財産でもあって、それをいたずらに喰いつぶしている、生活に責任を持たぬ男、というほどの意味であろう。
     少し後に、「白い朝の鏡」のところで、島村が西洋舞踊を趣味にしていて、時々西洋舞踊の研究や紹介を書くので、文筆業者の片端に数えられているが、島村みずから、それを「机上の空論」と冷笑し、そこに虚無の匂いを嗅いでいる、との説明がある。

     このほか、東京に妻子があることがのちに説明されるが、「雪国」の中で島村について読者が具体的に与えられる知識はこれだけである。

     そんな島村はしぜんと自分に対する真面目さも失いがちになるので、それを呼び戻すために、よく一人で山歩きをするが、その夜も、国境の山々から7日ぶりで温泉場へ下りて来ると、芸者を呼んでくれと云った。

    ところがその日は道路普請の落成祝いで、12、3人の芸者は手が足りなくて、とうてい貰えないだろうが、三味線と踊りの師匠のところにいる娘なら、来てくれるかも知れぬ、ということだった。

     その娘は、芸者ではないが、まったくの素人ともいえない、という女中の説明だった。

       怪しい話だとたかをくくつてゐたが、1時間ほどして女が女中に連れられて来ると、島村ははつと唇を結んだ。(中略)

    女の印象は不思議なくらゐ清潔であつた。足指の裏の窪みまでぬかりなくきれいであらうと思はれた。山々の初夏の風景を見て来た自分の眼のせゐであらうかと、島村は疑つたほどだつた。

     女はこの村から眺められる山々の名もろくろく知らなかったけれど、自分の身の上話は案外率直に話した。19であるともいった。また歌舞伎の話をしかけると、女は彼よりも俳優の芸風や消息に精通していた。そういう話相手に飢えていたのか、夢中でしゃべった。

     その夜は何事もなく過ぎ、女は帰っていった。

     そして翌日の午後、宿へお湯をもらいに来るついでに彼の部屋に遊びに寄った。
     ところが女に、島村はいきなり、芸者を世話してくれ、と云った。女が怒ると、

       「友だちだと思つてるんだ。友だちにしときたいから、君は口説かないんだよ。」

    「夕景色の鏡」は、ここで突如、終わる。康成が妻への手紙に、
    「文藝春秋の小説は書き切れず尻切れとんぼ。」と書いたとおりである。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/4510ff64754c3b064cd14671dbf6ce...











    愛のゆくえ 「雪国」その5
    「白い朝の鏡」

    つづけて『改造』に書かれた続編では、はじめに、読者を面食らわせないないためだろうか、芸者代わりに呼んだ女とのいきさつが少し書いてある。

     それから、つづきがあって、間もなく来た芸者を一目見ると、「島村の山から里へ出た時の女ほしさは、味気なく消えてしまった」ので、郵便局の時間がなくなるという口実をもうけて芸者を返す。そして、若葉の匂いの強い裏山へ登ってゆく。ほどよく疲れて、駈け下りてくると、

       「どうなすつたの?」と、女が杉林の陰に立つてゐた。
      「うれしさうに笑つてらつしやるわよ。」
      「止めたよ。」と、彼はまたわけのない笑ひがこみ上げて来て、  「もう止めだ。」
      「さう?」と、女は表情のなくなつた顔であちらを向くと、杉  林のなかへゆつくり入つた。彼は黙つてついて行つた。

       神社であつた。苔のついた駒(ママ)犬の傍の平な岩に、女は腰を下  して、
      「ここが一等涼しいの。真夏でも冷い風がありますわ。」

     ここでふたりは会話をかわしながら、夕暮れまでの時間を過ごす。島村のとらえた女の特徴も書きこまれている。

     「少し中高の円顔は平凡な輪郭ながら、白陶器に薄紅を刷いたやうな皮膚で、首のつけ根も肉づいてゐないから、美人といふよりもなによりも、清潔だつた。」


    自分の男を呼ぶ声

     それから問題の場面が登場する。
     その夜の10時ごろ、女が廊下から島村の名を大声で呼んで、ばたりと倒れるように彼の部屋へ入ってくる。宴会の途中だった。

     「悪いから行つて来るわね。後でまた来るわね」と、よろけながら出て行く。

       一時間ほどしてまた廊下にみだれた足音で、

      「島村さあん、島村さあん。」と、助けを求めるやうに叫んだ。それはもうまぎれもなく、酔つたあげくの本心で、女が自分の男を呼ぶ声であった。それは島村の胸のなかへ飛びこんで、むしろ思ひがけないほどだつたが、宿屋中に聞えてゐるにちがひなかつたから、当惑して立ち上がると、女は障子紙に指をつつこんで桟(さん)をつかみ、そのまま……〈伏せ字8字〉倒れかかつた。 

     「女が自分の男を呼ぶ声」とは、女が自分の好きな男を呼ぶ声、の意味だろう。
     ちなみに、現行の定本では、この箇所はみごとに彫琢されて、こんなに簡潔な文章に変わっている。

      一時間ほどすると、また長い廊下にみだれた足音で、あちこちに突きあたつたり倒れたりして来るらしく、

      「島村さあん、島村さあん。」と、甲高く叫んだ。
      「ああ、見えない。島村さあん。」

       それはもうまぎれもなく女の裸の心が自分の男を呼ぶ声であつた。島村は思ひがけなかつた。
     
     女は酔って、本心から、「自分の男」を呼んだのである。
     だが、女はいつのまに、島村を「自分の男」と思うようになったのか。

     さきほどの夕暮れの杉林の中での会話からだろうか。前夜、芸者の代わりに呼ばれて、島村と話が合ったからであろうか。それとも、今日の午後、芸者を呼んでくれと、失礼なことを云われたことが、かえって女の心を刺激したのか。

     いずれにしても、前夜、ふたりの話の合ったことが基本であろう。だからこそ好意を抱いて、女は翌日の午後、島村の部屋を遊びに訪れたのである。それなのに芸者を世話してくれといわれて、女の心は傷ついた。しかしこの危機は、女の素直な心によって回避された。

     しかし、それでもなお、女がここまで深く島村を思ってしまった心の因はわからない。

     女の心はわからないままに、物語は進行する。

     島村の部屋で、女は酔ったままにさまざまな姿をみせるが、結局、島村に抱かれることになる。しかしその時になっても、「お友達でゐようつて、あなたがおつしやつたぢやないの」と、幾度繰り返したかしれなかった。

     島村はその言葉の真剣な響きに打たれ、また、固く渋面をつくつて自分を抑へてゐる意志の強さには味気なくなるほどで、女との約束を守ろうかとさえ思うのである。

     この場面の初出は伏せ字だらけで、意味が通らないので、定本によって補正すると、

      「私はなんにも惜しいものはないのよ、決して惜しいんぢやないのよ。だけど、さういふ女ぢやない。私はさういふ女ぢやないの。きつと長続きしないつて、あんた自分で言つたぢやないの。」(中略)

    などと口走りながら、よろこびにさからふために袖をかんでゐた。


    女はこんなに簡単に男に身を任せることで、男が誤解することを恐れているのだ。好きな男にあげる。だから惜しいんじゃない。だけど、あなたは誤解する。あたしが、こんなふうに誰にだって簡単に身を任せてしまう女だと誤解する。それは違う!

     女は、よろこびがこみ上げてくるなかで、それに逆らいながら、必死で言いつのっているのだ。

     ……しばらく気が抜けたみたいに静かだったが、女はふと突き刺すように、
    「あなた笑つてるわね。私を笑つてるわね。」と言って、泣くのである。旅の男に簡単に身を任せた、男からすれば、据え膳喰わぬは……と、そんな女を安っぽい、尻の軽い女として馬鹿にするだろう。女は、そう思われることを避けようと、必死で男を刺すのである。

     この場面は、女が行きずりの島村に本気で惚れて身を任せ、その自分の気持ちを軽いものと誤解されることを恐れていると、読者に繰り返し訴える。女の真剣な好意がつよく印象づけられるシーンである。

     それとともに、そのように言わねばならぬほど、男に容易に身を任せてしまった女の哀れが読者に迫ってくる。

     「白い朝の鏡」は、それから女が夜が明けるのを恐れて、宿の人が起きる前に帰ってゆくところで閉じられる。

     「夕景色の鏡」との対照は、この作品では書かれずじまいだったのである。


    「物語」

     「夕景色の鏡」「白い朝の鏡」と1935年(昭和10年)の新年号に発表されたまま、作品は1年ちかく放置される。

     次に第3作「物語」、第4作「徒労」が発表されるのは、同年11月号、12月号のことである。

     先にも指摘したように、その秋の康成の3度目の越後湯沢への旅が、「余情」を後に残す契機となったのである。

    「物語」も、読者にこれまでの経緯を説明するところから始まっている。女が夜明けに宿を抜け出して帰っていったあと、「その日島村は東京へ帰つてしまつた。女の名も聞き忘れたほどの別れやうであつた。」

     それから、新しい「物語」が始まる。

     女はしきりに指を折って勘定している。島村が問うと、「5月の23日ね」といい、今夜がちょうど「199日目だわ」と応えるのである。

     ここは、これまでいくつもの論考で指摘されてきたように、平安の昔に、深草(ふかくさ)の少将が小野小町を99夜たずねた、その故事「深草少将の百夜(ももよ)通い」に関連づけているのであろう。女は、自分たちの関係に何か意味を見出そうとしているのである。

     それから、この「物語」の中心となる、女の生きる姿が示される

       「だけど、五月の二十三日つて、よく覚えてるね。」
      「日記を見れば、直ぐ分るわ。」
      「日記、日記をつけるのか。」
      「ええ、古い日記を見るのは楽しみですわ。なんでも隠さずその通りに書いてあるから、ひとりで読んでゐても恥しいわ。」
    「いつから?」
       「東京でお酌に出る少し前から。(以下略)」

     これだけでも島村を驚かすには十分だったが、島村をもっと驚かせたのは、女が、読んだ小説を1つ1つ雑記帳に書きつけている、ということだった。

       日記の話よりも、尚島村が意外の感に打たれたのは、彼女は十六の頃から、読んだ小説を一一書き留めておき、そのための雑記帳がもう十冊にもなつたといふことであつた。

      「感想を書いとくんだね?」
      「感想なんか書けませんわ。題と作者と、それから出て来る人物の名前と、その人達の関係と、それくらゐのものですわ。」

      「そんなものを書き止めといたつて、しやうがないぢやないか。」
      「しやうがありませんわ。」
      「徒労だね。」
      「さうですわ。」と、女はこともなげに明るく答へて、しかしぢつと島村を見つめてゐた。

       全くの徒労であると、島村はなぜかもう一度声を強めようとした途端に、しいんと雪の鳴るやうな静けさが身にしみて/それは女に惹きつけられたのであつた。

     島村は、女の意外な一面を知って驚く。山深い田舎のひとりの無名の女が、読んだ小説の題名をノートにつけたとて、いったいそれが何の役にたつというのだろう。

       彼女にとつては、それが徒労であらうはずがないとは彼も知  りながら、頭から徒労だと叩きつけると、なにか反つて彼女の  存在が純粋に感じられるのであつた。

     このとき初めて、島村は女に惚れたのである。あるいは、女の一生懸命に生きている姿を知って、そこにひとりの女の生きる息づかいを感じて、女に対する心からの愛情が湧いてきたのである。

     ……その夜、つまり再会の最初の夜も、女は島村の部屋に泊まって朝を迎える。
     部屋が明るんでくると、女の赤い頬があざやかに見えてくる。寒いせいだろうと島村が訊くと、白粉(おしろい)を落としたからだ、と女は答える。

      「寒いんぢやないわ。白粉を落したからよ。私は寝床へ入ると直ぐ、足の先までぽつほ(ママ)して来るの。」と、島村の枕もとの鏡台に向つて、
      「たうとう明るくなつてしまつたわ。帰りますわ。」

      島村はその方を見て、ひよつと首を縮めた。鏡の奥が真白に光つてゐるのは雪である。その雪のなかに、女の真赤な頬が浮んでゐる。なんともいへぬ清潔な美しさであつた。

     この場面でようやく、康成の初めの構想――「夕景色の鏡」と、人差指が覚えていた女の「白い朝の鏡」との照応が完成するのである。

     1つの短篇で終わるはずだった作品が、3作めの「物語」の最後になって、やっと当初の目的を完成したのである。康成は、ここでこの連作を終わってもよかった。

     それがさらに次の「徒労」へとつづいてゆくのは、この「物語」の中で、日記をつけているばかりか、読んだ小説を雑記帳に書きとめているという、ひとりの女の、徒労の生を懸命に生きている姿を知って、男の内部に、遊びごとではない、女への真剣な思いが芽生えたからである。

     これが「余情が後に残って」の意味であろう。ここから、作品は真剣な愛を抱いた男と女の物語へと変貌してゆくのである。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/2e44c3f542df85f121f5b87a87d3c7...


    愛のゆくえ「雪国」 その6

    「徒労」

     「雪国」のプレオリジナル(初出)第4作目にあたる「徒労」は、かなり長い。作者の興がのっているからだろう。

     ここでも、作品をたどりながら、ふたりの移りゆきを、細かく見ていこう。
     ……昼すぎ、島村が温泉宿からの坂道を歩いてゆくと、軒かげに芸者が5、6人、立ち話をしている。そのなかに駒子もいた。

     島村が通りすぎると、駒子が追ってくる。「うちへ寄つていただかうと思つて」という。その家は、前日、汽車で乗り合わせた病人のいる家だった。駒子の師匠の家である。

     その2階、というよりも屋根裏部屋に、駒子は住んでいた。もとはお蚕(かいこ)さまの部屋だったという。

     その古びた部屋の、障子は貼り替えられ、壁にも丹念に半紙が貼られて、古い紙箱に入ったようだった。壁や畳は古びているものの、いかにも清潔であった。蚕(かいこ)のように、駒子も透明な體で、ここに住んでいるかと思われた。

     駒子は、階下の病人を、腸結核で、もう故郷に死にに帰って来たのだと話した。三味線と踊りの師匠であるひとの、ひとり息子であると、これまでのいきさつも話した。けれども、この息子――行男を連れて帰った娘がなにものであるか、どうして駒子がこの家にいるのかということは、一言も話さなかった。

     やがて、澄み上がった、悲しいほど美しい声が聞こえる。葉子である。だが葉子は島村をちらっと刺すように一目見ただけで、ものも言わずに通り過ぎた。

       島村は表に出てからも、彼女の眼つきが彼の額の前に燃えてゐさうでならなかつた。

     島村が、駒子とこういう仲になりながらも、頭の片隅で、この葉子を意識していることが、ここで期せずして語られている。

     島村は、通りかかった按摩(あんま)を宿の部屋に呼んで、その按摩の口から、師匠の息子である行男と駒子がいいなづけであり、行男の療養費をかせぐために駒子が芸者に出たのだ、という消息を聞く。

     その夜、宿の宴会が果てて島村の部屋に来た駒子は、島村の来なかった八月いっぱい、神経衰弱でぶらぶらしていたと話す。また浜松の男に言い寄られたことも告白する。

     そして「私妊娠してゐると思つてたのよ。ふふ、今考へるとをかしくつて、ふふふ」と含み笑いする。

     もちろん、島村の子を宿したと思ったのである。

     それから島村の追求に答えて、行男とのいきさつを語る。

       「はつきり云ひますわ。お師匠さんがね、息子さんと私といつしよになればいいと、思つた時があつたかもしれないの。心のなかだけのことで、口には一度も出しやしませんけれどね。さういふお師匠さんの心のうちは、息子さんも私も薄々知つてたの。だけど、二人は別になんでもなかつた。ただそれだけ。」

     けれどもまた、「東京へ売られて行く時、あの人がたつた一人見送つてくれた。一番古い日記の一番初めに、そのことが書いてあるわ」ともいう。


    駒子の三味線

    宿へ葉子に持たせてきた三味線を、駒子が弾き、唄う。

       忽ち島村は頬から鳥肌立ちさうに涼しくなつて、それが腹まで澄み通つて来た。たわいなく空にされた頭のなかいつぱいに、三味線の音が鳴り渡つた。全く彼は驚いてしまつたと云ふよりも、叩きのめされてしまつたのである。敬虔の念に打たれた。悔恨の思ひに洗はれた。自分はただもう無力であつて、駒子の力に思ひのまま押し流されるのを、快いと身を捨てて浮ぶよりしかたがなかつた。(中略)

       勧進帳が終ると、島村はほつとして、ああ、この女はおれに惚れてゐるのだと思つたが、それがまた情なかつた。

      「こんな日が音がちがふ」と、雪の晴天を見上げて、駒子が云つただけのことはあつた。

    それからは、泊ることがあっても、駒子はもう強いて夜明け前に帰ろうとはしなくなった。

     2、3日後、月の冴えた夜、空気がきびしく冷えてから、午後11時近くだのに、駒子は散歩をしようといってきかなかった。

     駅へ行く、という。

     「あんたもう東京へ帰るんでしょう。駅を見にゆくの」という。

     駅から帰ると急にしょんぼりして、島村の要求に、「ううん、難儀なの」という。月経中という意味である。「なあんだ、そんなこと。ちっともかまやしない」と島村は笑って、「どうもしやしないよ」という。

     「つらいわ。ねえ、あんたもう東京へ帰んなさい。つらいわ」といって炬燵(こたつ)の上に顔を伏せる。

       「もう帰んなさい。」
      「実は明日帰らうかと思つてゐる」
      「あら、どうして帰るの?」と、駒子は目が覚めたやうに顔を起した。
      「いつまでゐたつて、君をどうしてあげることも、僕には出来ないんぢやないか。」

       ぽうつと島村を見つめてゐたかと思ふと、突然激しい口調で、

      「それがいけないのよ。あんた、それがいけないのよ。」と、じれつたさうに立ち上つて来て、いきなり島村の首に縋りついて取り乱しながら、
      「あんな、そんなこと云ふのがいけないのよ。起きなさい。起きなさいつて云へば。」と口走りつつ自分が倒れて、物狂はしさに體(からだ)のことも忘れてしまつた。

     月経中であることも忘れてしまった、というのである。駒子の方から身を投げだしたのだ。

       それから、温かく潤んだ眼を開くと、
    「ほんたうに明日帰りなさいね。」と、静かに云つて、髪の毛を拾つた。

     見過ごすことのできぬ言葉があった。それは島村の、「いつまでゐたつて、君をどうしてあげることも、僕には出来ないんぢやないか」という言葉である。

     島村は東京の人であり、東京には妻子がある。それを捨ててまで駒子との愛をつらぬこうとは、初めから考えていない。

     では、駒子との愛は、どうなるのか。

     島村は、駒子を愛しても、それ以上、どうしてやることもできないのである。この点に、駒子の哀切さが浮かび上がる。どんなに島村を愛しても、島村はその時点では愛し返してくれても、それだけである。つまり、ふたりの愛の行く末はない。

     ――島村は次の日の午後三時の汽車で立つことになる。


    駅の前で

     その日、ふたりが駅まで来たところへ、あわただしく葉子が駈けてきて、「ああっ、駒ちゃん、行男さんが、駒ちゃん。」と駒子の肩をつかんで、「早く帰って、様子が変よ、早く」とすがる。

       駒子は肩の痛さをこらへるかのやうに、目をつぶると、さつと顔色がなくなつたが、思ひがけなく、はつきりかぶりを振つた。

    「お客さまを送つてるんだから、私帰れないわ。」
       島村は驚いて、
      「見送りなんて、そんなものいいから。」
      「よくないわ。あんたもう二度と来るか来ないか、私には分りやしない。」

     駒子は極度の葛藤(かっとう)のため、げえっと吐き気を催すが、口からはなにも出ず、目の縁(ふち)が湿って、頬が鳥肌立つ。

     葉子が島村にも必死で頼んで後向いて走り出したのを見送った島村は、「なぜまたあの娘はいつもああ真剣な様子なのだらうと、この場にあるまじき不審」が心を掠めて、「遠ざかる後姿は尚更寂しいものに見えた。」

     さらに、
     「葉子の悲しいほど美しい声は、どこか雪の山から今にも木魂(こだま)して来さうに、島村の耳に残つてゐた。」とある。

     こんな場合なのに、島村の頭には、葉子にたいする関心がつよく尾を曳いているのである。

     それに対して、駒子は島村のために、他のすべてを捨てる。
     島村は駒子に、帰ってやるように説得するが、駒子は聞き入れない。

      いや、人の死ぬの、見るなんか。

     ここは、どう解釈すればいいのだろう。


    駒子の決断

     駒子にとって、島村は、今度汽車に乗ったら、いつまた来てくれるかわからない男である。だからここで見送っておかないと、一生後悔する。

     これに対して、行男は過去のひとである。今の駒子にとっては、もう一度逢えるかどうかわからぬ島村を見送る方が大切なのである。駒子は決然と、島村を選んだ。

     島村は、それを受け入れるしかない。

     ……やがて改札が始まる。駒子は、フォームには入らないといって、待合室で島村を見送る。汽車が走り出すと、駒子の姿はたちまち見えなくなってしまう。待合室のガラスが光って、駒子の顔はその光のなかにぽっと浮ぶかと見る間に消えてしまう。それはあの雪の朝、雪の鏡の時と同じに真赤な頬であった。
     
       またしても島村にとつては、現実といふものとの別れ際の色であつた。 

    汽車に乗って東京に帰ってゆく島村には、夕闇に浮かんだ葉子の目も、駒子の赤い頬の色も、現実との別れの色だった、と康成は書いているのだ。つまり、雪国の現実と別れて、彼はふたたびトンネルの向こうの世界へと帰ってゆくのである。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/f0071e44892b2506824a7246bc34d0...






    愛のゆくえ「雪国」 その7
    川端書簡

    ――ところで、「徒労」をめぐって、川端康成書簡に、面白いものがあった。封筒が欠けていて、1935(昭和10)年10月末と推定されるものだが、越後湯沢から、妻・秀子に宛てたものと思われる。

     それは、そのころ『日本評論』社とは、原稿と引き替えに必ず稿料を渡すという約束があったのに、秀子夫人が持参しても、どうしても金を渡さなかったのである。それで、原稿を渡さず、持ち帰った秀子から、康成に、どうしたらよいかと指示を乞うたらしい。

     康成は、次のように書いている。

       日本評論デクレヌノカ。

       日本評論デクレヌノナラ、原稿取リ戻シ、火急他ヘ売ツテ貰フヨリ仕方ナイト思フガ。

       コノ手紙ツクノハモウ三日ダカラ、評論社ノ方ハドウカトキメテ貰(もら)ツテ下サイ。

    他ヘ売ルナラ中央公論デモ改造デモヨイガ、中央公論ノ方ヨカロウ。他ヘ売ル時ハ、題ハ「徒労」、続キナレド、独立シテ少シモ差支(さしつかえ)ナク、チヤントマトマリ、相当面白イモノダト云ツテ下サイ。枚数は七八十枚。後直グ届ケルト。

     「徒労」について、「続キナレド、独立シテ少シモ差支ナク、チヤントマトマリ、相当面白イモノダ」と康成が珍しく自信を持って語っているところに注目したいのだ。この挿話は、秀子夫人の『川端康成とともに』にも書かれている。秀子も「自分の作品についてこうはっきりと言うことは滅多にないことですから、この作品にはよほど自信があったのだと思います」と書いている.。


    同時代評

     結局、「徒労」は、「物語」に引きつづいて日本評論社が引き取ったが、同時代評は、この作に高い評価を与えた。

     林武志『川端康成作品研究史』(教育出版センター、1984・10・10)の「雪国」評価を見ると、作品が、あとになるほど評価がますます高くなり、「徒労」「火の枕」などは、ほぼ絶讃されていることが印象深いのである。

     ここで少し前戻りするが、「夕景色の鏡」「白い朝の鏡」から、同時代評を、前引の『川端康成作品研究史』から引用させていただこう。いずれも、抄出である。

    ☆深田久弥「〈新年雑誌文芸時評(3)受難期の一群―川端氏の作品を推す」(『読売新聞』、1934・12・27)

       川端氏の「白い朝の鏡」及びその続編「夕景色の鏡」は傑作である。小説の理屈はともかく、お終ひになるのを惜しみながらたのしみ読めたのは、新年号幾十の小説のうちこれだけであつた。


    ☆正宗白鳥「〈新年号の創作評(終)稚気と匠気―川端氏の短篇二つ」(『東京朝日新聞』1935・1・6)

       川端康成氏の「夕景色の鏡」は、何の事やら腑(ふ)に落ちなかつたが、「改造」所載の「白い朝の鏡」を読んで、やうやく得心が行つた。この二篇は必ず併(あわ)せ読まなければならぬのである。(中略)二つの小篇に含まれてゐる事実をそのまゝに見ないで、鏡に映して見たところに、芸術としての異つた色彩が豊かに現れてゐる。

    ☆上林暁(かんばやし・あかつき)「〈文芸時評〉『文藝春秋』―旅情について」(『作品』1935・2・1)

       東京は遠い、と田舎に居てこの頃思ひつづけてゐる僕は、「比叡」(横光利一)、「夕景色の鏡」(川端康成)の二作を読んで、焼きつくやうな旅情を感じた。(中略)ただ作者横光氏は、旅の風光の中にあつて、風光を睥睨(へいげい)(へいげい)し、考察し、時に子供のやうに風光の中に身を構へてゐるに反し、作者川端氏は、旅から湧く感情に身も心も焦がしてゐる相違が感じられた。(中略)

    「夕景色の鏡」は未完であるらしい。雪に埋れた信号所に汽車が停つて、汽車の中の娘が、窓の外を通る駅長と言葉を交はすので、僕の感は極まつた。僕たちが文学の修業をしてゐるのは、こんな美しい情景を探り当てるためだ。


    「「徒労」の同時代評

    何の用意もなく、時間もないまま書き出したというのに、「夕景色の鏡」「白い朝の鏡」は、いずれも好評である。康成が続編を書きつぐ気になった原因の1つは、この好評にあったかもしれない。

     しかし「徒労」以下になると、同時代評は、さらに絶讃の傾向をおびる。


    ☆青野季吉「文学と方法―川端氏の『徒労』に就て」
       川端康成の「徒労」(日本評論)はこれまでの言葉で云へば、清純なること珠玉の如き作品である。またじつさい私には、この田舎芸者の姿態を描いた作品をよみ耽りつつ、そういふ古い讃美の言葉が、思はず頭にうかんで来たのであつた。またそれと同時に、至芸といふやうな、旧い言葉も思ひ出された。(中略)

       またこの作品には、謂ゆる心理をとり出した描写といふものが、ぜんぜん無い。女のその場その場で男にしめす姿態と言葉のうちに心理の内容と変化とを見てとるより外はない。そして作者は執拗頑強にこの方法を守り通してゐるのである。しかも作者によつて捉へられた女の姿態と言葉のうちに、いかに精妙に心理の内容と変化が「表現」されてゐることであらうか。驚歎するばかりである。

       「徒労」の文学としての独自の性格は、まさにかくの如きものである。複雑なものが、その複雑さを失はずして、単純化され、圧縮され、すべての含蓄によつて答へられてゐる。而(しこう)して、雪の山地の自然と、人間の在り様とが、渾然(こんぜん)とした一致のなかにおかれ、空間、時間の正確な感じまでが、そこに精細に盛り込まれてゐる。これを絵画にたとえ(ママ)れば巧緻な写生と見へ(ママ)て、さうでなく、既に凡(すべ)てをふくむ写意の妙境に達してゐるものと云つてよいかも知れない。


    ☆河上徹太郎「文芸時評」(『新潮』1936(昭和11)・1・1)

       (上略)然し今月の傑作はと問はれたなら、私は躊躇(ためらい)なく川端康成氏の「徒労」(日本評論)を挙げる。実際此の一篇があつただけで、お勤めで数十篇の小説を読まされた労を悔いないのであつた。


    「萱の花」

     「雪国」の第5編「萱(かや)(かや)の花」は、1936(昭和11)年8月の『中央公論』に掲載された。

     2度めの旅から東京へ帰ってゆく車中から書き出される。

       国境の山を北から登つて、長いトンネルを通り抜けてみると、(中略)こちら側にはまだ雪がなかつた。

     上野(こうずけ)と越後の国境を隔てる山塊の底を、1931年(昭和6年)に開通したループ式の長い清水トンネルが通りぬけてゆくのだ。その間に、雪国という現実から離れて行く。

     車中で、島村は放心状態になる。

     島村はなにか非現実的なものに乗つて、時間や距離の思ひも消え、虚しく體を運ばれて行くやうな放心状態に落ちると、単調な車輪の響きが、女の言葉に聞えはじめて来た。

       それらの言葉はきれぎれに短いながら、女が精いつぱいに生き

  7. 7 777




    それらの言葉はきれぎれに短いながら、女が精いつぱいに生きてゐるしるしで、彼は聞くのがつらかつたほどだから忘れずにゐるものだつたが、かうして遠ざかつて行く今の島村には、旅愁を添へるに過ぎないやうな、もう遠い声であつた。彼はすつかり安心して、別離の情に溺れるばかりだつた。

    それから、ふたりがはじめて会ったときから、これまでのいきさつが語られる。そして、三度めの旅について、次のように説明される。
       
       来年の2月の13、4日頃スキイに来ると、島村は約束して置きながら、3度目に来たのは、まる1年以上を過ぎた10月の初めだつた。

     2度目は12月だったから、2月には来ると約束しておいて、それをすっぽかし、10ヶ月もたって、彼はこの土地に現れるのである。

     その10月の初め、3度目の旅は、蛾の精細な描写から始まる。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/f74b0abbc30ea2dd9df645c2d2313c...




    愛のゆくえ「雪国」 その8

     2度目は12月だったから、2月には来ると約束しておいて、それをすっぽかし、10ヶ月もたって、彼はこの土地に現れるのである。

     その10月の初め、3度目の旅は、蛾(が)の精細な描写から始まる。


    蛾(が)の精細な描写

       蛾が卵を産みつける季節だから、洋服を衣桁(いこう)や壁にかけて、出しつぱなしにしておかぬやうにと、出がけに細君が云つた。

       いかにも、、宿の部屋の軒端に吊した装飾燈には、玉蜀黍(たうもろこし)色(とうもろこしいろ)の大きい蛾が六七匹もぢつと吸ひついてゐた。次の間の3畳の衣桁にも、小さいくせに胴の太い蛾がとまつてゐた。

     以下につづく蛾の描写は、康成の技量を示して、すさまじいばかりの迫力である。さらにこの章の中ほどに、秋が深まって昆虫どもの死んでゆく場面が描かれる。見過ごすことのできない描写だから、ここに引用しておこう。

       彼は昆虫どもの悶死するありさまを、つぶさに観察してゐた。

       秋が冷えるにつれて、彼の部屋の畳の上で死んでゆく虫も、日毎にあつたのだ。翼の堅い虫はひつくりかへると、もう起き直れなかつた。蜂は少し歩いて転び、また歩いて倒れた。季節の移るやうに自然と亡びてゆく、静かな死であつたけれども、近づいて見ると、脚や触覚を顫(ふる)はせて悶(もだ)えてゐるのだつた。それらの小さい死の場所として、八畳の畳はたいへん広いもののやうに眺められた。

     わたくしたちはここに、「禽獣」に描かれた数々の鳥や犬や人の死の姿を思い出す。「禽獣」の「彼」の冷酷非情な眼が、ここには存分に発揮されているのだ。そしてこの眼はそのままに、駒子や葉子を映しだす冷え冷えとした眼である。島村は、「禽獣」の「彼」のまぎれもない後身である。
       
    鳥追い祭

       駒子は少し後れて来た。
       廊下に立つたまま、真向に島村を見つめて、

      「あんた、なんしに来た。こんなとこへなんしに来た。」
      「君に会ひに来た。」
      「心にもないこと。東京の人は嘘つきだから嫌ひ。」
       そして坐りながら、声を柔かに沈めると、
      「もう送つて行くのはいやよ。なんともいへない気持だわ。」(中略)

      「あんた二月の十四日はどうしたの。嘘つき。ずゐぶん待つたわよ。もうあんたの云ふことなんか、あてにしないからいい。」

    2月の14日には、鳥追い祭がある。雪国らしい、子供の年中行事である。その頃は、雪もいちばん深い時であろうから、島村は鳥追い祭を見に来ると約束しておいて、すっぽかしたのだった。

     駒子は、二月は商売を休んで実家に帰っていた。そこへお師匠さんが肺炎になったという知らせが来た。駒子は看病に行っていたのだが、14日には、島村が来ると思って、わざわざ看病を途中にして、この温泉に帰ってきたのだった。

     この作品のところどころに出て来る「港」とは、駒子のモデル松栄の生まれ故郷、三条市を想定しているのであろう。

     湯沢から近くに、港に該当するような町はない。新潟も直江津も遠すぎる。湯沢からほどよい距離で、少し整った町、というと、三条市がいちばん適切である。
     駒子は師匠の看病を途中で放棄して湯沢に帰ってきたのだった。それなのに、島村は来なかった。お師匠さんは死んだ。

     島村の不誠実が、かえって駒子を惹(ひ)きつける一例である。


    二十一歳の意味

     駒子は、「胃が痛い」といって島村の膝へ突っ伏す。襟をすかして、白粉の濃い首が見える。

       首のつけ根が去年より太つて、脂肪が乗つてゐた。二十一になつたのだと、島村は思つた。

     この作品の構造を考える上に、無視できぬ1行である。

     島村とはじめて会ったとき、駒子は19であった。もちろん戦前の数え方であるから、数えである。

     島村が二度目に来たのは、その年の12月、そして3度目の今回は、それから10ヶ月後の10月である。

     だから当然ここは、「二十」とあるのが正しい。この年立ての乱れを論じた平山三男は、作者の錯誤であるとする。

     しかし作品をここまで読んできた読者は、その濃密な連続する空気から、島村と駒子とは、はじめて会ってから、かなり長いように錯覚している。それほどに濃密なのである。

     2月の鳥追い祭に来ないで10月に来た、と書いた川端康成は、もちろんここが正しくは「二十」と書くべきであることをよく知っていただろう。しかも康成は、あえてここを「二十一になつたのだ」と書いたのである。

     「雪国」全体を通して、この3度目の逗留が長くなり、次の年の2月ごろになるのではあるけれども、実際は、島村は都合3度しか雪国に来ていない。

     駒子とはじめて会ってから、雪中火事の場面まで、実際には2年足らず、1年と7、8ヶ月程度である。しかしその事実を読者に自覚させると、せっかくの作品の厚みが薄っぺらなものになってしまう。

     康成は、濃密な内容に合わせて、島村と駒子の仲が3年も4年もつづいているかのように読者を錯覚させなければならないのである。

     そこであえて、ここを正しく「二十」とは書かずに、「二十一」と書いて読者を欺いたのである。作品として、その方がいい、とわたくしは考える。


    雪国の現実

     しかし、3度目の訪問で、雪国の現実が大きく変貌していることも事実である。

     駒子が姉のように慕う芸者菊勇は、好きな男に騙(だま)されたために、せっかく旦那に建ててもらった店を手放し、別の町に新しく稼ぎに出ることになる。

     行男はもちろん、駒子のお師匠さんも死んだ。

     駒子も、置屋(おきや)が変わって、新しく4年の年季奉公に出るようになっている。
     容赦(ようしゃ)ない現実の波が、この雪国の世界にも押し寄せているのである。変わらないのは、駒子の島村に寄せる一途の愛だけである。

       「あんた私の気持分る?」
       「分るよ。」
       「分るなら云つてごらんなさい。ね、云つてごらんなさい。」と、駒子は突然思ひ迫つた声で突つかかるやうに云つた。

    「それごらんなさい。云へやしないぢやないの。嘘ばつかり。あんたは贅沢に暮して、いい加減な人だわ。分りやしない。」

        さうして声を落すと、

       「悲しいわ。私が馬鹿。あんたもう明日帰んなさい。」
       (中略)

       「一年に一度でいいからいらつしやいね。私のここにゐる間は、一年に一度、きつといらつしやいね。」

     何と哀切な、美しい言葉であろう。男が不誠実であることを百も承知しながら、1年に1度でいいから来てほしい、と女はいうのである。

     ところで、次の1節も、この作品の構造に関係がある。

       「私がここへ来てから4年だもの初めは心細くて、こんなところに人が住むのかと思つたわ。汽車の開通前は寂しかつたなあ。あんたが来はじめてからだつて、もう3年だわ。」

        その3年の間に3度来たが、その度毎に駒子の境遇の変つてゐることを、島村は思ひ出した。

    汽車の開通とは、もちろん1931(昭和6)年に開通した清水トンネルを指している。上越線は、この開通によって東京から新潟県まで楽に来られるようになり、越後湯沢の湯治客も桁(けた)違いに殖えたのだ。

     「その3年の間に3度来たが」は、正しくは「2年の間に3度来たが」である。あるいは、「2年ちよつとの間に」とすべきところを、康成は強引に「3年の間に3度」と、あえて錯誤を犯したのである。さきに述べたのと同じ理由からである。

     また「萱(かや)の花」では、駒子に旦那のいることがはじめて明かされる。その人は「港にゐる」という。芸者松栄(まつえ)の旦那は東京にいた。が、この作中では「港」とされている。「親切な人だのに、一度も生き身を許す気になれないのは、悲しい」と駒子はいう。

     じつは、ずっとのちに駒子のモデル芸者松栄に会って取材した和田芳恵によれば、松栄には、まだこのほかに意中の人がいた。しかしこれは、のちに述べることにしよう。


    「火の枕」

     「雪国」の第6篇「火の枕」は、1936(昭和11)年10月号の『文藝春秋』に発表された。

     その冒頭近くに、駒子の言葉に触発されて、島村が人間の官能について考える場面が登場する。康成の、男女のあり方についての考えの示された、重要な一節である。

       「人間なんて脆(もろ)いもんね。すつかりぐしやぐしやにつぶれてたんですつて。熊なんか、もつと高い岩棚から落ちたつて、體(からだ)はちつとも傷がつかないさうよ。」

     と駒子が云った。岩場でまた遭難があったのだ。このことばを聞きながら、島村は次のように思う。

       熊のやうに硬く厚い毛皮ならば、人間の官能はよほどちがつたものであつたにちがひない。人間は薄く滑らかな皮膚を愛し合つてゐるのだ。

     島村のこの感想には、自分が官能というものに深くとらわれていることを痛感した上での、そのようなものにつき動かされて生きてゆかねばならぬ、自分や駒子を含めた人間のあり方に対する限りない愛惜がある。

     人間がたとえば熊のように逞しく荒々しいだけの官能を与えられているのなら、人間の生存様式はおのずから別のものとなっていただろう。けれども人間に付与されたのは、「薄く滑らかな皮膚」であった。そのような脆い繊弱な肌を与えられた結果、人間は舐めるようにささやかに、互いの肌を愛しあいながら生きてゆかねばならぬ。そこに人の世のさまざまの哀歓も生じてくる。……

     「雪国」の本質を示唆したような一節である。

    葉子の登場

    これまでも、葉子は時々、いろいろなところで登場していた。そしてそのたびに島村は、その一挙一動が心に残るのであった。

     しかし「火の枕」の後半では、葉子が大きく迫るように前面に出て来る。

     そのピークは、島村の留まっている宿で土地の人の宴会があり、さすがの駒子も「今日は来られないわよ、多分」と云った夜である。

    駒子の結び文をことずかって葉子が来たあと、酔って島村のところへ来た駒子のことばは異様である。

       「あの子なんて云つた? 恐しいやきもち焼きなの、知つてる?」
      「誰が?」
      「殺されちやい(ママ)ますよ。」
      「あの娘さんも手伝つてるんだね。」
      「お銚子を運んで来て、廊下の陰に立つて、ぢいつと見てんのよ、きらきら目を光らして。あんたああいふ目が好きなんでせう。」

     ここで「恐しいやきもち焼き」と言われているのはもちろん葉子のことであり、やきもちを焼いている相手は駒子である。しかし何故に葉子は駒子に嫉妬し、「きらきら目を光らして」駒子の座敷を見ているのだろうか。

     「殺されちやい(ママ)ますよ。」――これも素直に読めば、島村が葉子に殺されかねないと駒子は言っているのである。前後から考えると、駒子と島村の仲を葉子が嫉妬している、それも島村を殺しかねないほど激しく、ということになる。

     この時点まで、島村は葉子を遠くから凝視していたばかりであり、葉子とことばを交わしたことも、二度めの旅の終りのあわただしいやりとりだけであった。だから、葉子が島村を恋しているとも受けとれるこの場面は唐突である。

     あるいは葉子は、島村自身を恋しているのではなく、激しい恋愛をしているということ自体で駒子を嫉妬しているとも考えられるが、しかしそれにしても葉子のこの感情は異常であり、読者は意表をつかれた思いがする。

     けれども不思議なのは、この場面が意外であるにもかかわらず、いやむしろ、意外である故にかえって、読者は、この妖しい心理の交錯に惹きこまれるのである。

     この緊張は、次の場面でさらに高まる。ふたたび駒子の結び文を持ってきた葉子に、島村が話しかけた部分である。

       「あの人は(中略)君の話をするのをいやがるくらゐだよ。」
      「さうですか。」と、葉子はそつと横を向いて、
      「駒ちやんはいいんですけれども、可哀想なんですから、よくしてあげて下さい。」
       早口に云ふ、その声が終りの方は微かに顫(ふる)へた。

       「しかし僕には、なんにもしてやれないんだよ。」
        葉子は今に體まで顫へて来さうに見えた。危険な輝きが迫つて来るやうな顔から、島村は目をそらせて……。

    葉子が「そつと横を向いて」「駒ちやんはいいんですけれども」と言ったのは、駒子の自分に対する態度を受けとめて、微妙な心の波立ちをおさえ、それは赦してもいいと答えたのであるが、しかし次の「可哀想なんですから、よくしてあげて下さい」と頼んだのはわかるとして、「早口に云ふ、その声が終りの方は微かに顫へた」というのは、何を意味するのだろう。

     心の表層では駒子が島村に愛されることを願いながら、本心はそれに烈しい悋気(りんき)の焔をもやし、自分の方が島村に愛されることをひそかに希っている――そう考えなければ、次に「體まで顫へて来さうに」なる葉子の内面は理解できない。さらに「危険な輝きが迫つて来るやうな顔」とは、葉子が今にも自分を愛してくれと言い出すかもしれぬ、きわどい瞬間がおとずれていたことを示唆しているとしか考えられない。

     つまりここでは、それまで島村から見られるばかりの存在で、あたかも影のようであった葉子が、いつのまにか島村に愛を訴えかねない危険な存在になっているのである。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/e57427e059a851b111e57c77fbf903...




    愛のゆくえ「雪国」 その9
    激しい謝罪の方法

     この場面はさらに発展して、

      「早く東京へ帰つた方がいいかもしれないんだけれどもね。」
      「私も東京へ行きますわ。」
      「いつ?」
      「いつでもいいんですの。」
      「それぢや、帰る時連れて行つてあげようか。」
      「ええ、連れて帰つて下さい。」と、こともなげに、しかし真剣な声で云ふので、島村は驚いた。(中略)

      「あの人に相談した?」
      「駒ちやんですか。駒ちやんは、憎いから云はないんです。」

       さう云つて、気のゆるみか、少し濡れた目で彼を見上げた葉子に、島村は奇怪な魅力を感じると、どうしてか反つて、駒子に対する愛情が荒々しく、燃えて来るやうであつた。得体の知れない娘と、駈落ちのやうに帰つてしまふことは、駒子への激しい謝罪の方法であるかとも思はれた。

     「雪国」後半の山場の1つである。それまで背景にちらちらと影を見せた葉子が前面に出て来て、島村の言葉に誘発されるように「ええ、(東京に)連れて帰つて下さい」と、こともなげに言う。

     もしこの得体の知れぬ娘を連れて、駈落ちのように東京に帰ったら、それはもちろん、駒子への最大の裏切りである。駒子が気にしている葉子を連れて帰ることは、駒子にいちばん傷を与えることである。

     それを島村は、「駒子への激しい謝罪の方法であるか」とも思うのである。駒子の一途に慕い寄ってくる愛を、島村は十分に自覚している。しかも、そんな駒子に対して、自分は何もしてやれないという呵責(かしゃく)が島村には深くある。そんな駒子への最大の謝罪が、思い切った裏切りであると、島村は考える。それほどまでに、駒子の愛の深さを知り、追いつめられているのだ。

     こんな島村に呼応するように、少し後のところではあるが、駒子がこう言う一節がある。

       「あの子を見てると、行末私のつらい荷物になりさうな気がするの。(中略)私の荷を持つて行つちやつてくれない?」(中略)

       「あの子があんたの傍で可愛がられてると思つて、私はこの山のなかで身を持ち崩すの。しいんといい気持。」


    駒子には、島村がそれほど遠くない先、自分を捨てて雪国を去るという予感がある。それを、自分の最もつらい方法で実行してほしい、その方が自分は捨てられたことが身にしみて、気が楽になる、というのである。

     あの子があんたの傍で可愛がられてると思って、私はこの山のなかで身を持ち崩すの。――それは、駒子の何と哀切な愛情であろう。
     そのように駒子の愛を牽制する存在として、葉子は描かれているのだ。

     なお、初出にはないが、1937(昭和12)年に刊行された〈旧版『雪国』〉では、
    「得体の知れない娘と、駈落ちのやうに帰つてしまふことは、駒子への激しい謝罪の方法であるかとも思はれた。」のあとに、「またなにかしら刑罰のやうでもあつた。」の1行が加えられている。定本も、加えられたままである。

     「謝罪」「刑罰」――島村の、駒子に対する自責の感情を重く引きずった気持ちがよく表れている表現である。


    小林秀雄の「文芸時評」

     小林秀雄は、「火の枕」を、「作家の虚無感―川端康成の『火の枕』」と題して、「報知新聞」の「文芸時評」(1)で評した。単にこの作品だけを論じたというよりも、「雪国」論、川端康成論としても、その本質を射抜いた言葉と思われる。これについては、のちにもう1度考える予定であるが、とにかくその核心部分をここに引用しておこう。

       しかし、この作品も、氏の多くの作品と同時に、その主調をなすものは氏の抒情性にある。ここに描かれた芸者等の姿態も、主人公の虚無的な気持に交渉して、思ひも掛けぬ光をあげるといふ仕組みに描かれてゐて、この仕組みは、氏の作品のほとんどどれにも見られるもので、これはまた氏の実生活の仕組みでもあるのだ。

       氏の胸底は、実につめたく、がらんどうなのであつて、実に珍重すべきがらんどうだと僕はいつも思つてゐる。氏はほとんど自分では生きてゐない。他人の生命が、このがらんどうの中を、一種の光をあげて通過する。だから氏は生きてゐる。これが氏の生ま生ましい抒情の生れるゆゑんなのである。作家の虚無感といふものは、ここまで来ないうちは、本物とはいへないので、やがてさめねばならぬ夢に過ぎないのである。

     「火の枕」につづく第7篇「手毬(てまり)歌」は、1937(昭和12)年5月号の『改造』に発表された。

       「駒子が憎いつて、どういふわけだ?」

      「駒ちやん?」と、そこにゐる人を呼ぶかのやうに云つて、葉子は島村を刺すやうに睨んだ。

    「駒ちやんをよくしてあげて下さい。」
      「僕はなんにもしてやれないんだよ。」

       葉子の目頭に涙が溢れて来ると、畳に落ちてゐた小さい蛾を掴んで泣きじやくなりながら、

      「駒ちやんは、私が気ちがひになると云ふんです。」と、ふつと部屋を出て行つてしまつた。

    最後の1行は、「雪中火事」の終幕の伏線ともいうべき部分である。

     ――連載はここで終わって、翌6月に、創元社から、いわゆる〈旧版『雪国』〉が刊行される。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/88be5ad7261da1dda852fbb933b679...



    愛のゆくえ「雪国」 その10

    「いい女」の意味

    種々の雑誌に気随気ままに分載された「雪国」は、1937(昭和12)年6月12日、創元社から刊行された。いわゆる 旧版『雪国』である。

     第7篇「手毬歌」までを加筆削除し、さらに八頁ばかり書き加えられている。
     物語の冒頭は、現在も人口に膾炙(かいしゃ)する、次の名文に変わっている。

       国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた。夜の底が白くなつた。

    この加筆のなかで、最も重要な箇所は、「いい女」をめぐる言葉のやりとりだろう。

      その一人の女の生きる感じが温く島村に伝はつて来た。

      「君はいい女だね。」
      「どういいの。」
      「いい女だよ。」
      「をかしな人。」と、肩がくすぐつたさうに顔を隠したが、なんと思つたか、突然むくつと肩肘立てて首を上げると、

    「それどういふ意味? ねえ、なんのこと?」

       島村は驚いて駒子を見た。

      「云つて頂戴。それで通つてらしたの? あんた私を笑つてたのね。やつぱり笑つてらしたのね?」

       真赤になつて島村を睨みつけながら詰問するうちに、駒子の肩は激しい怒りに顫へて来て、すうつと青ざめると、涙をぽろぽろ落した。

      「くやしい、ああつ、くやしい。」と、ごろごろ転がり出て、うしろ向きに坐つた。
       島村は駒子の聞きちがひに思ひあたると、はつと胸を突かれたけれども、目を閉ぢて黙つてゐた。

      「悲しいわ。」

       駒子はひとりごとのやうに呟いて、胴を円く縮める形に突つ伏した。

     島村は、単純に、駒子をいろいろの面から「いい女」と言ったのである。ところが駒子は、その意味をとり違えた。男に快楽を与える生まれつきの體をもっている女、という意味に受けとめた。

     だから、「それで通つてらしたの?」「やつぱり笑つてたのね」と言い、「くやしい」と、ごろごろ畳を転がるのである。

     駒子が部屋を出ていったあと、「島村は後を追ふことが出来なかつた。駒子に云はれてみれば、十分に心疚(やま)(やま)しいものがあった。」と考えるのである。

     この箇所は、駒子について読者に新しい知識を与えるものであるが、以前、「夕景色の鏡」のところで大きく削除した部分を補った、とも考えられる。

     まだ16、7の頃に、自分がどんなにいい女であるかを、男から噛んでふくめるやうに教へられ、その時はそれを喜ぶどころか、恥ぢるばかりだと、男はいよいよむきになつて褒めちぎつたので、やがて男の云ふことが彼女の頭の底に宿命のやうに沈みついてしまつたのだつた。

     この削除した一節を、「いい女」という表現で補ったのではなかろうか。

     「雪国」は、このあと、その次の朝、駒子が早くから島村の部屋に来て謡をうたうところで終幕を迎える。

     今年初めての雪が降りはじめたのだ。紅葉の季節はもう終わりである。

       島村は去年の暮のあの朝雪の鏡を思ひ出して鏡台の方を見ると、鏡のなかでは牡丹雪の冷たい花びらが尚大きく浮び、襟(えり)を開いて首を拭いてゐる駒子のまはりに、白い線を漂はした。

       駒子の肌は洗ひ立てのやうに清潔で、島村のふとした言葉もあんな風に聞きちがへねばならぬ女とは、到底思へないところに、反つて逆らひ難い悲しみがあるかと見えた。

       紅葉の銹(さび)色(にびいろ)が日毎に暗くなつてゐた遠い山は、初雪であざやかに生きかへつた。

       薄く雪をつけた杉林はその杉の一つ一つがくつきりと目立つて、鋭く天を指しながら地の雪に立つた。

    〈旧版『雪国』〉は、ここで閉じられる。紅葉の季節が終わり、初雪が降ったという季節の変わり目である。

     作品集として少し頁が足りないので、「父母」「これを見し時」「夕映少女」「イタリアの歌」の四編が加えられている。いずれも、1936(昭和11)六年に各誌に発表されたものである。

     「あとがき」はない。ただ各篇の初出が一覧として挙げられている。発行は1937(昭和12)年6月12日、定価1円70銭である。版元は、創元社。

     このほか、この初版には、各誌に挙げられた讃辞・批評を集めたパンフレットがついていた。


    「雪中火事」「天の河」

     それから3年たった1940(昭和15)年、『公論』という雑誌の12月号に、突然「雪中火事」という川端康成の作品が掲載された。

     はじめは、これまでの「雪国」とは少し趣きが変わって、「昔の人の本」が長々と紹介されているが、読んでゆくと、明らかに「雪国」の続編である。

     旧版『雪国』は、3度めの旅の、季節が紅葉から初雪の降る場面で終わっていた。いわば終わりともいえない終わり方だった。

     それに対して、この作品は、3度目の旅のつづきと思われる。
     ふたりの愛の行く末がもう見えている、という書き方だった。

       また駒子とかうしげしげ会ふにつれて、島村は動くのがいやになつた。うちへ帰るのも忘れた長逗留だつた。別れともないからではない。つかれてものういからでもない。いはば自分のさびしい姿を見ながら、ただぢつとたたづ(ママ)んでゐるのだつた。

      駒子がせつなく迫つて来れば来るほど、島村は自分が生きてゐないかのやうに思はれ出した。駒子の熱い火に身のまはりをつつまれて、島村は自分のなかにも一点の小さいともし火が見えて来たが、それはなぜか死の象徴を感じさせた。駒子を愛する術さへ知らぬことが情なくてならなかつた。

       駒子のすべてが島村に通じて来るのに、島村のなにも駒子には通じはしない。このやうな島村のわがままはいつまでも続けられるものでなかつた。駒子が形のない壁に突きあたる音を島村は雪の夜空に聞いた。

       島村はこの温泉場から出発するはずみをつけるつもりもいくらかあつて、縮(ちぢみ)の産地へ行つてみることにした。

    ここには、ふたりの愛の行き違いが、はっきりと書かれている。

    「駒子のすべてが島村に通じて来るのに、島村のなにも駒子には通じはしない。」それを康成は、「駒子が形のない壁に突きあたる音を島村は雪の夜空に聞いた」と表現する。

     島村はもう、別れなければならない、と思っているのだ。この温泉場を自分が去るしかない、と思っている。そのはずみをつけるために、縮の産地へ行ってみようかと考えるのである。


    雪中火事の構想

     いったいなぜ、康成は続編を書くというような無謀を企てたのだろうか。
     この点について康成は決定版『雪国』(創元社、1948〈昭和23)年12月25日刊行)の「あとがき」に、こう書いている。

       昭和12年に創元社から出版し、その後改造社版の私の選集や1、2の文庫本にも入れた「雪国」は実は未完であつた。どこで切つてもいいやうな作品であるが、始めと終りとの照応が悪いし、また火事の場面は中頃前を書く時から頭にあつたので、未完のままなのは絶えず心がかりであつた。しかし、本にまでなつて1度この作品を片づけて立ち去つた気持も強く、残りはわづかながら書きづらかつた。

    これによると、続きを書く気持になった原因は2つ――ひとつは、始めと終りとの照応が悪いこと、もうひとつは、雪中火事を書く構想が、かなり早くからあったことである。

     この2つのために、康成はあえて、1度本に出したものの続編を書くというみっともないことに、踏み切ったのであろう。

     このうち、後者については、すでに重要な指摘がなされている。

     「雪国」について精力的な探求をつづける平山三男は、「『雪国』の虚と実――『雪中火事』の新資料報告――」(『解釈』1977・1・1)において、重要な資料を提示して解説を加えている。また『遺稿「雪国抄」――影印本文と注釈論考――』(至文堂、1993・9・20)でも詳しく述べられている。

     平山によると、1935(昭和10)年10月22日、越後湯沢で火事があった。火が出たのは、「有限責任 湯沢乾繭(かんけん)場劇場 旭座」である。これは当時、湯沢村、神立村など5つの村の組合による共同経営がなされていたもので、集められた繭(まゆ)を乾燥するのが本来の目的だが、蚕(かいこ)の合間や冬期には劇場にも使われ、映画や素人歌舞伎・芝居などが演じられた建物という。

     火事の当日は、神立村の青年会が、会の活動資金を得るため、長岡から映画の上映権を買ってきて映画を上映していた。

     2巻目の「あゝ玉杯に花うけて」を上映中、夜9時ごろ、出火した。

     その様子は、「雪国」の中で宿の番頭がいう「活動のフイルムから、ぼうんといつぺんに燃えついて、火の廻りが早いさ」という言葉どおりであったという。

     1935(昭和10)年10月のこの時期、康成は、この湯沢に長期滞在していた。「物語」と「徒労」を書いたときである。まだ雪は降っていなかった。

     この火事を目撃したことが、康成の「雪国」執筆に大きな波紋をもたらした。

     平山は、その事実を証するため、第4次37巻『川端康成全集』補巻2に収録された水島治男宛て「昭和10年10月23日附」川端康成書簡(2の2)を紹介している。

       (前略)この小説は「雪国」と題し、来年2月、もう1度ここに来て、最後を書きます。雪に埋もれた活動小屋の火事で幕を閉じやうかと、昨夜火事(繭の乾燥場に活動写真あつて焼けました。)を見て思ひつきました。

     水島治男は『改造』の編集者であるが、注目すべきは、この時期、康成が「白い朝の鏡の続きを今書いてゐます」という点である。非常に早い時点で、雪中火事の構想が康成のうちに生じているのである。また作品も、「来年2月、もう1度ここに来て、最後を書きます」とあるように、決して長篇の構想があったのではなく、中編ぐらいの長さを康成が頭に描いていたことが推定されるのである。

     このときの康成の湯沢滞在は1935年の9月30日から10月29日までの、1ヶ月に及ぶ長いものであった。

     この時の日記が、以前に引用したように「『雪国』の旅」に掲載されているが、その掲載された期間は、同年9月25日から10月16日までである。

     つまり康成は、「雪国」の手の内を読者に見せたふりをして、火事のあった22日以前の16日で、この日記を切っている。すなわち、絶好の素材となるであろう雪中火事の事実を、読者に知らせることなく、日記を打ち切っているのである。


    鈴木牧之『北越雪譜』

     書きおくれたが、「雪中火事」の冒頭は、鈴木牧之(ぼくし)の『北越雪譜』を引用したものである。

     康成はこの書を、〈旧版『雪国』〉刊行後に知って読んだという。

     ちなみに鈴木牧之は越後の商人で文人でもあった人(1770―1842)。『北越雪譜』は7巻から成り、越後の雪の観察記録を中心に、雪国の風俗、習慣、言語を記したもので、天保年間に刊行された。

     康成はそのなかから、特に縮(ちぢみ)について書かれた部分を引用した。縮を織ることは、雪国の女たちの勤勉で我慢づよい性格をよく現し、それは駒子の美質に通じると考えたからであろう。また越後縮(えちご ちぢみ)の清涼な肌合いが駒子の清潔な気質にも通じると考えたからであろう。

     縮の肌に涼しいのを書いたあと、「島村にまつはりついて来る駒子にもどこか根の涼しさがあつた。そのためによけいに駒子のみうちのあついひとところが島村にあはれであつた。」と記した1節が、そのことを語っているだろう。

     もう1つ、以下の1節も、この作品に深いところで通じていると思ったに違いない。

       しかしその無名の工人は無論とつくに死んで、その縮だけが残つてゐる。その暮しの苦しみはこの世に跡形(あとかた)(あとかた)もなく消えて、ただその美しいものだけが生きてゐる。なんの不思議もないことが島村はふと不思議であつた。

     恋愛も、その過程のさまざまな葛藤(かっとう)は時間が過ぎるときれいに消えて、ただ恋愛の名残りだけがはかない美しさとして残されてゆく。あるいは、恋愛の実質は跡形なく消えて、あとにはなにも残らない。

     その不思議が、縮(ちぢみ)の不思議と重なると考えられたからではあるまいか。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/2b7102eebd22144442d2ba45201c22...




    愛のゆくえ「雪国」 その11
    「天の河」の構想

     「雪中火事」の続編「天の河」は、それから8ヶ月たった1941(昭和16)年8月に、『文藝春秋』に発表された。

     「雪中火事」の終わりでふと2行、天の河が描かれる。

       「天の川、きれいねえ。」と駒子はつぶやきながら、また走り出した。
       島村は空を見上げたまま立つてゐた。

     「天の河」は、これを受けて書き出されている。

     康成がおそらく渾身(こんしん)の力をこめて観察したに違いない天の河の描写が、描かれる。

       ああ、天の河と、島村も振り仰いだとたんに、天の河のなかへ體(からだ)がすつと浮き上つてゆくやうだつた。天の河の明るさが島村を掬(すく)ひ上げさうに近かつた。旅の芭蕉が荒海の上に見たのは、このやうにあざやかな天の河の大きさであつたか。裸の天の河が夜の大地を素肌で巻かうとして、直ぐそこに降りてきてゐる。恐ろしい艶(つや)めかしさだ。

     康成はここで、芭蕉が佐渡を詠んだ一句の大きさを思い出している。

       荒海や佐渡に横たふ天の河

     荒海を前景として、眼前に黒々と横たわる佐渡の島。その海と島のすべてを巻くように、全天に拡がる冴えわたった天の河――。

     康成が島村に託して描いた、巨大な、荒々しい、それでいて艶めかしい天の河こそ、卑小な人間世界と対比される自然の広大さであった。

       「ねえ、あんた私をいい女だつて言つたわね。行つちやふ人がなぜそんなこと言つて、教へとくの? 馬鹿。」

       女のあたたかい哀しみが島村を絞めつけた。

       「泣いたわ。離れるのこはいわ。だけどもう早く行きなさい。言はれて泣いたこと、私忘れないから。」

    人間の世界の、小さな、だが何と一生懸命な、美しい言葉だろう。
     この篇は、次の行によって終わりを告げる。

       島村も新しい火の手に眼を誘はれて、その上に横たはる天の河を見た。天の河は静かに冴え渡つてゐた。豊かなやさしさもこめて、天に広々と流れてゐた。

     ここで「天の河」、すなわち追加された「雪国」は結ばれる。素人にも、平凡すぎる終幕と思われる。


    「雪国抄」「続雪国」

     以上2編が発表されたのは、まだ太平洋戦争開戦以前の1940、41(昭和15、16)年のことであった。

     それから5年後の1946(昭和21)年、戦争も終わった敗残の国土のなかで、康成は三たび筆をとって、「雪国」の続編を新しく書き直して発表した。

     「雪国抄」は、『暁鐘』1946年5月号に発表された。

     「雪国抄」の、冒頭は、『北越雪譜』を踏まえて、「雪中火事」と、ほとんど同文である。ただ途中から、引用部分を大幅に削って、引き締まった文章となっている。

     また「雪中火事」で引用した、作品の核となる部分は、彫琢(ちょうたく)されて、珠玉のような名文へと変貌している。

       妻子のうちへ帰るのも忘れたやうな長逗留だつた。離れられないからでも別れともないからでもないが、駒子のしげしげ会ひに来るのを待つ癖になつてしまつてゐた。さうして駒子がせつなく迫つて来れば来るほど、島村は自分が生きていないかのやうな呵責がつのつた。いはば自分のさびしさを見ながら、ただぢつとたたづんでゐるのだつた。

    駒子が自分のなかにはまりこんで来るのが、島村は不可解だつた。駒子のすべてが島村に通じて来るのに、島村のなにも駒子には通じてゐさうにない。駒子が虚しい壁に突きあたる木霊に似た音を島村は自分の胸の底に雪が降りつむやうに聞いた。このやうな島村のわがままはいつまでも続けられるものではなかつた。

       こんど帰つたらもうかりそめにこの温泉場へは来られないだらうといふ気がして、島村は雪の季節が近づく火鉢によりかかつてゐると、宿の主人が特に出してきてくれた京出来の古い鐵瓶(てつびん)で、やはらかい松風の音がしてゐた。(中略)

       島村は鐵瓶に耳を寄せてその鈴の音を聞いた。鈴の鳴りしきるあたりの遠くに鈴の音にほど小刻みに歩いて来る駒子の小さい足が、ふと島村に見えた。島村は驚いて、最早ここを去らねばならぬと心立つた。

       そこで島村は縮の産地へ行つてみることを思ひついた。この温泉場から離れるはずみをつけるつもりもあつた。

     島村は汽車に乗って、さびしそうな駅に降りる。そうして雁木(がんぎ)の連なる、昔の宿場町らしい町通りを歩いて、また汽車に乗る。もう1つの町に降りる。寒さしのぎにうどんを1杯すすって、また汽車に乗り、駒子の町に帰ってくる。

     車に乗って宿に帰ってゆこうとすると、小料理屋菊村の門口で立ち話をしている一人が駒子だった。

     駒子は徐行した車に飛び乗って、窓ガラスに額を押しつけながら、「どこへ行った? ねえ、どこへ行った?」と甲高く叫ぶ。

       「どうして私を連れて行かないの? 冷たくなつて来て、いやよ。」

      突然擦り半鐘(すりはんしょう)が鳴り出した。
       二人が振り向くと、

       「火事、火事よ!」
       「火事だ。」

        火の手が下の村の真中にあがつてゐた。

     「雪国抄」は作品が長くなって、「雪中火事」では、火事の発端だけだったのが、もう少しつづけて書いてある。

     作品の終わりに、作者の言葉がある。

       ――10年前の旧作「雪国」は終章を未完のまま刊行し、折節気にかかつてゐたが、ここにとにかく稿を続けてみることにした。既稿の分も改稿して発表し得たのは本誌編輯者の雅量による。作者――


     
    「続雪国」の新展開

     つづけて、1年あまりを経た1947(昭和22)年10月、『小説新潮』に最終篇「続雪国」が発表された。

     火事のつづきである。繭倉(まゆぐら)で映画のあったことがわかって、駒子のあとを追って島村も繭倉の方へ駆け出す。

     「天の河。きれいねえ。」という駒子の声に誘われて、島村は空を見上げる。
     1941(昭和16)年の「天の河」と同じく、芭蕉の見た天の河を連想する。
     しかし次がこれまでと異なる。

       あつと人垣が息を呑んで、女の體が落ちるのを見た。

     やがて、それが失心(ママ)した葉子だとわかる。

     ――10年を経て、康成は葉子の失心と墜落という、物語の新しい展開、物語のフィナーレを思いついたのだ。

       葉子はあの刺すやうに美しい目をつぶつてゐた。あごを突き出して、首の線が伸びてゐた。火明りが青白い面の上を揺れて通つた。

       幾年か前、島村がこの温泉場へ駒子に会ひに来る汽車のなかで、葉子の顔のただなかに野山のともし火がともつた時のさまをはつと思ひ出して、島村はまた胸が顫へた。一瞬に駒子との年月が照し出されたやうだつた。なにかせつない苦痛と悲哀もここにあつた。

    「幾年か前」という表現に注意したい。島村が葉子を初めて見たのは、2度めの旅、12月だった。3度めの旅は、それから10ヶ月後の10月から、この冬まで。長逗留で、今が1月とも2月とも判別しがたいが、いずれにしても、葉子を初めて見てから今まで、1年とちょっとである。

     「雪国」の正確な年立(としだて)という問題からみれば、ここは明らかに作家の錯誤である。

     だが、そうだろうか。

     この濃密で緊張感にみちた島村と駒子の愛を読んできた読者には、ふたりの仲は3年にも4年にも、あるいは5年にも感じられる。

     その読者の錯誤を考えると、ここは正確に「一年ちょっと前」と書いてはならないのである。「幾年か前」と朧化(ろうか)されることによってはじめて、島村と駒子の、のっぴきならぬ愛情の積み重ねが読者に納得させられるのだ。

     もう1つ大切な部分は、「一瞬に駒子との年月が照し出されたやうだつた。」とある一行である。

     「雪国」という作品にとって、葉子は重要な存在である。3度めの旅の紅葉の季節には、葉子は「東京に連れて行つてください」と島村に頼み、島村もこの「得体の知れない娘と駆け落ちのやうに東京へ帰る」ことは、駒子への最大の謝罪だと考えた瞬間もあった。

     そのように葉子は、島村と駒子のあいだにあって、駒子と島村の愛の成り行きを、刺すような美しい目で、じっと観察する存在としても考えられた。

     島村はいま、失心した葉子を見ながら、初めて葉子と会ったとき、汽車の夕景色の流れの中に映った、葉子の顔のなかにともったともし火を思い浮かべている。あれからの歳月、それは駒子と過ごした歳月でもあったのだ。

     島村の内部に「なにかせつない苦痛と悲哀」が湧き上がるのに、何の不思議もない。

     葉子の失心と墜落というアイデアが、駒子との歳月を写し出す鏡のような葉子の役割を、ふたたび思い出させたのである。

       「この子、気がちがふわ。気がちがふわ。」

       さう言ふ声が物狂はしい駒子に島村は近づかうとして、葉子  を駒子から抱き取らうとする男達に押されてよろめいた。

       さあつと音を立てて天の河が島村のなかへ流れて来た。

     康成は、最後に推敲して単行本にするとき、この最後の部分を、次のように改変した。

       「この子、気がちがふわ。気がちがふわ。」

       さう言ふ声が物狂はしい駒子に島村は近づかうとして、葉子を駒子から抱き取らうとする男達に押されてよろめいた。踏みこたへて目を上げた途端、さあと音を立てて天の河が島村のなかへ流れ落ちるやうであつた。

     この最後の場面は、長い物語の終焉として、まことに劇的なものであろう。

     駒子の愛の高まりと、それを受けとめる島村の追いつめられた意識が、物語の最後近くで、どうにも身動きできない状況になる。

     島村が、この雪国を去るしか、とるべき道は残されていないのである。

     物語のフィナーレに火事が起こり、その火事という非日常的な出来事の喧噪をはるかに見下ろすように、すべての人々を包み込むような壮麗な天の河が天空いっぱいに広がる。それに気づいた島村に流れ落ちるかと思われて、物語は結ばれる。

     伊藤整は、新潮文庫『雪国』の解説(1947〈昭和22〉・7・16)において、次のように作品の終幕の必然性を説いている。

       生きることに切羽つまつてゐる女と、その切羽詰りかたの美しさに触れて戦(をのの)いてゐる島村の感覚との対立が、次第に悲劇的な結末をこの作品の進行過程に生んで行く。そしてその過程が美の抽出に耐へられない暗さになる前でこの作品は終らねばならぬ運命を持つてゐるのである。

     ――11年間にわたる、康成の格闘がここに終わった。

     この「雪国抄」「続雪国」の2編にさらに彫琢を加えて、1948(昭和23)年12月25日、創元社から〈決定版『雪国』〉が刊行される。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/3c9d030fb609dbf9dfc7cdaab6f4e2...


    愛のゆくえ「雪国」 その12(最終回)

    「雪国」は、どのような作品か

     ……これまで、プレオリジナル(初出)を中心に、「雪国」の要(かなめ)となる部分を見てきた。そのつど、意味するところは書いてきたはずである。

     しかし、それでは、「雪国」は、結局どのような作品なのか。

     以下を書くために、わたくしはこれまで、作品の細部を見てきたといってもいいくらいである。

     さて、「雪国」の本質を考えるとき、当然ながら、この作品の視点人物たる島村とは何者であるか、について考えさせられる。

    この場合、かつて「火の枕」が発表されたとき、小林秀雄が「報知新聞」に書いた「文芸時評」の一節が、川端康成理解の有力な手がかりとなる。(「作家の虚無感―川端康成の『火の枕』」)

     小林は、康成の抒情性の本質を、次のように喝破した。

       しかし、この作品も、氏の多くの作品と同時に、その主調をなすものは氏の抒情性にある。ここに描かれた芸者等の姿態も、主人公の虚無的な気持に交渉して、思ひも掛けぬ光をあげるといふ仕組みに描かれてゐて、この仕組みは、氏の作品のほとんどどれにも見られるもので、これはまた氏の実生活の仕組みでもあるのだ。

       氏の胸底は、実につめたく、がらんどうなのであつて、実に珍重すべきがらんどうだと僕はいつも思つてゐる。氏はほとんど自分では生きてゐない。他人の生命が、このがらんどうの中を、一種の光をあげて通過する。だから氏は生きてゐる。これが氏の生ま生ましい抒情の生れるゆゑんなのである。作家の虚無感といふものは、ここまで来ないうちは、本物とはいへないので、やがてさめねばならぬ夢に過ぎないのである。

     この川端評は、そのまま「雪国」の島村に通じるのではないだろうか。特に後半の評言「がらんどう」は、「雪国」の本質をみごとに言い当てている。

     この小林の言葉をわたくしなりに翻訳すると、まず、島村の胸底は、虚無という「がらんどう」である。「禽獣」の「彼」と同じ構造をもっている。その虚無の胸底を、彼の見た生命体の美しさが、「一種の光をあげて」通過する。それが「雪国」という作品である。

     つまり島村は生きていながら、生きていない。彼はただそこに在るだけである。彼の眼に映じたもののうち、彼のうつろな胸底を、美しいと戦慄するように通り過ぎたものだけを、彼はすくい取り、それを彼は胸にしっかりしまい込むのだ。

     読者は、その島村の厳しい眼を通過した美しいものだけを受け取り、それを美しいと感じることができるのである。

     すなわち島村は胸底に虚無をたたえた冷ややかな感受性の持ち主であって、彼は蜘蛛が身のまわりに繊(ほそ)い糸をはりめぐらすように、
    鋭い感受性をはりめぐらしていて、美しいものが通り過ぎるのを待っている。

     駒子のさまざまな姿態や言葉も、葉子の刺すような目も澄んだ声も、すべて彼の蜘蛛の網にかかる。

     それを彼は、こわれぬように繊細な手つきによって言葉に変え、そっと読者の前に提示するのである。

     読者が享受するのは、そのようにして川端康成の胸底を通過した美しいものだけである。この場合、島村は、そのまま川端康成自身である。


    伊藤整の島村観

    戦前戦後にかけて、川端康成について最も多く発言し、またその理解が深いと思われるのは、前掲の『川端康成作品研究史』を執筆した林武志が指摘するように、伊藤整である。

     その数々の文章のなかで、ここでは「川端康成の文学」(『作家論Ⅱ』角川文庫、1964〈昭和39〉年・12・10に収録。初出は『東京新聞』1953年2月とあるが、該当する文章は掲載されていない)の、「雪国」について述べた部分から、その核心となるところを引用してみよう。

       主人公の島村は作者の説明では「自然と自身に対する真面目さも失ひがちな」無為徒食の人間で、山を好み、舞踊が好きだ、と簡単に書かれてゐる。しかし、それはどうでもよいことで、美と生命の燃焼を求める感受性の細い絃が島村といふ人物の中に縦横に張りめぐらされてゐるのである。

    その絃に触れる美は悉(ことごと)く音を立てるが、生活そのものはその絃に触れることがない。だから、その生き方において悲しいまでに真剣な駒子のやうな存在、またその駒子よりももつと張りつめた生き方をしてゐる葉子の存在は、生活者としては島村に触れることなく、ただその張りつめた生き方の発する美の閃光(せんこう)としてのみ島村に把へられる。そこから島村と駒子の間、島村と葉子の間に、接近すればするほど行きちがふといふ悲劇が生れる。

       島村が美の感受者として自分の周囲に独特の世界を見出して作つて行くさまは、光を持つた人間が闇の中を歩くのに似る。

    この理解は、先述の小林秀雄の理解と相通ずるところがあると思われる。

     伊藤整は別のところでも、島村を「美しく鋭いものの感覚的な秤(はか)り」と述べている。


    山本健吉の「雪国」観

     少し後れて、川端康成の文学に深い共感を示し、駒子と葉子を、能のシテとツレと見立てた山本健吉の「雪国」観も、見ておく必要があるだろう。

     山本は『近代文学鑑賞講座13 川端康成』(角川書店、1959〈昭和34〉・1・10)の編著者であるが、この創見に満ちた1冊の書で、山本は次のように述べている。

       ……自分を全然人生の葛藤の渦中から外側に置いて、駒子や葉子のなかに瞬間的に現れる純粋な美の追究者として、人生的には非情の傍観者としてふるまうところに、この作品の世界が成立していると言えるのである。(中略)

       このような純粋に審美的なものの追求、生活の塵埃(じんあい)から、雪国の別世界への感受性の逃避行そしてそのことによって、女心の哀愁と美とを捕えようとしたのが、この作品なのである。

     ……伊藤整や山本健吉から、以後、たくさんの研究者たちが出て、「雪国」や島村について、さまざまな考察を提示した。

     しかしわたくしは、ここまで引用してきた小林秀雄、伊藤整、山本健吉らの考えを、「雪国」の本質を衝いたものとして、自分の「雪国」観を少しも改める気にはならないのである。



    駒子のモデルと和田芳恵

     ……1957(昭和32)年の正月5日、評論家の和田芳恵は、写真家大竹新助とともに、新潟県南蒲原(かんばら)地方の三条市に、駒子のモデルとされる小高キクを訪ねた。雑誌『婦人朝日』に「名作のモデルをたずねて」を連載する、その第1回のためである。

     途上の湯沢では、豊田四郎監督、池辺良、岸恵子主演で「雪国」がはじめて映画化されることになり、その撮影で大騒ぎの最中であった。

     そのころ、かつて越後湯沢で芸者松栄として出ていたキクは、三条市の仕立物師・小高久雄の妻となって、小高キクとなっていたが、条理のわかった夫の協力もあって、この日の取材となったのである。

     以下は、この和田芳恵の記述「名作のモデルをたずねて(一)」(『婦人朝日』1957〈昭和32〉・3・1)によったものである。

     キクの本名は丸山きく。三条市島田に、1915(大正4)年11月23日、鍛冶屋(かじや)の長女として生まれた。兄がひとりあったが、十人兄弟の大所帯であった。
     川端康成と出会った1934(昭和9)年には、ちょうど数え20歳であったことになる。

     数えで10歳の7月15日に小学校をやめて、長岡市の立花家という芸者屋の下地っ子に出された。当時、南蒲原地方では、生活のために娘を芸者にすることを、さほど不思議と思わない風習があったという。

     長岡には、下地っ子のための特殊な学校があって、きくはそこに通ったそうだ。
     1928(昭和3)年、17歳になったきくは、湯沢の若松屋という芸者屋から松栄という芸名で出ることになった。年期は3年であった。

     しかし和田芳恵のここの記述はおかしい。1928年なら、キクは14歳だったはずである。これは年号の方が不確かで、「17歳」の方が正しいと考えたい。
     清水トンネルが開通した年(といえば1931〈昭和6〉年のはずだが、和田は1930年と書いている)、湯沢駅前の土産物店兼自動車屋に、峠(とうげ)豊作という運転手が雇われた。

     豊作は、1912(大正元)年の生まれ。きくと3つ違いだ。新潟県東南部の織物で名高い塩沢の、うどん屋の息子であったが、蕎麦(そば)づくりの技術を覚えるため、1928(昭和3)年に上京、日本橋室町の更科(さらしな)に弟子入りしたのだが、その仕事がいやになり、自動車の運転手になった。当時、運転手は、はなやかな職業であった。

     22歳の美貌の豊作と19歳のきくは、やがて深い恋仲となった。小説「雪国」は、この年から書き始められている。

     この土地では、芸者の住んでいる部屋を「きりやど」という。たいてい置屋の母屋から廊下でつづいているが、母屋からは離れている。そこに客が泊まることもあった。

     豊作は仕事がすむと、夜が更けたころ「きりやど」から、きくを呼び出し、ひっそりした湯舟につかって、あまい恋をささやいたという。「ふたりはしあわせに夢のような日をおくっていました」と和田は書いている。

     きくは豊作と一緒になりたいと考えていたが、3年の年期を終えて家に帰ると、すぐ富山県の高岡に、また芸者として出なければならなかった。このときの身代金で、親は住む家を建てた。芸名は、いろは、だった。

     しかし高岡では我慢のならないことがあった。それは、抱え主が芸者に客をとることを強要したことである。


    1932(昭和7)年、18歳の松栄

     きくは、「21歳になった昭和7年の8月に、湯沢へ住みかえました」と和田は書いている。(年齢か年代か、どちらかが間違っている。平山三男の調査によれば、数え18歳の1932(昭和7)年が正しい。

     そのときの置屋が豊田屋で、抱えは三人いた。松栄(まつえ)という名が通っていたので、今回も松栄で出た。

     豊作との仲は、この土地では誰知らぬ者はないほどであった。きくは、豊作の兄貴分であった人を通して、年期があけたら一緒になってほしいと申し入れた。豊作は喜んで、かたい約束をした。ふたりは夫婦きどりでつき合っていたが、1937(昭和12)年の秋、豊作に召集令状が来て、高田に入隊することになった。そこで双方の親を説得して仮祝言をあげた。

     ところがじつは、きくには、東京に旦那がいた。60に近く、めったに来ることはなかった。その旦那が話を耳にして、どうしても手放さないと言い、きくは豊田屋をやめて上京し、旦那に囲われることになった。26歳のときだった。

     豊作の部隊は中支の漢口に行き、豊作はここで3年の軍隊生活を送り、現地で2年、軍属をしてから陸軍病院の酒保に店を出した。生活が安定したので、きくを呼び寄せる手続きをして、このとき初めて、きくに長いあいだ裏切られていたことを知った。

     和田芳恵は、峠豊作にも会って、取材している。この『週刊朝日』には、峠の近影も掲載されている。

     峠は、和田芳恵に、きくと、結婚の仮祝言をすませた仲であることを認めた。また康成を定宿の「高半」へ幾度も送り迎えをしたことなども話したという。

     1958(昭和33)年の取材の当時、峠は東京の八重洲口に近いところで料亭を営んでいた。


    松栄のその後

     一方、きく

  8. 8 777


    松栄のその後

     一方、きくは、旦那も死に、戦争も激しくなったので、郷里三条市に帰り、帯や袴(はかま)の仕立てをしている小高(こだか)久雄の弟子になった。

     やがてきくは、これまでの閲歴をすべて小高に打ち明け、二人は結婚して、現在に至ったという。

     和裁ばかりでは生活が苦しいので、きくはミシンを置いて、婦人子供の既製服の製造をはじめ、のちには内弟子や通いの弟子が七、八人もできるほど、手広く経営するようになっているそうだ。

     ――以上が和田芳恵の伝える丸山キクの半生である。年代にところどころ錯誤があるので、正確な事実として確認できないところが残念だが、中見出しに「哀れ、7年の恋は終りぬ」とあるところからも、このとき、きくは和田芳恵に率直に、峠豊作のことを含め、これまでの人生を詳細に語ったと思われる。

     問題は、康成が湯沢に滞在して「雪国」を執筆した時期と、峠豊作ときくが恋仲であった時期が重なるのではないかと思われることである。

     高半旅館の次男・高橋有恒も、「『雪国』のモデル考――越後湯沢における川端康成」(『人間復興』第2号、1972(昭和47)・11・期日不明)のなかで、「峠豊作と芸者松栄との間に当時、すこし噂があった」と書いている。

     また、あるとき、峠の運転する車に有恒が乗せてもらっていると、峠は芸者置屋豊田屋の前で車をとめ、二階の芸者松栄に声をかけた。すると松栄が降りてきて、車に同乗した。このとき松栄は、「オツさま、この本、川端さんがくれたの」と1冊の本――「水晶幻想」を差し出した、とも述べている。

     これらの事実を、どう解釈したらいいのだろうか。

     1932(昭和7)年、18歳のきくが、若松屋から松栄という名で芸者にでた事実は確かであろう。康成がはじめて湯沢に来たのは、2年後の1934(昭和9)年である。

     このときすでに松栄は、峠豊作と恋仲になっていたと思われる。

     というのも、松栄と峠豊作が恋仲になったのは、松栄が高岡に行く前のことと、和田芳恵は書いているからである。湯沢に帰ってきて、ふたたび松栄という名で芸者に出たきくと峠豊作は、感無量のうちに再会したはずである。

     もっとも、作品で見てきたように、潔癖で正直な松栄が、ふたりの男に二股(ふたまた)をかけるような女でないことは確かである。

     わたくしが注目したいのは、3度目の旅で、縮の産地から帰った島村の乗った車に、駒子が飛び乗る場面である。

       車が駒子の前に来た。駒子はふつと目をつぶつたかと思ふと、ぱつと車に飛びついた。車は止まらないでそのまま静かに坂を登つた。駒子は扉の外の足場に身をかがめて、扉の把手(とって)につかまつてゐた。(中略)

       駒子は窓ガラスに額を押しつけながら、
      「どこへ行つた? ねえ、どこへ行つた?」と甲高く呼んだ。

      (中略)

    駒子が扉をあけて横倒れにはいつて来た。しかしその時車はもう止まつてゐるのだつた。
     
    これは、実際の体験を描いた場面ではなかろうか。そうだとすれば、駒子が大胆にも走っている車に飛び乗ることができたのは、峠豊作の運転する車で、豊作が危険な操作をするはずがないと安心して、駒子は無茶をしたのではないだろうか。

     つまり、豊作もまた、駒子が島村とつき合っていることを知っていて、島村の前で車の速度を落し、また危険のないよう配慮したのである。

     わたくしは、すでに駒子こと、きくと豊作は恋仲であったと確信する。

     そこへ、いきなり東京から得体の知れぬ、これまで会ったこともないような男が現れ、きくは電撃に打たれたように、その男に惚れてしまったのだ。駒子は夢中になって、その新しい男に心血をそそいで恋をする。

     豊作は黙ってそれを傍観しているしかなかった。

     およそ2年間、駒子は命がけの恋をした。それは次元の異なる恋だった。豊作は黙って見ているより術(すべ)がなかった。

     島村が雪国を去ってしばらくたって、駒子こと、きくは豊作のもとに戻ってきた。駒子は豊作との結婚を本気で考えた。……

     康成は、駒子にそのような想い人があったことを知っていただろうか。

     小高久雄は和田芳恵の取材のとき、「この人には、そのころ、7年も思いつめた男の人がいたのですよ」と語ったそうだ。また、「雪国」の作者のことは、きくから聞いてはいたが、「雪国」を読んだのは結婚してからだったという。

     最後にきくは、康成のことを、「あの方は、これまで知った多くの人たちから感じられない独特な雰囲気を持っていました」と和田に語ったという。

     峠豊作というひとがありながら、駒子のきくは、魅入られたように康成との恋に命を傾けたのではなかろうか。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/7d45b23134e8d90da385ae91582324...





    駒子を探せ!(越後湯沢への旅1) 


    雪国がもっとも雪国らしい季節になっています。
    と言うわけで、川端康成の「雪国」の舞台、越後湯沢を訪れてみました。

    小説に登場する駒子にはモデルがいたそうです。
    当時19歳、置屋「藤田屋」に身を置く芸妓「松栄」です。

    http://odori.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_830/odori/DSCF6482_640....

    駒子の面影を求めて湯沢を散策してみます。

    駒子の容貌について、小説の中では次のように描写されています。

    「細く高い鼻が少し寂しいけれども、その下に小さくつぼんだ唇はまことに美しい蛭の輪のように伸び縮みが滑らかで・・・濡れ光っていた。目尻が上がりも下がりもせず、わざと真直ぐに書いたような眼はどこかおかしいようながら、短い毛の生えつまった下り気味の眉が、それをほどよくつつんでいた。
    少し中高の円顔はまあ平凡な輪郭だが、白い陶器に薄紅を刷いたような皮膚で、首のつけ根もまだ肉づいていないから、美人というよりもなによりも、清潔だった。」

    さて駒子には会えるのでしょうか。

    昭和9年から昭和12年にかけて、川端は越後湯沢に滞在して雪国を執筆しました。
    旅館「高半」は今は鉄筋コンクリート造りのホテルに変わっていますが、川端が逗留した「かすみの間」は当時のままに保存されています。

    http://odori.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_830/odori/DSCF6414_640....

    この部屋で雪国が執筆されたのです。
    当初幾つかの短編として発表され、戦後「雪国」としてまとめられました。

    小説の中では、「椿の間」として出てきます。
    島村を訪ねた駒子は、椿の間に泊まり、当初は旅館の人が出入りするときは、次の間に隠れていました。

    部屋の間取りを紹介したパネルにはご主人高橋半左ヱ門氏の話が紹介されています。

    「はじめのころは芸者の松栄さんが慌てて次の間に隠れたからだ、公認のようになってからはもう彼女は隠れなくなりましたが」

    小説が執筆された部屋でもあるが、川端と松栄の密会の場でもあったのです。
    当時、川端にはすでに奥さんがいたはずです。


    昔の高半を遠望する写真です。

    http://odori.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_830/odori/DSCF6443_640....

    岡の上の建物が高半です。
    右手の杉木立の中に諏訪神社があります。

    小説の中に出てきます。
    「女はふいとあちらを向くと、杉林のなかへゆっくりと入った。
    彼は黙ってついて行った。
    神社であった。
    苔のついた狛犬の傍らの平らな岩に女は腰をおろした。」

    高半の女将さんに諏訪神社までの道を訪ね、岡を下りました。

    http://odori.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_830/odori/DSCF6457_640....

    残念ながら、雪に閉ざされて神社の境内までたどり着く事ができませんでした。
    雪に埋もれた鳥居を遠望するのみで、苔のついた狛犬も、その側の平な岩も確認することは出来ません。

    芸者を辞めて湯沢を去る松栄は、この境内で川端から届けられた雪国初稿の生原稿や自分がつけていた日記を焼いたそうです。

    その松栄が身を置いた「豊田屋」はこの神社近くにあったそうです。
    湯沢町歴史民俗資料館には、松栄の住んだ部屋を移築して「駒子の部屋」と名付け展示してあります。
    記事冒頭の写真がそれです。

    http://odori.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_830/odori/DSCF6448_640....

    ホテル高半に展示されていた松枝の写真です。
    向かって右側が松栄19歳のころの写真です。

    冒頭に紹介した、駒子の容貌の描写と比較してみてください。
    似ているというか、そのまま・・・と思いませんか。

    駒子のモデルとなった、松栄は昭和15年芸妓をやめ、その後結婚し、1999年に新潟県三条市で亡くなっています。
    良いご主人に恵まれ、その人生は幸せだったようです。
    駒子であった松栄にスポットをあてた『「雪国」あそび』(村松友視・恒文社)という本があります。
    その中に、「キク(松栄の本名)さんは生前、久雄(ご主人)さんに『雪国』の中のできごとはほとんどが実際のできごとだと話した」との記述がありました。

    「国境のトンネルを抜けると雪国だった。夜の底が白くなった。」

    http://odori.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_830/odori/DSCF6506_640....

    この冒頭部分があまりにも有名なためか、「雪国」をなんとなく読んだようになっていました。
    冷静に考えてみると読んだことはありませんでした。
    なぜ、読んだことがあると思い込んでいたのでしょうか。
    ひょっとすると教科書に載っていたからだろうか。

    今回、雪国を読んでみて、「教科書に載っていたかも」というのも思い違いだったようです。
    内容は教科書に載せられるような代物ではありませんでした。

    これは不倫小説です。
    しかも冒頭部分で

    「結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている。
    ・・・この指だけは女の感触で今も濡れていて、」

    とかなり不穏当な表現がでてくるのです。
    (この指の感触の表現部分は昭和10年に「夕景色の鏡」として文藝春秋に発表されたときは伏字が使われているそうです。さもありなんと思います。)

    妻子ある男と芸妓の逢瀬の描写が繰り返し描写され、そして山場らしい山場もなく終わってしまいます。

    新潮文庫版「雪国」の解説文で伊藤整が「抒情小説」といい、「さて、完成されても、ドラマティックなカタストローフは決して設定されず、本当に終わったのかどうか、読者にも疑問に思われる。」(永遠の旅人)と三島由紀夫が評したのも良くわかりました。
    http://odori.blog.so-net.ne.jp/2011-02-06




    小説「雪国」の世界/雪国の宿 高半(湯沢町)
    http://www.youtube.com/watch?v=RDqGweTZEzM

    川端康成先生が愛した温泉/雪国の宿 高半(湯沢町)
    http://www.youtube.com/watch?v=4fStMeIhWEc

    越後湯沢ニュース「高半」冬景色.MOV
    http://www.youtube.com/watch?v=7DPNnHrd_L4

    DMC-ZX1 HD 越後湯沢湯元 高半からの眺望
    http://www.youtube.com/watch?v=hPzy4rSpSmU

    DMC-ZX1 HD 越後湯沢湯元 高半からの日没後眺望
    http://www.youtube.com/watch?v=K183QhWfg_Q

    2013年1月7日 越後湯沢「冬風景」
    http://www.youtube.com/watch?v=Bb8I_VvFjNU

    越後湯沢ニュース「雪景色」
    http://www.youtube.com/watch?v=0WKXvoyo9k0



    湯沢温泉 雪国の宿 高半|小説雪国の世界
    http://www.takahan.co.jp/annai2.html

    松栄。駒子のモデルとなった女性
    http://odori.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_830/odori/DSCF6448_640....
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%AA%E5%9B%BD_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)#mediaviewer/File:Matsuei.jpg
    http://blogs.yahoo.co.jp/icemanjyushirofuji/GALLERY/show_image.html?id...
    http://blogs.yahoo.co.jp/icemanjyushirofuji/GALLERY/show_image.html?id...


    昭和初期の高半旅館。
    http://ameblo.jp/naruru8854/image-11506027175-12490281812.html
    http://blogs.yahoo.co.jp/icemanjyushirofuji/GALLERY/show_image.html?id...

    川端康成が滞在し執筆をつづけた『かすみの間』
    http://blogs.yahoo.co.jp/icemanjyushirofuji/GALLERY/show_image.html?id...
    http://odori.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_830/odori/DSCF6414_640....
    http://ameblo.jp/naruru8854/image-11506027175-12490281645.html
    http://ameblo.jp/naruru8854/image-11506027175-12490281647.html
    http://ameblo.jp/naruru8854/image-11506027175-12490281646.html



    川端康成の小説「雪国」は昭和9年から昭和12年にかけてここ高半旅館で書かれたもので主人公 島村と芸者駒子の悲しい恋の物語が書かれています。

    この駒子のモデルといわれる芸者、松栄さんがいて、主人公の島村は川端康成自身と言われています。


    その後、昭和22年に「続雪国」を発表。

    昭和32年から高半を舞台に映画「雪国」が作成され、名作として絶賛されました。


    Snow Country 雪国 Trailer
    http://www.youtube.com/watch?v=Q8fjJJdtssk


    昭和32年には英訳「SNOW COUNTRY」が出版。そして、昭和43年にノーベル文学賞を受賞します。

    高半の女将高橋はるみさんにお話を伺いました。


    「川端さんが来られたのはわたしの先々代の頃です。

    川端さんは長いときで20日~1ヶ月位泊まって執筆されていました。
    書き終わると上越線の電車便で原稿を上野へ送って、上野へは奥様が取りに来ていたようです。

    松栄(まつえ)さんは読書好きで話し上手。川端さんと気が合ったのではと思います」

     ちなみに映画「雪国」は毎日午後8時半から宿泊者を対象に上映されています。

    昭和10年頃の高半 建物右2階が「かすみの間」
    http://www.pref.niigata.lg.jp/minamiuonuma_kikaku/1342645239214.html






    川端康成著「雪国」 原文
    http://amezor-iv.net/life/150211182856.html

  9. 9 777
  10. 10 777



    2012.02.09 越後湯沢 ~川端康成の「雪国」~ (その1)
    http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2012/2012_0209_Yuzawa/...



    越後の雪景色を眺めて参りましたヽ(・∀・)ノ



    北陸の雪が結構な積もり具合になっているそうなので、今年も越後湯沢に出かけてみた。

    季節は厳冬期…雪の世界を味わうには丁度よい頃合である。ただし毎度毎度 「雪だ~ヤッホー」 で終わってしまうのもアレなので、今回は川端康成の 「雪国」 の雰囲気を味わいつつ、ゆるゆると巡ってみることとしたい。

    今回のテーマがなぜ川端康成なのか…ということについては、実はたいした意味はない。たまたま湯沢に関連した有名人でもあるし、雪に絡んだ小説を書いているのでまあ取り上げてみようという程度の動機である。…といっても凡百の作家と違って 「日本人初のノーベル文学賞受賞」 という看板を背負っているだけに、その存在感には一定の重みと権威がある。日本人であれば教養のひとつとして知っておくべき作家といえるだろう。




    …しかしながら筆者はこの作家の作品をちゃんと読んだことが実はなかったのである(笑 ^^;) 大慌てで書店で文庫本を買い込み、斜め読みで内容をチェックしたのは内緒だw

    ちなみに筆者の購入した新潮文庫版は既に145刷。戦前の作品なのにいまだに現役で売れているというのはちょっと驚きで、新潮文庫の売れ行きランキングでもなんと歴代7位だそうである。…いったいどんな人が買っているのだろう。

    ※ちなみに 「雪国」 は有名な割に実際には読まれていない小説ランキング(なんだそりゃ)の上位にも安定して入っているらしい。往年の岸恵子目当てに映画だけ見て済ませた人も多いのではないかと思うのだが、当時筆者はまだ生まれていないので残念ながら映画の記憶というのはない。…かすかに覚えているのは、子供の頃に見たTV番組で川端康成の特集を放送していて、そこに雪の中を走る蒸気機関車のビデオ映像が流れていたことくらいである。



    ■越後湯沢への道


    さてそんな訳で熊谷の秘密基地を発進し、花園ICから関越道に乗って関東平野をゆるゆると北上していく。

    この日は冬の関東らしい良く晴れたカラカラの天候具合であった。日本海でたっぷりと水分を補給したシベリアからの季節風は、北陸の山岳地帯で大量の雪を降らせて水分を吐き出し空っ風となって関東平野に吹き降ろしてくる。

    その境界線となっているのが向こうに見える谷川連峰である。標高2000mに満たない山々の連なりだが、これほどまでに劇的な気候区分を現出している山列というのも珍しく、律令の草創期からここは地域の境界区分として中央に認識されていた。即(すなわ)ち上野国、越後国の国境である。


    かつてはこの山脈を越えるほとんど唯一の道(※)が、三国峠(みくにとうげ)を通っていた。現在では国道17号線となっている三国街道(みくにかいどう)である。急峻な谷川連峰のピークを避けて少しでも低くなだらかなルートを通るように作られた道で、その起源がいつごろまで遡るのかは定かではないが、万葉集(巻七、第一三六七首)に




    三国山こずえに棲まふ

    むささびの鳥待つ如く

    我待ち痩せむ



    と峠のある山が歌われていることから奈良時代には既に人の往来があったものと思われる。

    ただし "街道" とはいっても実質的には登山道に毛の生えたような時代が長く続き、雪が降れば交通は途絶した。大量の物資を運べるほどの道幅もなく、道路整備が進んでクルマが峠を越えられるようになったのは時代が大幅に下って、なんと昭和も30年代になってからのことである。それまでの間、特に冬季の長期間の途絶は、長い歴史を通じて上州と越後の情緒の違いを醸成してきた。今筆者が湯沢に向かっているのもその情緒の残照のようなものを求めている訳で、この地方における雪の風情というのは今でも上質の吟醸酒の趣をもって我々を引き寄せている。

    その一方で、近代になって造られた鉄道および高速道路は、最短ルートで谷川岳をぶち抜いて水上(みなかみ)から湯沢に抜けるコースをとっている。こちらは情緒だの歴史だのといった甘っちょろいものとは無関係に、費用対効果を算盤勘定して最も投資効果の高くなるように造られた。おかげで在来線、新幹線、高速道路がほとんど同じコースを通って谷川岳の山腹にトンネルを穿(うが)つことになり、人家の稀な山中で交通インフラの奇妙な密集状態を生じている。



    これらの新・交通インフラの開通年代は、国鉄(当時)の上越線が昭和6年(1931)、上越新幹線が昭和57年(1982)、関越自動車道が昭和60年(1985)であった。国道17号線が自動車で通れるようになったのは昭和32年(1957)だが、当初は未舗装の隘路であり、苗場で開業したばかりのスキー場に群馬県側からクルマで乗り込むのでなければ、上越線で湯沢に抜けてそこからバスに乗ったほうがよほど快適に移動することができた。

    ※谷川連峰から福島県寄りの清水峠を通る古道もあったが、湯沢を経由しないルートなのでここでは言及しない。

    ※三国峠を車が通れるようになった最大の要因は、急峻な峠の頂上部をトンネルでショートカットしたことである。




    川端康成が湯沢にやってきたのは昭和9年のことである。上越線の開通からわずか3年、まだまだ古い情緒を残していた湯沢の**に、当時最新の交通機関(電気機関車に牽引された旅客列車)でこの小説家はやってきた。

    …が、残念ながらその季節は厳冬期ではなく6月だったそうで、小説の情緒とは微妙に一致しない。この初回の訪問で川端は鄙びた湯沢の風景を気に入り、その後何度も通うようになっていくのである。彼が雪を見たのはその年の3回目の訪問の時であった。



    当初川端康成は群馬県側の水上温泉を訪れていたようで、宿の人に薦められてトンネルを越えた湯沢までやってきたらしい。「水上よりよほど鄙びていた」 と後に川端は好意的に述べているが、その後の展開をみれば水上温泉にとっては逃がした魚はピラルクー並みに巨大だったともいえるかもしれず、なんとも惜しいことをしたものである。

    とはいえ水上温泉はほぼ同じ頃に太宰治や北原白秋、与謝野晶子、若山牧水などが逗留していて、谷川岳の関東側の山麓に開けた利便性から湯治場としては湯沢よりよほど発展していた。川端康成のノーベル賞のインパクトがなければ、関連する作家数の多い水上温泉のほうがよほど観光資源には恵まれているのである。


    さて狭い山間の盆地でもあり、湯沢ICから降りるともう温泉街なのだが、今回はひとまず温泉はスルーして谷川岳に向かって逆走してみることにした。

    どうしてそんな奇行(^^;)をするのかと言えば、せっかくの雪の季節なのだからミーハー路線全開であの 「トンネル」 を見てみたいと思ったのである。もちろん小説 「雪国」 の冒頭に出てくるアレのことだ。

    それは土樽(つちたる)の最奥部にある。



    ■土樽へ


    そんな訳で、湯沢**から離れて谷川岳側の土樽を目指すことにする。



    土樽は狭い湯沢盆地にあって、谷川岳を背にした袋小路のような地勢にある小**である。その概要を湯沢側から俯瞰するとこの↑ようになる。

    鉄道や高速道路が開通する以前の土樽は、この地域の主要幹線道路=旧三国街道からは外れた僻地であった。新潟から六日町を経由して湯沢までやってきた旧三国街道は、湯沢をすぎると三国峠を目指して隣の三俣盆地のほうに行ってしまう。山を越えて関東側に抜ける主要道は他にはなく、おかげでこの地区は人の往来からは外れて、近世まで辺鄙な山間**のまま昔の風情を保った。

    ここが文明の恩恵に浴したのは(…などと書くと現地の人に叱られそうだけれども ^^;)、上越線が開通して清水トンネルから抜けてきた列車のために信号所が置かれたあたりからではないだろうか。信号所は後に土樽駅となり、越後国最奥部の駅として今も存続している。小説 「雪国」 の雰囲気を味わうのであれば、新幹線の巨大な駅を抱えて近代リゾートホテルの林立してしまった湯沢温泉街よりも、この土樽駅の周辺を散策したほうが良いという声は多い。



    さて土樽は番地としてみると湯沢温泉街の数倍の面積を誇る非常に広い地区である。民家はまばらで、農村ではあるのだが樹林帯が多く、耕地化されている面積はそれほど広くない。湯沢に隣接する岩原スキー場のあたりは水田が広がっているようだが、越後中里のあたりからはそれもあやしくなってくる。


    実のところ筆者はこの地区の10mメッシュマップを最初に見たとき、狭い山間地ということもありもっと限界近くまで開墾されているのではないかと想像していた。


    ところが現地に入ってみると案外そうでもなさそうで、まるで昔話にでも出てきそうな風景が続いているのである。


    やがて湯沢温泉街から7kmほど谷川岳に寄ったあたりで土樽**に至る。現在 「土樽」 の地名で呼ばれているエリアは合併前の旧土樽村に相当し、大雑把にいって10km四方ほどの広さがある。湯沢に近い順に 原、荻原、中里、古野、松川 と小**が点在し、一番奥まったところがこの土樽**となる。

    近代的市町村制が施行される以前はそれぞれの**が独立した村であった筈で、ここより奥に村がないところをみると、人が日常生活を営むことの出来るぎりぎりの環境がこのあたりまでだったのだろう。


    今回とりあえずのランドマークとして目指している土樽駅は、その最後の**からさらに1.6kmほど奥に入ったところにある。清水トンネルはさらに500mほど奥だ。

    どうしてこんな民家から離れたところに駅を作ったのかというと、さきにも述べたように最初は信号所として作られた施設をそのまま転用したためで、つまり客の都合というのはあまり考えられていない。さらに言えばここは長さ10kmもある清水トンネルを抜けるために開通当初から蒸気機関車ではなく電気機関車が運用されていて、そのための変電所が併設されていた。鉄道としてはこちらのほうがよほど重要で、やはり客の都合は二の次といえる。

    かつては東京方面から鉄道でやってくると、トンネルを抜けた列車はまずこの信号所で一旦停車した。上越線は開通当初は単線で、ここを使って長いトンネルの前後で上り/下り列車の行き違いを行ったのである。上越線は客車よりも貨物列車の往来が多く、行き違いの列車待ちは頻繁にあったらしい。

    なお群馬県側では現在の土合駅が開業当時はやはり信号所であり、同等の役割を果たしていた。ただしあちらには雪はほとんどなく、小説の舞台装置として見栄えがするのはやはり土樽の方だろう。

    ※ところで小説では描写が抜け落ちているけれども、信号所を過ぎると奇妙なループを描く松川トンネルを経て列車は湯沢に向かうことになる。これは昭和初期の機関車の登坂力に合わせ、なるべくゆるやかなスロープで標高差のある谷間の地形を通り抜けようとした涙ぐましい努力の跡である。…が、この偉大なる鉄道工学の成果も小説家の目にはあまり好印象としては残らなかったようで、すっかりスルーされているのは不憫としか言いようが無い(^^;)


    さてそんな土樽駅と清水トンネルを目指してさらに奥に進んでみるのだが…最後の**を過ぎると除雪もかなりテキトーになってクルマ一台が通るのがやっとという状況になった。


    途中で分岐点に差し掛かり、近接する駅とトンネルとどちらを優先するか…という割とどうでもよい順位について5秒ほど逡巡した後にまずトンネルのほうに向かってみた。…が、清水トンネルのすぐ脇まで伸びている筈の道は、ほどなく行き止まりになっていた。

    もう周囲には民家はなく、どうやら湯沢町はここから先は除雪の必要なしと判断しているらしい。雪壁で視界はさっぱり効かないのでトンネルがどのへんにあるのかは不明である。うーん…困ったな。



    仕方がないので一旦引き返し、分岐部に戻ってみると向こうからクルマが一台やってきた。…ということは、駅はあの向こう側ということかな。とりあえず行ってみることにしよう。


    スノートレンチな道路はまもなく関越自動車道の高架橋下をくぐる。

    「大型車の通行なんて考えていないぜ!」 的な桁下の狭さがなんとも投げやりな感じで僻地感をそそる。高架橋直下は天井をクルマが通り抜けるたびに遠雷のような音がゴォォォン…ゴロゴロ…などと響いていた。




    さてその先は…と進んでいくと…あれれ?(@_@;)

    …なんと、スノートレンチはやはり途中で行き止まりなのであった orz

    除雪されているのは一昨年に営業終了した山荘の玄関先までで、クルマが1台置いてあるところを見るとどうやらオーナー氏はまだここに住んでいるらしい。…ということは、駅の存在よりも "ここに住民がいる" という文脈で道路の除雪が行われていると理解すれば良いのだろうか。



    ナビをみると目的地まではあと250mくらいであるらしい。

    せめて駅までは通れるようにしておいて欲しいところだが…いずれにせよ土樽駅までの道筋は実際には通ることができない。割と有名な場所なのに、まさかこんな状況になっているとはちょっと意外だったな( ̄▽ ̄;)




    山荘の主人らしきご老体が出てきたので 「駅までいけますかね?」 と聞いてみたところ、「あ~、この先クルマは通れないよ~」 との返事が返ってきた。「歩いてなら行けるよ~」 とも言ってもらえたけれど、さすがに2mを超える積雪を人力ラッセルしながら進むのはちょっと遠慮したい(^^;)

    しかしそのままリターンではちょっと悔しいので、視界が通るあたりまで雪壁を登ってみた。正面に見えているのがどうやら上越線の変電施設らしく、駅舎はちょうど手前の樹木で隠れてしまっている。周辺にぽつり、ぽつりとある建物は山小屋だそうで、いずれも道が通じていない(=除雪されていない)ところをみると、もう使われていないようだった。



    実はここにはかつて土樽スキー場というのが営業しており、それなりの賑わいをみせていた。

    スキー場ができたのは昭和16年のことで、「雪国」 が書かれた昭和10年前後の寂しい風情は、なんとわずか5~6年後にはリゾート開発で賑やかに変貌していたのである。ちなみに土樽駅はほとんどこのスキー場の専用駅のような位置関係にあり、ホームから直接ゲレンデに出ることが出来た。土樽**までには遠い立地の駅だが、スキー客には便利であったに違いない。



    この昭和10年代というのは湯沢駅周辺でもボーリングで新源泉が次々に掘り当てられやはり開発が急速に進んだ時期で、かつての古い宿場から新源泉の点在する西側斜面沿いに市街地が増殖していく途上にあった。新源泉は最終的に15箇所まで増え旧源泉を遥かに越える規模となり、付近の様相は一変してしまった。温泉街の中心が、大きく新源泉の区域=湯沢駅周辺側に移動したのがこの頃である。

    …それを思うと、川端康成が湯沢に滞在した昭和9年~12年というのは、開発のまだ端緒の時期で昔の風情が壊されていないぎりぎりの時期だったといえそうだ。小説に描かれた湯沢の情景というのは、時代性からいえばには極めてピンポイントなものなのである。


    ところで土樽スキー場に話を戻すと、「雪国」 の映画化や川端康成のノーベル文学賞受賞によるブームに乗って昭和の終わり頃までは順調に営業していたようだが、新幹線の開通で主要客を越後湯沢まで直通で持っていかれてしまうとたちまち寂びれ果て、週末限定の営業で細々と稼動を続けた果てに平成15年頃営業停止となった。

    それ以降の状況は、今見ている通りである。…皮肉なことではあるが、おかげで2012年の我々はかつて小説に描かれた頃の静かな土樽の情景を、およそ80年振りに見ることができている。不思議といえば不思議な話である。


    そのあたりの無駄話をもう少しばかりしてみたかったのだが、山荘の主人氏はそのままクルマで出かけてしまい、それ以上の質問はできなくなった。

    …まあ、このあたりが引き返し時かな。むむむ。
    http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2012/2012_0209_Yuzawa/...



    2012.02.09 越後湯沢 ~川端康成の「雪国」~ (その2)
    http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2012/2012_0209_Yuzawa/...


    ■されど、国境の長いトンネル


    さてそんな次第で目的を果たせず失意120%で引き返してきたのだが、筆者の普段の行いが良いためか(ぉぃ ^^;)、ひょんなところからそれは見えた。場所は関越自動車道の高架橋下で、行くときには見えなかったものが帰りに目に留まったのである。



    なんと国境の長いトンネルは、実はここから見渡せるのだ。

    現在の上越線は複線化工事によってトンネルも2本になっている。昭和6年完成の清水トンネル(=小説に登場)は写真左側の方で、右側が昭和42年完成の新・清水トンネルである。花鳥風月的にポイントが高いのは、もちろん左側の古いほうだ。


    そんな清水トンネルを、望遠で捉えてみた。…ここを通って、小説家は雪国にやってきたのだなぁ。

    トンネルは時代が古いだけに簡素なつくりで、上からの落雪を防ぐために上部フェンスが追加されていた。放っておけばどんどん雪に埋まっていってしまいそうな頼りなさも幾分感じるが、しかしこのトンネルこそが、戦前の新潟と東京をむすぶ交通の要衝だったのである。

    ここが貫通したことで、それまでは直江津~長野~軽井沢を経由して信越線でぐるりと迂回していた新潟~東京の所要時間は距離にして約100km、時間では4時間も短縮されることとなった。小説には湯沢と東京を往復する話ばかりしか出てこないけれども、上越線の本質は新潟と東京という本州の東西港湾都市を直結したところにあり、湯沢はその2大都市圏の中間にあってアクセス性の良いスキーリゾート地として繁栄していくのである。


    そんな時代性を考えながらまったりと写真をとっていると、別の車がやってきて隣に駐車し、おっさんが降りてきて無言でトンネルの写真を撮り、そそくさと引き返していった。…しばらくすると、また同じようなクルマがやってきて、無言のまま写真を撮って帰っていく。

    えーと…もしかしてここは、そのスジの方々には有名な場所なんですか?(^^;)

    隣にヤケに厳重な 「立ち入り禁止」 のフェンスがあるのが気になった。やはり居るのだろうか、…理想のアングルを求めて突撃していってしまう猛者が…w



    ■ 「雪国」 という小説について


    さてそういえば 「雪国」 がどんな小説なのかさっぱり説明していなかった。詳細な解説はWikipediaあたりを参照していただければよいと思うのだが、せっかくなので花鳥風月的に端折って説明してみよう。

    「雪国」 とは、越後湯沢を舞台に一応の主人公である金持ちボンボン野郎の島村、メインヒロインで芸者の駒子、駒子のライバルとなるサブヒロインの葉子の三角関係がひねくり、ひねくり…な恋愛小説である。ボンボンの島村は親の資産でぬくぬくと暮らしている妻子持ちの中年男で、普段は東京に住んでおり年に何回か湯沢に通ってくる。田舎暮らしのヒロイン達は、この都会男に引っ掛けられてハーレム要員その1、その2となってもにょもにょするのである。

    といっても主人公の島村は何か明確な目的があって生きている訳でもなく、単にあちこちで女遊びをしているばかりで湯沢で囲った2号、3号にも責任を取るつもりはないらしいのである。やがて物語はいくつかの季節をめぐり、引っ掛けられた側の駒子と葉子の 「どっちを選ぶのよ」 的な詰めより具合がねちっこくなる。ただしヒロインの描写は圧倒的に駒子の方が濃密で、次期FSX選定で例えるなら駒子=F35、葉子=ユーロファイター並みの扱いで話は進む。


    このハーレム展開は、島村が 「そろそろ逃げようかな~」 と思い始めたところで脈絡なく火事がおこり急転直下のクライマックスに至るのだが、結局はっきりとした決着は付かず 「え? これで終わりなの…?」 的な結末に至る。 島村は主人公のくせに何の活躍もせず、最後はポカーンと天を仰いで終わる。結局一番動き回っていたのは駒子なのであった。

    まあ作者曰く 「島村はただの引立て役。これは駒子が愛に飢えてもにょもにょする様子に萌える話なんだよ!」 (注:筆者の超・意訳です ^^;) ということであり、おそらくこれで内容の本質に関する説明は終わってしまう。 …雪国とは、まあこんな話なのである。

    …というか、いいのだろうかそんな説明で(笑 ^^;)

    ※ストーリーのみを追いかけるとグダグダ感満載だが、各場面ごとの情景というか雰囲気を味わう "空気小説" としては実によく出来ている。そういえばノーベル賞の受賞理由も表現手法の巧みさを評価したものなのであった。



    ■土樽駅、リトライ(笑)

    さてトンネルを見た後、もう一本スノートレンチが分岐しているのを見つけて進んでみると、山荘とは反対側に駅の入り口があった。どうやら筆者はすこしばかり遠回りをして反対側にアプローチしていたらしい。

    …というか、パチンコの景品で貰ったカーナビ(…を、人づてで譲ってもらったw)の案内精度に期待しすぎるのがそもそもいけなかったらしいのだが、…まあいいや(^^;)



    有名な割りに駅舎は質素であった。駅章は自然木に手書き…まあ、これはこれで味があるかな。



    駅舎に入ってみると、こんな感じである。

    現在の土樽駅は無人駅で、スキー場の閉鎖によりほとんど唯一の 「この駅で降りる理由」 が消失して以降は、すっかり秘境駅の仲間入りを果たした感がある。

    駅舎内は "超省電力営業" で暖房はなく、照明は裸の蛍光灯が一本のみで、足りない分はなんと自販機の明かりが補っていた。JRもなかなか割り切った判断をしているようだ。


    ダイヤは3~4時間に一本という程度である。越後湯沢に乗り入れている新幹線より圧倒的に本数が少なく、利便性という点ではかなり難がありそうだ。ただし朝有に各1回、上り/下りが10分少々でつながり、とりあえずホームに下りてすぐにリターン…という瞬間トライの可能な時間帯はある。


    ホームに出てみるとそれなりに除雪はされていて、管理は行き届いているようだった。

    信号所時代の名残である通過待ち用の待避線は現在では撤去されている。小説で 「駅長さ~ん」 のシーンに登場したホームも今では列車待ちに使われることはなくなった。…これも時代の変遷かな。


    足元をみると線路には水が流れていた。いわゆる流水融雪だが、これが普及し始めたのはたしか昭和40年頃だったと思う。

    それ以前はどうだったかというと、もっとガチンコでマッチョな除雪が行われていた。ラッセル車でモリモリと雪を退け、さらに人海戦術でそれを軌道の外に運び出していたのである。

    「雪国」 では土樽に3台のラッセルが備えられていたことが記されている。他に除雪人夫が延べ5000人、消防青年団が延べ2000人手配されたとあり、当時の国鉄の並々ならぬ除雪対策の様子が伺える。

    ※この "3台" というのは実は軍隊式の装備の揃え方らしい。1台が故障、1台が整備中であっても確実に1台は実稼動できるというもので、非常時対応を強く意識したものだ。



    さてそのまま上り方向のホームの端まで行き、清水トンネルが見えるか目を凝らしてみた。…が、関越自動車道路の高架橋が邪魔をして視界は通らなかった。…まあ、こればかりは仕方の無いところかな。


    …貨物列車くらいは通るだろうか、としばらく見ていたが何もこなかった。

    小説中で土樽の駅長さんが言った 「こんなところ、今に寂しくて参るだろうよ」 というセリフが、21世紀になってもそのまま違和感無く感じられる。それほどまでにここには人の気配というものが無い。

    越後国の最奥部、もう人家もない谷底の斜面ぎりぎりの、これが本来の姿なのだろう。小説ではまだいくらかの鉄道職員がいる寂しさだったけれど、今ではそれも無人になった。事実は小説より寂なり…といったところだろうか。
    http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2012/2012_0209_Yuzawa/...




    2012.02.09 越後湯沢 ~川端康成の「雪国」~ (その3)
    http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2012/2012_0209_Yuzawa/...


    ■湯沢

    さて土樽を制覇した後は、湯沢に確保した宿に向かうことにした。雪壁で道路が狭くなっているので大型車が対向して走ってくると 「ぬおお」 となるのだが(^^;)、まあゆるゆると市街地を進んでいく。


    予算の都合もあるので基本的に安いビジネスホテルを使うのが恒の筆者だが、ここでは 「宿で小説を書く風情」 というのを味わってみたいので、一応ちゃんとした温泉宿に泊まることにした。



    …とはいえ、実は昨年同様、事前の宿の予約などはしていない。

    出発の1時間ほど前に旅館案内所に問合わせて 「いい所を紹介してくださいよ~♪」 とネゴして探してもらったのである。今回紹介されたのは湯沢ニューオータニホテルであった。

    チェックインしてみると、12畳+αの広々とした和室を一人で独占するというゆったりとした環境が待っていた。ビジネスホテルなら同じ床面積で3部屋くらいは詰め込まれるところだろうが、ここではそんな無粋なことはしていない。このくらい余裕のある空間なら "部屋で寛(くつろ)ぐ" という言葉が文字通りの意味で通用しそうだ。


    ところでそこらじゅうの旅館が満室の超・ハイシーズンに部屋が取れたのには、多少の理由がある。

    旅館には一見満室のように見えて、実は空き部屋がいくつもあるのである。有力な(=販売力のある)旅行会社や予約サイトがあらかじめ一定数の部屋を 「枠」 として押さえていたうちの余り物件で、前々日までに予約が確定しなかったり直近にキャンセルされた部屋がそれにあたる。こういう物件は 「枠」 の有効期間中には外部からはなかなか見えにくいのだが、前日になると縛りを解かれて、旅館組合の案内所などでローカルに売りに出される。一人旅ならこういう部屋を狙うのが得策なのだ。

    …などと書くと 「なんでキャンセル待ちみたいな真似をする必要が?」 とツッコミが来るかもしれないのだが(^^;)、実は一部屋の面積が広い高級旅館では利益率を考慮して宿泊人数が二人以上でないとそもそも予約を受付けないところが多いのである。

    それが前日や当日になると、空気を泊めておくよりはマシ(?)ということになって一人客にも開放される訳だ。一部の旅行好きには納得のいかないシステムかも知れないけれども、需要と供給と資本主義の理屈によってイマドキの旅館事情というのはそういうことになっている。



    では時代を遡って、戦前の宿の予約事情がどうであったか…については、実はどうもよくわからない。戦前の旅行会社というのは明治45年の日本交通公社=ジャパン ツーリスト ビューロー(JTB)の設立から本格的に立ち上がったといわれるのだが、その設立意図は鉄道会社とタッグを組んでの外国人観光客の誘致と便宜を図るものであり、日本人の扱いはどうもオマケのような印象がある(ただし設立意図はともかく顧客の圧倒的多数は日本人である)。

    昭和10年頃だと国内旅行手配はこのJTBのほぼ独占状態にあった。JTBの設立には鉄道院が深く関与しており国鉄の全面的なバックアップがあったのでこれは当然ともいえる。湯沢の発展とはすなわち国鉄の上越線効果の果実なので、観光客の誘致や有力旅館の宿泊手配には当然JTBが絡んだことだろう。その流れからいくと、湯沢入りした川端康成もJTBの客だった…ということになるのかもしれない。

    しかし小説 「雪国」 では、主人公は湯沢で最終列車を降りてからは旅館の "客引き番頭" に引っ掛けられて宿に入っており、JTBを経由して予約したのかどうかはついに最後まで明らかにされない。

    まあ最近流行のメディアミックス作品なら 「国境の長いトンネルを "国鉄の列車で" 抜けると雪国であった。宿の予約なら "JTB" …」 などと書かれるのだろうけれど(^^;)、さすがにそういうコマーシャルな文章を川端康成が小説中に練りこむことはなかった。「湯沢」 の地名すら最後まで直接は言及しないのだから、そのあたりは何らかの矜持があったのだろう。


    それはともかく、話が延々と蛇行して申し訳ないけれど、小説中の描写をみるかぎりどうやら主人公の島村は繁忙期を微妙に避けて当日の空き部屋をGETしていたようである。現代ではさすがに "客引き番頭" なる存在はもう少し合理化されて旅館の公式HPとか旅館組合の案内所に置き換わっているのだが、仕事の本質は変わらない。(※無理が利くのは案内所の方である)

    …ということで、今回筆者は実にノスタルジックな作法(?)に則って一夜の宿を確保したことになるらしいだが…そういう理解で良いのだろうか(^^;) …なんだか自信がないけれども。


    さて荷物を置いたらひろびろとした売店コーナーでお土産などを漁ってみた。今回は細君を那須に置き去りにしてきているのでご機嫌伺いの貢物が必要なのだ。

    …それにしてもホテルの売店の一番いい場所を占有しているお土産が 「米」 である。なんというか、新潟県の強烈なアイデンティティを感じざるを得ない(笑)


    米以外ではカニ風味の商品が多い。とにかく、カニ、カニ、カニ…である。とりあえずカニチップスは定番らしいので即GETしてみた。


    こちらはいつぞやの旅行で買いそびれたエースコックの職人魂…♪ こちらも忘れないうちに買い込んでおこう。ちなみに3個1セットでちょっとだけお買い得になるようだが、大人ならダンボール買いをするのが日本経済に貢献する正しい道といえる。

    …というか、いきなり売店でそんな大人買いをしてどうするというのだw


    その後部屋に入って一服していると、やがてお食事タイムの到来である。本来なら2日以上前に要予約のはずの御造りを美人で可愛い仲居さんに 「お願いにゃん♪」 とその場で追加してもらったりして、たらふく新潟の味を堪能してみた。

    食事が済んだあたりで体内バッテリーが切れかけてきたので、とりあえずいったんバタンキュー。温泉は翌朝ゆったりと味わうことにしよう。


    ■雪と温泉

    さてそんな訳で翌朝である。まだ暗い5:30頃にふらふらと館内の温泉に向かってみた。内湯は広くて湯量も豊富、施設もなかなかイイカンジだが…ちょっと整備されすぎて昔の鄙びた宿の雰囲気ではなかった。まあ良くも悪くも近代的なホテルで、いまどきのレジャー客向けのつくりである。

    先行客は4、5人ほど。「いや~、こんな時間に風呂ですかい」 と判で押したような挨拶をしながらさらに5人ほどが入ってきた。…見れば朝風呂をキメ込んでいるのはみなスキー客のようで、会話を聞き流してみたところ、これから滑り倒す前のウォーミングアップを兼ねているようだった。 何というか、気合が入っているなぁ・・・w


    さて筆者はというと、この時期の醍醐味といえば露天風呂と相場が決まっているので、雪の底に埋もれるような湯船で大の字になって浮かんでみた。

    いや~極楽だねぇヽ(´∀`)ノ



    …というか、気分は露天というよりすっかり洞窟風呂なんだけどな(笑)



    雪の壁が風を防いでくれるので、こういう状態の風呂は実は見た目の印象ほどには寒くない。ゆったりと浸かりながらリラックスするには丁度よさそうだ。

    …そんな訳で少しばかり長湯をしてみた。そもそも湯沢での2日目の予定は、川端康成の泊まったという高半旅館の外観を眺めて、資料館(雪国館)を巡るくらいなのである。気分もスケジュールも、もっとゆったり、まったりでいい。

    外では綿雪が深々と降っている。スローシャッターなので画面にはほとんど写っていないが、雪壁の底にも静かに雪が降りてきて、湯船に着水した瞬間にふわりと融けて消えていく。見ていて飽きが来ない、いい小景である。


    こういうところでリフレッシュしながら小説を書くというのは、どんな気分だろう?

    静かな部屋で黙々と原稿を書き、煮詰まったら温泉に入り、付近を散策などして気分をリセットする。そしてまた原稿を書く。…日々、それが繰り返していく。

    現代なら気分転換にはTVをぽちっと点けたり、ネットでニュースを見たり、携帯ゲーム機wで気分を転換したり…といろいろな選択肢があるだろう。しかし戦前にはもちろんそんなものはなく、田舎の温泉宿に逗留すれば、恐ろしいほどに静かで抑揚の無い時間が過ぎていき、することといったら原稿を書くくらいしかない。


    昔の小説家は、不思議なくらいに温泉宿をよく好んだ。何週間も泊まりっぱなしで作品を一本書き上げる…などということも珍しいことではなかった。

    そんなに自宅や仕事場(書斎)では仕事がしにくかったのか…といえば、ぶっちゃけたところその通りであったらしい。理由の大半は、メンタルなものである。温泉宿の役割とは、要するに日常とは異なる環境で宇宙からの電波を受信してインスピレーションの神様が降りてくるのを期待しつつ、締切りから逃げられないようにカンヅメ状態に身を置く…というもので、その本質は軟禁状態をつくるためのハコということになる。



    物書き業界ではこういう宿を "カンヅメ旅館" などと呼び、著名な作家は大抵どこかでカンヅメ生活を経験している。もっともこういう場所に隔離されるのはある程度成功した作家のステータスみたいなものでもあり、作家にとってもそう悪い待遇ではなかった。

    締め切りを守っている限りにおいては逗留先で観光やら芸者遊びに興じていても誰も文句は言わなかったし、要領のいい作家は "取材" と称して遊興費の請求書を出版社に回してしまう猛者もいた。出版社としてはそれで良作が生まれて本が売れてくれれば御の字なので、なんでもホイホイ受け入れた訳ではないだろうけれどもかなり大目にみていたような感はある。

    ※逗留費用は作家の "大先生具合" によって出版社が持ったり本人が払ったりした。また逗留場所は郵便事情の良いところでなければならず、原稿が締め切りまでに編集者に届くことが絶対条件だった。


    戦前の日本の温泉旅館は、このような小説家の滞在には非常に都合がよかったらしい。そもそも "湯治" という何ヶ月単位で滞在する客層を安価に受け入れるシステムが出来上がっていて、その気になればコンドミニアム式の自炊を前提にして宿泊費をかなり安く済ませることも可能だった。(ただしその場合は長屋のような安宿になるのだが ^^;)

    「雪国」 を書いた頃の川端康成はというと、湯沢に来た当時は既に新聞連載なども持っていてそれなりの地位を得ており、滞在した部屋は条件の良いところを選んでいた。眺めのよい高台の温泉旅館の3階で、三方が窓、一方が廊下となっている出島のような8畳の和室である。隣接する客室が無いので隣から話し声が聞こえてくることもなく、ここではかなり静かに原稿を書くことが出来たようだ。

    …もっとも、川端はストイックに原稿ばかりに向かっていた訳ではなく、当時出来たばかりのスキー場でスキーを愉しんだり、芸者遊びに興じたりもしていた。それをネタに小説を書いていたのだから、まあ趣味と実益がうまく両立していたというか、まあよろしくやっていた部類なのだろう。


    さて風呂から上がってクルマの状態をみると…あらら、一晩で結構、積もったなぁw


    ついうっかりしてワイパーを立てておかなかったのでバリバリに凍ってしまい、クルマの発掘(?)と暖気運転にたっぷり20分以上かかった。雪国のクルマ事情というのは露天駐車だと結構厳しいものがあり、これで1m以上もドカっと積もったらボンネットがベッコリ凹んでしまうのではないかと心配になってくる(^^;)



    ■高半旅館


    さてそんな訳で、チェックアウト後は 「雪国」 が執筆されたという高半旅館に向かってみよう。

    高半旅館は、湯沢の市街地から少し外れた山間の丘の上に位置する温泉宿である。ここは湯沢村の発祥の地といってもよく、平安時代の終わり頃に高橋半六なる人物が温泉を発見したことに始まる。源泉は斜面にある小さな鍾乳洞から沸いて湯之沢に注いでいる。当初は源泉の近くに湯壷を設けていたようだが、たびたび崖崩れや雪崩の被害に遭ったことから江戸時代の中頃に現在の位置に移ったらしい。

    上越線の開通以前は、冬季には三国峠が雪に埋もれるため人の往来もなく温泉は休業していた。通年営業が始まったのは上越線の工事計画が具体化した明治末期~大正期以降のことらしく、周辺のスキー場開発も同じ頃に本格化していることからそちら方面の客を相手にしていたようだ。


    これが現在の高半旅館である。近代においては2度大規模な建て替えをしている。1度目は上越線の開通の頃で、木造の瀟洒な楼構造の建物が建った。川端康成が宿泊したのはまだ新築の薫りの残っていた頃である。

    現在ではさらに鉄筋コンクリートの近代的な建物に変わっていて、川端康成の滞在した頃の面影はなくなっている。ただし建物内部には当時の部屋(かすみの間)を再現した一角があり、宿泊客はそこを見ることができる。


    筆者もできれば内部を見学したかったところだが…残念ながらその希望は叶わなかった。狭い高台にある旅館には駐車場に余裕が無く、この日は既に宿泊客のクルマが満車で入り込む余地がなかったのである。こればかりはハイシーズンであるだけに仕方がない。

    …まあ残念だが今回はとりあえず写真を数枚撮っただけで撤退することにしよう。

    ※念のために申し添えておくと、ここは 「かすみの間」 を見学するだけの客も一応受け付けてくれる。しかしその場合はマイカーではなく公共交通機関か、がんばって徒歩で到達するしかなさそうだ(レンタルサイクルは冬季には無理)。


    ちなみに現在の高半旅館は 「雪国」 効果と創業800年の超老舗プレミアムで、宿泊料金は湯沢の新温泉街の倍くらいのレートになっている。それでも宿泊客が押し寄せてくるのだから大したものなのだが、筆者のような貧乏旅行派には少々高嶺の花といったところだろうか(^^;)

    …そんな訳で、次に訪れる機会があるとしても筆者のことだからきっと 「とくとくチケット¥500」 とかになってしまうことが予想されるのだが(笑)、そういう貧乏くさいところに "美" を見出すのも文学の使命みたいなものだろうから、まあなんだ…細かいことは気にしない、というオチでいいのかな? …え? 負け惜しみだって?(爆)
    http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2012/2012_0209_Yuzawa/...





    ■ 2012.02.09 越後湯沢 ~川端康成の「雪国」~ (その4)
    http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2012/2012_0209_Yuzawa/...


    ■歴史民俗資料館


    さて旅館の玄関だけ眺めて戦略的撤退(?)をした後は、ふたたび新温泉街の方に戻って歴史民俗資料館に立ち寄ってみることにした。

    ここは 「雪国館」 の別称をもつ湯沢町の施設で、川端康成関連の資料を見ることが出来る。書籍のある資料室と日本画コーナー以外は撮影が自由というありがたい施設でもある。とりあえずここで小説の周辺事情などをにわか勉強してみることにしよう。


    資料館は建物の大きさの割に実物展示が豊富で、雪国の暮らしやその変遷というのがよくわかる構成になっている。 上代以前や戦国時代の考古学的資料もあるのだが、物量的に資料が豊富になるのは大正時代以降のようで、昔風の雪蓑や笠がある一方でスキーやスケート用具などの洋風アイテムも混在するなど、なかなか面白い和洋折衷の文化史をみることができる。

    …が、あまりに内容が豊富なので全部は紹介しきれない。興味のある方はぜひとも実際に行って見学してみて欲しい。湯沢温泉街以外にも三国街道沿いの三俣方面に深い歴史のあることがよくわかると思う。



    さて 「雪国」 の時代に話を戻すと、上越線の開通が湯沢にとってインパクトが大きい出来事だったことが観光客の増加具合からも良くわかる。特に冬季の賑わいは凄まじく、大正時代に細々と始まったスキー場の整備は昭和20年代には第一次のピークを迎え、それ以降湯沢を支える産業の柱になっていく。

    温泉についても、上越線の開通に合わせてボーリングによって次々と新源泉が掘られていった。これから増えるであろう観光客を見込んで地元有志が組合をつくり、古来からの湯之沢源泉に頼らず自前で自由に使える源泉を確保し始めたもので、これが昭和10年代に湯沢の町の構造を大きく変えていった。


    上越線開通直後=昭和9年の風景写真をみると、現在は巨大温泉街になっている付近もまだ畑が広がっており、温泉掘削の櫓が建っているだけ…という様子がみえる。ちょうど川端康成がやってきたのがこの頃で、当時の湯沢は伝統的な農村風景が急速に観光開発されていく走りの時期に当たっていた。

    「雪国」 ではこうして掘削された温泉を 「新温泉」 と表記している。小説に絡んだ温泉宿としては高半旅館(旧温泉)のほうの知名度が高いけれども、よく読めば変遷していく湯沢の新しい風景も端々に練りこまれており、メインヒロインである駒子は芸者という仕事柄、宴席で新旧どちらの温泉宿にも出かけていく描写がみえる。

    ※その合間にちょこまかと島村のいる旅館に通ってくるのだから、まあ健気なものであるのだが…(^^;)




    館内で上映していた湯沢町のプロモーションビデオにも昭和10年頃とされる風景が映っていた。季節は雪の走りの頃のようで、地形からみて湯沢駅南東1kmほどの秋葉山の北側の尾根から撮ったもののようだ。中央を走るのが上越線、そして湯沢駅である。正面奥に小さく見えるのが高半旅館で、写真左側が現在新温泉街が広がっている付近だ。既に新温泉街の原型のような建物群が建ち始めているが、まだ全体としては鄙びた農村の雰囲気が残っている。

    昭和10年の湯沢の旅館数はおよそ15軒ほど。収容客数は村全体で 300~400人程度といわれる。そこに芸者を派遣する業者がいくらかあり、小説中の表記を参考にすればおよそ20名くらいが在籍していた。彼女達の収入は当時の小学校の教員給与が月に70円だったのに対し100円を超えるくらいであったといい、女性の給与が男性の6掛け前後で勘定されていた時代にしては良い稼ぎであった。

    ※そんな世界に駒子が足を踏み入れたのは、病気の許婚(いいなずけ)の治療費を稼ぐため…と、小説の中では説明されている。ちなみにその許婚は存在感の希薄なまま途中で死んでしまい、駒子は島村ハーレムに吸収されてしまう。



    ■駒子のモデルの周辺事情など


    ところで、怒涛の三角関係がもにょもにょ…な展開の 「雪国」 だが、そのメインヒロインである駒子には、実在のモデルがいたことが知られている。松栄(まつえ)という芸名の若い芸者で、川端康成と最初に出会った昭和9年当時、彼女は19歳であった。

    川端康成はこのとき35歳。…なんというロリコン! …とか言っちゃいけないんだろうけれど(^^;)、この16歳も年下の芸者を川端はいたく気に入った様子で、たびたび指名買いしては部屋で飲んだり、散策に連れ出したり、その他いろいろなことをしたらしい。…といっても川端本人はあまり酒は飲むほうではなく口数も少ないむっつり男だったというから、どのような時間の過ごし方をしたのか少々不思議というか、非常に興味津々なところではある(^^;)


    そんな逗留の日々の中、小説の筆は進んでいった。最初から一本の作品として書いた訳ではなく、登場人物を共通にして細切れの短編として雑誌に発表し、のちにそれをまとめて一冊の本にした。タイトルは最終的に 「雪国」 となった。

    …が、後にこれを読んだ松栄はシェーっ(古^^;)…とばかりにぶっ飛んだらしい。小説に書かれた内容が、ほとんどそのまま川端康成と自分の過ごした日々をトレースしていたからであった。関係者が読めば登場人物が実在の誰であるかが分かってしまうし、しかも中身は色恋沙汰のもにょもにょ話で、もちろん小説として面白くなるようにあれこれと演出が入っていた。

    まあ一般読者からすればどこまでが事実でどこからが創作かなど分かろう筈もないのだが、書かれた側にとってはかなり困惑…というより傍迷惑MAXなものであったのは間違いないだろう( ̄▽ ̄;)


    こういう自分の体験をそのまま文章に書きだす作風は "私小説" とか "掌小説" などと呼ばれ、大正時代から昭和の中頃あたりにかけて流行した小説の1ジャンルであった。典型的な作家としては、太宰治を挙げればおおよその雰囲気は掴めるだろう。

    川端康成はまさにこの系列の作家で、「雪国」 においても意図的に他人の私生活を暴露しようとした訳ではなく、当時なりの流行のフォーマットに従って自分の体験をネタに物語を書いたつもりのようだ。ただし配慮を欠いて突っ走りすぎたという点で、ツッコミを受けても仕方の無い部分があった。



    これについては川端康成本人も 「やっちまった」 感は持っていたようで、後に生原稿を松栄の元に差し出して無断で小説に書いたことを詫びている。作家にとって生原稿を差し出すというのは命を差し出すようなものであるから、このときの侘びの入れ方はかなり本気だったようである。そしてこれ以降、川端は湯沢に通うのをやめ、「雪国」 は清算すべき過去の負い目の作品となった。

    一方の松栄の方はというと、芸者の契約期間満了(=年季が明ける、と花柳界では言う) とともにこの世界から足を洗い、三条市に移った。新たな勤め先は市内の和裁店で、のちに彼女はそこの主人氏と結婚してささやかな家庭を築くことになる。「雪国」 の原稿は湯沢を出るときに焼き捨ててきた。昭和15年(1940)のことであった。

    しかしそんな作者側 (…と、書かれた側) の事情とは関係なく、「雪国」 は小説としては異例のロングセラーとなり、戦後になって映画化、演劇化、そしてTVドラマ化…と何度も映像化されることとなった。駒子のモデルがいるということはほどなく公知の事実となり、レポーターの突撃取材(?)なども行われたようである。

    …つまり 「雪国」 の一件は、原稿を焼き捨てても終わることなく松栄(この頃は一般人:小高キクとなっていた)の人生に後々までずっと影響を及ぼし続けたのであった。


    資料館には映画のロケ地で女優の岸恵子と対談する松栄の写真(昭和32年)があった。地元の観光宣伝になるため取材には協力していたようだが、すでに人妻となっているにも関わらず独身時代の他の男との関係を面白おかしく取り上げられたり、ましてや映画化(!!)されたり…というのはどんな気分だったことだろう。

    ちなみに湯沢を出て以降、彼女が川端康成本人と会うことは無く、川端作品を読むことも一切なかったという(※)。

    ※このあたりは旦那さんへの配慮があったのかも知れないが、今となっては確かめようがない。


    一方その間、川端康成は文壇で着実に知名度、実績を上げ続け地歩を築いていった。各種文芸賞のほか、日本ペンクラブ会長、国際ペンクラブ副会長に就任し、文化勲章まで受章した。役員として名前を貸した文芸系の団体などは数え切れない。

    そしてついに昭和43年(1968)、川端康成は日本人初のノーベル文学賞を受賞し、その名声の頂点を極めたのであった。「雪国」 は代表作のひとつと言われるようになり、小説の中身を知らない人でも冒頭の一文だけは知っている…というほどに知名度が上がった。

    ※写真は 「雪国」 湯沢事典(湯沢町役場/湯沢町教育委員会/新潟県南魚沼郡湯沢町) より引用。ちなみに湯沢町はノーベル賞以前から 「雪国」 で町興しをしており、資料館内には受賞以前の川端康成の書などが展示されている。


    …ところが、ノーベル賞受賞の後、実は川端はほとんど作品を発表していないのである。

    一説には賞の重圧が筆をとることを躊躇(ためら)わせたのでは…とも言われているが、筆者的には "燃料の枯渇" も相当程度あったのではないかという気がしてならない。



    …というのも、高名な賞や肩書きは、分かり易く作家をランク付けしてくれる一方で希少動物か珍獣のような扱いにもするからだ。静かな地方を尋ねて小さな体験を積み重ねつつ、物語をひねり出す…という川端康成の創作の方法論は、ノーベル賞受賞後は "珍獣" に集まる人だかりによって明らかに破綻してしまったように思える。

    晩年の川端が行く先々で行ったのは、小さな出会いでも散策でもなく、「日本の美」 とか 「芸術について」 といった大仰な講演会であった。


    ■そして駒子が残った

    ノーベル文学賞受賞から4年後、川端康成は神奈川県逗子市の書斎で遺体となって発見された。昭和47年4月16日のことである。死因はガス自殺とされているが、遺書はなく、その真相は今でも不明である。

    昭和初期の頃の小説家というのは自らの苦悩を作品にしつつ、たびたび自殺で世を去った。川端康成は比類なき成功と栄光を手にした果てに、結局周回遅れで彼らの仲間入りを果たしたともいえる。


    私小説とは自己を切り売りしているような作風だという人がいるけれども、おそらくそれは正しい認識だろう。切り売りできるものが無くなってしまった時点でその小説家は詰んでしまう。だから常に燃料を補給しなければならない。

    昭和9年の川端は実はその "詰んだ" 境遇にあり、湯沢にやってきた時点で彼は何を書くべきかというテーマを持っていなかった。たまたま現地で出会った若い芸者と過ごした日々が、創作の糧となって文章のネタとなり、彼を救ったような印象を筆者はもっている。

    しかし20年後の彼には、もうそういう人は現れなかった。川端はよく言えば 「恋多き男」 で、若い頃には取材旅行で地方に滞在するたびに色々な女性にちょっかいを出したらしいのだが、偉くなりすぎた後にはそういう勝手もしにくくなった。さすがに講演会で 「芸術とは~」 などとやっている一方で、あまり下世話な行動もとりにくかっただろう。

    しかし面白い小説というのはそんな下世話で赤裸々な感情の集積という側面をもっている。…偉くなりすぎた果てにこのギャップを埋められなくなったあたりに、もしかすると晩年の彼の不幸があったのかもしれない。


    川端康成が最後にちょっかい…いや、癒し(^^;)を求めたのは、随分と手近なところで家政婦の女性であったという。しかし彼女はどういう訳か川端の元を去ってしまう。後には誰も残らなかった。


    一方、松栄は平成11年まで矍鑠(かくしゃく)として存命した。享年83歳。読書が趣味で、亡くなったとき自室の書棚には800冊あまりの蔵書があったというが、川端康成の作品は、やはり1冊もなかったそうだ。


    資料館には、川端と出会った頃の松栄の住んだ部屋が移築、保存してある。高半旅館からほどちかい諏訪社の付近にあった豊田屋という置屋(芸者を派遣する業者)の2階部分で、小説にも登場する部屋である。


    …昭和9年、ここに居た一人の芸者が、とあるネタ切れ作家の座敷に呼ばれた。それがささやかな物語の始まりであった。作家は口数も少なく、酒もほとんど飲まない扱いにくい客で、それでも芸者は三味線を弾き謡い、この堅物の興味を引きそうな話を振って精一杯のもてなしを試みた。それまで幾人もの芸者を呼んでは返していた作家は、不思議なことにこの芸者に限っては何度も指名するようになった。おそらくこのとき、作家にインスピレーションの神が降りたのだろう。

    …と、とりあえず筆者はそんな推測をしている。


    座敷に座っている駒子(=松栄)の人形は、静かに窓の外を眺めるばかりでこちらには顔を向けない。

    もう関係者もあらかた鬼籍に入ってしまった今、真実が奈辺にあるかなどということを気にする者はいなくなった。いまは小説が一冊、残っているだけである。


    一通り見学した後に外に出ると、また雪が激しくなってきていた。

    すっかり発展して巨大繁華街となった新温泉の領域を歩くと、駒子の名のついた土産物が実に多いことに驚く。これらのアイテムはもう定番の観光記号と化していて、小説の中身を知らなくても 「雪国」、 「駒子」、 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」 さえ押さえておけば何となく文学体験をした気分になれるほどに認知されている。

    これはこれで、不思議な風景なのであった(^^;)

    …変わらないのは、雪ばかりである。






    ■あとがき

    久しぶりに豪雪地帯をゆるゆると歩いてみて、やはり越後の冬山はスゴイな~という感慨を持ちつつ、有名なネタである川端康成の周辺を眺めてみました。今回は文学の素養もないのに 「雪国」 をテーマにしてしまったので正確性には不安がありまして、もしトンチンカンなことを書いていたら何卒ご容赦頂きたいです(汗 ^^;)

    さて川端康成というと、もう近づきがたいほどの超有名な大文豪…というイメージを筆者は持っていたのですが、少なくとも戦前の20~30代の頃はかなり行き当たりばったり的に作品を書いていたような印象があります。彼が湯沢にやってきたときがまさにそのパターンで、何を書くかを事前に決めないままに宿に入り、いきなり芸者遊びと散策という 「お前、何しに来たんだよ」 的な日々が始まります。しかしそれは 「何かが起きる」 ことを期待しての行動で、彼としては小説のネタ探しのつもりだったのでしょう。

    「雪国」 としてまとめられる前の小説の冒頭部分は 「夕景色の鏡」 の題で雑誌に掲載されたそうですが、締め切りにはかなりギリギリの入稿だったようで、しかもなんと川端康成はこの時点でストーリーの結末をどうつけるかまだ決めていませんでした。芸者の松栄嬢と過ごした日

  11. 11 777


    「雪国」 としてまとめられる前の小説の冒頭部分は 「夕景色の鏡」 の題で雑誌に掲載されたそうですが、締め切りにはかなりギリギリの入稿だったようで、しかもなんと川端康成はこの時点でストーリーの結末をどうつけるかまだ決めていませんでした。芸者の松栄嬢と過ごした日々のエピソードがそのまま小説に取り入れられてしまったあたりから見ても、ネタ切れで苦し紛れ…という雰囲気がそこはかとなく感じられ、よくもまあ話がつながったな(※)…というのが正直な感想です。

    なおエピソードに苦しんだらしい連載2回目は、締切りに間に合わず原稿を落としてしまい、締切りの遅い別の雑誌に載せるという漢気な計らいが行われました。今ではちょっと考えられませんが、当時は雑誌の編集部もナカナカおおらかな時代だったようです。

    ※現在入手できるのは加筆修正が進んだ昭和22年発行の 「決定版」 と呼ばれるバージョンで、オリジナルの初版は古書店で相当探さないと入手は難しい。


    さて川端康成は何度も湯沢を訪れては連泊していますが、本当の厳冬期に来たことはなかったといいます。小説内で駒子は芸者の衣装のまま雪の中を一人でパタパタ往来しているように描かれますが、実際には雪が深くなると芸者は裾が汚れないように専用の送迎用のソリに乗りました。この描写が 「雪国」 には見られません。観察眼の鋭い川端も実際に見ていないものは描きようがなかったのでしょう。

    調べてみると、川端康成は3年少々の湯沢通いの間、最長でも年間で一ヶ月ほどの滞在だったようです。時期的には他の作品も同時に書いていた筈で、このあたりの足跡を追うと作家の執筆活動がどのようなものだったのかが何となく見えてくる気がします。本編中では戦前の作家は四六時中どこかの温泉旅館を渡り歩いていたような書き方になってしまいましたが(笑)、やはり限度というものはあったようですね…(^^;)



    ■おまけ:カンヅメ旅館について

    ところでカンヅメ旅館について調べていて、明治大学図書館の講演会資料に面白いものを見つけました。


    「ウルトラマンから寅さんまで、監督・脚本家・作家の執筆現場」
    http://www.lib.meiji.ac.jp/about/publication/toshonofu/kurokawaM07.pdf


    というもので、内容は下手に解説するより実物を読んで頂いたほうが良いと思いますが(^^;)、主に戦後のカンヅメ旅館の面白エピソードを集めたものです。

    興味深いのは映像関係者と小説家の対比で、映画の脚本などは大人数でワーワー騒ぎながら書く (さらには旅館側に対して注文が多い) のに対して、作家は一人黙々と書いているので手間が掛からない(笑)などと書いてあります。そうするとむっつり男の川端康成などは、旅館にとっては扱いやすい客だったのでしょうかね…(^^;)
    http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2012/2012_0209_Yuzawa/...

  12. 12 匿名さん

    とても興味深い内容ですが、少々長すぎませんか?

  13. 13 777


    越後湯沢・苗場のリゾートマンションは買ってはいけない?



    藻谷 湯沢のいくつかのマンションでは、水回りが老朽化しているために、蛇口から出る水道水も飲用には堪えず、住民はペットボトルの水を買っていると聞きます。



    「空き家大国ニッポン」のゾッとする近未来〜首都圏でさえこの惨状… 無計画な開発の果てに
    2017.03.10 藻谷 浩介,野澤 千絵 現代ビジネス
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51118


    ベストセラー『里山資本主義』の著者・藻谷浩介さんと、『老いる家 崩れる街』の著者・野澤千絵さんのおふたりが明かす日本の惨状――。


    藻谷 浩介(もたに・こうすけ)1964年、山口県生まれ。日本総合研究所主席研究員。主な著書に『デフレの正体』『里山資本主義』『しなやかな日本列島のつくりかた』『和の国富論』などがある

    野澤 千絵(のざわ・ちえ)兵庫県生まれ。東洋大学理工学部建築学科教授。著書『老いる家 崩れる街――住宅過剰社会の末路』(講談社現代新書)が話題を呼び、累計5万5000部を超えている




    藻谷 戦後の日本の住宅業界は、「供給を増やせば市場価値も上がる」という、市場経済原理とは真逆の、謎の信念によって支えられてきたのです。原理的には、供給を増やせば値段は下がるのが当然なのですが。

    今から20年以上も前、日本開発銀行で地域振興の調査をしていた時分に、大阪の街づくりコンサルタントと話をしていて、初めてそのことに気づきました。

    私が「容積率を上げると供給が過剰になってテナントの家賃も下がるし、地価も下落しますから、やめたほうがいいですよね」と言ったら、「はぁ? 容積率を上げないと地価が上がらないだろうが!」と激怒されたんです。

    私は「供給を増やすと値段が上がる」と大真面目な顔で言う人がいることにひどく驚いたんですが、それ以来出会った不動産業界、住宅業界の人はみな同じ考えだったんです。



    野澤 たしかに、同じ広さの土地を開発する場合、容積率を上げればより多くの住戸が作れますから、その土地の価値は上がりますが……。




    藻谷 これは典型的な「合成の誤謬」です。その土地だけみれば確かにその時には価値は上がるのですが、そうなると隣の土地でも同じことを始めます。つまり、エリア全体で見ればあっという間に供給過剰になって地価が下がるんです。

    湯沢町(新潟県)が典型ですね。都市計画もないスキー場エリアで、バブルの頃に林立した超高層のリゾートマンションの部屋が、今は超格安で売りに出ています。




    野澤 そうですね。あのリゾートマンションはいまや100万円でも売れない状態でしょう。結局、持ち主にしてみれば資産価値は暴落しても、古くなった家電製品のようにどこかに廃棄することもできない。

    所有権がある以上、固定資産税や管理費・修繕積立金という支出だけは負担しなければならない。ものすごい重荷になっているはずです。



    藻谷 湯沢のいくつかのマンションでは、水回りが老朽化しているために、蛇口から出る水道水も飲用には堪えず、住民はペットボトルの水を買っていると聞きます。




    野澤 えーっ!




    住宅業界の人が買わない物件


    藻谷 実際には開発業者はそんな超高層住宅の末路は知っているのです。でも「買う奴がいるのだから、今売れればいい」という「売り逃げの論理」で突っ走っているんです。

    東京都心に急増している分譲タワーマンションの多くは、近い将来、高齢者が詰まった「新・山村」になって、その処理は大きな社会問題になります。その頃になって製造物責任を問われるのは、売り逃げを図った不動産会社ですよ。




    野澤 だから、建築や住宅業界の人はほとんど、タワーマンションを買ってないですよね。




    藻谷 そう、住宅業界の人は超高層物件を買わない。私も家は買っていない。首都圏の家を買うリスクは大きすぎます。




    野澤 タワーマンションは修繕コストも膨大になります。大規模修繕や建て替えの際に住民の意見をまとめなくてはならないけれど、何百世帯もの合意を得るのは非常に難しい。




    藻谷 消防車の梯子が届かないような高さの建物の修繕はかなり技術的にハードルが高い。湯沢町のように、十分な修繕ができない「立ち腐れ超高層」が激増するでしょう。そして、劣悪な状態になったマンションであっても、居住者は税金や管理費・修繕積立金を負担し続けなければならない……。




    野澤 戸建てもタワーマンションも大量に余る時代になってきているのは予想ではなく現実です。こうなった以上、今すでにある空き家を中古住宅として流通できる建物にして売買・賃貸したり、古い空き家は解体・除却することが一般化するような仕組みを整えつつ、都市計画を厳格にし、規制を強化すべきだと思います。




    藻谷 高さ制限の厳格な国立市東京都)では、高層マンションを建設した業者に、住民が訴訟を起こし、一審では20メートルを超える部分の撤去を命じた。地元の不動産業者が「不当な判決だ。これで国立の地価は暴落する」と言っていましたが、現実には国立の地価は今でも上がっている。




    野澤 「地区計画」という都市計画制度による規制で、実質的に住宅の供給が一定程度制限されているからですね。住宅過剰時代には、自分の家があるまち自体の資産価値を上げるよう、ひとりひとりが行政に働きかけることが、ますます必要となってくるのでしょう。
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51118?page=4

  14. 14 777




    温泉が目当てでリゾートマンションを買うのなら、北軽井沢あたりを拠点にして、自動車で

    草津、万座、尻焼温泉、平治温泉、沢渡温泉、霧積温泉、大塚温泉、四万温泉、千古温泉、志賀高原の温泉等の日帰り温泉を毎日廻った方が絶対にいいよ


    苗場・湯沢の近くにも

    新潟: 苗場温泉雪ささの湯、貝掛温泉、赤湯温泉、越後湯沢温泉 雪国の宿 高半・山の湯、大沢山温泉幽谷荘、上野鉱泉湯元奥の湯、清津峡湯元温泉清津館

    群馬: 法師温泉、川古温泉、広河原温泉旅館峰、千葉高原村温泉、赤岩温泉誠法館、湯宿温泉松の湯共同浴場、漣温泉のぞみの湯

    などのマニアに評価の高い温泉も一応あるけど、日帰り料金が高かったり、日帰り入浴不可だったり、日帰り入浴の受け入れ時間が極端に短かったり、遠かったりしてわざわざ苗場・湯沢に住むメリットが全く無いんだ。

    苗場から狭くて急な山道を降りて目的地まで行くより沼田か渋川にアパートを借りて車でスキー場や温泉を廻った方が楽だしお金もかからない:




    温泉マニアの間での湯沢町の共同湯の評価は『山の湯』以外は日本国内の温泉の中で最低最悪



    越後湯沢温泉 外湯めぐり
    http://www.yuzawaonsen.com/index.html
    http://www.yuzawaonsen.com/sitemap.html





    うーん、これではなぁ・・・

    湯沢と言うと、関東の人からすれば、スキーと温泉と言うイメージが非常に強くて、伊豆、熱海、箱根、鬼怒川、草津なんかと並ぶ、代表的な温泉地だと思うのですが・・・

    これではちょっと・・・ 残念ですね。

    友人が、隣で、 「浴感がまったく無いお湯と言うのも存在するんですねぇ」と、感心?していました。

    正直な感想を言うと、入った直後に出たくなってしまいました。
    地名に「湯」の文字を冠するのだから、もうちょっと良いお湯を提供して欲しかったです。
    ちょっと悲しくなってしまった一湯でした。
    http://jake.cc/onsen/niigata/yuzawa-komako/yuzawa-komako.html



    湯沢町で発行している、共同浴場の湯めぐり手形。

    1500円で、5箇所の施設に入る事が出来ます。

    それにしても、湯沢町は一体何を考えているのでしょうね?

    100歩譲って、塩素循環が絶対必要だとしたとします。

    でも、そんなお風呂の湯巡り手形を作って、何がしたいのでしょう?

    5箇所まわって、1勝4敗。


    唯一山の湯は本当に素晴らしかったですが、次々に襲ってくる塩素循環のお湯達に、こんなに悲しい湯めぐり手形は、私の湯めぐりの経験の中で、他にありませんでした。

    湯の町、湯沢。自らその名前を穢しているような気がするのは、私の気のせい?
    仮に特徴の無い単純泉だったとしても、鮮度良くお湯を使えば、気持ちが良いのですけどねぇ・・・
    http://jake.cc/onsen/niigata/yuzawa-iwa/yuzawa-iwa.html





    越後湯沢温泉は、基本的に町が15本ある源泉を集中管理して各旅館・施設に分湯しています(ごく一部独自源泉を持つ旅館あり)。

    上越新幹線の大清水トンネルの工事中に、越後湯沢温泉の一部源泉の湧出量が大きく減少したり枯渇したりといった現象が起きています。

    町で源泉の集中管理を行なうようになったのは、この事件がきっかけなのですが、この一件を見てもこの温泉の湯脈が三国山中の地下水が基になっているのは明らかです。

    この地下水は元をただせば、むかし三国山脈の山々に降った雨水(雪だけとは限らない)を起源としていますから、地下に潜ったかつての雪解け水も源泉の一部になっていると考えてよいと思います。

    4ヶ所ある集中管理源泉(町温泉管理事業第1~3配湯所源泉と湯沢温泉湯元源泉)の湧出量の合計は、毎分約1,800リットル。これは一つの温泉地の湧出量としては決して少なくはなく、絶対量だけ見れば湯量豊富と言ってもよいレベルなのですが。

    しかし越後湯沢は、湯量に比し温泉地としての規模が大きくなりすぎました。

    総湧出量が毎分1,800リットルあると言っても、これを巨大ホテルを含む50軒以上の宿泊施設、10ヶ所以上ある共同浴場と日帰り施設、さらに一部リゾートマンションなどに分配しているのですから、湯量が足りている、とは到底言いがたい状況です。

    越後湯沢の多くの旅館・施設では掛け流しを維持できず、循環濾過併用や相当量の加水(水増し)を余儀なくされています。

    越後湯沢温泉はもともとは三国山中のひっそりした湯治場だったのですが、昭和初期の清水トンネル開通・上越線全通を機に温泉地の性格が一変します。交通至便な東京の奥座敷として繁栄し、旅館・ホテルの大型化が進みます。

    さらに上越新幹線と関越道の開通で温泉スキーリゾートとしてますます注目が集まり、バブル期には雪深い山間には不似合いな高層リゾートマンションが何棟も建設されました。バブル崩壊とスキー人口の減少で町内に林立する高層リゾートマンションは空室だらけとなり、今ではバブルの負の遺産を見たかったら越後湯沢へ行け、とまで言われる有り様です。

    湯量不足も問題ですが、この時期の無秩序な開発で町に温泉街らしい風情が失われてしまったのも残念なところです。


    越後湯沢で豊富な湯量の源泉掛け流しを楽しむには、鉄道開通以前から営業していた歴史があり、もともとは自家源泉を持っていたので集中管理源泉から配湯を多めに受ける権利を持っており、かつ巨大化に走らなかった老舗の割烹旅館を選ぶのがよいかと思います。敷地も広く、雪国の温泉らしい風情を楽しめます。箱根や伊豆あたりに比べれば宿代もかなり安めです。
    http://chiebukuro.travel.yahoo.co.jp/detail/1180244276.html?p=%E8%B6%8...








    No.67 by 湯沢のマンション住民 2013-06-21 19:39:26

    聞いた話ですが温泉の湧き出てる湯量、濃度共に減少しているそうです。
    町内の某有名旅館では数十年前では湯ノ花も浮いていましたが現在ではまったく見なくなりました・・・
    硫黄臭もかなり減少したように感じます。
    https://www.e-mansion.co.jp/bbs/thread/197545/all/



    湯沢の弱点は源泉が枯れてきている事。

    昔は湯ノ花が見れたそうですが、中越地震以降源泉が枯れてきたそうで

    今では源泉かけ流しの入浴施設でも湯ノ花はほとんど見る事が出来ません。
    Posted by 株投資家 at 2014年09月03日 22:42
    http://hagefx.sblo.jp/article/102281283.html




    龍神温泉、有馬温泉、伊香保温泉、黒川温泉や関金温泉もそうですが、せいぜい旅館 2, 3軒分が湯量の限度だった山中の秘湯に何10軒も旅館を乱立させ、ボーリングしてお湯をジャンジャン汲み上げたのが越後湯沢温泉凋落の原因になったのです。

    越後湯沢温泉がこれからも温泉地としてやっていく為には、また昭和初期と同じ様に、「山の湯」、「高半旅館」と「御湯宿 中屋」の3つの浴場だけに戻すしかないのですね。


    _________





    越後湯沢温泉 共同浴場 「山の湯」
    http://www.youtube.com/watch?v=jV5V5ugr524



    「山の湯」 2002年

    浴槽はさほどの大きさではないが、湯量は豊富。

    洗面器にカランからのお湯を入れると、かすかに褐色っぽい色がつく。
    どうやらカランのお湯も温泉らしい。

    浴槽のお湯もツルツルして、湯沢の他のどこよりも泉質がいいと思う。

    秋に仕事仲間と訪れたのが、観光客より地元のおじさん・おばさんが多かった。
    男湯では、地元のおじさんが「最近観光客が増えたな~」と聞こえよがしに話していたらしい。まあ、不満だろうけどお湯がいいから来るんですよ、おじさん。
    この翌日、街道の湯に入ったが、あまりの違いにがっくりした。


    「山の湯」 2004年7月再訪:

    以前入湯したときは濃い印象だったものが、このときは大してインパクトを受けなかった。

    お湯から硫黄臭はするが、肌触りはありきたり。なんだかお湯が薄くなったよう。
    カランのお湯も透明になっていて残念。つくづく温泉は生き物である。
    http://www.dokodemo-bessou.com/kenbetu_onsen/onsen13_niigata.htm#街道の湯





    「山の湯」2004年7月17日訪問

     2、3年前、友だちと湯沢に旅行に来たとき立ち寄った日帰り湯。

     湯沢というと薄い単純泉ばかりだと思っていたので、意外に濃い印象のお湯に名湯だと感じた。そのお湯にもう一度浸かってみたくて、このたび再訪した。

     ここへ至るまでの坂道は、本当に急で怖い。車高の高い四駆のせいか、以前登ったときよりさらに怖く感じた。雪のある時期だと普通自動車は登れないだろう。スタッドレスを履いた四駆でもどうかという急斜面だ。

     建物は山小屋風で、なかなかいい風情である。受付の方が優しい笑みで迎えてくれた。

     料金も非常に安く、共同浴場らしい雰囲気が漂っていた。

     券売機で入浴券を購入。休憩所は通路の脇に畳敷きの上がりがあって、扇風機が回っている。

     男の人がごろりと横になっていて、他の人が利用しにくい広さだった。自動販売機とマッサージ機があるのみ。

     浴室もさほど広くない。

    洗い場はお湯と水が出るカランがいくつかある。シャワーはない。
    常連と思われるおばちゃんたちはみな洗面器を使い、湯船から直接汲み出してアタマを洗ってる。あんな熱いお湯でよく洗えるなー、とつくづく感心する。

     お湯は無色透明、かすかに硫黄臭。

     以前はカランからのお湯が茶色っぽく、源泉を使用しているように思った。

    今回は無色透明、無味無臭、浴槽のお湯も以前のような濃さがなくなっているように感じた。
     ただ、この「山の湯」は

    「越後湯沢外湯めぐり」
    http://www.e-yuzawa.gr.jp/sotoyu.html

    のひとつであるが独自源泉を有し、他とは一線を画している。

     他の「外湯めぐり」がほとんど循環で塩素臭いのに対し、「山の湯」だけは掛け流し。中央配湯された湯沢の温泉と比較すると、もっともよい湯だと感じた。
    http://www.dokodemo-bessou.com/h_16y/16-9_onsen1.htm



    12 :名無しさん@いい湯だな:2014/11/17(月) 22:10:25.76 ID:se2zD1du0

    山の湯は硫化水素イオン2.4mg/kgによる硫黄泉認定だから かつてはしっかり硫化水素を含んで「いた」んだよ

    http://www.takahan.co.jp/onsen.html
    (山の湯隣の高半の泉質分析表)

    だが新潟で大きな地震が相次いで泉質が変化し
    今では硫黄分がほとんど無くなってしまったらしい
    次に泉質分析したらアルカリ単純泉になると推測される
    http://hello.2ch.net/test/read.cgi/onsen/1413542285/l50






    山の湯 : 昔は有名な硫黄泉だったけど最近は湯が劣化して唯の単純泉になった
    南魚沼郡湯沢町湯沢931
    http://allabout.co.jp/gm/gc/80238/
    http://www.dokodemo-bessou.com/h_16y/16-9_onsen1.htm
    http://www.dokodemo-bessou.com/kenbetu_onsen/onsen13_niigata.htm#
    http://onsen.nifty.com/echigoyuzawa-onsen/onsen001660/kuchikomi/000014...
    http://blog.goo.ne.jp/akizzz1/e/45fa65dacc00f813359ff66e32a90a7f
    http://www.asahi-net.or.jp/~ue3t-cb/bbs/special/utubo_matunoyama2/utub...
    http://ameblo.jp/naruru8854/entry-11448432507.html
    http://jake.cc/onsen/niigata/yuzawa-yamanoyu/yuzawa-yamanoyu.html


    雪国の宿 高半 : 山の湯・中屋と同じ「卵の湯」源泉だが最近湯船から湯の花が消えた
    新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢923
    http://allabout.co.jp/gm/gc/80305/
    http://onsen.nifty.com/cs/kuchikomi/onsen_255/detail/aid_onsen005279/k...
    http://onsen.nifty.com/cs/kuchikomi/onsen_255/detail/aid_onsen005279/k...
    http://onsen.nifty.com/cs/kuchikomi/onsen_255/detail/aid_onsen005279/k...
    http://ameblo.jp/naruru8854/entry-11506027175.html


    越後湯沢温泉 「広川ホテル」 : 掛け流しで湯沢温泉では上位のお湯
    新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢3203-2
    http://blog.goo.ne.jp/akizzz1/e/b15e1d1dab329285ded68680fcd3fed5


    江神温泉浴場 : 塩素消毒・循環湯
    南魚沼郡湯沢町湯沢1-1-8
    http://jake.cc/onsen/niigata/yuzawa-egami/yuzawa-egami.html

    駒子の湯 : 塩素消毒・循環湯
    南魚沼郡湯沢町湯沢148
    http://jake.cc/onsen/niigata/yuzawa-komako/yuzawa-komako.html

    佐工不動産温泉 岩の湯 : 塩素消毒・循環湯
    南魚沼郡湯沢町土樽6191-87
    http://jake.cc/onsen/niigata/yuzawa-iwa/yuzawa-iwa.html

    神泉の湯(旧神立の湯) ; 掛け流し
    新潟県南魚沼郡湯沢町神立七谷切3448
    http://www.shinsennoyu.com/
    http://onsen.nifty.com/echigoyuzawa-onsen/onsen006770/
    http://www.asahi-net.or.jp/~ue3t-cb/spa/kandatunoyu/kandatunoyu.htm

    街道の湯 (三俣細越温泉): 塩素消毒・循環湯
    新潟県南魚沼郡湯沢町大字三俣1021
    http://jake.cc/onsen/niigata/yuzawa-kaidou/yuzawa-kaidou.html

    二居宿 宿場の湯 (二居温泉) : 塩素消毒・循環湯
    新潟県南魚沼郡湯沢町大字三国537-1
    http://jake.cc/onsen/niigata/yuzawa-syukuba/yuzawa-syukuba.html

    貝掛温泉 貝掛温泉館 ; 湯沢・南魚沼郡で随一の名湯
    新潟県 南魚沼郡 湯沢町 三俣686
    http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/567.html

    苗場温泉 雪ささの湯 ; 掛け流し、泉質は赤湯温泉に近い
    新潟県南魚沼郡湯沢町三国355 
    http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/566.html

    赤湯温泉 山口館 ; 足元自噴で掛け流し、登山道を2時間歩かないと行けない
    http://akayunaebasan.sakura.ne.jp/
    http://allabout.co.jp/gm/gc/80238/
    http://konyoku.tvlplus.net/guide/jotyu/akayu.html
    http://blog.goo.ne.jp/onsen_shouyou/e/4111557769ed368b9c34ef8ef358f8d5
    http://blog.goo.ne.jp/onsen_shouyou/e/cb9d9bcf1cb37ea8445cb051ab5549da
    http://www.jiyujin.co.jp/onsen/aruite_akayu1.html
    http://onsen.nifty.com/echigoyuzawa-onsen/onsen001648/kuchikomi/?oarea...

    上野鉱泉 湯元 奥の湯 ; 塩素消毒・循環湯、飲泉可、昔は有名な湯治場だったけど…
    新潟県南魚沼市上野750
    http://blogs.yahoo.co.jp/y_a_g_a_k_i/61619488.html
    http://blogs.yahoo.co.jp/kataya27online/31355429.html
    http://jake.cc/onsen/niigata/ueno-okunoyu/ueno-okunoyu.html
    http://www.geocities.jp/oyu_web/t838.html

    大沢山温泉 「幽谷荘」 ; 掛け流し、マニアの間で有名な名湯
    新潟県南魚沼市大沢1233
    http://blog.goo.ne.jp/akizzz1/e/5b96e446196caa77743231afedce6e95
    http://blog.goo.ne.jp/itugou/e/4bf39cbf7441c2c4db983f86ace22556
    http://onsen.nifty.com/okutadami-onsen/onsen009365/
    http://blogs.yahoo.co.jp/kataya27online/33094629.html
    http://www.geocities.jp/oyu_web/t1402.html


  15. 15 777




    温泉が目当てでリゾートマンションを買うのなら、北軽井沢あたりを拠点にして、自動車で

    草津、万座、尻焼温泉、平治温泉、沢渡温泉、霧積温泉、大塚温泉、四万温泉、千古温泉、志賀高原の温泉等の日帰り温泉を毎日廻った方が絶対にいいよ


    苗場・湯沢の近くにも

    新潟: 苗場温泉雪ささの湯、貝掛温泉、赤湯温泉、越後湯沢温泉 雪国の宿 高半・山の湯、大沢山温泉幽谷荘、上野鉱泉湯元奥の湯、清津峡湯元温泉清津館

    群馬: 法師温泉、川古温泉、広河原温泉旅館峰、千葉高原村温泉、赤岩温泉誠法館、湯宿温泉松の湯共同浴場、漣温泉のぞみの湯

    などのマニアに評価の高い温泉も一応あるけど、日帰り料金が高かったり、日帰り入浴不可だったり、日帰り入浴の受け入れ時間が極端に短かったり、遠かったりしてわざわざ苗場・湯沢に住むメリットが全く無いんだ。

    苗場から狭くて急な山道を降りて目的地まで行くより沼田か渋川にアパートを借りて車でスキー場や温泉を廻った方が楽だしお金もかからない:




    温泉マニアの間での湯沢町の共同湯の評価は『山の湯』以外は日本国内の温泉の中で最低最悪



    越後湯沢温泉 外湯めぐり
    http://www.yuzawaonsen.com/index.html
    http://www.yuzawaonsen.com/sitemap.html





    うーん、これではなぁ・・・

    湯沢と言うと、関東の人からすれば、スキーと温泉と言うイメージが非常に強くて、伊豆、熱海、箱根、鬼怒川、草津なんかと並ぶ、代表的な温泉地だと思うのですが・・・

    これではちょっと・・・ 残念ですね。

    友人が、隣で、 「浴感がまったく無いお湯と言うのも存在するんですねぇ」と、感心?していました。

    正直な感想を言うと、入った直後に出たくなってしまいました。
    地名に「湯」の文字を冠するのだから、もうちょっと良いお湯を提供して欲しかったです。
    ちょっと悲しくなってしまった一湯でした。
    http://jake.cc/onsen/niigata/yuzawa-komako/yuzawa-komako.html



    湯沢町で発行している、共同浴場の湯めぐり手形。

    1500円で、5箇所の施設に入る事が出来ます。

    それにしても、湯沢町は一体何を考えているのでしょうね?

    100歩譲って、塩素循環が絶対必要だとしたとします。

    でも、そんなお風呂の湯巡り手形を作って、何がしたいのでしょう?

    5箇所まわって、1勝4敗。


    唯一山の湯は本当に素晴らしかったですが、次々に襲ってくる塩素循環のお湯達に、こんなに悲しい湯めぐり手形は、私の湯めぐりの経験の中で、他にありませんでした。

    湯の町、湯沢。自らその名前を穢しているような気がするのは、私の気のせい?
    仮に特徴の無い単純泉だったとしても、鮮度良くお湯を使えば、気持ちが良いのですけどねぇ・・・
    http://jake.cc/onsen/niigata/yuzawa-iwa/yuzawa-iwa.html





    越後湯沢温泉は、基本的に町が15本ある源泉を集中管理して各旅館・施設に分湯しています(ごく一部独自源泉を持つ旅館あり)。

    上越新幹線の大清水トンネルの工事中に、越後湯沢温泉の一部源泉の湧出量が大きく減少したり枯渇したりといった現象が起きています。

    町で源泉の集中管理を行なうようになったのは、この事件がきっかけなのですが、この一件を見てもこの温泉の湯脈が三国山中の地下水が基になっているのは明らかです。

    この地下水は元をただせば、むかし三国山脈の山々に降った雨水(雪だけとは限らない)を起源としていますから、地下に潜ったかつての雪解け水も源泉の一部になっていると考えてよいと思います。

    4ヶ所ある集中管理源泉(町温泉管理事業第1~3配湯所源泉と湯沢温泉湯元源泉)の湧出量の合計は、毎分約1,800リットル。これは一つの温泉地の湧出量としては決して少なくはなく、絶対量だけ見れば湯量豊富と言ってもよいレベルなのですが。

    しかし越後湯沢は、湯量に比し温泉地としての規模が大きくなりすぎました。

    総湧出量が毎分1,800リットルあると言っても、これを巨大ホテルを含む50軒以上の宿泊施設、10ヶ所以上ある共同浴場と日帰り施設、さらに一部リゾートマンションなどに分配しているのですから、湯量が足りている、とは到底言いがたい状況です。

    越後湯沢の多くの旅館・施設では掛け流しを維持できず、循環濾過併用や相当量の加水(水増し)を余儀なくされています。

    越後湯沢温泉はもともとは三国山中のひっそりした湯治場だったのですが、昭和初期の清水トンネル開通・上越線全通を機に温泉地の性格が一変します。交通至便な東京の奥座敷として繁栄し、旅館・ホテルの大型化が進みます。

    さらに上越新幹線と関越道の開通で温泉スキーリゾートとしてますます注目が集まり、バブル期には雪深い山間には不似合いな高層リゾートマンションが何棟も建設されました。バブル崩壊とスキー人口の減少で町内に林立する高層リゾートマンションは空室だらけとなり、今ではバブルの負の遺産を見たかったら越後湯沢へ行け、とまで言われる有り様です。

    湯量不足も問題ですが、この時期の無秩序な開発で町に温泉街らしい風情が失われてしまったのも残念なところです。


    越後湯沢で豊富な湯量の源泉掛け流しを楽しむには、鉄道開通以前から営業していた歴史があり、もともとは自家源泉を持っていたので集中管理源泉から配湯を多めに受ける権利を持っており、かつ巨大化に走らなかった老舗の割烹旅館を選ぶのがよいかと思います。敷地も広く、雪国の温泉らしい風情を楽しめます。箱根や伊豆あたりに比べれば宿代もかなり安めです。
    http://chiebukuro.travel.yahoo.co.jp/detail/1180244276.html?p=%E8%B6%8...








    No.67 by 湯沢のマンション住民 2013-06-21 19:39:26

    聞いた話ですが温泉の湧き出てる湯量、濃度共に減少しているそうです。
    町内の某有名旅館では数十年前では湯ノ花も浮いていましたが現在ではまったく見なくなりました・・・
    硫黄臭もかなり減少したように感じます。
    https://www.e-mansion.co.jp/bbs/thread/197545/all/



    湯沢の弱点は源泉が枯れてきている事。

    昔は湯ノ花が見れたそうですが、中越地震以降源泉が枯れてきたそうで

    今では源泉かけ流しの入浴施設でも湯ノ花はほとんど見る事が出来ません。
    Posted by 株投資家 at 2014年09月03日 22:42
    http://hagefx.sblo.jp/article/102281283.html




    龍神温泉、有馬温泉、伊香保温泉、黒川温泉や関金温泉もそうですが、せいぜい旅館 2, 3軒分が湯量の限度だった山中の秘湯に何10軒も旅館を乱立させ、ボーリングしてお湯をジャンジャン汲み上げたのが越後湯沢温泉凋落の原因になったのです。

    越後湯沢温泉がこれからも温泉地としてやっていく為には、また昭和初期と同じ様に、「山の湯」、「高半旅館」と「御湯宿 中屋」の3つの浴場だけに戻すしかないのですね。


    _________





    越後湯沢温泉 共同浴場 「山の湯」
    http://www.youtube.com/watch?v=jV5V5ugr524



    「山の湯」 2002年

    浴槽はさほどの大きさではないが、湯量は豊富。

    洗面器にカランからのお湯を入れると、かすかに褐色っぽい色がつく。
    どうやらカランのお湯も温泉らしい。

    浴槽のお湯もツルツルして、湯沢の他のどこよりも泉質がいいと思う。

    秋に仕事仲間と訪れたのが、観光客より地元のおじさん・おばさんが多かった。
    男湯では、地元のおじさんが「最近観光客が増えたな~」と聞こえよがしに話していたらしい。まあ、不満だろうけどお湯がいいから来るんですよ、おじさん。
    この翌日、街道の湯に入ったが、あまりの違いにがっくりした。


    「山の湯」 2004年7月再訪:

    以前入湯したときは濃い印象だったものが、このときは大してインパクトを受けなかった。

    お湯から硫黄臭はするが、肌触りはありきたり。なんだかお湯が薄くなったよう。
    カランのお湯も透明になっていて残念。つくづく温泉は生き物である。
    http://www.dokodemo-bessou.com/kenbetu_onsen/onsen13_niigata.htm#街道の湯





    「山の湯」2004年7月17日訪問

     2、3年前、友だちと湯沢に旅行に来たとき立ち寄った日帰り湯。

     湯沢というと薄い単純泉ばかりだと思っていたので、意外に濃い印象のお湯に名湯だと感じた。そのお湯にもう一度浸かってみたくて、このたび再訪した。

     ここへ至るまでの坂道は、本当に急で怖い。車高の高い四駆のせいか、以前登ったときよりさらに怖く感じた。雪のある時期だと普通自動車は登れないだろう。スタッドレスを履いた四駆でもどうかという急斜面だ。

     建物は山小屋風で、なかなかいい風情である。受付の方が優しい笑みで迎えてくれた。

     料金も非常に安く、共同浴場らしい雰囲気が漂っていた。

     券売機で入浴券を購入。休憩所は通路の脇に畳敷きの上がりがあって、扇風機が回っている。

     男の人がごろりと横になっていて、他の人が利用しにくい広さだった。自動販売機とマッサージ機があるのみ。

     浴室もさほど広くない。

    洗い場はお湯と水が出るカランがいくつかある。シャワーはない。
    常連と思われるおばちゃんたちはみな洗面器を使い、湯船から直接汲み出してアタマを洗ってる。あんな熱いお湯でよく洗えるなー、とつくづく感心する。

     お湯は無色透明、かすかに硫黄臭。

     以前はカランからのお湯が茶色っぽく、源泉を使用しているように思った。

    今回は無色透明、無味無臭、浴槽のお湯も以前のような濃さがなくなっているように感じた。
     ただ、この「山の湯」は

    「越後湯沢外湯めぐり」
    http://www.e-yuzawa.gr.jp/sotoyu.html

    のひとつであるが独自源泉を有し、他とは一線を画している。

     他の「外湯めぐり」がほとんど循環で塩素臭いのに対し、「山の湯」だけは掛け流し。中央配湯された湯沢の温泉と比較すると、もっともよい湯だと感じた。
    http://www.dokodemo-bessou.com/h_16y/16-9_onsen1.htm



    12 :名無しさん@いい湯だな:2014/11/17(月) 22:10:25.76 ID:se2zD1du0

    山の湯は硫化水素イオン2.4mg/kgによる硫黄泉認定だから かつてはしっかり硫化水素を含んで「いた」んだよ

    http://www.takahan.co.jp/onsen.html
    (山の湯隣の高半の泉質分析表)

    だが新潟で大きな地震が相次いで泉質が変化し
    今では硫黄分がほとんど無くなってしまったらしい
    次に泉質分析したらアルカリ単純泉になると推測される
    http://hello.2ch.net/test/read.cgi/onsen/1413542285/l50




  16. 16 777


    ファミールヴィラ苗場タワーの掲示板


    いったい何処のマンションが買いなのでしょうか?  


    >購入検討中 投稿者:原田知子 投稿日:2017年 1月24日(火)11時37分53秒

    >皆様はじめまして、皆様お住まいのタワーマンションを購入若しくはレント希望のものです。
    >苗場は若いころ、頻繁に通い思い出の地でもあります。
    >掲示板を拝見させて頂き大なり小なり何処も問題はあるのだと思った次第です。
    >近頃は5万円の物件もチラホラ出てきましてホント何処のマンションを購入したらいいのか検討に苦慮しております。
    >こんな事聞いて笑われるとおもいますが、いったい何処のマンションが買いなのでしょうか?
    >一応中に温泉施設がついていたほうがいいかともおもいますが外に温泉施設もある様ですし
    >皆様実際に住まわれている方々の生の声をお寄せください。何でも構いません宜しくお願い致します。
    http://8601.teacup.com/naebatower/bbs/1055


    Re いったい何処のマンションが買いなのでしょうか? (まとめ)


    苗場地区マンション

    1 ファミールヴィラ苗場タワー
    2 ファミール・ヴィラ苗場
    3 ノエル苗場
    4 コンフォート苗場
    5 シェスタ苗場
    6 ダイアパレス苗場
    7 西武ヴィラ苗場クリスタル1号館
    8 西武ヴィラ苗場8号館
    9 西武ヴィラ苗場6号館
    10 西武ヴィラ苗場5号館
    11 西武ヴィラ苗場7号館
    12 西武ヴィラ苗場9号館
    13 西武ヴィラ苗場3号館
    14 西武ヴィラ苗場2号館
    15 西武ヴィラ苗場1号館
    http://www.himawari.com/map/y/3naeba.html



    参考サイト


    所さん! 大変ですよ。 雪国で中古マンションが売れている 2016/02/20 動画



    苗場スキー場-夏はゴーストタウン状態 路地裏ダイバー 2009/09/02
    http://againstars.blog20.fc2.com/blog-entry-117.html

    リゾートマンションに住むという選択肢~越後湯沢編1~ 2017-02-05
    http://kiriminato.gjgd.net/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%81%...

    リゾートマンションに住むという選択肢~越後湯沢編2~ 2017-02-05
    http://kiriminato.gjgd.net/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%81%...

    リゾートマンションに住むという選択肢~越後湯沢編3~ 2017-02-05
    http://kiriminato.gjgd.net/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%81%...

    リゾートマンションに住むという選択肢~問題点編~
    http://kiriminato.gjgd.net/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%81%...

    リゾートマンションに住むという選択肢~苗場編1 2017-02-05
    http://kiriminato.gjgd.net/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%81%...

    リゾートマンションに住むという選択肢~苗場編2 2017-02-05
    http://kiriminato.gjgd.net/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%81%...

    リゾートマンションに住むという選択肢~苗場編3 2017-02-05
    http://kiriminato.gjgd.net/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%81%...

    越後湯沢のリゾートマンション|リゾートマンション・リゾートホテル・別荘掲示板@口コミ掲示板
    https://www.e-mansion.co.jp/bbs/thread/197545/res/1-1000/
    https://www.e-mansion.co.jp/bbs/thread/197545/

    リゾートマンション検索売却物件(株)ひまわり
    http://www.himawari.com/search/search_mansion.html

  17. 17 777


    別荘用として苗場・湯沢のリゾートマンションを買うのだけは止めておいた方がいいです。


    ただ、自分の持ち家が無い人が定住用として10万円で売っているリゾートマンションを買うのなら、物件を選べば超お買い得なのですね。

    そこで、上記15ケの内、定住用には向かないものを落としていきます。



    1. 国道17号線に近いマンションは自動車騒音と排ガスが酷いので NG

    即ち、

    3 ノエル苗場
    4 コンフォート苗場
    6 ダイアパレス苗場
    7 西武ヴィラ苗場クリスタル1号館
    10 西武ヴィラ苗場5号館

    は NG でしょう。


    2. 高層マンションは NG

    Re いったい何処のマンションが買いなのでしょうか? (続き2)
    http://8601.teacup.com/naebatower/bbs/1071

    に書いた様に

    ファミールヴィラ苗場タワー
    http://www.himawari.com/yuzawa/mansion/2521.html

    に定住するのは危ないのですね


    3. 築30年以上の老朽化した古いマンションは NG

    ネットで古ヴィラと言われている大昔の公団みたいな

    15 西武ヴィラ苗場1号館
    14 西武ヴィラ苗場2号館
    13 西武ヴィラ苗場3号館
    10 西武ヴィラ苗場5号館
    9 西武ヴィラ苗場6号館
    11 西武ヴィラ苗場7号館


    は当然 NG です。 4年前に古ヴィラ住人専用に近かった白樺平ゲレンデが廃止されてからは、苗場スキー場まで歩いていけない関係で古ヴィラは資産価値が暴落したのですね。


    苗場スキー場白樺平ゲレンデ(新潟県湯沢町) 追憶のゲレンデ
    http://old-skier.seesaa.net/article/338960570.html

    西武苗場白樺平ヴィラ。ちょっとオススメの超安リゾート物件ではあります。
     ポイントは「安さ」です。 それ以外は「ない」。
    http://tsunoken.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-751a.html


    2年前に浅貝ゲレンデも廃止されたので、今度は浅貝ゲレンデのすぐ近くの

    1 ファミールヴィラ苗場タワー
    2 ファミール・ヴィラ苗場
    3 ノエル苗場
    5 シェスタ苗場


    の4軒の資産価値も暴落し、浅貝ゲレンデの廻りの旅館や店も殆ど潰れそうですね。西武のアホ経営者を恨んで下さい。

    浅貝ゲレンデと白樺平ゲレンデは連絡路が有ったくらいなので、この二つを繋げれば巨大なスキー場になったのですが、西武にはそういう事を考えられる頭の有る人間が一人も居なかったという事なんですね。

    古ヴィラはずっと苗場の恥だと思われていたみたいですが、最近は次々と外まわりの大規模修繕工事を実施して見た目だけは大分良くなっています。

    古ヴィラは8号館以外は屋内に洗濯機を置くスペースも無く、1階の有料コインランドリーを使わないといけないので定住するには少し不便です。


    ただ、管理費・修繕積立金・固定資産税や水道代は激安、コンクリート壁は厚く、冬季は全館の給湯器を24時間通電するので館内は暖かく水道の水抜きも不要、古いけど良く考えて作っています。


    西武ヴィラ苗場6号館
    http://www.himawari.com/yuzawa/mansion/2562.html

    は特に苗場でも一番立地が良く、スキーシーズンの土曜日20痔45分から苗場スキー場で行われる花火大会が窓から至近距離で見えます。管理センターや新聞・テレビを置いたサロンも有り、何か勿体無いですね。


    西武ヴィラ苗場1号館・2号館は駐車場が無くて不便です。

    それから、西武ヴィラ苗場1号館・2号館の部屋の窓の外は深い森なのですが、良く見ると古い墓石が点在しています。
    心霊スポットファンにはお薦めですね。


    ___


    結論として、定住可能なのは


    シェスタ苗場
    http://www.himawari.com/yuzawa/mansion/2532.html

    ファミール・ヴィラ苗場
    http://www.himawari.com/yuzawa/mansion/2522.html

    西武ヴィラ苗場8号館
    http://www.himawari.com/yuzawa/mansion/2561.html


    の3つ位でしょうか。


    西武ヴィラ苗場8号館は屋内に洗濯機を置くスペースが確保されていますが、西武ヴィラ苗場9号館は洗濯機を置くスペースが無く、1階の有料コインランドリーを使わないといけないので定住するには少し不便です。

    それから西武ヴィラ苗場9号館は駐車場が少し遠くて不便です:


    My favorites 西武ビラ9号館

    9号館は白樺ゲレンデに面していて一歩外に出ればそこはゲレンデ。
    リフト乗り場まで滑って下りて行けます。でも」最近はこの白樺ゲレンデ、週末しか動いていません。

    苗場スキー場まではバスが朝夕30分毎に運行。片道100円で5分位です。歩いても行けます。

    駐車場は目の前に10台くらい置けるスペースがありますが、お正月や連休はすぐいっぱいに。
    その場合、少し離れた大きな駐車場に置くことになります。

    雪が降っていると毎日雪かきをする必要があるので、頭が痛いです。
    http://www.myfavorites.jp/naeba/sub2.html



    部屋を選ぶ際は、スキーシーズンの土曜日20痔45分から苗場スキー場で行われる花火大会が窓から見える部屋にした方がいいです。


    それから

    西武ヴィラ苗場クリスタル1号館
    http://www.himawari.com/yuzawa/mansion/2542.html

    も国道と反対側の部屋なら交通騒音が少なく定住可能でしょう。

    西武ヴィラ苗場クリスタル1号館は屋内に洗濯機を置くスペースが確保されています。
    屋内無料駐車場も使えるので、冬は車の雪かきに手がかからなくて随分楽になります。



    43:購入ホヤホヤ [2013-04-16 17:50:31]

    苗場クリスタル1号館を買って楽しんでおります。

    プールとか温泉はないけど とにかくきれいです。
    少しお金持ちになった気分です。 幸せです。

    ただ、アクセスの面では、車がないと不自由かなと思います。
    駅前になると古かったり、管理費が高くなったりしますね。
    ひまわりさんに行かれたらよいかと思います。
    https://www.e-mansion.co.jp/bbs/thread/197545/res/32-81/


    ______


    しかし資金に余裕があるなら北軽井沢か蓼科にしておいた方が絶対にいいです。
    特に温泉ファンなら、北軽井沢に住めば草津・万座等の日本で一番いい温泉を毎日廻れます:

    北軽井沢・蓼科のリゾートマンションを地図から検索 ひまわり軽井沢店
    http://www.himawari.com/map/k/2karuizawa.html


    苗場・湯沢には信州の様な美しい山も湖も、高原らしい風景も無い。

    雰囲気の良い街並みも、素敵な店も、文化施設も、泉質の良い温泉も、遊ぶ所も何も無い野暮ったい田舎町。

    住んでる人のセンスや知的レベルも軽井沢や蓼科とは全然違う。

    最近の夏は苗場でも暑くて、リゾートマンションにもクーラーは必需品になってしまって、苗場は避暑地としても失格ですね。

    冬は 1月・2月でも雨が降る日が増え、粉雪が舞う日なんか無いようです。

    苗場スキー場と苗場プリンスホテルが中国人に乗っ取られて、スキーコースの整備も昔と比べて完全にダメになったのも痛いです :



    Re 苗場地区の将来は? 投稿者:タワー引退者 投稿日:2016年 8月31日(水)12時22分29秒

    私は苗場スキー場に絶望してタワーを売却しました。
    毎年いるとわかるのですが、経営が傾斜した時から、

    ・コースの廃止(火打ゲレンデはかなりコース廃止されましたね)

    ・コース整備の手抜き(コースは存在しても滑れない。大斜面も迂回くねくねが存在して、初中級者でも上から下まで何とか降りてこれたはず)、

    ・ロープウェイ・ゴンドラがすぐに運休(強風とか視界不良とかの理由ですぐ1日運休する)

    ・平日はさらにコースも縮小

    ・プリンスホテル内の店が穴あき状態(行くと営業してないとか)

    ・プリンスホテル自体が季節営業に以降(今は夏はやっているようですが、冬しか営業せず)

    など、スキー場としてまともではなくなりました。
    子供と外国人だけ相手して、下の方で滑ってろと言わんばかり。
    子どももちょっと滑れるようになると、満足せず田代や湯沢まで遠征してました。

    さらにスキーシーズン以外で営業していたゴルフ場も廃止されましたしね。

    プリンスホテルだけのせいにするつもりは無いです。
    地元も浅貝ゲレンデもM選手の仲間内だけでの営業(レストハウスで仲間内だけでの盛り上がりで営業しているのかどうかもわかず、地元のホテル・ペンションとの連携もなし)で、M選手がスキー選手のせいかスノボパークもなくなり、地元もやる気なし(浅貝と温泉のセットでもやればいいのに)

    タワーは気に入ってたのですが、手放しました。

    苗場は温暖化で雪質も悪くなり、さらに奥の三国スキー場があれば雪質の良さは多分売りになると思うんですけど、地元もこうじゃ難しんでしょうね。残念です。
    http://8601.teacup.com/naebatower/bbs/983


    もう苗場スキー場は駄目でしょう。 元々傾斜が きつ過ぎて上級者以外には向かないスキー場だったのですから。

    しかし、西武のアホ経営者は何を考えていたのかな?


  18. 18 777


    苗場・湯沢のリゾートマンションは現在はこういう感じ:

    1126 by 匿名さん 2017-01-30 11:20:54

    湯沢町スキー場はこの一週間、中国経済に乗っ取られております。
    飛び交うのは中国語ばかり。
    今年は例年に無く多い。

    マンションエレベーターもロッカールームも、コインランドリーも、、、夜遅くまで大きな声で。
    今年の春節は特に異様な雰囲気ですね。
    ルームシェア、民泊?いやオーナー?


    1127 by 匿名さん 2017-01-31 10:44:42

    一番怖れていた 廃墟へシナリオ が現実になりつつあるんですね。

    小中学校を統合した時点で人口を維持する気はないんだと分かりましたが、これからは生活保護受給者と中国人オーナーが増えて固定資産税や管理費の未納が増えて、額面10万円物件のババ抜きも加速しますね。

    湯沢町は支出が増える一方で、固定資産税頼みの収入は減る一方。

    駅前の高額物件が値崩れ始めてますよ。

    そりゃ本屋も潰れますわね。まぁ、先のことは考えない町議会議員を選んでいる湯沢町の町民の自業自得ですけれどね。このまま『茹で蛙』目の前で見せてもらいます。

    本当に買わずに借りて良かった。いつでも捨てられますからね。

    「リゾートマンションに手を出すな。特に越後湯沢周辺はリスクしかない。」

    大手不動産会社の友人のアドバイスに感謝をしています。


    1128 by 匿名さん 2017-01-31 19:25:47
    >>1127
    生活保護受給者?
    マンションのオーナーにそんな人がいるのですか?


    1133 by 匿名さん 2017-02-01 14:21:18

    ラ・ヴィの人か。
    駐車場ひと月に14日しか停められないから、生活保護が寄り付かないんだと思うけど、暢気過ぎると思うよ。

    リゾート利用者はいつもいる訳じゃないけど、定住者は毎日そのマンションで暮らしてる。定住者が全体の1割も居れば、雰囲気は変わっていくよ。

    物件価格が二桁万円で管理費と修繕積立金の合計が二万以下のリゾマンは、生活保護受給者の格好の居場所になってるよ。苗場は言うに及ばず、岩原あたりのマンションは既にまともな方が少ないんじゃないの?

    税理士なんて社会的には情報弱者なんだから自覚しないと。悪意なく貧困ビジネスに加担してるのに気付かないのかな。


    1134 by 匿名さん 2017-02-01 16:29:21

    南魚沼郡湯沢町の生活保護をもらう方法
    http://arubaito.sakura.ne.jp/hogo/nigata.html

    ※管理費には「住宅扶助」は付きません。
    ※湯沢町は、物価が高いが3級地なので生活保護費は低いです。


    1129 by 購入経験者さん 2017-01-31 19:33:49

    中国人や生活保護に乗っ取られて大変やね、湯沢も。


    1137 by 匿名さん 2017-02-02 11:48:53

    年金生活だと悪くないような。
    都内の安アパート(でも2万はないか)よりずっとよさそう。
    所有してれば安心だし。
    問題は冬の寒さかなあ。



    1141 by 匿名さん 2017-02-03 06:03:10

     昨夏、町内のリゾマン理事長ら30人、田村正幸町長、町や警察、消防の担当者が集まって意見交換する「連絡会議」が開かれた。

     席上、ある理事長が説明した。

    「うちには1人世帯の高齢者が18人いる。大浴場で汚物が見つかった。
    3年前には高齢者がこの浴場で亡くなり、遺族は部屋の相続を放棄した」。


    大浴場で気持ちよく失敬?
    トイレが間に合わず風呂の中で失敬が無いとも考えがたい。

    最近リゾート感が無いとの愚痴を、湯沢の飲み屋で話してたマンションオーナーが居たのも確か。

    湯沢の安いマンションはこれから、社会の問題が押し寄せるのか、世の中より先に老後問題が始まるのか。




    1142 by 匿名さん 2017-02-03 06:50:30

    記事にあった、【ある理事長が説明した。「うちには1人世帯の高齢者が18人いる。大浴場で汚物が見つかった。3年前には高齢者がこの浴場で亡くなり、遺族は部屋の相続を放棄した」。】

    こういう事故物件の情報も、販売の際に修繕費積立金などと同様に地元不動産屋はちゃんと情報提供するのか?それとも知らないと隠して販売をするのか?

    以前のスレにもあった


    >158 by 買い換え検討中 2014-09-22 12:49:56
    >プレジールは一番風呂に洗わず入る引きこもりがいて風呂が常に不潔に保たれているのが痛い。
    >あと定住者が多くてリゾート利用の場合、駐車場がほとんどない。
    >夕方の駐車場でナンバー確認してみると良いよ。長岡ナンバーの軽だらけ。
    >照明も暗くて、リゾート感ほとんどない。


    こういう、人の話を全く聞かない住人(特に年配者は聞かないですから)が居ると嫌ですね。



    1145 by 匿名さん 2017-02-04 09:52:30

    自然死の場合は、告知義務はありませんから仕方ありませんね。
    https://www.e-mansion.co.jp/bbs/thread/197545/

  19. 19 777


    ファミールヴィラ苗場タワーの掲示板

    >購入検討中 投稿者:原田知子 投稿日:2017年 1月24日(火)11時37分53秒

    >皆様はじめまして、皆様お住まいのタワーマンションを購入若しくはレント希望のものです。
    >一応中に温泉施設がついていたほうがいいかともおもいますが外に温泉施設もある様ですし
    >皆様実際に住まわれている方々の生の声をお寄せください。
    http://8601.teacup.com/naebatower/bbs/1055

     
    >またまたお久しぶりの・・・ 投稿者:たぬP
    >温泉や大浴場の有無に関しては購入を考える際には大切なファクターだと考えます。
    >私の物件選びの時は以下のようにしました。

    >①友達などを連れて行くこともあるので大浴場があるのが必須。
    >②スキーシーズンは平日にも利用するし前泊で夜遅くに着くので平日も24Hで大浴場が営業しているのが望ましい。
    >③温泉が引かれているに越したことはないが物件の価格が高かったり、腐食の問題等があるのは困る。(当時は草津や湯沢は高かった。 硫黄や酸化鉄の泉質は腐食・詰まりがおきやすいので注意が必要。)
    >④スキーシーズン以外も山歩きなどで使いたいので大浴場は毎日稼動してほしい。

    >温泉に関しては湯沢地区マンションの所有者(同一世帯の人まで)は湯沢町に登録すれば町営の温泉の利用カードが発行され、回数券を利用すれば1回 ¥200で何箇所か利用できます。(田代やみつまたなど)
    HREF="http://8601.teacup.com/naebatower/bbs/1059">http://8601.teacup...



    たぬPさんは温泉の事を何も知らないんだよ 投稿者:777 投稿日:2017年 1月31日(火)07時58分21秒


    たぬPさんはリゾートマンションの共同浴場がどういうものなのか全然わかっていない様なので、真実を書いておきます


    1141 by 匿名さん 2017-02-03 06:03:10

     昨夏、町内のリゾマン理事長ら30人、田村正幸町長、町や警察、消防の担当者が集まって意見交換する「連絡会議」が開かれた。

     席上、ある理事長が説明した。

    「うちには1人世帯の高齢者が18人いる。大浴場で汚物が見つかった。
    3年前には高齢者がこの浴場で亡くなり、遺族は部屋の相続を放棄した」。


    大浴場で気持ちよく失禁?
    トイレが間に合わず風呂の中で失禁が無いとも考えがたい。

    最近リゾート感が無いとの愚痴を、湯沢の飲み屋で話してたマンションオーナーが居たのも確か。
    湯沢の安いマンションはこれから、社会の問題が押し寄せるのか、世の中より先に老後問題が始まるのか。


    1142 by 匿名さん 2017-02-03 06:50:30

    以前のスレにもあった

    >158 by 買い換え検討中 2014-09-22 12:49:56
    >プレジールは一番風呂に洗わず入る引きこもりがいて風呂が常に不潔に保たれているのが痛い。

    こういう、人の話を全く聞かない住人(特に年配者は聞かないですから)が居ると嫌ですね。
    https://www.e-mansion.co.jp/bbs/thread/197545/



    温泉や銭湯でマナーのない人
    2件質問者:noname#7320 投稿日時:2003/11/12 16:52

    私は20代女性ですので、女性の方しかわかりませんが、湯船にタオルを付けて入ったり、また、お風呂に入ってくるなり、お股もシャワーなり、おけで湯を取って洗わずに入ってくる子が最近多いので一緒に入るのが、きたなくて困っています。何かさりげなく言う方法などありましたらお願いします。

    以前ツアーで行った時にも私らみたいな歳の子がいましてその子らは洗面のところで(シャワーのある所)で1人が

    「トイレ行っとけば良かった」

    と言い、その仲間も

    「トイレまでもたないならシャワーで隠せば?」

    と言ってその子はそこでおしっこしたみたいで、近くのおばさんに

    「きたない!ここおしっこする所!」

    と怒られていて次の日その子らはツアーにいませんでした。


    回答者:ono_chan回答日時:2003/11/12 17:59
    温泉でおしっこする女がいるなんて気持ち悪い!
    アダルトビデオの世界ですね、まったく!
    まともな人間は、風呂でおしっこしたくなったらいったん脱衣場かどこかのトイレに行きますよ!
    我ら男でもそうです!
    自宅の風呂ではすることあるけれど、他人が見てる前でおしっこするなんて、変質者ではないでしょうか?

    あと、シャワーもかけ湯もしないで浴槽に入る人は、中年や年寄りにも多いです。以前通っていた下町の銭湯では、ほとんどの人間がそのまま湯船に入り、その中でお尻やお股をこするので、遅い時間になるとお湯が濁って異様な臭いが漂ってました。
    すぐバス付きのアパートに引っ越しました。

    ______


    でも、男の人もお風呂の湯船のなかで、お股やお尻を洗う人いるんですか?
    ゾッとします。
    女の人もそういえばマナーのないおばさんたちが湯船の中でタオルはつけてないけどお股を開いて前のお毛毛から女性のあの部分を洗っている人を見ました。女性は特におトイレの時も拭くぐらいなので菌をうつされるのが怖いです。



    c-chan回答日時:2003/11/12 17:19
    一人に対して3人くらいで言わないと聞いてもらえないでしょうからその場では無理です。
    タオルをつけるのは明らかに旅番組の真似ですね。困りますが。
    おしっこするのは家でもしてるからでしょう。家の風呂が下水道に繋がっている場合は流しさえすれば匂いもなく汚くないんです。汚い、と感じる人は家が下水でないせいかもしれません。


    男性にもいると聞きびっくりしています。家のお風呂でもあの子らはしているんでしょうね。
    女はおトイレの時にも拭くぐらいなので、一緒に湯船に入るのが怖いです。ひょっとして、湯船の中でしていることはないでしょうか?



    回答者:Largo_sp回答日時:2003/11/12 17:17
    男湯でも、よくいますよ……
    若い子の方が、きれいにしてから入るんじゃないかなぁ
    爺さんのほうが、湯船にタオルをつけたり、かけ湯をせずにはいったり多いと思います。
    そういう人の数は、昔からかわらないのかなぁと

    おしっこした子はちょっとかわいそうかなぁ
    判らないようにすれば、わからないんですけどね……


    男性にもいるのですね。汚いですね。
    でも、なぜ、お風呂でおしっこした子がかわいそうなの?
    女っておトイレでも拭くぐらいなのに
    海水浴やプールでも長い事入って泳いでもいない子はおしっこしてるかもしれませんね?

    あなたは、わからないようにするんですか?汚いよ。
    http://oshiete.goo.ne.jp/qa/703894.html


    お風呂でおしっこ

     先日、とあるBarで若い女性二人と飲んでいたときのことです。夜も更けてきて適度な酔いもまわって、話題は自然とシモネタへと移っていました。二人の女性は「野ション」の経験について、告白?しながら話は更に盛り上がってきました。シモネタはもとより、おしっこネタなら私は誰にも負けません。私も積極的に参加して3人の会話は宴たけなわとなりました。
    「そうそう、そういえばオレの彼女、毎日お風呂の時にシャワーを浴びながらおしっこするんだよ!
    何でも水道と紙の節約にもなって一石二鳥だそうだよ!」

    「え~~、実は私もしちゃうよ~~!」
    「あ~!私も~~~!」

     彼女達は、おしっこに対して「汚い」というイメージがまったくないようで、すごくアッケラカンとおしっこの話をしてくれました。

    「シャワーを浴びながら立ったまましちゃう」

    とか

    「排水溝めがけてする~!」

    とか、なんだか一人だけ男の私が、ちょっと恥ずかしくなるような場面もありました。
    http://www.d2.dion.ne.jp/~727as/ohuro.html


    プールや温泉の塩素臭は おしっこ と塩素の化合物の匂い


    金メダリストのフェルプス選手が衝撃告白!
    プールの中では皆が「ゴールドラッシュ」! 2012/8/8 20:59


    五輪史上最多の18個の金メダルを獲得した競泳米国代表のマイケル・フェルプス選手が、インタビューで衝撃的な事実を明かした。

    「皆プールではオシッコすると思うよ。水泳選手の間では普通のこと。2時間も水の中にいて、オシッコするために外に出たりはしない。したくなったときにするんだ。塩素で消毒されるから大丈夫だ」

    と語っている。果たしてオシッコは塩素で消毒されるのか?

    社団法人日本プールアメニティ施設協会によると、プールは水質を保つために、循環ろ過と塩素消毒を行っているという。

    プールの底からポンプで水を引いて、ろ過器に通して、汚れを濾し取る。

    その後、塩素を注入し消毒してプールに戻すことを繰り返しているのだという。

    厚生労働省の基準では、水の濁り具合を示す「濁度」は 「2度」以下と定められているそうで、これは水道水と同じ基準でかなり厳格なのだそうだ。


    気になるオシッコだが、


    「体から出る皮脂や尿は消毒薬の塩素を消費します。これらが多くなると塩素とアンモニアが結合して、いやな塩素臭がします。」


    とのこと、消毒はできるようだが、余りに多くなると、みんなが経験している「プールの塩素臭」がしてくるようになる。


    「プールに入る前はきちんと体をシャワーで洗いましょう。それと、プールに入る前は必ずトイレに行ってください。」

    と注意を呼び掛けている。水質を維持するためにも、女性は化粧を落とし、男性は整髪料を流すことを奨励しているそうだ。

    そういえば、小・中学校でのプールの授業後には、いつも体から「塩素臭」がしていた。やはりみんなプールでオシッコをしていたということか!
    みんなプールでゴールドを争うようにしていたということなのか!?
    私もそうなのだが…。
    http://netallica.yahoo.co.jp/news/310637


    特に、中国人オーナーが多い所には まともな大浴場は無いでしょうね:

    1126 by 匿名さん 2017-01-30 11:20:54
    湯沢町スキー場はこの一週間、中国経済に乗っ取られております。
    飛び交うのは中国語ばかり。
    今年は例年に無く多い。

    マンションエレベーターもロッカールームも、コインランドリーも、、、夜遅くまで大きな声で。
    今年の春節は特に異様な雰囲気ですね。
    ルームシェア、民泊?いやオーナー?
    https://www.e-mansion.co.jp/bbs/thread/197545/


    関西の温泉街にある某大型ホテルは、上階に大浴場と露天風呂がある。

    「その風呂に中国人の親子が入ってきた。父親はデジカメを風呂に持ち込んで、子供が浴槽に飛び込む様子を撮っとるんや。"風呂で泳ぐな"と怒る客がおっても、一向にやめようとせん」(日本人旅行客)

    ようやく、"撮影会"が終わったかと思うと、今度は湯船に浸かりながら歯磨きを始め、「2人とも、浴槽のお湯で口をゆすいで、そのまま湯船に出したんやで。アホか思うて注意したら、"温泉も濁っているのに"みたいな感じでな。ホンマに調子狂うわ」

    「中国には、そもそも"マナー"という言葉がありません。いまの中国は経済発展の途中で、とにかく稼ぐことが重要。"カネさえ払えば何をやってもいい"と考えてしまうんですよ」
    http://taishu.jp/detail/2237/




    Question : nekokiti1118さん 2013/1/29
    温泉宿やスーパー銭湯は お湯を替えてますか?

    今日、近くのスーパー銭湯に入浴していると お湯がかなり汚い状態でした。
    店員の女性が通りかかったので、どれぐらいの周期でお湯を替えているのか聞いたところ、あからさまに嫌な顔をされ、『わかりません!』と答え、話し終わってもいないのに逃げるように去って行きました・・・。

    そこで教えて欲しいのですが、スーパー銭湯や温泉宿で働いた事が有る方、もしくは家族などがパートで働いてスーパー銭湯の内部的な情報を知ってる方居ましたら教えて欲しいのです。

    お湯替えてますか?



    Answer 1 toshigimaさん 2013/1/29
    「温泉かけ流し」以外は循環し、濾過器を通して湯を再利用している
    スーパー銭湯ならほぼ100%湯は循環、再利用しているよ


    Answer 2 kaedechrさん 2013/2/20
    良心的な施設でも週一回くらいしか交換していないでしょう。ひどいところになると月一回なんていうところも絶対あるはずです。レジオネラが見つかるような施設です。私は怖くてスーパー銭湯へはいけません。


    Answer 3 angie0214girlさん 2013/1/31
    スーパー銭湯などの温浴施設の設備管理をしているものです。
    スーパー銭湯など大規模な温浴施設の場合、「源泉かけ流し」と明記してあるもの以外は、お湯を循環、加温、加水などして繰り返し使用しています。これは営業上しかたないことだと思いますが…
    掃除の頻度は法律で決められていて、循環ろ過をしている場合は最低週1回のお湯と入れ替えと清掃が定められています。


    Answer 4 ygfcp427さん 2013/1/30
    私の働いた事のある温泉宿の浴槽清掃周期です。

    源泉掛け流しの宿⇒毎日
    源泉掛け流し・加熱・加水の宿⇒毎日
    循環温泉・加熱・加水の宿⇒一週間に1回

    スーパー銭湯は働いた事が無いので知りません。
    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12101108767




    訪問整体で活躍する整体師のメッセージブログ


    私は箱根で6年程、仕事をしていますが、実は温泉好きが高じて箱根で仕事をしているようなところがあります。そこで、宿泊施設で仕事をしていて発見したことがあります。それは、

    日帰り施設の専門のところは、利用者が多いところで1日、およそ2千人ということを。 ということは、それだけ、温泉が汚れる!ということです。

    いろいろと消毒したり、循環でろ過したりと、利用の際はとくに、問題はありませんが、やはり、温泉通としては、泉質にも少しこだわります。

    そこで、お勧めなのが、旅館などで解放している日帰り温泉です。宿泊施設によってですが、小さいところは1日100人いません。ということは、日帰り専門の施設よりは汚れないことを意味しています。

    故に、旅館やホテルの日帰りのほうがよいということです。
    http://ameblo.jp/mentaruseitai/archive1-201205.html

  20. 20 777


    今後10年はリゾートマンションのゴーストタウン化かスラム化が進みそうですね:




    53 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 07:33:41.43

    あと老人定住者問題は?
    湯沢のリゾートマンションは姨捨山になっていませんか?



    54 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 07:52:12.76
    >>53
    買値も維持費も安い苗場の西武ヴィラとかは危険。


    104 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 21:16:19.18

    苗場の西武ヴィラは維持管理費が安いのもあって、浮浪者に近いような老人がいてかなり怖かった。。
    今は湯沢のライオンズだが、永住老人は少ないし、身なりもそれなりで全然不快じゃない。


    767 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/10/16(金) 07:35:27.25

    リゾートマンション買うなら、思いっきりハイグレードの物件のビリっけつを買うのがいいよ
    ゴールデンウィーク、お盆に偵察に言って、駐車場に、ベンツ、アウディ、、、みたいな外車の展示会状態、歩いているのは上品な富裕層(なんとなく)、みたいなところのがいい

    だいたい管理費滞納状況と相関関係ありますから
    大規模修繕工事といっても、貧乏人がたくさんいると反対意見が出て進まない
    みんな他にも不動産もっていて余裕のある連中ばかりの物件は安全。

    それに、三井パークシティLALA横浜の「ピサの斜塔事件」もあるけど、
    たぶん三井なら損害賠償に応じる。財閥だから。

    こういうことを考えると、リゾートマンションは、思いっきり高級なところがいいと思う
    予算がないなら、その低層階の小さい部屋を買えばよい
    居住用物件とまったく違う世界だから


    768 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/10/16(金) 07:41:33.45 >>763-765

    リゾートについては「金持ちの中に入り込む」のが安全。
    なぜなら、別荘地でもマンションでも、共用部の管理が崩壊したら、すべて終わる。
    管理が命、これがリゾートの宿命。

    じぶんは庶民だけど、一部上場企業の役員だらけのところが絶対にいいよ

    湯沢で、地元の貧乏人が居住用にしたり、国民年金7万円の下層老人が、貯金はたいて買うような物件は、
    絶対アウト。そのうち、負担金で揉める



    55 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 08:47:39.94

    苗場、湯沢あたりは毎年独居老人の孤独死が起きてる。


    56 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 16:51:12.51

    新聞記事だけど、30万くらいのリゾマンを買って親を連れてきて置き去り、
    その後放置で、町役場が対応に追われているって。


    68 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 19:54:17.66

    平日にGALAやかぐらの無料休憩所いってみろ。
    老人ホーム状態だぞ。こいつらがリゾマンの住人と思うと恐ろしくてリゾマンなんて買えない。



    95 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 21:02:16.18

    老人ホーム化とかいっているのはピントずれている
    雪国で最悪の結末は、管理ができなくなり水道施設凍結故障。
    老朽化したマンションでこうなると、どうにもならない。

    苗場あたりのマンションではありえる話。
    ゴーストマンションではなく、文字通りコンクリートの廃墟となる。
    軍艦島のような結末。
    http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/ski/1434758230/





    161 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/19(水) 15:11:50.82

    ゆざわの物件見たけど、けっこう危ないの多いよ
    大丈夫かもしれないけど、今後は不透明。

    http://www.tokyu-resort.co.jp/tateshina_yatsugatake/

    はっきりいって高いけど、こういう東急みたいな鉄道系の資本が入っているのは別荘地だろうと、マンションだろうと安全。


    250 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/24(月) 03:39:21.66

    いろいろランクあるけど、鉄道系資本の入っている別荘地は、だいたい、一部上場企業の役員クラスが最低ランク。


    405 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/30(日) 20:02:08.13

    勘違いしている人がいるようだけど、インチキ別荘も多いよ。

    別荘っていうのは、財閥か電鉄会社が資本に入っているようなものを言う
    http://www.mitsuinomori.co.jp

    バブルの頃に、インチキ別荘が大流行した
    原野商法、分譲詐欺って聞いたことない?
    http://www.tahara-kantei.com/column/column40.html

    このへん読めばわかる。

    簡単にいうと、別荘地なんて簡単だから。

    広大な原野を二束三文で買う。

    政治家に賄賂を払い、建築許可が降りるようにする(これすらやらないところもある)

    ブルドーザーいれて、道をつくり、測量士に境界杭を打たせる

    はい、これで完了

    コンテナハウスをならべて現地販売事務所を作れば、バブルのころは飛ぶようにうれた

    首都圏近郊に山中にあやしい区画分譲された住宅地があるのはそのため。

    そういうのを見て「別荘」と思ってほしくないない
    正確にいえば詐欺の被害者のバカ住宅地。

    建っている別荘の豪華さは全く無関係。

    原野分譲の土地に、バブルのころだから巨大なログハウスをどーんと立てて、いつのまにかまわりが原生林になってしまうのはいっぱいある

    自分の知る限り、群馬 栃木 千葉 静岡、このへんは猛烈にすごい
    東京から車で3時間程度の距離で、ゴミのような土地がいっぱいあるところが悪徳不動産業者に狙われた

    なぜかというと、箱根 軽井沢 八ヶ岳など、すでに別荘開発の歴史が長いところは、二束三文のゴミ土地が見つからないから。

    上記の苗場のやつとかは、老朽化したのものあるけど、基本的には歴史ある別荘地でしょうな。
    規模は小さいけど。


    407 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/30(日) 20:37:58.40

    旧軽井沢でもゴミみたいな土地があるけどな。

    長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢 283.14坪 50万円(0.17万円/坪)
    http://www.himawari.com/karuizawa/t-sales/32024.htm


    408 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/30(日) 21:17:49.60 >
    >407
    あやしいね
    施設水道加入金が77万円、管理費だけで3万、いったい何を管理してくれるんでしょうね
    それと私道が舗装されていない砂利道という点で、まともな別荘地ではありえないです

    砂利道なんて、5年もしたら、原生林に戻ります


    412 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/30(日) 21:28:35.18
    >>408
    そのまともじゃない別荘地が軽井沢にも沢山あるってこと。
    軽井沢だから無条件でいいってことはない。

    このあたりも軽井沢だけど、ゴミ土地だな。
    http://www.tokyu-resort.co.jp/detail/25799
    http://www.tokyu-resort.co.jp/detail/24849
    http://www.tokyu-resort.co.jp/detail/26262


    411 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/30(日) 21:27:48.68

    ちなみに別荘地は、まともなところは、管理費で、道路と駐車スペースまでは完璧な除雪をしてくれる。
    駐車スペースから玄関は、別途有料だけど、管理事務所で請け負ってくれるよ
    家の掃除から何までやってくれる(有料ね)

    これが、分譲マンションなどと違うところ。
    分譲マンションは管理人とかコンシェルジェとかいうけど、家の掃除はやってくれない
    あくまで共用部のみ

    でも別荘は金持ち用なので、金さえ払えば何でもやってくれる。


    441 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/09/01(火) 20:55:43.91

    別荘地と宅地の比較

    (1)別荘地
    ・うざい町内会がない
    ・ゴミは基本的に24時間
    ・お客様待遇
    ☓しかし、管理費必要、ディベロッパーが倒産すると弁護士介入で大混乱

    (2)宅地(田舎)
    ・基本的に市民と同等のサービスが地方自治体から受けられる
    ・固定資産税の評価額が妥当
    ・地元民と融合できる
    ・地元のお祭りや行事に参加できる
    ☓別荘利用でも、町内会自治会に入れと言われる(地域による)
    ☓ゴミ集積所が曜日の朝のみ
    ☓掃除当番
    ☓わけのわからない寄付金、地域によっては他人の葬式の雑用までやらされる

    結論、金があるなら別荘地。
    金はないけど、愛想がるなら、一般住宅地




    774 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/10/16(金) 13:45:34.46

    スキー場隣接だと思って買ったらスキー場倒産っていうオチもあるしね
    湯沢にもいっぱいあるよ
    石打丸山の北側に2つ廃屋だらけの残骸がある

    たぶんペンションか別荘と思われる残骸が、あるんだけど、
    この人達は、何処に言ってしまったんだろうと思う
    ペンションサイズでバブル時代、6000万オーバーだったんじゃないかと思う
    それが、今は無価値

    言ってみると、スノーモービル使って、まだ住んでいる人はいるみたいでした
    http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/ski/1434758230/

  21. 21 777


    「空き家大国ニッポン」のゾッとする近未来〜首都圏でさえこの惨状… 無計画な開発の果てに
    2017.03.10 藻谷 浩介,野澤 千絵 現代ビジネス
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51118


    藻谷 
    湯沢町(新潟県)が典型ですね。都市計画もないスキー場エリアで、バブルの頃に林立した超高層のリゾートマンションの部屋が、今は超格安で売りに出ています。




    野澤 
    そうですね。あのリゾートマンションはいまや100万円でも売れない状態でしょう。結局、持ち主にしてみれば資産価値は暴落しても、古くなった家電製品のようにどこかに廃棄することもできない。

    所有権がある以上、固定資産税や管理費・修繕積立金という支出だけは負担しなければならない。ものすごい重荷になっているはずです。



    藻谷 
    湯沢のいくつかのマンションでは、水回りが老朽化しているために、蛇口から出る水道水も飲用には堪えず、住民はペットボトルの水を買っていると聞きます。



    藻谷 
    実際には開発業者はそんな超高層住宅の末路は知っているのです。でも「買う奴がいるのだから、今売れればいい」という「売り逃げの論理」で突っ走っているんです。
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51118?page=4

  22. 22 777


    築35年を超えたマンションは何処でも必ずこうなる:


    映画『仄暗い水の底から』 2002 東宝
    http://www.bilibili.com/video/av7183201/
    http://yume551.com/japanesefilm/1658.html


    監督 中田秀夫
    原作 鈴木光司 『浮遊する水』
    脚本 中村義洋 鈴木謙一


    出演者

    ■松原淑美(演:黒木瞳 )
    離婚調停中。
    仕事をしながら一人娘・郁子の面倒を見るため、幼稚園の近くの物件に引っ越してきた。郁子が生まれる6年前まで大手出版社の校閲を担当していたが、小説の残酷な内容に精神的にダメージを受けてしまったことで精神科へ通院していたり、幼少期の頃両親が離婚したことがきっかけで一時的に夢遊病になっていたという過去がある。現在はそれらの症状は回復しているが、少々ヒステリックな面もある。娘への愛は人一倍強い。


    ■郁子
    (演:菅野莉央→16歳:水川あさみ)
    もうすぐ6歳になる淑美の娘。引っ越してきたマンションの屋上で赤いカバンを拾ってから、徐々に見えない友達に向かって独り言をいうようになる・・・。

    ■河合美津子(演:小口美澪)
    2年前の7月14日に行方不明になった女の子。郁子と同じ幼稚園に通っていた。のちに、淑美たちの上の階の部屋に住んでいた事が判明する。

    ■浜田邦夫(演:小日向文世 )
    淑美の元夫。
    郁子の親権を争っている。
    目的の為なら淑美を貶めるようなことも平気で言う辺り、あまりいい性格をしているとはいえない。昨今では優しいおじちゃん役が多い小日向さんには珍しい陰湿な役。

    ■大田(演:徳井優)
    淑美たちに新居を勧めた不動産屋。
    いかにも不具合が多そうなマンションの管理をじーちゃんにまかせっきりにしたりと色々といい加減。

    ■神谷(演:谷津勲)
    マンションの管理人のじーちゃん。
    「水漏れしまくってる」という苦情を「日誌につけとく」だけで済ませたダメ管理人。

    ■岸田(演:小木茂光)
    この映画の良心。
    郁子の異変や部屋の異常な水漏れ、マンションの周囲に感じる美津子の気配に追い詰められていた淑美の、最大の味方となってくれる弁護士。上記のダメダメ管理人&不動産屋コンビに一矢報いてくれるシーンは映画唯一のスッキリシーン。




    娘を守る、それ以外は何も望まない。

    高校生になった私(イクコ)は
    たまたま友達と
    小さい頃に住んでいた土地を訪れた。

    昔通っていた幼稚園は
    今も当時の面影を
    そっくりそのまま残していた。

    実は私には
    幼稚園に居た頃の記憶は
    ほとんどない。

    あるのは母と二人でこの土地に移り、
    短い間だけ母と二人だけで生活していたという
    わずかな記憶があるだけだ。

    私はなんとなく、
    当時、母と住んでいたマンションを訪れてみた。

    現在のマンションは廃墟となり、
    所々がボロボロで
    とても人が住めるような環境ではない。

    「ここかな?」と
    母と住んでいた部屋の前に立った。

    部屋の玄関前の表札は今もそのまま。
    私と母の名前がはっきりと残されていた。

    私がここに来るのは10年ぶりのはずだ。

    しかし何故だろう、私は知っている。

    この玄関の扉の鍵が開いている事を。

    そしてこの扉の奥で
    私が来るのを
    待っている人がいる事を。

    私を・・・。
    命をかけて守ってくれた
    大切な人がいる事を。

    これは私が幼い頃に母と体験した出来事。
    そしてそれを思い出すまでの物語。
    http://ameblo.jp/king1191985/entry-12055650625.html



    中田監督の描く"水"の恐怖

    日常に最もありふれている「水」を通じた怨念を、前作の「リング」よりも一層静かに描いている作品。音でびっくりさせたり幽霊がばーん!と登場するような派手な演出はなく、恐怖演出に使われるのは行方不明になった少女の幻影と、あとはひたすら「水」のみ!

    コップの中に浮かぶ髪や、蛇口から出続ける濁って汚いらしい水の描写は、生理的にイヤな人にはゾクゾクものだと思う。

    個人的には水の描写だけではなく、嫌な感じに黄ばんだ壁紙、屋上の古い貯水槽・・・という、独特な空気感を持つ「コンクリートマンション」が舞台にしていたのがツボ。

    建物全体の空気が冷たく重く湿気っているような、普通のマンションとは少し違う、どこか異空間めいたあの雰囲気は、このホラー映画ならではの特別なものだと思う。
    http://b9life.hatenablog.com/entry/2016/03/12/213931

  23. 23 777


    高層マンションは絶対に買ってはいけない


    藻谷 
    湯沢町(新潟県)が典型ですね。都市計画もないスキー場エリアで、バブルの頃に林立した超高層のリゾートマンションの部屋が、今は超格安で売りに出ています。




    野澤 そうですね。あのリゾートマンションはいまや100万円でも売れない状態でしょう。結局、持ち主にしてみれば資産価値は暴落しても、古くなった家電製品のようにどこかに廃棄することもできない。

    所有権がある以上、固定資産税や管理費・修繕積立金という支出だけは負担しなければならない。ものすごい重荷になっているはずです。



    藻谷 湯沢のいくつかのマンションでは、水回りが老朽化しているために、蛇口から出る水道水も飲用には堪えず、住民はペットボトルの水を買っていると聞きます。




    住宅業界の人が買わない物件


    藻谷 実際には開発業者はそんな超高層住宅の末路は知っているのです。でも「買う奴がいるのだから、今売れればいい」という「売り逃げの論理」で突っ走っているんです。

    東京都心に急増している分譲タワーマンションの多くは、近い将来、高齢者が詰まった「新・山村」になって、その処理は大きな社会問題になります。その頃になって製造物責任を問われるのは、売り逃げを図った不動産会社ですよ。




    野澤 だから、建築や住宅業界の人はほとんど、タワーマンションを買ってないですよね。




    藻谷 そう、住宅業界の人は超高層物件を買わない。私も家は買っていない。首都圏の家を買うリスクは大きすぎます。




    野澤 タワーマンションは修繕コストも膨大になります。大規模修繕や建て替えの際に住民の意見をまとめなくてはならないけれど、何百世帯もの合意を得るのは非常に難しい。




    藻谷 消防車の梯子が届かないような高さの建物の修繕はかなり技術的にハードルが高い。湯沢町のように、十分な修繕ができない「立ち腐れ超高層」が激増するでしょう。そして、劣悪な状態になったマンションであっても、居住者は税金や管理費・修繕積立金を負担し続けなければならない……。
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51118?page=4



    超高層マンションは買ってはいけない 2005年01月14日


    今日は、建築工学科の高瀬先生をつかまえて、面白い話ができた。

    なぜか超高層マンションの話になって、私が、「超高層マンションの苦情って、どんなものがあるか知ってる? 実は、高層階ほど戸境壁が薄くて隣の音が聞こえやすいのよ」(私)


    「なるほどたしかに超高層の戸境壁は、通常のマンションのようにコンクリート造ではなくて、石膏ボードですからね。でも、超高層用の特殊な石膏ボードで、防音性能も悪くはないはずですよ」(高瀬)。


    「いやいや、そんなふうに販売業者は説明するけれども、実はウソで、たとえば、通常の12階建てくらいのマンションから“(眺望のすばらしい)憧れの超高層”で、引っ越しした人の大概の感想は隣の住戸の音がうるさい、ということなのよ。そりゃそうだよね。30階、40階、50階にもなれば、薄い壁にして軽くしないと大変な鉄骨の量(と重さ)になるものね」(私)


    「そういえば、普通のマンションから超高層に引っ越しした人で、『(隣の住戸が)やかましい』と言って一日で出て行った人がいるって聞いたことがあるな。そもそも超高層階だけではなく、柔構造の鉄骨造だと低層階であっても戸境壁は石膏ボードですからね」(高瀬)


    「でしょ。『特殊な』石膏ボードって言ったって、所詮、石膏ボードにすぎないからね。普通のマンションなら、今どき最低でも15センチ厚くらいのコンクリート壁だから、防音性能ははるかに高い」(私)


    「たしかにコンクリート壁に比べれば、全然ダメですよ。特殊な石膏ボードと言っても、超高層のホテルなんかで使われているものですよ」(高瀬)


    「でしょ。だって、ホテルの戸境壁って、隣の音よく聞こえるじゃないの。仲のいい若いカップルなんかが泊まっているととんでもない音まで聞こえてきて、こちらまで、アダルトビデオチャンネルを見る羽目になったりする。それは石膏ボード(=超高層)のせいだよ。たぶん超高層ホテルのアダルトビデオ視聴率は鉄筋中層ホテルの視聴率よりも高いんじゃないの」(私)。


    「それは知りませんけど(笑い)、たしかにホテルは聞こえやすいですよね」(高瀬)


    「そうだよ。通常のマンションは、上下の音は少し聞こえるにしても、左右の隣接住戸の音が聞こえるということはまずあり得ない。下手な戸建て住戸よりもはるかにプライバシーは保てる。私は東京へ出てきて以来25年以上マンション暮らしだけれども、隣接住戸の音が聞こえたことなど一度もない。万が一聞こえるとしたら開けっ放しのテラスの窓から(隣接住戸どうしが、テラス側の窓を同時にフルオープンにした場合)であって、戸境壁の向こうからではない。ところが、その快適感覚で、超高層を買ってしまうととんでもない後悔をすることになる。特に眺望(の悪さ)は顔を背ければ、無視できるけれども、音はどこにいても聞こえる。耳をふさいで生活することなどできないから影響大だよ。音は、4次元。つまり空間を超えている」(私)


    「音の方が、人間の心に与える影響が大きいんだよ。聴覚障害児と、視覚障害児では、聴覚障害児の方がはるかに知能の発達に悪影響を与える。それだけ、聴覚は心や精神のありようと密接な連関がある。不快な風景よりは不快な音の方がはるかに人はいらつく。その逆にヘーゲル
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%8...


    は、だから、視覚の対象としての絵画よりも、聴覚の対象としての詩(音読されるものとしての詩)の方を芸術としての高度だとみなしたのよ。ヘーゲルもまた、精神と聴覚との関係を重要視したのよ。風景(の善し悪し)なんて、それに比べればはるかにどうってことないものなのよ。

    三重苦のヘレンケラー(http://www.helenkeller.or.jp/hkstory.htm

    だって、生後2年間くらいは、聴覚が生きていた。これが彼女の“奇跡”の秘密」(私)


    「たとえば、超高層マンションでは子供はまともに育たない。それは大地の自然性から離れるからと言うよりも、音から離反するから。超高層だと、まず自然の音が全くなくなる。鳥や虫の鳴き声、雨の音、雨の草葉に落ちる音などがまず全く聞こえない。人工的な音ばかりに包囲される。私の息子の太郎に、私の家内が添い寝して寝ていた頃(太郎が4才くらい)、家内が面白いことを言っていたことがある(このときには5階建ての5階に住んでいた)。太郎に聞こえていない音がある、と。

    添い寝していて雨が降り始めた、“その”音が家内の耳には聞こえているのに、太郎には聞こえていない。

    『太郎君、虫がたくさん鳴いているよね』

    『どこで』

    『いっぱい鳴いているじゃない。リーン、リーンって聞こえないの』

    『聞こえないよ』。

    『あっ、雨が降ってきた』

    『なんでわかるの』

    『雨音がするじゃない』

    『聞こえないよ。天気予報テレビで見たんでしょ』

    『今音がしているじゃない』

    『ウソだって』。


    家内はびっくりしたらしい。だから、早稲田大学に現役で入学しても(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=268.124.54)、我が息子、太郎はどこかで精神障害者なのよ。絶対にどこかでつまずくと思うよ」(私)。


    「私の太郎は、2才になる直前まで14階建て14階のマンション。2才から13才まで5階建て5階のマンション、13才からは9階建て8階のマンション(今)に住んできたけれど、幼少時にマンションに住むのはその意味で絶対によくない。私と家内なんかは大学までは通常の(いなかの)一軒家だったから、夏や秋の田畑からの虫の音の大合唱を聞いて育ったし、雨音は葉っぱに落ちる音が最高だというのもよく心得ている。その意味でマンション生活の悪影響は少ないけれども、それが小さいときからしかも超高層なんかだとたぶん大人であっても精神異常になるに違いない」(私)。


    「住まうということは、何も空間的なばかりではない。人は、音の中にも住んでいる。風景の中よりもはるかに音の中に住んでいる。低層住宅が眺望を奪う以上に、超高層は音を奪う。しかも音の方がはるかに人間の精神や心に影響を与えるとすれば(いかさまの心理学 ― 心理学そのものがいかさまだが ― だけではなく、ヘーゲルだってそう言うのだから正しいのだろう)、超高層の自然音からの疎外、隣接住戸からのノイズは、眺望の快適さと相殺しても決してゼロにはならない。むしろ大きなマイナスばかり」(私)
    http://www.ashida.info/blog/2005/01/hamaenco_5_121.html




    マスコミが報道しない高層階症候群に要注意! 2013.10.21
    http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1072.html


    6階以上に住んでいる方の20.88%が死産&流産!
    三井不動産などの財閥系が情報を隠蔽

    日本のマスコミは全く報道していませんが、高い場所に長時間滞在するのは非常に危険です。平成5年に当時の厚生省が「厚生省心身障害研究 平成5年度研究報告書」という資料を発表しました。

    この資料には妊婦に関する研究調査結果がまとめられており、東海大学医学部講師の逢坂文夫氏が発表した「住居環境の妊婦に及ぼす健康影響について」によると、

    「流産・死産の割合は、1~2階で6.0%、3~5階で8.8%、6階以上で20.88%、と高くなるにしがたい、増加」

    と記載されています。

    しかも、逢坂氏はその後も継続的にデータの収集活動を行っていますが、いずれでも同じような結果になっているのです。これは海外で「高層階病」と呼ばれており、イギリスやフランス、アメリカなどでは法律で高層マンションに対して、何らかの規制が設けられています。

    例えば、イギリスでは、育児をしている世帯は4階以上に住まないように法規制されており、「高層病」という病気の存在すら認知されていない日本とは、かなり大きな差があると言えるでしょう。

    日本にはそこら中に高層マンションが並んでいますが、それだけ多くの方が「高層階病」になっているかもしれないということです。

    日本の不動産産業というのは、三井不動産を筆頭とする財閥系や銀行、広告業界などが絡んでいます。彼らは自分が持っている不動産の価値を維持するためには何でもすると言われ、福島原発事故などでは政治家に対して相当な圧力を加えたというような話があるほどです。

    つまり、このような不動産を大量に持っている大財閥が不動産が売れなくなるのを防ぐために、裏からマスコミを動かしているかもしれないということなのです。原発問題とも似たような構図になっていますが、日本の少子高齢化を本気で改善しようと思っているのならば、まずは高層階病などの隠された病気を減らすべきだと私は思います。


    ☆住居環境の妊婦に及ぼす健康影響について
    URL http://www.niph.go.jp/wadai/mhlw/1994/h061004.pdf

    http://saigaijyouhou.com/img/kousoubyou102101.jpg/
    http://saigaijyouhou.com/img/kousoubyou102105.jpg/
    http://saigaijyouhou.com/img/kousoubyou102102.jpg/
    http://saigaijyouhou.com/img/kousoubyou102106.jpg/
    http://saigaijyouhou.com/img/kousoubyou102107.jpg/


    ☆マスコミが報道できない「高層階病」の実態 6階以上&33歳以上で44%流産
    URL http://www.mynewsjapan.com/reports/1348

    引用:
    次々と建設される超高層マンション。住環境と病気との関係についてはシックハウス症候群や化学物質過敏症が知られているが、高層階の居住が、流産、死産、神経症、低体温など各種病気の要因になっていることは、ほとんど知られていない。背景には、三井不動産を筆頭とする財閥系からリクルートまで、デベロッパーを巨大広告主に持つマスコミが報道できない構図がある。

    このほど『コワ~い高層マンションの話』(宝島社)が発売となり、帯には「33歳以上の約7割が流産の経験」などとあるが、真偽はどうなのか。著者である東海大学医学部の逢坂文夫講師(基盤診療学系・公衆衛生学)に、医師の三好基晴氏が話を聞いた。

    医学的な正式診断名ではないが、高層階に住むことによって生じる各種病気を、便宜上、この記事においては「高層階病」と名付ける。逢坂氏は、この高層階病について、横浜市内の3ヶ所の福祉保健センターを対象に、16年以上にわたって継続的に調査を続けている。

    ◇想定外の調査結果から始まった

    ―――高層階病の研究を初めて発表したのはいつ頃でしょうか。

     高層階の住居の健康被害についての研究発表をしたのは1994年です。「厚生省心身障害研究 平成5年度研究報告書」(現在の厚生労働省は当時厚生省)に「住居環境の妊婦に及ぼす健康影響について」のタイトルで私が研究報告しました。

     横浜市の3つの福祉保健センター(当時の名称は保健所)において4ヶ月健診を受けた母親の中で、第一子のみを出生した人だけを対象に行いました。このときの調査の母数は461人でした。

     流産・死産の割合は、1~2階で6.0%、3~5階で8.8%、6階以上で20.88%、と高くなるにしがたい、増加していました。その後継続的な調査を行い追加データを取っていますが、ほぼ同じような割合で推移しています。
    http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1072.html



    タワーマンションの高層階に住むのって健康に悪いですか?|マンションコミュニティ 口コミ掲示板・評判
    https://www.e-mansion.co.jp/bbs/thread/3262/res/1-2000/



    タワー型マンションに住む危険性 健康面でリスク? なぜか役所も沈黙
    2015.09.27 本当は教えたくないマンション業界の秘密 榊淳司 夕刊フジ

     マンションと呼ばれる住宅は、そのほとんどが3階以上の建物だ。20階以上の場合はタワーマンションと呼ばれる。

     首都圏では、新築で販売されるマンションの戸数にして4分の1が、そのタワーだ。果たしてこれは歓迎すべきことなのだろうか

     一戸建て住宅は独立しているのに対して、マンションなどはいくつもの住戸が集まっているから「集合住宅」と呼ばれる。なかにはこれを「コンクリート長屋」と揶揄する人もいる。

     都市では土地に限りがあるので、多くの住戸をつくる場合は集合住宅が効率的だ。その権化のような存在がタワーマンション。限られた土地に大量の住戸をつくることができる。そして、多くの人がこれに憧れている。

     実は、先進国の中でタワー型を盛んにつくっているのは日本だけだ。特にヨーロッパではほとんどの国が高層住宅を半ば禁止している。例えば、イギリスでは1970年に「高層住宅に住むことは子供の健全な発育を阻害する」という調査が出て以来、ほとんどつくられていない。

     日本でも10階以上に住む33歳以上の女性は1~2階に住む27歳以下の女性に比べると、流産の危険性は約12倍という調査結果が出ている。これは95年に公衆衛生学が専門のある研究者が、当時の厚生労働省からの依頼を受けて行った調査結果の一部だ。ほかにも、高層階に住むことによる健康面での危険を示唆するデータがいろいろと出ている。

     こういった調査結果はマンション業界はもちろん監督官庁の国土交通省や厚労省に、意図的に無視され続けている…としか思えない。だから、今日も大量に建築され続けている。

     ただ、住み始めてから健康面での不調をきたし、転居する人もいると聞く。例えば、日本のタワー型は地震に備えた柔構造になっている。地震の揺れをしなやかさで逃す構造だ。そのため、地震でなくても上層階は風で微妙に揺れている。コップの水は波打たないが、お風呂にお湯を張ると分かるという。

     また、高速で上下移動するエレベーターには軽いG(重力)がかかっている。さらに100メートル上空と地上では気圧も違う。タワー型の住人は、そこを1日に何回も行き来する。普通の大人は平気だろうが、妊婦や子供にとって影響がないとは言い切れない。

     だからこそ、ヨーロッパの先進国ではタワーマンションに厳しい規制がかかっているのだろう。

     確かに、タワー型の上層階に住むメリットはある。しかし、それを手放しでは喜ばない方がいい。健康面でのリスクを、売主企業や販売担当者は絶対に教えてくれない。日本の場合、なぜか役所も沈黙している。消費者は自衛するしかないのだ
    http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20150927/ecn150927083000...



    708 :山師さん:2014/04/01(火) 22:20:51.34 ID:KR7LjVve

    タワーマンションは軽くするために床材壁材ぺらぺら。

    上下左右・水洗の騒音で金のある人はすぐ出て行くが、-2、3000万でしか売れないのでローンで買った貧乏人は出て行くこともできない。

    鉄骨の溶接は時間をかけずにすぐ接着。地震の時は切断して倒壊。(阪神淡路)

    マンションの九割が欠陥で地震で倒れる。(東京)


    709 :山師さん:2014/04/01(火) 22:26:51.07 ID:lhjaUMnJ

    タワーマンションは強度を上げるために柱は極太、壁は極厚で防音性能は極限まで高い。

    ってイメージなんだが?


    716 :山師さん:2014/04/02(水) 09:08:50.63 ID:OMVo2hL4
    >>709
    高層タワーの柱が折れることはないが、戸境壁はハンマー1つでぶち抜けるぞ
    防音性能も最強だが、所詮集合集宅だ・・・察しろ


    722 :山師さん:2014/04/02(水) 19:32:30.66 ID:UveKSsO8

    >壁は極厚で防音性能は極限まで高い。


    こういう勘違いが多いんだよな。

    99%のタワマンは、構造上の制限で、隣との間の壁が石膏ボードだから、だれかがうっかり壁にハンガーでもつけようと思って穴を開けるだけで音がダダ漏れ。

    地震でタワーが歪んで揺れを吸収すると、石膏ボードは変形できないから隙間があいて、割れたり、音が漏れるようになる。

    だから、タワーでなくて、ちゃんと壁がコンクリートのマンションの高層階がけっこう人気。



    726 :山師さん:2014/04/03(木) 01:08:18.77 ID:ZZpcyZzT
    >>722
    角部屋ばっかり意識しすぎて、うちの隣の壁はペラペラだわ。
    幸い隣が静かだから音は聞こえないけど。

    通路の壁は厚くて部屋の壁だけ薄いんだよね。ほんと油断。


    727 :山師さん:2014/04/03(木) 01:40:05.44 ID:MvqPSEzX

    マンションは騒音怖いなあ


    728 :山師さん:2014/04/03(木) 01:56:38.77 ID:ZZpcyZzT

    うちは上がクッソうるさい。
    自分が慣れてるから普通に暮らせるけど。

    怖いのは逆でこちらの音が相手側に行くことなんだよね。
    神経質な人かもしれないし。
    相場と一緒で無駄なトラブルは避けたい。



    790 :山師さん:2014/04/08(火) 05:17:33.70 ID:jU9oBvfm

    オレの住んでるタワマン

    夏は窓全開で外出できるから気持ちがいい。
    素っ裸でバルコニーにでてもok。やらないが。

    ちなみに30階前後に住んでるが、寝室の壁は薄い。

    隣のくしゃみ、掃除機かけてる音、話声きこえる。
    幸い隣人が静かでストレスはない。壁はパンチで穴が開きそうだ・・・。

    別のリビング側の隣は全く音がしない。
    壁がコンクリート?で少なくともパンチで穴は開かない。ハンマーでも無理だろう。


    791 :山師さん:2014/04/08(火) 05:21:21.99 ID:JFWLEDvi

    タワマンこえーな
    やっぱRCか


    794 :山師さん:2014/04/08(火) 07:00:32.51 ID:mUqwbAd+

    地方の人から見たら、儲かったら都心のタワマンって固定観念を持ってる人が多いんだが、東京の人は逆に都心のタワマンを避ける人がけっこう多い。

    タワマンが建てられる都心の広大な土地は多くが元倉庫とか埋立地。
    だから環境が悪かったり、深夜もトラックがびゅんびゅん通ってたりして、夜、散歩に出たいとは思わないとこが多い。 ペットの散歩でも、産業道路を歩くのは気分が悪いし。


    また、壁が石膏ボードだから隣の音ももちろん心配。

    地震があると揺れて振動を吸収するしくみだから、石膏ボードに隙間があく。

    この前の地震では隣との間の石膏ボードが割れたとこもけっこう出た。

    また風による微振動があったり、外に出るのがめんどくさくなって外出が減るという統計もあり、得に子供の影響は深刻。

    『高層マンション症候群』でぐぐると、けっこう怖いよ。

    また、田舎の人は、都心が一番便利だと錯覚してる人が多いんだが、
    基本的に東京の都心はビジネスタウンで、郊外がベッドタウン。

    スーパーの規模もホムセン、ドラッグストアの規模も圧倒的に郊外のほうが規模が多く、競争も激しく値段も安い。

    あと、実際に何十年住む場合は、駐車場のコストもだれでも考える。
    たとえば、4万円で45年住むとすると、あんまり車に乗らなくても45年で2100万円も駐車場代を取られる。もちろん自転車もバイクも高いし。

    実際に買う人は、こういうの真剣に考えるんだよね。

    おれもパッと見ていいな、って物件を何度か見に行ったけど、環境が悪いとこがかなり多い。


    887 :山師さん:2014/04/11(金) 19:36:47.20 ID:B9WD1ijd

    高層ビル症候群とかタワマン症候群と言われる症状の中に微妙な揺れによる三半規管のめまいがある。


    「タワーマンションの高層階は健康に悪い」と言われる3つの理由


    ・日常揺れる環境に置かれる

    免震構造のタワーマンションならば、強い風やちょっとした地震でもマンション全体が揺れることがあります。マンションの構造にもよりますが、上の階が揺れやすくなっていることが多いので、高層階になればなるほど、揺れを感じやすくなります。
    体の平衡感覚をつかさどる三半規管が弱い人にとっては、日常揺れる環境に置かれることを苦痛に感じるかもしれません。


    ・気圧の変化が大きい

    50階前後のタワーマンションならば、最上階の高さは200mほどになるので、地上と比べて気圧がかなり低いです。
    その為、気圧の変化で起こる耳鳴り、めまい、不眠の症状が出やすくなります。
    また関節痛、腰痛など気圧が影響して痛みが出る症状を持っている人は、エレベーターの乗り降りで負担がかかり、痛みが増すこともあります。


    ・空気が悪くなりやすい

    タワーマンションの近くに、工場地帯や高速道路、高層ビルがあるような所だと、上の階でも空気がよくありません。
    空気や煙は上へ上へと登っていくので、排気ガス、光化学スモッグ、排煙の被害を受けやすくなります。また高層ビルが乱立する所だと、風通しが悪いので、 汚れた空気が停滞しがちです。
    http://anago.2ch.net/test/read.cgi/stock/1378818423/



    91 :山師さん:2013/12/08(日) 11:25:30.14 ID:MHow7qGr

    日本のタワマンはほぼ100%、隣との間の壁は、アパートと同じ石膏ボードだよ。
    数億円のマンションでも同じ。

    低層階にかかる重量の関係で、コンクリートを使うことができない。
    だから壁にネジを打つこともできないし、地震なんかでボードがずれると音が全部漏れる。


    93 :山師さん:2013/12/17(火) 19:32:48.29 ID:AatVRfkC

    タワマンは建物全体がしなってゆれることで耐震性が出るのが、そのしなりで
    壁がゆがむんだよ。
    3.11のときにも、東京や神奈川のタワマンでは乾式壁、つまり石膏ボードの壁、つまり隣の住居との間の壁がけっこう壊れた。

    『集合住宅管理新聞』  建物相談会

    超高層マンションに住んでいます。今回の大地震で室内の壁紙が破れてしまいました。内装業者に壁紙の張替えを頼んだところ、壁紙が破れたのは下地のボードのずれや割れが原因で、下地ボードの取替や補修も必要であると言われました。
     住戸内間仕切の下地ボードは専有部だと思いますが、外壁面や戸境壁面の下地ボードも専有部でしょうか?


    >タワーマンションの乾式耐火遮音壁は大きな地震で揺すられて

    石膏ボードがずれ隙間が出来かつ遮音のための吸音材も移動し遮音性能が落ちる。


    95 :山師さん:2013/12/31(火) 17:40:15.93 ID:FFOg0MIF

    タワーマンションは住む気しないね。


    99 :山師さん:2014/01/01(水) 08:26:39.90 ID:IkztgVoI
    >>93
    かといって遮音で勝る壁式構造は古いのが多いからなあ…
    購入の際に防音工事を追加せざるを得ないのかな。


    100 :山師さん:2014/01/01(水) 10:34:24.88 ID:tdAkImbu

    部屋選びの最重要項目は防音性能
    http://anago.2ch.net/test/read.cgi/stock/1378818423/




    投資家におすすめの街・賃貸・分譲マンションPart11
    http://anago.2ch.net/test/read.cgi/stock/1408498764/



    844 :山師さん:2014/11/12(水) 12:45:50.27 ID:Ny5v5xfo

    マンションは買いたいけど上の階に小さい子供がいるファミリーだったらうるさくても引っ越しできないとかリスクありすぎる

    URならその場合でも同じマンション内で移動できるからね

    前は分譲賃貸を借りてたけど、

    隣が***だったり怪しい朝鮮人家族だったり、

    隣が貸しスタジオでアダルトビデオ撮影が連日行われていてドタドタやアエギ声が聞こえてきて最悪だった

    住んでいた持ち主もこれじゃあ賃貸に出すわなと思った



    845 :山師さん:2014/11/12(水) 15:17:05.46 ID:SqjRLK73
    >>844
    賃貸内覧では、そのすごい状態はわからないもんなのかな
    だとしたらそこ購入した人いたら気の毒すぎる話だね


    846 :山師さん:2014/11/12(水) 17:11:54.51 ID:Ny5v5xfo
    >>845
    普通は部屋を見てよかったら決めるでしょ

    大事なのは部屋より上下左右の住人だということを学んだから怖くて買えないよ
    隣人は調べようがないからね

    これは結婚と似てる
    女の堕胎歴はしらべようがない

    マンションは賃貸にしておいて、買ったと思って毎月分配型リートでも少し買っておこうかなと思ってる



    849 :山師さん:2014/11/13(木) 12:36:58.05 ID:sPmtwPHM
    >>846
    家買う時の最大のリスクは隣人だよな。

    特にマンションだとできるだけ接触しない間取りにしないと後悔するわ。
    長屋タイプ、特に両隣がある奴、あれが一番ダメ。



    18 :山師さん:2014/08/23(土) 04:50:12.12 ID:FFE6++DH

    賃貸は**が引越してきた時にすぐに別のところに移れるのはでかい
    そこそこ家賃高くても運悪いと**にあたるし


    777 :山師さん@トレード中:2014/11/04(火) 11:56:19.12 ID:chr5XdEO

    買った場合の外れ物件を掴まされた時のリスク

    特に隣人が「後で」入居してキチガイだった場合

    売ろうとしても思うように売れない流動性リスク

    こういうのを考えると賃貸の方が…とならないか?


    855 :山師さん:2014/11/13(木) 16:34:02.93 ID:EUqizCYs>>849

    そのとおり。
    あとは地域かな。

    賃貸業の合言葉に足立区江戸川区葛飾区荒川区江東区だけは絶対にやめとけというのがある。

    前科者や精神異常者ばかり住んでるからね。

    家賃と民度は比例するのは間違いない。

    あとは芸能人が多く住むマンションもだめだね、薬物中毒者が多い。

    喫煙率が異常に高いからベランダでタバコ吸いながら携帯で大声で長電話される。
    うるさいわ臭いわ最悪。

    物静かな常識人が多く住むマンションがいいね。



    856 :山師さん:2014/11/13(木) 16:48:51.09 ID:EUqizCYs

    マンションって静かな隣人とうるさい隣人にはっきりと分かれるね。

    今住んでるタワマンは両隣は静かだし上も静か。

    前は上がうるさいからポストに不幸の手紙を入れといた。
    騒音はピタリと止まり、数ヵ月後に引っ越した。


    ただ隣の夫婦がたまに夜中に取っ組み合いの大ケンカするのがうるさい。
    暴れて旦那が暴力ふるってる。

    奥さんは決まって「顔だけはやめて」と叫ぶからかわいそう。

    防音壁なのに叫び声は丸聞こえなんだよね。
    だけどケンカって聞いてると面白いんだよなぁ。


    864 :山師さん:2014/11/13(木) 20:55:20.03 ID:EUqizCYs>>863

    自分も同棲してた時に彼女とケンカはしょっちゅうしてたから気持ちもわかるし、たまにだから我慢してる。

    同棲時代は俺のひざ蹴りが彼女の鼻に入って鼻血が吹き出して止まらなくなり救急車を呼んだ。

    鼻の動脈が切れて鼻骨も折れてた。

    彼女には流産もさせてしまい、精神病も発症、悪いことをした。

    だけど彼女は酒を飲むと必ず絡んできて難癖をつけてくるんだ。

    二言目には株なんかやめて真面目に働けと説教してくる。

    何かにつけて俺の高卒を小馬鹿にして、自分の大学時代の自慢話をする。

    株で含み損があると、なんであんな高値掴みしたんだとケチをつけてくるし。

    ずっと我慢してたが、ライブドアショックで追証になり金を貸してくれと土下座までさせられたのに

    「アンタには、びた一文貸せないから」

    と言われてぶちギレた。

    普通は貸してくれるだろ。黙って通帳を差し出すだろ?

    やっぱり女は安定した仕事を望むんだな。

    それと、気の強い女はだめだ。
    今頃公務員の男とでも結婚してるんだろうな。
    そういうことをいろいろ思い出しながら隣の夫婦喧嘩を聞いてる。


    873 :山師さん:2014/11/14(金) 07:37:59.55 ID:Y4YPzRVo

    マンションは、確かに隣人、或いは上下の階の住民次第

    上の階の住民が、毎日、ゴルフの練習をしてる
    パターやアプローチを打つと、ボールの跳ねる音がコンコンうるさいw

    それ以外にも、子供の叫び声など、夏に窓を開けると筒抜けなんだよな


    874 :山師さん:2014/11/14(金) 07:51:40.01 ID:Bbju6vWE
    >>873
    部屋の中でゴルフやってるの?凄いなw


    881 :山師さん:2014/11/14(金) 18:44:06.02 ID:mRKk24ul
    >>874
    前に住んでいたアパートは上の階に力士が住んでた

    毎日四股を踏むからドスンドスンと凄い音がした。

    最初は原爆が落ちたのかと思うくらいビックリした。
    その後は床が抜けて力士が落ちてこないかヒヤヒヤした。

    もちろんすぐに引っ越したよ。
    仕事だから苦情も言えないし、それからは墨田区だけは住まないと決めた。



    880 :山師さん:2014/11/14(金) 18:40:11.28 ID:xr7sNDXI

    昔、貧乏学生だったころ、1階の6畳一間の自分の部屋で夜中の2時に爆音で音楽流してたら、2階に引きこもってた男がキレて部屋に入ってきたときは怖かった。
    すまん、反省はしている。


    610 :山師さん:2014/10/09(木) 20:33:56.76 ID:sOtMqL63

    マンションは他人が出す音が聞こえるから駄目。
    一戸建てしか住む気はない。


    892 :山師さん:2014/11/15(土) 12:46:24.19 ID:DsJGk+k1

    マンション買うなら最悪でも上下左右が防音工事可能な物件じゃないとどうにもならんな。
    そんな工事自体不要なところが最善だが。



    350 :山師さん:2014/09/15(月) 08:42:57.91 ID:rmXfF04X

    掲示板を読むとよい,不満の多くは近隣の騒音や出入り時の利便性と住人の質だよ


    353 :山師さん:2014/09/15(月) 11:08:42.53 ID:KmIF1CTJ
    >>350
    特に近隣の騒音と住人の質
    この2つだな。

    家やマンションを買う時の最大のリスクは隣人。

    これだけは失敗の許されないギャンブルだからな。
    出来るだけ接触が無いようにできればベターだが。


    351 :山師さん:2014/09/15(月) 09:10:48.16 ID:YQW2xsL0

    どの地域でも、高級住宅地とそうでない地区がある

    近隣の騒音や住民の質を考えたら、高級住宅地と言われる地域に住むべき

    底辺層が多く住むところは、市営団地など集合住宅が集積してる

    騒音を鑑みたら、マンションより一軒家の方が良い



    875 :山師さん:2014/11/14(金) 08:32:11.05 ID:pC/kUW12

    5000万以上出してタワマン買って隣の音が響いたら残念過ぎるな。

    しかも今はペットOKだから尚更リスク高いな。
    逆にペット禁止、シングルのみの物件とかないのかな。



    866 :山師さん:2014/11/13(木) 22:26:03.82 ID:v8Jb2NHP

    おれもマンションだけど、隣の声が聞こえたことなんて一回もないな。
    赤ちゃんが全力で鳴く声もまったく聞こえない。

    ただ、フローリングの床を、椅子がこすれる音は、コンクリの壁越しでも聞こえるけど。

    あと、やっぱり最上階が上の階の音がなくて快適。

    ただ、今は、そこそこのマンションなら、床が二重になってるから、そういうのは、上階の音はそんな気にならんよ。

    あと、タワマンは構造上、隣との間がアパートで使ってる石膏ボードをちょっと厚くしただけのものだから、防音性能も落ちるし、やっぱりコンクリのマンションのほうが安心感がある。



    867 :山師さん:2014/11/13(木) 22:53:59.49 ID:ab1EaKD9

    タワマンの壁って石膏ボード程度なの?
    コンクリじゃないの?


    868 :山師さん:2014/11/14(金) 00:29:49.00 ID:mRKk24ul
    >>867
    タワマンは薄いよ。 古いマンションも薄い。
    だから隣人しだい。

    最上階は快適だが、どれだけ下の階に音を響かせてるかわからないし人の痛みに鈍感になってしまうからおすすめできない。

    人間偉くなるとみんな勘違いして傲慢になってしまう。
    自分もそうだったからわかる。
    株と同じもの。


    871 :山師さん:2014/11/14(金) 07:24:14.56 ID:9PRMjY4R
    >>867
    タワマンは、下層階にかかる重量の制限で、高級物件でも隣の部屋との間の壁は、アパートと同じ石膏ボード。

    体当たりすると割れるし、釘で穴を開けるだけで音が漏れる。

    ただ、アパートよりは防音材を多く入れてることは入れてるけど、地震なんかで隙間ができると、隣の音がダダ漏れになったりひび割れになったりする。

    だから、コンクリートで安心できる10階建てくらいを選ぶ人が多い。



    878 :山師さん:2014/11/14(金) 15:45:36.76 ID:jSP7soI7

    タワマンはグラスウールを壁に波形に入れてたりするとこある
    コンクリート壁のちょい厚め同等防音クラスにもってけたと思う
    いくらなんでも石膏ボード「だけ」ってタワマンないと思ってたけど…あるの?

    音は、下と上はほぼ一緒。
    下の方は地上の音入ってくるけど、
    上は広い範囲全て拾うから、騒音大きさとしては同じと、テレビで騒音研究してる人が解説してた。



    876 :山師さん:2014/11/14(金) 11:28:47.77 ID:5cPx1nWx

    このスレではFAQだけど、コンクリと中空ボードの遮音性能は変わらない

    ただし周波数ごとの遮音性能は異なるので、コンクリだと重量・軽量衝撃音、ボードだとピアノ・オーディオの音は防げなかったりする

    そんなことより、窓からの騒音の方が気になる
    高層階ならもっと静かなのだろうか?


    877 :山師さん:2014/11/14(金) 15:26:04.13 ID:vavwAzp/

    薄くても遮断性は変わらないって事なら
    上階にいけば行く程外の音をなるべく拾わないから、タワマンなら最上階か。

    設計段階から拘って一棟建てて、最上階に住んで、ペット禁止、同居禁止、怪しい奴は入居させないにすれば快適だな。



    203 :山師さん:2014/09/04(木) 22:35:28.21 ID:LmJi2I1q

    持家のマンションだけど最上階にすみたかった・・・・
    いいマンションなんだけどねぇ。。。


    204 :山師さん:2014/09/04(木) 23:11:27.16 ID:I5PWPfKV

    おれは前に住んでたとこが、上の階の音でうるさかったから、最上階で、3方向に窓がある角部屋にしたんだが、すごい満足。

    方向によって窓から高層ビル街、緑が多い大きい川、緑の丘陵が見えるんだが、季節で変化するのがほんとに美しい。

    ただ、真夏の最上階は、すごいよ。
    ほんとに天井から赤外線が出てくるようなかんじ。

    眺望がいいってことは太陽から遮るものがないってことで、、日の出から東側の壁面が熱せられて、アルミサッシは触れられないくらい熱くなるし



    882 :山師さん:2014/11/14(金) 19:42:43.81 ID:9PRMjY4R

    防音性能は業者のカタログに書いてあるのと現実はぜんぜん違うよ。

    もし石膏ボードのほうが防音性が高かったら、コンクリよりはるかに安いんだから、すべてのマンションは石膏になる。
    でも、10階以下のマンションは絶対にならないよ。

    壁を手で叩いたときに、ポコポコ音がしたら安物だと思うから。

    それと、タワマンは地震が起こったときに、たわんで地震を吸収するが、石膏ボードはたわまない。

    つまり、隙間が空いちゃうわけよ。

    ググルと、石膏ボードがらみの苦情は、かなり出てくると思うよ。
    地震で隣との間の壁が割れたマンションもあるし。


    885 :山師さん:2014/11/14(金) 22:33:06.02 ID:QmYXYr9d
    >>882
    じゃ、石膏ボードがたわむこと考えるなら、免震が一番いいんだ


    888 :山師さん:2014/11/14(金) 23:15:24.10 ID:A+1dxXS6
    >>882
    人気のマンションって建つ前に完売するから壁叩けないな
    http://anago.2ch.net/test/read.cgi/stock/1408498764/





    897 :山師さん:2014/11/15(土) 20:34:05.03 ID:AZ4/CT8X
    石膏ボードメーカーの宣伝

    136mmの壁厚で、厚さ260mmのコンクリート壁に匹敵
       ↓
    標準的なレオパレスの石膏ボードの厚み  150mm
    防音性を強化したモデルで175mm
      ↓
    レオパレス伝説

    ・チャイムが聞こえ今度こそはと思ったけど、やっぱり隣の部屋だった
    ・チャイムを鳴らしたら住人全員が出てきた
    ・ティッシュを取る音が聞こえてくるのは当たり前、携帯のポチポチが聞こえることも
    ・爪切りの音も聞こえる
    ・納豆をかき混ぜる音も
    ・隣二部屋を借り、「これで防音ばっちりだ」と思ったが
    さらにその向こうの部屋の音が聞こえてきた
      ↓
    タワマンの標準的な石膏ボード 136mm 厚いので150mm
    (もちろん、グラスウールの密度を高くしてるから、レオパレスよりは
    はるかに上だが。)


    業者の宣伝みたいにコンクリよりイイってのはありえんよ。


    あと、コンクリのマンションなのに、隣や上階の音がうるさいっていう人がいるけど、そもそもマンションは、分譲と賃貸マンションで、あらゆる構造が違う。
    賃貸は石膏ボードや発泡コンクリのもあるからアパートと同等のとこもあるし、床のコンクリの厚みもまるっきり分譲とは違う。


    901 :山師さん:2014/11/16(日) 01:00:34.79 ID:Q/+FLNff

    RC造でも戸境壁がコンクリートブロックとかスリット構造で漏れるとかあるからな。
    こういうなんちゃってRC造は賃貸だとよくあることだが買ってこれだと泣くに泣けない。
    中古だとこれがありうるから困る。



  24. 24 777


    高層マンションは絶対に買ってはいけない 2

    2015.09.12
    タワーマンション購入の恐ろしい話 高額な管理費や修繕費負担、中国人住人との対立

    文=牧野知弘/オラガHSC代表取締役
    http://biz-journal.jp/2015/09/post_11514.html


     タワーマンションが人気です。2011年に東日本大震災が発生した直後には一時的に売れ行きが下がったものの、人気は急回復。都内湾岸エリアを中心に、ターミナル駅前や大型工場の跡地に続々と建設されています。
     
     タワーマンションという言葉の定義は存在しません。不動産経済研究所のデータでは、地上20階以上のマンションを「超高層マンション」としています。この定義に従えば、2004年以降首都圏(一都三県)で供給されたタワーマンションは525棟、約15万8000戸となっています。

     一方で、この期間に新たに供給されたマンションは62万1000戸です。なんと首都圏でここ10年余りの期間で供給されたマンションの25%、4戸に1戸がタワーマンションということになります。

     かつてタワーマンションは超高級マンションの代名詞。圧倒的な眺望と贅沢な共用設備を売り物に一般庶民にはなかなか手の届かない存在でした。しかし、いまや新しくマンションを買う人の4人に1人がタワーマンションオーナーです。タワーマンションとしての希少性は薄くなり、もはや一般的なマンション形態になったともいえるでしょう。

     このように人気のタワーマンションですが、将来に向けて気を付けなければいけない事象が2つあります。「修繕維持費用の不足」と「区分所有者の所有目的、人種等の違いによるコミュニティ維持の困難さ」です。


    跳ね上がる管理費


     タワーマンションの修繕積立金は、どのようになっているのでしょうか。

     神奈川県川崎市内で分譲されたあるタワーマンションの事例で考えてみましょう。このマンションは階数で50階を超える超高層のタワーマンション。各住戸の面積は55平方メートルから70平方メートル、価格は6000万円台から7000万円。坪当たり単価300万円を超える高額物件です。

     このタワーマンションの管理費は1平方メートル当たり216円。修繕積立金は同87円です。70平方メートルの住戸で戸当たりの負担額は管理費が1万5000円、修繕積立金が6000円。月額合計が2万1000円ということになります。ローンの支払いはきついものの、月々の管理費は駐車場使用料もあわせて約4万円程度。なんとかなる範囲の方もいるでしょう。
     
     ところが、これにはちょっとしたカラクリがありました。修繕積立金は築年数の経過とともに自動的に上昇していく仕組みとなっていたのでした。スタート時点で87円だった1平方メートル当たり単価は5年後に2.5倍の217円、10年後347円、15年後には420円。当初設定金額の4.8倍です。70平方メートルの住戸で6090円だった修繕積立金が2万9400円にまで跳ね上がることになります。管理費、駐車場使用料とあわせて15年後には6万円を超える負担があらかじめ決定されているのです。


    販売をするデベロッパーの立場からすれば、販売時点で高額の修繕積立金を徴収することを説明すると多くの顧客が逃げてしまうことがわかっているので、あえて階段を設けて初期の負担が小さいように見せているのです。

    高額修繕費のカラクリ


     では、どうしてタワーマンションの修繕にはお金がかかるのでしょうか。

     例えばエレベーター。超高層建物だとエレベーターも高速で上昇する高性能のものが必要となります。各住戸に給水するポンプも高さ200メートルにくみ上げるには高性能のものが必要となります。最近では地震対策として非常用発電機なども設置していますが、これらは発電機自体が高額なうえに重油で作動するので重油の備蓄管理も必要となります。

     こうした設備は、最初は完璧な装備であっても寿命は20年から30年で更新時期を迎えます。高性能のうえに特注品も多い。部品などの交換にも制約があります。修繕費は必然として高額となります。設備更新時には、一般のマンションではありえないほどの高額の費用負担となることが予想されます。

     外壁工事も普通のマンションとはケタ違いにお金がかかります。通常であればタイル壁のマンションは戸当たり80万円から100万円程度の負担ですが、タワーマンションはそもそも足場を組むことができません。屋上からぶら下げるゴンドラなどでの作業となりますが、ゴンドラは小さくて作業効率が悪いうえに、高層部を中心に風、雨などの気象条件の影響を受けやすく、通常のマンションの工事に比べ工期が3倍以上かかるともいわれています。その結果、工事費は本格的な修繕ともなれば通常のマンションの数倍もかかるというようなことになるのです。

     タワーマンション自体がまだ工法が確立されていない部分もあり、ゼネコン各社が試行錯誤のなかで建設されてきた経緯もあります。さらに震災等の影響で防災等の装備も新たに付け加えられています。これらの設備にも当然維持管理のための新たな費用がかかります。大規模修繕を実際に行ったマンションの事例がまだほとんど存在しないことから、実際に現在徴収されている積立金で修繕費が賄える保証はどこにもないのです。

    スラム化の懸念も


     タワーマンションが抱えるもうひとつ厄介な問題が、住民構成です。

     ある都心のタワーマンションでの出来事です。筆者の知人であるマンション会社社員がマンション管理組合の第一回目の設立総会に出向き、役員の選任や今後の組合の活動予定などの説明を始めたときのことです。最高層部を数億円で購入した区分所有者である中国人が、彼の説明を遮って発言しました。

    「なぜ、この管理組合総会の議事進行は日本語で行われるのだ。私は中国人。このマンションの所有者の多くは中国人と聞いている。ならば総会における使用言語は中国語で行うべきだ」


    会場中がこの発言に凍りついたそうです。たしかにこのタワーマンションは東京都心で立地は抜群。特に高層部の高額の住戸はほとんどが中国人の購入。なかには数戸まとめて購入した人までいたといいます。

     世界第2位の経済大国に発展した中国は、日本の不動産に大量の投資を始めています。東京都心部などで売りに出される高額のマンションを、中国人がほいほい買っていくことは不動産業界でも話題となっています。特に中国人はタワーマンションの高層部から東京の街並みを眼下に眺めることがお好み。話題の物件ともなると、高層部の一番高い住戸から中国人投資家に順次売れていくのだそうです。

     これに味をしめたデベロッパーのなかには、都内でタワーマンションの発売を計画すると真っ先にシンガポールに出向いて中国人相手に「先行販売」をして、まず売り上げを確保する業者も珍しくありません。

     知人のマンションでは、結果的にはなんとか使用言語は日本語ということで収まったそうなのですが、その後もマンションの共用部の使用をめぐって日本人対中国人の対立が続いているそうです。

     共用施設に仲間を呼び込んで大騒ぎをする中国人。共用部でところかまわず痰を吐く、エレベーター内で食事をする親子。彼らが降りたエレベーターの中は南京豆の殻だらけといったこともあったそうです。

     中国人のなかには、修繕積立金の積み立てを拒む人も多いと聞きます。中国では修繕に備えて積み立てをするという概念がそもそもないのです。管理費ですら支払を渋る人もいると聞きます。彼らのほとんどが「投資用」での購入。東京五輪開催の前後にはマーケットに一斉に売りに出すという噂もあります。

     住宅に対するこうした価値観の相違は、使用言語で揉めているうちはまだ序の口なのかもしれません。昨今の人民元の切り下げにみられるように、中国経済にもいろいろな見方があります。いつなんどき中国に大きな政治的、経済的な変動などのリスクが顕在化するかわかりません。

     その時、タワーマンション内を闊歩していた中国人オーナーはどうなるのでしょうか。彼らが本国に戻って、管理費を支払うことなどすっかり忘れてしまう。あるいは狼狽してとんでもない安値で他者に売り渡してしまうようなことが起きると、社会の縮図のようなタワーマンションが街に与える影響は甚大なものとなるでしょう。

     空き住戸だらけになったタワーマンションでは、建替えはおろか大規模修繕すら満足に行えずにスラム化するところも出現するかもしれません。タワーマンションの将来は必ずしも「視界良好」ではあり続けないというリスクを、考える必要がありそうです


    _____



    「東京を知らない地方の人」が買うのがタワーマンションなのだ いまや首都圏では4戸に1戸。そのリアルすぎる現実
    http://bunshun.jp/articles/-/1463
    2017/02/21 牧野 知弘 週刊文春

     都心の風景は2000年代になってずいぶん変わった。羽田空港から都心に向かう首都高速1号線に乗れば、芝浦近辺から都心部にかけて、まるでムーミンに登場するニョロニョロのごとくタワーマンションが林立する。お台場に向かうレインボーブリッジから都心を見れば、そこは湾岸タワーマンションが天にも届けとばかりにその高さを競いあう光景に触れることができる。

     では首都圏(1都3県)でタワーマンションはどのくらいできているのだろうか。タワーマンションという定義はないが、不動産経済研究所では20階建て以上のマンションを超高層マンションとして、分譲用に供給された戸数について集計・発表をしている。

    雨漏りしても修繕しないで放置されている住戸が多いワケ

     タワマンといえば、都心居住の代名詞。素晴らしい眺望、都心部へのアクセスの良さ、そして充実の共用施設など一般庶民には「憧れ」のマンションといわれてきた。しかし、今ではその希少性が薄れるだけでなく、タワマン独特の問題があちらこちらで叫ばれ始めている。

     まだあまり話題になっていないが、築15年から20年を迎える物件で目立ち始めたのが、雨漏りの問題である。タワマンの多くが、首都圏でも湾岸エリアに立地している。工場や倉庫の跡地といった広い敷地を活用したものが多いからだ。海沿いは潮風が強い。そして高層建物であるために強風を受けて常に微小な「揺れ」が生じている。また日本は地震の多い国なので、建物はしばしば強い揺れにも襲われている。

     この「潮と風と揺れ」は意外に曲者だ。コンクリートの継ぎ目や窓枠の目地には元来コーキング材などが充填されているが、経年とともに劣化する。タワマンのとりわけ湾岸エリアはその度合いが通常のマンションなどと比べものにならないほど激しいのだ。強風によって吹きつけられる潮はコーキング剤の劣化を早め、小さな揺れの連続は亀裂を促進させるからだ。

     タワマンは、高層であるために修繕にあたって足場を組むことすらできない。したがって雨漏りが始まっても、必要な修繕が施せずに放置状態が続くことになる。タワマンで窓枠等から浸水する被害に悩まされている住戸が多いのはこうした要因によるものと言われている。

     2000年以降に建設されたマンションの多くが東京五輪以降は築20年を超えて大規模修繕の季節を迎える。外壁の修繕には足場が組めないために、屋上からゴンドラをつりさげての工事になるが、湾岸部で高層建物ともなれば、上空は常に風が強く、作業日は限られ工期は通常マンションの数倍かかるといわれる。



    設備の更新費用もプリウスとポルシェほどの差が……

     多くのタワマンでは大地震等での停電に備え、非常用発電装置が備えられている。いざというとき安心の設備であるがこれも経年劣化が激しい。築15年から20年程度で交換するにあたっては、一基数千万円から1億円の負担となる。またメンテナンスをしっかりと施さないとその「いざ」というとき役に立たない。あるビル会社が東日本大震災のあと、運営管理しているビルの非常用発電装置を実際に動かしてみたところ多くの設備が、規定通りの時間作動することがなかったという。それだけメンテナンスが難しい設備であるということだ。

     タワマンに装備されているエレベーターは、超高速のもので、高性能であるぶん、更新する場合には大変な金額となる。普通のマンションのエレベーターがプリウスなら、高層用のものはポルシェのような差があるのだ。

     今後、これらの問題をすべて負っていくのは、分譲したデベロッパーではなく、ひとりひとりの所有者なのである。

     築地市場の移転問題ですっかり、負の話題を提供されてしまった東京の豊洲であるが、豊洲に限らず、タワマンが林立する土地の多くは埋め立て地で、しかも以前は工場や倉庫などの跡地だ。大地震が発生したときは、多くの土地で液状化現象が生じることが予想される。

     液状化で地下から噴出する「液」というと、あの豊洲市場の地下水を連想する人が多いのではないだろうか。自分たちがどんな土地の上に住んでいるのかも、クローズアップされるのだ。

    不動産を買うには「地歴」が大切

     実は昔からの東京人で、湾岸エリアのタワマンを買う人は少ない。このエリアの以前の姿をよく知っているからだ。お台場が東京だと憧れる、「東京を知らない地方の人」が買うのがタワマンなのである。

     不動産を買うには地歴が大切だ。地歴とは、昔その土地に何があったのか、どんな歴史が潜んでいるのかを語る重要な資料だ。タワマンは地歴で買うには「お買い得」では決してないのである。


    _____



    2016年2月3日
    高層階の住人に多い心臓停止死、25階以上は生存率ゼロ
    https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160203-OYTET50061/?from=yhd


    カナダ研究

     素晴らしい眺望で人気のタワーマンションだが、良いことばかりではないようだ。カナダの研究グループは、マンションの高層階に住む人は低層階に住む人に比べ、心筋梗塞などで心臓が止まった後に生き延びる割合が低いとする研究結果を、1月18日発行の

    カナダ医師会誌「CMAJ」( 電子版 )
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26783332


    に報告した。心停止で病院に運ばれ、生きて退院できた割合は、1~2階の4.2%に対して16階以上で0.9%、25階以上ではゼロだったという。


    救急到着が遅れがち


     人口密度の高い都市部を中心に、高層マンションが次々と建設されているのは日本だけではない。この調査が実施されたカナダでも建設が進み、トロント市では2006年から2011年にかけて高層マンションの住民が13%増えたという。


     研究グループは、2007~12年にトロント市などで、心停止で病院に運ばれた8,216人を対象に調査した。


     その結果、生きて退院できた人の割合は、1~2階の住民で4.2%(5,998人中252人)だったのに対し、3階以上の住民では2.6%(1,844人中48人)、16階以上では0.9%(216人中2人)と大幅に低下。さらに、25階以上の住民(30人)では生存者がいなかったという。


     この原因として、高層階の住民が心停止状態となった場合、救急車を呼んでも救急救命士が部屋までたどり着くまでに時間がかかり、心臓マッサージや自動体外式除細動器(AED)などの救命処置が遅れやすいことが考えられる。なお、公共施設や共同住宅などでの設置が広がっているAEDだが、この調査では近くにいた人がAEDを使用していたケースは1%に満たなかった。


    「エレベーター確保」と「AED設置場所」が鍵


     では、高層階の住民の救命率を高めるにはどうしたらよいのか。研究グループは「救急救命士がいち早くたどり着けるよう、専用のエレベーターを確保する」あるいは「マンションの管理人が救急救命士の到着前にエレベーターを1階に呼んでおく」、「近くにいる人がすぐにAEDを使用できるよう、設置場所を工夫する」などを対策として挙げている。


     一方、高層マンションがひしめくシンガポールの救急医であるシンガポール総合病院のマーカス・エン・ホク・オン氏らは、

    同号の論評( 電子版 )
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26783336


    で、シンガポールでも高層階の住民の心停止例が増えていることを紹介。現在、マンション管理組合を巻き込んで救命処置の訓練を行うなどの取り組みを進めているという。

  25. 25 777


    苗場スキー場は中国人に乗っ取られた


    苗場から帰って。
    http://teyandei.blog119.fc2.com/blog-entry-3596.html

    苗場の朝のバイキングは中国語と韓国語が飛び交うレストランにて(^_^;)


    先週も同じだったけど
    苗場は中国人だらけです。


    てか、最近TVでも取り上げられている
    中国人の爆買い爆喰いが
    ここ苗場でも同じで
    買いと喰いにプラス爆滑りだ(^_^;)


    富士山や御殿場アウトレットも同じだった。

    中国人だらけで。

    今更ながらチャイニーズパワーって
    ホントスゲーやなぁ…


    そんな中国人や韓国人に混ざってバイキングの朝食を食べる。
    http://teyandei.blog119.fc2.com/blog-entry-3596.html




    ▼唸声友人からのメール/苗場プリンスのC国人たち 2015-01-27
    https://ameblo.jp/unarigoe/entry-11982207915.html


    苗場でスキーを楽しんできた友人からのメールです。かなりご立腹、その訳は・・・。



     以下は、去る1/23・24・25(23日は前泊のみ)で愚妻と楽しんできた、苗場スキー場の苗場プリンスホテル内での些細な出来事です。

     

     今シーズンの苗場はC国人の多い事多い事!! 例年の数~10倍と感じました。苗場プリンスホテルに30数年間毎年4泊は欠かしたことがない私が言うのですから間違いありません。きっと、ホテルがC国人スキー観光客の誘致を強烈に推し進めたに違いありません。ホテルのラウンジ・ロビー・レストラン・そしてゲレンデ内でもC国語が聞こえない事が無い程でした。こんなの初めて。あくまでも私見と偏見ですが「苗場の今まで持っていたゆったりとしたリゾートの雰囲気(堤清二?は貧乏人のリゾートと称したそうですが…)」が今シーズンは殊の外悪くなった気がしました。



     25日(日)の帰り際、ロビー近くのラウンジ兼喫茶室(エーデルワイス)でスキー終了後のお茶をしようとしたときの出来事です。ここは丸テーブルに肘掛付の椅子が4脚が標準の配置となっています。私たちはその1テーブルを手回り品を置いて確保しオーダーのための食券購入に席を離れました。食券購入後席に戻ると椅子が3脚しかありません。周りを見ると隣のテーブルにさっきは居なかった5人のC国人が座っていて、当然私たちの所から椅子を1脚移動してい、声高にC国語で喋って(私には怒鳴っているようにも聞こえましたが)いました。当然戻ってきた私たちに何の挨拶もありません。



     しかもこの5人はその後一向に注文をする(食券を買いに行く)気配が無いのです。バックから取り出したペットボトルを取り出して飲み始め、かつセルフで無料(当然ですが)の「お冷」を人数分もってくる始末。入口には日本語と英語で注意書きがあります。「飲食物のお持込は固くお断りをしております」苗場プリンスホテルさん、C国語の注意書きを忘れていますよ~! こういう注意書きはC国語が一番大事なのでは、誘致するなら表示も充実しなきゃ。



     私は椅子の件で少々不快だったので、日本語で(と、言ってもそれ以外喋れませんが)「こいつらここを出る時、絶対に椅子戻さないぜ。なおかつお冷のコップも下げ台に戻さないぜ」と言っていました。因みにここは使い終わった食器はセルフで下げ台に戻す事になっています。案の定、C国人5人組は店を出る時、私たちに何の挨拶も無く、椅子も戻さず、コップもテーブルに置きっぱなし(片づけず)、最後っ屁のようにのみ終わりのペットボトルまでテーブルに置いていきました。何ともお見事!!



     私は愚妻に「要はあいつらの民度はこんなもんだ、というか民度そのものを持ち合わせているのか」「周りをみればここが無料休息所か喫茶ラウンジか分りそうなもんだ」「C国にはそもそも喫茶ラウンジは無いのかな、というか山出しでホテル使ったのが初めてかもしれない」とか散々悪態をついていました。

     素敵なリゾートの気分が最後の最後で台無しになった一瞬でした。あ~~、関わりたくない。



     何にしても、C国語表記は日本語・英語標記の5倍ぐらいの活字にし、表示箇所も5倍、かつ赤文字での印刷にして効果が出るか出ないかだと思います。C国人観光客を積極的に誘致するのはホテルの勝手ですが、古くからの常連客に不快な思いをまでさせて売上第一主義を推進するのであれば、考え物です。来シーズン、C国人が今シーズン以上に増えていたら30数年贔屓にした、苗場プリンスの宿泊は考え直すかもしれません。



    以上、長文失礼。



    これくらいのことで怒ってはいけませんねwww パリのルーブル美術館の館内には、『むやみに、所構わずに、大小便をしないでください』という注意書きが、中国語で掲示されているそうですよ。本当かどうか分かりませんが、苗場プリンスは大丈夫でしょうか?大小便だけでなく、痰もダメ、子供だから許されるものでもありません。



    ホテルの備品には価格をつけないとなりません。全てタダだと勘違いします。枕は5000円、タオルは2500円と明示し、汚したら弁償してもらうと中国語で書けば、大丈夫です。金銭感覚はどこの国の人よりも敏感ですから。文句を言う中国人がいるかもしれませんが、これが現実ですからね。
    https://ameblo.jp/unarigoe/entry-11982207915.html





    苗場プリンスホテルのクチコミ

    旅行時期:2015/01(約2年前) エンジョイスキーヤーさん(男性)

    まずチェックインするために30分!
    部屋に行くまでに歩いて15分。当然荷物は運んでくれません。
    スキー場までは徒歩0分ですが部屋からスキー場までが遠い。。。

    夕食も予約をしなかったせいでどこも2時間待ち以上。。結局フードコートで食べるも味はイマイチな上に値段が高い。。

    大浴場もめちゃ混みなので結局部屋の狭いユニットバスを利用。

    苗場は好きですが今の時代にこんなに大きい宿泊施設は必要ないような気が。。

    お客さんの質もマナーの悪い貧乏中国人ばかり、日本人も勘違いミーハー家族ばかりでした。

    もうプリンスには泊まらないと思います。

    クチコミ投稿日:2015/03/11
    http://hotel4travel.jp/dm_hotel_tips_each-11628669.html

  26. 26 777


    湯沢に呼び込め、中国人ツアー客  2016/2/08 10:45

     中国人観光客を呼び込もうと、湯沢町観光協会が観光プロモーションに力を入れている。

    昨年12月には観光施設関係者や田村正幸町長らと中国を訪れ、ツアーの招致を働き掛けた。

    全国の観光地が誘客に動く中、雪や温泉といった観光資源に加え、サクラや紅葉も絡めたオールシーズンの魅力発信に取り組む。 

    1月末、同町湯沢のNASPAスキーガーデンに上海市からの団体客約30人が訪れた。
    スキーなどを楽しんだ李倚松さん(38)は「景色がきれいで空気もおいしい」と満足そうに話した。 

    同協会は昨年12月、同町の観光施設関係者らとともに上海市や南京市、長沙市を訪れ、現地の旅行業関係者らと商談や交流会を重ねた。今回訪れた団体ツア…
    http://www.47news.jp/photo/1255187.php

  27. 27 777


    タワーマンションは「グローバル化」で自治崩壊へ

    富裕層や若者に人気のタワーマンションの住民とて、「例外」ではない。むしろ、より深刻な「管理不全現象」が勃発している。


    都心のあるタワーマンション。高層部は億ションとなる超優良物件で、住民たちが頭を抱えているのがマンションの「グローバル化」だ。


    複数の中国人が高層階の部屋を購入して住み出したが、日本人住民は生活習慣の違いに唖然。磨き上げられた共用部にたんや唾を吐く、ラウンジスペースで酔って寝る、エレベータ内で飲食をするといった問題行動が頻発している。


    そこで管理組合の理事会で話し合おうとしたところ、中国人は、「理事会は中国語でやってくれ」、「管理規約を中国語にしろ」などと反発。日本人住民vs.中国人住民の対立がおさまらないまま、いまもラウンジスペースでは中国人のどんちゃん騒ぎが響き渡っているというのだ。


    住宅ジャーナリストの榊淳司氏が言う。


    「中国人住民がマンションの一室を友人にホテル代わりに貸し出し、そこで夜な夜な宴会騒ぎが行われる。ベランダから小便をしたり、共用施設のプールで大騒ぎしたりという例も聞きます。もちろんこうしたマンションの価値は下がってしまう。


    しかも、中国人が『爆買い』したマンションが続々と完成するのはまさにこれから。タワーマンションが集中する湾岸エリアは、これから本格的にチャイナタウン化していく可能性がある」


    タワーマンションを巡っては、「日本人vs.中国人」だけではなく、「上層階vs.低層階」の対立が暗い影を落としているから問題は根深い。


    というのも、タワーマンションは高層階に住むのが高所得者、低層階にはそこまでゆとりのない層といった風に、住民の所得格差が大きいという特徴がある。


    「そんな両者の対立がマンション価値を大きく下げかねない」と、不動産コンサルタント・さくら事務所の土屋輝之氏は指摘する。


    「実は'90年代からリーマン・ショック頃までに『タワマン・ブーム』で売れに売れた物件が、これから一気に大規模改修を迎えます。しかも、タワーマンションの修繕は多額を要するうえ、現在は建設資材や人件費の高騰が重なり、当初見込まれていた修繕積立金では対応できない可能性が出てきました。


    ここでネックになるのが、高層階と低層階の所得格差です。高層階に住む高所得者が修繕のための追加負担に応じたとしても、低層階の住民が負担増はきついと反対。管理組合で両者のコンセンサスが取れず、修繕がうまくいかなくなるリスクが浮上してきた」


    中国人、高層階、低層階という3者のバトルがマンション自治を崩壊させ、マンションそのものの価値を落としていく。そんな「負の連鎖」がいままさに巻き起こり始めているわけだ。


    かつての”夢”も「冬枯れ物件」に成り果てた・・・ 


    ■中目黒、二子玉川エリアの住人は早めの決断を


    さらに、ここへきて「チャイナ・ショック」が勃発、手元の現金確保のために中国人オーナーの「売り」が一挙に出るとの噂も浮上している。もし現実となれば、タワーマンションの暴落劇に発展しかねない。


    「相続税評価額を割安に抑えられるとして、節税対策でタワーマンションを購入している日本人の富裕層も多い。が、国税当局がいまこの節税スキームを規制しようと動き出していると言われており、近いうちに『タワマン節税』はできなくなる可能性がある。おのずと相続対策狙いの富裕層はタワーマンションから離れていくことになる。すでに湾岸の中古マンションには売りが増えてきているとも聞きます」(前出・牧野氏)
    http://www.asyura2.com/15/hasan101/msg/649.html


    2016年07月06日
    中国人や台湾人が部屋を借りて中国人などの外国人を闇民泊させている


    大阪アジア系闇民泊 警察と政府が黙認


    政府が外国人観光客を誘致しているせいで、GDPは増えないのにホテルだけ不足し、闇民泊が激増しています。

    民泊は世界各国でテロリストの潜伏場所に使われ、治安悪化の原因になっています。


    闇民泊が激増中

    政府はマンションをホテル代わりにする民泊を進めようとしているが、一足先に「闇民泊」が横行しています。

    マンションに客を泊めるだけだが事態は深刻で、欧州ではテロリストの温床になっている。

    パリやベルギーで過激派による同時テロが発生したが、彼らが隠れていたのが「民泊」だった。

    欧州には簡易ホテルの登録制度が無く、経営者の名前も所在地も、ホテル名や宿泊客の名前も不明です。

    テロ発生時も誰がどこに宿泊しているのか警察は把握できず、犯行グループはやりたい放題に活動できました。

    日本の闇民泊は数千室存在するといわれており、欧州同様経営者の名前も所在地も、まったく不明です。


    こんな物を放置したら、日本もフランスやバングラディシュのような大規模テロが起きるのは、時間の問題でしょう。

    闇民泊経営者の多くは外国人や非合法組織と見られ、日本に訪問する外国人を宿泊させています。

    無許可民泊は既に住民や地域とトラブルを起こしていて、警察に取り締まりを求める声が強まっています。


    中国人や台湾人が部屋を借りて、中国人などの外国人を宿泊させています。

    大阪では中国人が堂々とマンションを借りてウェブサイトにホテルとして紹介し、客を集めている。

    大阪という土地柄なのか、見て見ぬ振りをする人が多いが、未登録(に決まっているが)の民泊は違法行為です。


    警察が見て見ぬ振り、政府も黙認

    困った事に大阪府警もなんとなく見逃している為、数十人もの中国人観光客が、昼間から堂々とマンションに出入りしている。

    警察の言い分では「所在地を登録していないので場所を把握出来ない」そうだが、真剣に取り締まっていない印象も受ける。

    数十人、数百人もの中国人が大きな旅行カバンをゴロゴロと転がしていて、その行き先は普通の住宅街でホテルとかはない。


    大阪にはドヤ街があり、1泊2000円以下で止まれるのだが、民泊は5000円以上もする。

    ホテル不足で普通のホテルは1万円以上になり、カプセルホテルすら高級化し料金を値上げしている。

    1泊6000円でも安いので人気があり、泊める側も犯罪行為という認識が薄い。


    中国人留学生が2部屋以上のマンションを借り、一部を民泊にして家賃を払っている例もある。

    こうした事件の常として中国人には罪悪感はなく、ビジネスとしてやっています。

    被害を受けるのは周辺住人で、見知らぬ外国人が常にマンションに出入りし、夜中に騒ぎ、間違えてドアをこじ開けようとする。


    こういうマンションにはもう住めなくなるので急速にスラム化し、その地域全体が「ドヤ街」になっていきます。

    あいりん地区や山谷といった地域も、最初はこんな風に安い木賃宿が集まる地域でした。

    不動産屋や大家は一応、違法民泊が分かれば退去させる事になっているが、今マンションが余っていて空き室が多い。


    日本人は毎年20万人減っているのに、マンションは毎年何万室も増えているので、どうしたって空室だらけになります。

    「金を払うなら誰だって良い」と思う大家や不動産屋が増えるのも自然な流れで、堂々と「民泊可能物件」を掲げています。

    むろんここでいう「民泊可能物件」とは違法な民泊OKの意味で、自治体の認可を得た民泊ではない。

    今のうちに違法民泊を取り締まらないと、パリやベルギーのように、テロリストがどこに居るのか分からない事態が起きるでしょう。
    http://thutmose.blog.jp/archives/62918194.html

    タワマンで民泊中国人がドンチャン騒ぎ 翌日はゴミだらけ 2016.05.11

    タワマンでも民泊トラブルが増加中


     昨今日本国内でも盛り上がりを見せている「民泊」について、都内の高級タワーマンションに住む40代男性が怒りを露わにする。

    「マンション内の居住者専用の歓談スペースで、中国人グループが夜な夜なドンチャン騒ぎを繰り広げている。飲酒禁止なのに明らかに酔っ払っているうえに、後片付けもしないから翌日はゴミだらけ。

     靴の空き箱が10箱も捨てられていたこともあった。何より厄介なのは、彼らがマンションの住人じゃないことです。『民泊』で一時的に宿泊している観光客だから日本語が通じず、苦情を言っても無駄。本当に勘弁してほしい」

    「民泊」とは、民家やマンションの1室をホテル代わりにして宿泊できるサービスのこと。主にネット仲介が主流で、仲介の世界最大手企業であるエアビーアンドビー(Airbnb)の日本法人によると、日本国内でも昨年までに宿泊件数が100万を突破。訪日外国人の急増と宿泊施設の不足を解消する新たな手段として注目を集め、政府も2020年に控える東京五輪を見越して民泊に関する法的整備や規制緩和に向けて動き出している。

     その中で利用客が際だって多いのが、いまや訪日外国人の4分の1を占める中国人観光客である。

     利用数が多いことに加え、もともと中国人観光客のマナーが問題視されてきたこともあり、「民泊」する中国人とマンション住民との間でトラブルが相次いでいるのだ。

    ※週刊ポスト2016年5月20日号




    2015.12.31
    「中国人がホテル代わりに泊まっている」…マンション住民の切実な悲鳴、民泊「対策考えなくていいのか」住民不安募る


     民泊のルール作りを進める厚生労働省が床面積規制の引き下げを検討している背景には、訪日外国人の急増に伴う慢性的な宿泊施設不足がある。

    外国人観光客が前年比3倍のペースで訪れている大阪府は全国に先駆けて国家戦略特区法に基づく「民泊条例」を制定、来年4月に施行されるが、買い物目的などの中国人観光客が殺到する大阪市は対象外。無届けで民泊を行っている悪質業者の排除や、近隣トラブルなども含めた総合的な対応策が求められている。(大森貴弘)



    急増する違法民泊

     「マンションのエントランスに観光客らしき中国人を見た。ホテル代わりに泊まっているのではないか」

     「私も外国人観光客とすれ違った。対策を考えなくていいのか」

     平成27年12月上旬、大阪市内のホテルで開かれた新築マンションの住民総会で、入居したばかりの住民は、管理会社に対して次々と不安を訴えた。

     夜中まで騒ぎ、共用部分にごみを捨てるなどマナーの悪い外国人の宿泊が常態化すれば、マンションの資産価値が下がりかねない。住民らの懸念は、「違法民泊」が野放しとなっている現状を示している。

     実際、大阪市内では無許可で旅館業を営むケースは急増している。市が住民からの情報に基づき違法民泊の疑いがあるとして調査したのは22年度は5件だったが、26年度は22件に増加。今年度は9月末までの半年間で、すでに30件にのぼっている。


    ホテル不足解消の一助に

     「大阪出張の時は、カプセルホテルでもとれればラッキー。まさに“ホテル難民”ですよ」。九州から月1~2回は大阪に出張するという男性会社員(31)は語る。

     観光庁によると、今年1~8月の大阪のホテルの平均稼働率は86・6%。全国平均より8・4ポイント高く、東京(83%)を上回り、全国で最も宿泊が困難な地域になっている。

     大きな要因は、外国人観光客の急増にある。大阪観光局によると、昨年は年間376万人だった来阪外国人数が今年1~9月ですでに525万人。最も多い中国人は約208万人で、前年同時期と比べて約2・8倍増となっている。


    こうした状況を解消する特効薬として、民泊への期待は大きい。民泊条例を制定した大阪府の担当者は「ホテル不足解消の一助になる」と話す。ただ、適用範囲は府内43市町村のうち37市町村。旅館業の許可を受け付ける保健所がある大阪市堺市などの大都市は含まれない。今年の9月議会に同様の条例案を提出した大阪市では、施設の安全面などへの懸念が指摘され、採決が先送りされた。

    カギは住民の納得

     無許可で民泊を行っている悪質業者をどう排除するかという課題も残る。京都府警は12月、京都市内のマンションで違法民泊を繰り返していたとして、旅館業法違反容疑で東京の旅行会社役員らを書類送検したが、実態把握の困難さもあり、摘発にまで至るケースは少ない。

     民泊に詳しい和歌山大学観光学部の広岡裕一教授(観光学)は「民泊成功のカギは、住民にいかに納得してもらえるか。今は無秩序に違法民泊が乱立しているが、法令などが整備されて事業者を許可制で管理できるようになれば悪質業者が減り、警察の取り締まりも効果を発揮しやすくなる」と指摘している
    http://www.sankei.com/west/news/151231/wst1512310022-n1.html


    中国人観光客のマンション“民泊乗っ取り”実態 2015年11月24日


    戎橋にたむろする中国人観光客

     あなたのマンションが中国人に〝乗っ取られる〟という悪夢が明日、現実化するかもしれない。中国をはじめとする外国人観光客の増加で横行している違法行為が「民泊」(一般の居住用マンションなどを宿泊施設として貸し出すもの)。住民との間でトラブルが頻発しており、マンション住民の退去→外国人観光客専用化が進みつつあるという。中国人向けの民泊が行われている大阪市内のマンションの実態に迫った。



     近年の外国人観光客の増加に伴って注目を集めているのが民泊だ。安倍晋三首相(61)は10月の規制改革会議で民泊の拡大に向けた規制緩和を検討するよう指示した。



     これを受け、大阪府議会は同月、全国で始めて民泊を承認する条例を可決。東京・大田区でも近く認められる見込みだ。



     大阪市をはじめとする多くの自治体はまだ認めていないが、中国人観光客が特に多い大阪・ミナミでは公的な許可のない闇民泊がすでに横行している。実際に外国人観光客向けの民泊が行われている大阪・日本橋のあるマンションの住民は、こう話す。



    「今年に入って中国人の出入りが多くなったと思ったら、入居者ではなくホテルとして利用している観光客だった。正確な数はわからないけど、マンション内の何室かが民泊の宿泊施設となっているようだ。管理会社や大家からは事前に何の説明もなかった」



     住民によると、中国人宿泊客のマナーの悪さから来るトラブルがマンション内で相次いでいるという。



    「中国人の団体は、夜になると大声でどんちゃん騒ぎをする。ドアを開けっ放しにしていることが多いので、とても寝られたものではない」



     他にも「空き缶などのゴミをマンションのエントランスに放置する」「爆買いで購入した大量の商品を入り口に並べて座り込んで山分けする」



    「マンション内のあちこちで記念撮影をはじめ、こちらに向けていきなりシャッターを切られた」



    「マンションを出たら大型バスが横付けされており驚いた」などなど。民泊中国人観光客の迷惑行為を複数のマンション住人が証言した。



     このような闇民泊はインターネットの仲介サイトによると大阪市内で約2000件あるとみられており、全国では1万件以上あるとされている。その背景にあるのが深刻なホテル不足だ。



     大阪市内の比較的安価なビジネスホテルは満室状態が続き、3か月先まで予約が取れない。それに伴い宿泊料も高騰しており、以前は1泊6000~7000円程度だった料金が1万円超となっているホテルも少なくない。



     梅田や難波への観光に便利な地下鉄御堂筋線沿線のホテルはもちろんのこと、堺市など周辺地域も同じような状態だ。



     大阪・ミナミの賃貸マンション事情に詳しい関係者によると「この辺りのマンションでは中国人観光客向けの民泊がどんどん増えつつあり、日本人の入居希望者がなかなか入れない状態になっている。観光客のマナーの悪さにうんざりした日本人入居者がマンションを出て行くケースも多いが、空いた部屋を民泊にしたほうが儲かるので、大家さんも多少のトラブルがあっても黙認している。賃貸では月6~7万円の部屋でも、民泊にすれば月30万円は儲かる」とのことだ。



     日本人は入居したくてもできず、出て行くだけでは、気がつけば自分以外は中国人観光客という事態になりかねない。



     そんな状況が日々進行中というわけ。分譲マンションを何室も購入した中国人富裕層が日本への渡航者向けに営業しているという話もある。これがミナミのマンションの現状だ。



     中国人観光客による、マンションのっとりは大阪市内を中心に増加傾向にある。



     手遅れにならないうちに、早急に歯止めをかけなければならないだろう。



    「ホテル不足の救世主」とも言われる民泊も、このままでは無法地帯を増やすだけ。あなたのマンション、大丈夫ですか?
    http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/475586/


    中国系の民泊サイトまとめ・一覧
    http://min-paku.biz/list/china-vacation-rental

    今、世界でAirbnbをはじめとする欧米系の民泊仲介サイトが非常に動向を気にしているのが、中国系の民泊仲介サイト勢です。

    現在、中国および中国人は世界の旅行市場を牽引する存在となっており、中国国家観光局によると、2015年の中国国内旅行者数は40億人、海外旅行者数は1億2,000万人に達し、国内旅行者数、海外旅行者数、国内観光消費、海外観光消費のいずれもが世界一となりました。

    この巨大な旅行市場を成長ドライバーとして急速に世界中でシェアを拡大しているのが中国系の民泊仲介サイトなのです。


    また、中国国内では不動産の空き家問題が深刻化しており、現在空き家は5,000万件ほどあると言われています。中国政府はこの空き家問題の解決策として民泊に注目しており、そうした政策的な後押しも中国民泊仲介サイト勢にとっては大きな追い風となっています。

    中国系の民泊仲介サイトは複数存在しており、今後も増えていくことが想定されますが、代表的なサイトとしては下記が挙げられます。


    途家(Tujia):北京発。不動産会社らと提携し、中国国内物件に強み

    自在客(Zizaike):上海発。FIT(個人手配の自由旅行)に強み。台湾物件が8割

    住百家(Zhubajia):深圳発。富裕層に強み。民泊関連企業初の上場企業

    大魚(Fishtrip):北京発。台湾と日本に強み

    AsiaYo:台湾発

    小猪短租網(Xiaozhu):北京発

    蚂蟻短租(Mayi):北京発

    Ctrip(シートリップ):上海発。中国最大のオンライン旅行サイト


    上記のようにそれぞれのサイトによっても強みやサービス内容は多少異なり、各社が特徴的な事業展開をしています。
    http://min-paku.biz/list/china-vacation-rental

  28. 28 777


    中国人観光客お風呂場にウンチ 名無し(匿名) 16/01/06 12:51

    ホテルで働いている方で、中国人観光客による迷惑行為にあった人いませんか?

    私が一番嫌なのがお風呂場掃除とトイレ掃除です。とにかく汚いったらない!

    浴槽にウンコするのはやめてぇ~泣きたくなる

    お風呂場は排便する場所じゃない!トイレでしろ!

    韓国人観光客も似たり寄ったり、部屋はキムチとニンニクの匂いが酷くてカーテンから絨毯からベットに使うカバーにシーツから全て交換して消臭剤撒かないと部屋が使い物にならない。お陰で売上どころか、部屋の清掃費、盗まれた備品の補充費

    もう中国人、韓国人観光客は日本に来るな!
    http://mikle.jp/threadres/1902945/


    中国の日常風景 階段でウンコ

    中国では幼児に股が割れているズボンをはかせて、 便意を催したら、どこでも用を足させる光景をしばしば見かけます。

    もちろん日本に来ても彼らは変わりません。

    団地のごみ出しルールを守らず、ベランダから子供のオムツを放り投げたり、火のついたタバコをポイポイ捨てたり、エレベーターでオシッコをしたり、踊り場や階段でウンコをしたりするのだそうです。

    大小便するな、上からものを落とすな、と団地内に張り紙

    埼玉県川口市の芝園団地。全2400世帯のうち、3分の1を中国人世帯が占める。文化・習慣の違いから、当然ながら、さまざまな場面で軋轢が生まれている。外国人との共生というが、きれいごとでは済まない現実がここにある。現場からのレポートである。

    「ホラ、あのベランダごらんなさい。洗濯物干しがロープでしょう。中国人の住んでいる部屋だってすぐわかる。もうすぐ春になるとおじさんが上半身裸で、部屋の中やベランダをウロウロするのが見えるよ」

     広場のベンチに座った70代の男性住人は、団地を見渡しながら言う。

    「痰や唾を吐くのは中国の空気が乾燥しているからかな、と思っていたら、習慣なんだな。この団地でもよく吐いているよ」

    「まず中国人はゴミ出しができませんね」

     というのは、芝園団地自治会の瀬川剛一会長(80)である。

    「日本のマナーに同化しようという中国人は少ない。中国も都市化が進んでいるので、ある程度の社会教育を受けていると思うし、ここの中国人はホワイトカラーが多いのに、マナーを守れないのはどういうことなのでしょうか」

    彼らの多くは、分別などお構いなしに、ゴミを捨てる。

    「生ゴミでも缶でもビンでも一つにまとめて燃えるゴミとして出してしまう。それを毎日、掃除のおばさん達が袋を開けて仕分けしているんですよ」

    こう言うのは、団地に住んで25年の男性住人だ。

    「踊り場に置いてあるゴミ箱に生ゴミを捨てちゃうのもいる。“生ゴミを捨てないで”という張り紙があっても捨てる。ゴミ袋の中には中国文字のインスタントラーメンの袋とか、中国食材店で売っている食料品の包み紙とかがあるので彼らが捨てたとわかる。夏場など、ウッとなるほど臭い。勘弁して欲しい」

    問題はゴミ分別や置き場所だけではない。

    「もっと嫌なのは、自分の部屋の玄関先から廊下のゴミを掃きだすこと。紙屑やホコリに混じって髪の毛なんかが廊下に掃きだしてあると気持ちが悪い」

    とは団地内の掃除を担当する女性だが、粗大ゴミでもルールを守らないという。

    「使わなくなったソファや椅子、古自転車、冷蔵庫などを粗大ゴミとして市に引き取ってもらう、というルールを守ろうとしません。市に払う310円のシール代金は他の自治体寄りも安いのですが、お金を払ったり、電話をかけて引き取りに来てもらうのが面倒なんでしょう。粗大ゴミを玄関ホールや各階のフリースペース、非常階段の踊り場などに置き去りにしていきます。私達がそれを回収して川口市に引き取ってもらっていますが、その代金は居住者たちから集めている管理費から出ているのです。日本人居住者が可哀相になってしまいます」


    だが、ゴミ問題はそれだけでは終わらない。何と、この団地では空からゴミが降ってくるのだ。

    「彼らはベランダからゴミを投げ捨てるんですよ。人参の切れ端など生ゴミは当たり前。中には子供のオムツを放り投げた奴もいました。下の階で干していた布団に汚物がついたことがありました。もっと酷いのは火のついているタバコを投げ捨てるんです。この前も洗濯物が焦げて問題になりましたよ」(同)

    傍若無人な振る舞いだと日本人なら誰もが思うが、彼らにとっては当たり前のことなのだという。

    「中国には“白害”という言葉があります。列車の窓から弁当の包み紙や紙コップ、食べ残しなどをポイ捨てして、ゴミが線路沿いにずっと続く状態を表現しています。現在中国では立派なマンションが次々に建てられていますが、居住する彼らは窓からゴミをポイポイ捨てるので、建物の周辺にはビルの形に沿って、四角いゴミの山ができているほどです」(中国問題専門家)

    日本人には何とも理解し難い行為だが、さらに信じられないことがある。

    「辺り構わず痰や唾などをペッペッと吐くなんてまだ序の口、エレベーターの中や踊り場でオシッコをするんですよ。催すと、家に戻らず、そこらでしちゃうんでしょうね。よくエレベーターの床に水たまりができています」(団地の関係者)

    団地内の公園には噴水があったが、しばしば彼らが立ち小便するからと撤去されてしまったという。日本人も、だいぶ少なくなったとはいえ、今でも立ち小便をしないわけではない。しかし、日本人は団地の踊り場や階段で大便をしたりはしない。ところが、この団地では日常的に大便が発見されているのである。

    「毎朝のように水で流して掃除をしていますよ。ホームレスが犯人だという人もいますが、誰が13階や14階まであがってやりますか」

    とは先の掃除担当者だが、30代の男性住人は言う。

    「ある時、日本人のおばさんが、中国人女性が階段で用を足している所を見つけた。注意すると、こう言われたそうです。“トイレで流す水がもったいない”」

    聞いた人は人は二の句が継げなかったというが、

    「日本に来ている中国人でキチンと礼儀を知っているのは少数派。多くの中国人は痰や唾を吐き捨てることを悪いとは思っていません。誰も見ていなければ、植え込みにだってウンチをするでしょう。それが中国式なのですから。そんな連中に注意しても無駄ですよ。うるさいと思えば“日本語がわからない”と開き直ってしまいます。とくに集団になると仲間意識が働いて、ますます中国式にこだわるようになります」

    というのは、07年、中国から日本に帰化した石平氏。

    ここの中国人には、郷に入っては郷に従えという考えはないようである。実際、彼らは団地の自治会にも入ろうとしない。

    「中国人で年間3,000円の自治会費を払っているのは、800世帯のうち1世帯だけですよ。この人はIT関連会社のお偉いさんです。ああいう中国人ばかりだといいのですが、他の中国人は、“3,000円払って何のメリットがあるのか”と平気で断ります」(瀬川会長)

    勝手といえば、騒音問題も深刻である。
    http://kanryuudaisuki.ldblog.jp/archives/33528245.html



    日本には年間140万人もの中国人が訪れており、トラブルも急増している。

    列への割り込みや、路上で痰を吐く行為などは当たり前。冒頭の大便事件ならぬ大事件に似た例が銀座のデパートでも起きていたのだ!!

    偶然、居合わせた従業員がいう。

    「店内に、お客様が休めるスペースがあって、そこに鉢植えが置いてあるんですが、中国のお客様が鉢植えに向かって立ち小便を始めて……。同じフロアにトイレもありますから、勇気を出して、中国語のわかる同僚と注意しました」

    しかし、返ってきたのは「肥料になるだろ」のひと言。バカモン!

    中国事情に詳しい評論家の宮﨑正弘氏によれば、「中国人は他人の視線をあまり気にしませんから、どこで用を足しても不思議ではありません」とのこと。

    今年のゴールデンウイークに、東北地方から観光で上京したある夫婦は、東京の人混みもさることながら、中国人のマナーの悪さに驚かされたという。

    「都心の観光地をいくつか回って、途中、おみやげ屋さんにも寄ったんだよ。そしたら、中国人が試食に群がっていてね。お店の商品にまで手を伸ばしたのには、ビックリしたよ」

    また、宿泊先のホテルでのトラブルも多い。

    試食の例でわかるように"無料"に目がないらしく、「バスローブ、タオル、灰皿などの備品を持ち帰るのは当たり前。枕がなかったことさえあります」(某有名ホテルの客室係)

    それ以上にこのホテルマンが困ってしまったのが、部屋の使い方だ。

    「中国人のお客様がご使用になったあとは、とにかく汚いことが多い。灰皿が落ちて、タバコの灰が床にバラまかれていたり、尻を拭いたトイレットペーパーを便器に流さないで、備え付けのゴミ箱に捨ててあるなんてことは日常茶飯事ですよ!!」

    中国のトイレは紙が詰まりやすいため、ゴミ箱に捨てるのが常識なのだというが、始末させられるほうはたまらない。
    http://taishu.jp/detail/2238/


    関西の温泉街にある某大型ホテルは、上階に大浴場と露天風呂がある。

    「その風呂に中国人の親子が入ってきた。父親はデジカメを風呂に持ち込んで、子供が浴槽に飛び込む様子を撮っとるんや。"風呂で泳ぐな"と怒る客がおっても、一向にやめようとせん」(日本人旅行客)

    ようやく、"撮影会"が終わったかと思うと、今度は湯船に浸かりながら歯磨きを始め、「2人とも、浴槽のお湯で口をゆすいで、そのまま湯船に出したんやで。アホか思うて注意したら、"温泉も濁っているのに"みたいな感じでな。ホンマに調子狂うわ」

    北海道の旅館を家族旅行で訪れたNさん一家は、中国人のマナーの悪さを食事処で痛感したという。

    その中国人団体客たちは時間とともに大声で話すわ、歌うわ、踊るわ。自分たちが食べたゴミも平気で周囲にまき散らし、Nさん一家のテーブルには複数の海老の頭が飛んできた。
    しまいには、自分たちの酒がなくなったからと、Nさんが飲んでいたビール瓶を持っていってしまったという。

    前出の宮﨑氏は次のように解説する。

    「中国料理は基本的に円卓で、いろいろなものを食い散らかしていくでしょ。日本のように、一つ一つきれいに平らげるということがない。円卓のテーブルクロスは、もともとグチャグチャになった食べ物を、全部ゴミとしてまとめるためにあるんです」

    文化の違いといってしまえばそれまでだが、中国のような食べ方をする国は世界でも少数派。結果、「下品」に見えてしまうという。

    新宿・歌舞伎町で中国人を相手に観光の案内をする李小牧氏は、こう話す。

    「中国には、そもそも"マナー"という言葉がありません。いまの中国は経済発展の途中で、とにかく稼ぐことが重要。"カネさえ払えば何をやってもいい"と考えてしまうんですよ」
    http://taishu.jp/detail/2237/


    私自身はビルを経営していて、韓国人や中国人の会社にテナントに入ってもらった事がありましたが、家賃の滞納やゴミ捨てなどのビルの規則を守らず、家賃の催促をしても社長と連絡がつかないなどとトラブル続きだった。3か月の家賃の滞納で賃貸契約を解除しましたが、預かっていた保証金で家賃を充当した。

    最近でも3階のリラクサロンが閉店しますが、居抜きでテナント募集したところ中国人経営のリラクサロンが借りたいと申し込んできた。条件として保証金を50万円まけるという事で譲歩して、契約する段階になって、また1か月のフリーレントにしてくれと言ってきた。このように次々と条件を突き付けてくる。

    このような交渉方法は、シャープの例を見れば分かるように中国人は最初は好条件で話を纏めても、後になって次々と勝手な条件を言い出してくる。だから交渉はキャンセルしましたが、入居されたら家賃の滞納や規則を守らないなどのトラブルを起こされて立ち退きでまたごねられる恐れがあったからだ。

    仲介する不動産会社も話を纏めたいから、経営者が中国人や韓国人であることを隠して話を持ってくる事がありますが、契約者が日本人でも実質的な経営者は中国人や韓国人だったりする事もあった。他のビルの経営者も中国人や韓国人とのトラブルで貸すのを避ける傾向があるからだ。韓国人がヘイトだと言う前に、契約や規則をきちんと守る事がヘイトを避ける第一の事だ。

    ZAKZAKの記事にもあるように、韓国人経営者は従業員への給料の不払いが多発していますが、給料不払いがどのような結果をもたらすか分からないのだろうか。だからビルの家賃を不払いするのも平気であり、自分の利益が第一なのだ。だから店舗や事務所を借りたいと思っても貸してくれるビルが限られてしまう。
    http://2013tora.jp/kabu369.html


    使用済みおむつや避妊具が降ってくる!マンション高層階からのごみ投棄が問題に―重慶市 2016年11月28日(月) 15時30分
    http://www.recordchina.co.jp/a156199.html
    http://www.asyura2.com/16/china10/msg/377.html
     

    28日、中国重慶市にある25階建てのマンションで、上層階の住民によるごみの投げ捨てが問題となっている。写真は重慶のマンション。



    2016年11月28日、中国重慶市にある25階建てのマンションで、上層階の住民によるごみの投げ捨てが問題となっている。未来網が伝えた。

    この問題を訴えた市民の話によると、マンション低層階に住む73歳の女性のベランダには毎日のようにたばこの吸い殻やちり紙、使用済みの避妊具やおむつなどさまざまなごみが落ちてくるという。女性は今年5月、落ちてきた残飯の片付けの最中に転倒して入院し、治療のために2万元(約32万円)余りを支払ったこともあった。今月は17日、21日と立て続けに大きなごみ袋が落ちてきたため女性の親族らがごみを手掛かりに1軒1軒調査。最終的に今月の2件に関しては17階に住む9歳の女の子が落としていたことが判明したが、保護者は以前の投棄については「わが家ではない」と否定している。

    このマンションと同じ敷地にある別の棟でも上層階からのごみ投棄は問題となっており、管理会社担当者は「どの棟でも同じ現象が起きている」とコメント。注意喚起のための貼り紙や各階にごみ箱を設置するといった対策の効果も上がっておらず、同担当者は「ごみ投棄がなくなるかどうかは住民のマナー意識にかかっている」と指摘する。

    同市では2015年、マンション敷地内にいた1歳2カ月の女の子の頭部に上空から落ちてきたれんがが当たるという事故が起きている。(翻訳・編集/野谷)

  29. 29 777



    2015.09.12
    タワーマンション購入の恐ろしい話 中国人住人との対立
    文=牧野知弘/オラガHSC代表取締役
    http://biz-journal.jp/2015/09/post_11514.html

     かつてタワーマンションは超高級マンションの代名詞。圧倒的な眺望と贅沢な共用設備を売り物に一般庶民にはなかなか手の届かない存在でした。しかし、いまや新しくマンションを買う人の4人に1人がタワーマンションオーナーです。タワーマンションとしての希少性は薄くなり、もはや一般的なマンション形態になったともいえるでしょう。

     このように人気のタワーマンションですが、将来に向けて気を付けなければいけない事象が2つあります。「修繕維持費用の不足」と「区分所有者の所有目的、人種等の違いによるコミュニティ維持の困難さ」です。


    タワーマンションが抱える厄介な問題が、住民構成です。

     ある都心のタワーマンションでの出来事です。筆者の知人であるマンション会社社員がマンション管理組合の第一回目の設立総会に出向き、役員の選任や今後の組合の活動予定などの説明を始めたときのことです。最高層部を数億円で購入した区分所有者である中国人が、彼の説明を遮って発言しました。

    「なぜ、この管理組合総会の議事進行は日本語で行われるのだ。私は中国人。このマンションの所有者の多くは中国人と聞いている。ならば総会における使用言語は中国語で行うべきだ」


    会場中がこの発言に凍りついたそうです。たしかにこのタワーマンションは東京都心で立地は抜群。特に高層部の高額の住戸はほとんどが中国人の購入。なかには数戸まとめて購入した人までいたといいます。

     世界第2位の経済大国に発展した中国は、日本の不動産に大量の投資を始めています。東京都心部などで売りに出される高額のマンションを、中国人がほいほい買っていくことは不動産業界でも話題となっています。特に中国人はタワーマンションの高層部から東京の街並みを眼下に眺めることがお好み。話題の物件ともなると、高層部の一番高い住戸から中国人投資家に順次売れていくのだそうです。

     これに味をしめたデベロッパーのなかには、都内でタワーマンションの発売を計画すると真っ先にシンガポールに出向いて中国人相手に「先行販売」をして、まず売り上げを確保する業者も珍しくありません。

     知人のマンションでは、結果的にはなんとか使用言語は日本語ということで収まったそうなのですが、その後もマンションの共用部の使用をめぐって日本人対中国人の対立が続いているそうです。

     共用施設に仲間を呼び込んで大騒ぎをする中国人。共用部でところかまわず痰を吐く、エレベーター内で食事をする親子。彼らが降りたエレベーターの中は南京豆の殻だらけといったこともあったそうです。

     中国人のなかには、修繕積立金の積み立てを拒む人も多いと聞きます。中国では修繕に備えて積み立てをするという概念がそもそもないのです。管理費ですら支払を渋る人もいると聞きます。彼らのほとんどが「投資用」での購入。東京五輪開催の前後にはマーケットに一斉に売りに出すという噂もあります。

     住宅に対するこうした価値観の相違は、使用言語で揉めているうちはまだ序の口なのかもしれません。昨今の人民元の切り下げにみられるように、中国経済にもいろいろな見方があります。いつなんどき中国に大きな政治的、経済的な変動などのリスクが顕在化するかわかりません。

     その時、タワーマンション内を闊歩していた中国人オーナーはどうなるのでしょうか。彼らが本国に戻って、管理費を支払うことなどすっかり忘れてしまう。あるいは狼狽してとんでもない安値で他者に売り渡してしまうようなことが起きると、社会の縮図のようなタワーマンションが街に与える影響は甚大なものとなるでしょう。

     空き住戸だらけになったタワーマンションでは、建替えはおろか大規模修繕すら満足に行えずにスラム化するところも出現するかもしれません。タワーマンションの将来は必ずしも「視界良好」ではあり続けないというリスクを、考える必要がありそうです

    _____


    老朽化マンションは外国人の賃貸利用者増加が「スラム化」に拍車をかける。


    神奈川県横浜市中区・関内。最寄りの市営地下鉄の駅から徒歩5分ほどの好立地に、Cマンションがある。周辺にはコンビニエンスストアや大規模スーパーもある便利な場所。

    高級マンションが林立する一帯にぽつりと佇む、くすんだ外壁が、物寂しい雰囲気を醸す。壁にはひび割れが目立ち、バルコニーの手すりのまわりのコンクリートは崩れ、いつ手すりが外れて人が転落してもおかしくない状態だ。

    このマンションは築40年程度の9階建てで、総戸数は40弱と規模が小さいこともあり、地主が自主管理をしていたが、5年前、地主が亡くなったのを機に、状況が一気に悪化した。

    一室を所有している70代の女性住民が嘆く。

    「建物の老朽化が進んでいるのに、修繕の手立てがなかった。あちこちで起こる水漏れなどに耐えられなくなり、住民有志であわてて管理組合を立ち上げました」

    そこで衝撃の事実が発覚する。地主が生前に徴収していた管理費を使い込み、残高が0になっていたのだ。

    あわてて修繕費積立金を集め出したものの、予想外の出費は高齢の住人たちには荷が重く、瞬く間に滞納者が増えた。なかなか積み立てが進まず手をこまねくうちに、生活に大きな支障をきたすレベルの不調が、マンションのあちこちで起こりはじめた。

    「まともなマンションなら年に数回は行われる給排水の高圧洗浄ができなかったので、しょっちゅう水が詰まるようになりました。屋上にある受水槽の清掃もしておらず、水質検査が必要なのですが、その費用さえなかった」(前出・女性住民)

    ■地獄のような悪臭

    悪化する状況に、賃貸住民が逃げ出し、オーナー所有者たちが空室をなんとかしようと借り手を選ばなくなったことで、中国人の居住者が一挙に増えだした。

    「彼らは、料理で使った油を普通に排水口に流して捨てるんです。もともとサビやゴミで詰まり気味のところに油を流し込むから、排水管の中で固まってしまう。水が流れないので洗い物はおろか、洗濯もまともにできない。

    組合理事が抗議をしに行っても、『何が悪いんだ』と開き直られ、話し合いにすらならない。そのうち下水も詰まって、汚物が逆流し、お風呂場に溢れるようになった。悪臭なんてもんじゃない。

    もう地獄です。仕方がないから、吐き気を抑えながら、誰のものかもわからぬ汚物を風呂桶ですくってはゴミ袋にためて捨てに行く。この歳になってなにをしているんだろうと、涙が出ました。

    結局修理してもらうために、業者を呼ぶことが決まったのですが、長年の老朽化で、『洗浄時に破損するリスクがあるから』といってほとんどのところに断られてしまい、途方に暮れました」(前出・女性住民)
    http://www.asyura2.com/16/hasan117/msg/362.html

  30. 30 ご近所さん

    777さん、切り込んできますね!流石っす!!

    せっかくなので 別スレに書いていた 水道水の飲めないマンション名、書いちゃいましょうよ!
    >>17でもマンション名出してるし、余裕でしょー
    飲めないマンション晒して、これからリゾマン買う人が避けれるようにして欲しいです

  31. 31 777



    映画「雪国」1957 動画

    豊田四郎/監督 
    川端康成/原作
    出演: 池部良, 岸恵子, 八千草薫, 森繁久彌
    http://video.tudou.com/v/XMjQ2NDEyODQ4NA==.html




    駒子のモデルと和田芳恵

     ……1957(昭和32)年の正月5日、評論家の和田芳恵は、写真家大竹新助とともに、新潟県南蒲原(かんばら)地方の三条市に、駒子のモデルとされる小高キクを訪ねた。雑誌『婦人朝日』に「名作のモデルをたずねて」を連載する、その第1回のためである。

     途上の湯沢では、豊田四郎監督、池辺良、岸恵子主演で「雪国」がはじめて映画化されることになり、その撮影で大騒ぎの最中であった。

     そのころ、かつて越後湯沢で芸者松栄として出ていたキクは、三条市の仕立物師・小高久雄の妻となって、小高キクとなっていたが、条理のわかった夫の協力もあって、この日の取材となったのである。

     以下は、この和田芳恵の記述「名作のモデルをたずねて(一)」(『婦人朝日』1957〈昭和32〉・3・1)によったものである。

     キクの本名は丸山きく。三条市島田に、1915(大正4)年11月23日、鍛冶屋(かじや)の長女として生まれた。兄がひとりあったが、十人兄弟の大所帯であった。
     川端康成と出会った1934(昭和9)年には、ちょうど数え20歳であったことになる。

     数えで10歳の7月15日に小学校をやめて、長岡市の立花家という芸者屋の下地っ子に出された。当時、南蒲原地方では、生活のために娘を芸者にすることを、さほど不思議と思わない風習があったという。

     長岡には、下地っ子のための特殊な学校があって、きくはそこに通ったそうだ。
     1928(昭和3)年、17歳になったきくは、湯沢の若松屋という芸者屋から松栄という芸名で出ることになった。年期は3年であった。

     しかし和田芳恵のここの記述はおかしい。1928年なら、キクは14歳だったはずである。これは年号の方が不確かで、「17歳」の方が正しいと考えたい。
     清水トンネルが開通した年(といえば1931〈昭和6〉年のはずだが、和田は1930年と書いている)、湯沢駅前の土産物店兼自動車屋に、峠(とうげ)豊作という運転手が雇われた。

     豊作は、1912(大正元)年の生まれ。きくと3つ違いだ。新潟県東南部の織物で名高い塩沢の、うどん屋の息子であったが、蕎麦(そば)づくりの技術を覚えるため、1928(昭和3)年に上京、日本橋室町の更科(さらしな)に弟子入りしたのだが、その仕事がいやになり、自動車の運転手になった。当時、運転手は、はなやかな職業であった。

     22歳の美貌の豊作と19歳のきくは、やがて深い恋仲となった。小説「雪国」は、この年から書き始められている。

     この土地では、芸者の住んでいる部屋を「きりやど」という。たいてい置屋の母屋から廊下でつづいているが、母屋からは離れている。そこに客が泊まることもあった。

     豊作は仕事がすむと、夜が更けたころ「きりやど」から、きくを呼び出し、ひっそりした湯舟につかって、あまい恋をささやいたという。「ふたりはしあわせに夢のような日をおくっていました」と和田は書いている。

     きくは豊作と一緒になりたいと考えていたが、3年の年期を終えて家に帰ると、すぐ富山県の高岡に、また芸者として出なければならなかった。このときの身代金で、親は住む家を建てた。芸名は、いろは、だった。

     しかし高岡では我慢のならないことがあった。それは、抱え主が芸者に客をとることを強要したことである。


    1932(昭和7)年、18歳の松栄

     きくは、「21歳になった昭和7年の8月に、湯沢へ住みかえました」と和田は書いている。(年齢か年代か、どちらかが間違っている。平山三男の調査によれば、数え18歳の1932(昭和7)年が正しい。

     そのときの置屋が豊田屋で、抱えは三人いた。松栄(まつえ)という名が通っていたので、今回も松栄で出た。

     豊作との仲は、この土地では誰知らぬ者はないほどであった。きくは、豊作の兄貴分であった人を通して、年期があけたら一緒になってほしいと申し入れた。豊作は喜んで、かたい約束をした。ふたりは夫婦きどりでつき合っていたが、1937(昭和12)年の秋、豊作に召集令状が来て、高田に入隊することになった。そこで双方の親を説得して仮祝言をあげた。

     ところがじつは、きくには、東京に旦那がいた。60に近く、めったに来ることはなかった。その旦那が話を耳にして、どうしても手放さないと言い、きくは豊田屋をやめて上京し、旦那に囲われることになった。26歳のときだった。

     豊作の部隊は中支の漢口に行き、豊作はここで3年の軍隊生活を送り、現地で2年、軍属をしてから陸軍病院の酒保に店を出した。生活が安定したので、きくを呼び寄せる手続きをして、このとき初めて、きくに長いあいだ裏切られていたことを知った。

     和田芳恵は、峠豊作にも会って、取材している。この『週刊朝日』には、峠の近影も掲載されている。

     峠は、和田芳恵に、きくと、結婚の仮祝言をすませた仲であることを認めた。また康成を定宿の「高半」へ幾度も送り迎えをしたことなども話したという。

     1958(昭和33)年の取材の当時、峠は東京の八重洲口に近いところで料亭を営んでいた。


    松栄のその後

     一方、きくは、旦那も死に、戦争も激しくなったので、郷里三条市に帰り、帯や袴(はかま)の仕立てをしている小高(こだか)久雄の弟子になった。

     やがてきくは、これまでの閲歴をすべて小高に打ち明け、二人は結婚して、現在に至ったという。

     和裁ばかりでは生活が苦しいので、きくはミシンを置いて、婦人子供の既製服の製造をはじめ、のちには内弟子や通いの弟子が七、八人もできるほど、手広く経営するようになっているそうだ。

     ――以上が和田芳恵の伝える丸山キクの半生である。年代にところどころ錯誤があるので、正確な事実として確認できないところが残念だが、中見出しに「哀れ、7年の恋は終りぬ」とあるところからも、このとき、きくは和田芳恵に率直に、峠豊作のことを含め、これまでの人生を詳細に語ったと思われる。

     問題は、康成が湯沢に滞在して「雪国」を執筆した時期と、峠豊作ときくが恋仲であった時期が重なるのではないかと思われることである。

     高半旅館の次男・高橋有恒も、「『雪国』のモデル考――越後湯沢における川端康成」(『人間復興』第2号、1972(昭和47)・11・期日不明)のなかで、「峠豊作と芸者松栄との間に当時、すこし噂があった」と書いている。

     また、あるとき、峠の運転する車に有恒が乗せてもらっていると、峠は芸者置屋豊田屋の前で車をとめ、二階の芸者松栄に声をかけた。すると松栄が降りてきて、車に同乗した。このとき松栄は、「オツさま、この本、川端さんがくれたの」と1冊の本――「水晶幻想」を差し出した、とも述べている。

     これらの事実を、どう解釈したらいいのだろうか。

     1932(昭和7)年、18歳のきくが、若松屋から松栄という名で芸者にでた事実は確かであろう。康成がはじめて湯沢に来たのは、2年後の1934(昭和9)年である。

     このときすでに松栄は、峠豊作と恋仲になっていたと思われる。

     というのも、松栄と峠豊作が恋仲になったのは、松栄が高岡に行く前のことと、和田芳恵は書いているからである。湯沢に帰ってきて、ふたたび松栄という名で芸者に出たきくと峠豊作は、感無量のうちに再会したはずである。

     もっとも、作品で見てきたように、潔癖で正直な松栄が、ふたりの男に二股(ふたまた)をかけるような女でないことは確かである。

     わたくしが注目したいのは、3度目の旅で、縮の産地から帰った島村の乗った車に、駒子が飛び乗る場面である。

       車が駒子の前に来た。駒子はふつと目をつぶつたかと思ふと、ぱつと車に飛びついた。車は止まらないでそのまま静かに坂を登つた。駒子は扉の外の足場に身をかがめて、扉の把手(とって)につかまつてゐた。(中略)

       駒子は窓ガラスに額を押しつけながら、
      「どこへ行つた? ねえ、どこへ行つた?」と甲高く呼んだ。

      (中略)

    駒子が扉をあけて横倒れにはいつて来た。しかしその時車はもう止まつてゐるのだつた。
     
    これは、実際の体験を描いた場面ではなかろうか。そうだとすれば、駒子が大胆にも走っている車に飛び乗ることができたのは、峠豊作の運転する車で、豊作が危険な操作をするはずがないと安心して、駒子は無茶をしたのではないだろうか。

     つまり、豊作もまた、駒子が島村とつき合っていることを知っていて、島村の前で車の速度を落し、また危険のないよう配慮したのである。

     わたくしは、すでに駒子こと、きくと豊作は恋仲であったと確信する。

     そこへ、いきなり東京から得体の知れぬ、これまで会ったこともないような男が現れ、きくは電撃に打たれたように、その男に惚れてしまったのだ。駒子は夢中になって、その新しい男に心血をそそいで恋をする。

     豊作は黙ってそれを傍観しているしかなかった。

     およそ2年間、駒子は命がけの恋をした。それは次元の異なる恋だった。豊作は黙って見ているより術(すべ)がなかった。

     島村が雪国を去ってしばらくたって、駒子こと、きくは豊作のもとに戻ってきた。駒子は豊作との結婚を本気で考えた。……

     康成は、駒子にそのような想い人があったことを知っていただろうか。

     小高久雄は和田芳恵の取材のとき、「この人には、そのころ、7年も思いつめた男の人がいたのですよ」と語ったそうだ。また、「雪国」の作者のことは、きくから聞いてはいたが、「雪国」を読んだのは結婚してからだったという。

     最後にきくは、康成のことを、「あの方は、これまで知った多くの人たちから感じられない独特な雰囲気を持っていました」と和田に語ったという。

     峠豊作というひとがありながら、駒子のきくは、魅入られたように康成との恋に命を傾けたのではなかろうか。
    http://blog.goo.ne.jp/osmorimoto_1942/e/7d45b23134e8d90da385ae91582324...




  32. 32 777


    川端康成『雪国』に出て来る『芸者』というのは今の温泉コンパニオンの事


    越後湯沢温泉のピンクコンパニオンプラン一覧【コンパニオン宴会.com公式】
    http://www.companion-enkai.com/search/?keyword=%E8%B6%8A%E5%BE%8C%E6%B...

    湯沢のコンパニオン 宴会温泉コンパニオン満載!
    http://www.hgs.company/companion/yuzawa/


    日本全国どこでもピンクコンパニオン宴会が盛んかと言うと、そうでもありません。

    俗に言う「歓楽温泉」でピンクコンパニオン宴会が盛んになるのですが、「歓楽温泉」とはどういった所になるのか?


    ピンクコンパニオン宴会が栄えやすい環境とは・・・

    ・秘湯ではない
    ・平野にいきなり出来た
    ・旅館が古くて設備も最新旅館と比べると劣る
    ・宴会以外ウリがない
    ・県の条例に引っかからない

    こういったところでしょうか?

    皆さんの知っている温泉で思い当たるところはありましたか?

    そうです。今考えた温泉地、きっとピンクコンパニオン宴会が行われていますよ。
    http://blog.goo.ne.jp/pinkcompanion/e/c5836c2f90be22b30cbe15371f81f260




    恐怖の置屋

    温泉コンパニオン裏事情、「置き屋」の非道な理不尽さ…被告が母を刺したワケ

    2009年10月20日から3日間、甲府地裁(渡辺康裁判長)で開かれた殺人未遂事件の山梨県で初となる裁判員裁判を傍聴した。無理心中をしようと実母(87)を果物ナイフで刺し、軽傷を負わせたとして、山梨県甲州市の無職の男性被告(60)に懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役5年)の有罪判決が言い渡された。法廷では、被告が犯行に至った背景の1つとして、温泉街でコンパニオンとして働いていた長女が科された理不尽な“借金地獄”が明らかになった。


     借金地獄っていったいどんな?

    被告は、長女がコンパニオンをした約7年間にたまった罰金のうち600万円以上を支払い、長女が金融機関から借りた300万円の連帯保証人にもなった。それでも置き屋側から、借金がなお1000万円近く残っていると主張されたという。

     どう考えてもコンパニオンの収入より多くの借金になるシステムはおかしいんじゃない?その時点で辞めて他の仕事すれば良いのでは??

    勤め先の置き屋(コンパニオンを派遣する事務所)の不合理な“罰金制度”で莫大な借金を負わされ、親である被告自身も返済に追われていた実態が明らかにされた。
    「遅刻1回で数万円、客と個人的に会えば1回50万円以上の罰金が科された」
    といった事情が説明されると、一般から選ばれた裁判員は被告の心中を推し量り、幾度も涙をぬぐった。
     うーん?給与以上の罰金を従業員には科せられないでしょうに、法律を知らない無知に付け込むのは良くないなぁ
    http://blog.livedoor.jp/movenews/archives/528188.html



    【社会】温泉コンパニオン裏事情、「置き屋」の非道な理不尽さ…被告が母を刺したワケ

    17 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 15:45:37 ID:UV7v0O0mO [1回発言]

    めちゃめちゃキツイ罰金やな
    借金しに行くようなもんだわ


    185 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 16:32:16 ID:Zx9rqq5MO [1回発言]

    ソープやヘルスと全く同じじゃん
    仕込みの客にクレームを言わせ罰金100万円とかな


    162 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 16:25:59 ID:Q+LonIEjP [2回発言]

    「個人的に会うと罰金50万円以上」っていうのは、
    宴会の後に管理の下で売春するのはいいけど、男との駆け落ちにつながるような男女交際はNGってこと?


    171 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 16:28:01 ID:MiBsOUna0 [7回発言]
    >>162
    まあそうだね。
    外から知恵つけられるから逃げられない為にだな。


    214 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 16:39:05 ID:w+sPlnFE0 [18回発言]
    >>162
    店の管理下で見つけた客との間で、個人的に連絡取り合っての売春やられると店が儲からない。そんな事を全ての嬢にやられたら店潰れるからそれを防ぐための釘刺し
    まぁ、嬢あっての商売なんだから、フツーは借金にしたりしないわな。ましてや1000万も。
    暴力背景で嬢も客も食い物にしてる頭悪い***だろ
    心中考えるくらい追い詰められる前に法に訴えとくべきだった


    570 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 19:26:39 ID:7DwKA9a6O [1回発言]

    酒の相手した後、売春じゃねーの?
    宿泊施設で宴会してんだし。
    個人的に会ったら罰金ってのは店のピンハネ逃れて直接営業したペナルティだから高額なのでは?


    602 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 19:46:53 ID:vj9TJob0O [2回発言]
    >>570
    宴会の後は頼むとセックス出来ますよ。
    大体5~6万円位かな、高くつくよ、
    俺は仲間と2人連続だからと、2人で4万に値切った


    273 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 16:54:51 ID:UTKjZutgO [4回発言]

    温泉コンパニオンて、宴会後の延長料金を個人客からとるんだよね
    友人が話してたな
    宿の外のラブホに連れ込むんだとか本番もやるんだね
    それを事務所が巻き上げる


    296 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 17:00:24 ID:t2j+aS0YO [3回発言]

    個人的に逢っていた=置屋に金を納め無いで売春していた
    だから見せしめって事
    つーか理不尽な取り立てなんて警察行って洗いざらいぶちまけるしか無いんだが
    娘が駄目駄目だから行けなかったんだろ


    769 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 23:12:37 ID:hIMt4Bd+O [1回発言]

    水、風俗、コンパニオン全てに、こんな感じの罰金があるけど払う必要がないんだけどね、、、

    っていうか、娘さんは遅刻の常習で、個人営業をしてしまうので、見せしめで罰金つけられたんだろうね。 外で個人的に客に会ってしまったら、置き屋は商売にならんから、脅しで罰金を課すだろうね。


    852 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/26(月) 01:55:25 ID:c/5KgdER0 [5回発言]

    個人的に商売されたり入れ知恵されたり連れ出されるのを防ぐためじゃね?
    多分コンパニオン単体の給与は低くてその後の売春で少し給料が増えるシステム


    901 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/26(月) 09:34:41 ID:1msBdZwO0 [2回発言]

    温泉街のコンパニオンは殆どオプション有りだろ(本番)
    女は置き屋に金払いたく無いから
    個人的に商売するから置き屋は罰金を厳しくしてる


    104 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 16:11:40 ID:MiBsOUna0 [7回発言]

    実際の風俗とかってさ わけのわからん金を嬢からとるよね。
    店員のボーナスを在籍嬢から何万づつとか雇用保険とかはいってないのに月3万とか。
    それがおかしいって気がつかないヤツもいるけど そこやめて他にいくとこないからしかたなくやるやつ、いろいろいるけど、こういうのは***より素人の方がえぐいことやってる。


    18 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 15:45:39 ID:qFZ7uj6E0 [6回発言]

    最初に、強制的に借金背負わされて働かされるんだよね。
    で、いつまでも逃げられないよう、こうやって罰金でがんじがらめに。


    330 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 17:07:27 ID:qL8jkdLB0 [21回発言]

    >時がたつほど借金が増えるシステム
    これはおかしいよね
    まあそうやって辞めさせないってのがやり方なんだろうけど


    116 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 16:14:44 ID:wS2bjA20O [1回発言]

    退職したら罰金一億とか子供みたいなルールがまかり通るのが裏社会
    夜逃げするか女将を殺すかの二択しかない人生


    561 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 19:19:47 ID:FRiFgOxI0 [3回発言]

    借金でここに沈められたんだろ 893に借金した時点で終わってる


    38 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 15:50:44 ID:X9ZuxHD+O [3回発言]

    最初から借金が有る奴が放り込まれる、タコ部屋の一種だよ


    53 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 15:54:59 ID:DdLYxDK20 [3回発言]
    >>38
    でまた借金負わせてずーと逃げられないようにするためか。
    生活保護の馬鹿加算とかやってないで、こういうのに力貸せよ弁護士ども、


    76 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 16:02:19 ID:MpaHDMNSO [1回発言]

    現代のタコ部屋だな。 システムがタコ部屋そっくりだ。
    軽い罰金制度なら今のキャバクラにも普通にあるよ。


    430 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 17:47:26 ID:EXqKR/GtO [1回発言]

    封鎖された世界なんだろうな。拉致被害者並みに自由がないんだろ


    434 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/25(日) 17:50:29 ID:1go/QBAk0 [1回発言]

    マンガ「カバチタレ」の中で平成の人身売買というネタがあったけど、
    多分こういった温泉コンパニオンが元ネタだったんだと思う。
    確かにタコ部屋みたいな描写のされ方してた。


    824 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/26(月) 00:40:16 ID:zEgr6BMaO [1回発言]

    普通に女売り飛ばして温泉場で働かせるらしいしな
    ペッパーが拉致った女を海外に売り飛ばしてた疑惑あったが あながち噂じゃなかったりして


    847 : 名無しさん@十周年 : 2009/10/26(月) 01:44:04 ID:oVWMzxF90 [2回発言]

    おそらくね、もんのすごい理不尽な「罰金」が増えていくんだと思うんだ。
    それ以外にも「給料前借り」とかあると思われ。
    結局、借金漬けにして身動き取れなくするのが、置屋の手口。
    http://logsoku.com/thread/tsushima.2ch.net/newsplus/1256452606/



  33. 33 コワイ電話

     777さん、ありがとうございます!

     引き続き、こちらでよろしくお願いします!

     あと、水系の罰金は、だらしない子が多いため、高額罰金つけないと人員が確保できないためです
     あの業界は「雨が降ったから休もう。」←みたいなノリの子が多いですから

     あのギョウカイがおかしいのも事実ですが、そもそも働く女の子がぶっとんでいるので・・・

  34. 34 匿名さん

    2018年9月27日
    「老朽化マンション」の不都合な真実
    マンション サバイバル時代――スラム化していくマンション
    中西 享(経済ジャーナリスト
    http://wedge.ismedia.jp/articles/-/14045



     国土交通省によると、2017年末のマンションストック総数は644万1000戸で、居住人口は1533万人と推計され、国民の約1割に当たる。そのうち、築40年以上の老朽マンションは72万9000戸あり、全体に占める割合は約1割だが、10年後には2・5倍の184万戸、20年後には5倍の351万戸と爆発的に増える。


    (出所)国土交通省
    http://wedge.ismedia.jp/articles/-/14045


     このまま日本の「巨大都市」は、供給過剰で空き家だらけの「虚大都市」になってしまうのだろうか。実は自ら住むマンションの生死は、自分たちの選択にかかっている。マンション管理組合を通じて、「他人任せ」ではなく、自らマンション管理にコミットする姿勢こそが今、求められている。こうした住民が多いマンションは生き残っていく可能性が高い。

    水漏れ、ガス漏れ……
    管理不全で進むスラム化

     横浜市内で小規模のマンション管理業をしている、横浜サンユーの利根宏社長の案内で、同市中区にある1974(昭和49)年に建てられた築44年目のマンションを訪問した。


    横浜サンユーが再生を支援している横浜市内のマンション。1回目の修繕は終わったが、2回目のめどがたっていない

     9階建てで34戸のうち、11戸が外国人、1階には飲食店が入っている。本来は見えないようになっているはずの配管が天井部分にむき出し、継ぎはぎ工事をした跡が見える。それでも、駅からの便がよいこともあって部屋は全室埋まっている。

     昨年12月に管理組合が民間金融機関から1500万円借りて、第一次工事として、外壁塗装、防水など初めての大規模修繕工事をした。しかし、資金不足から第二次工事の見通しは立っていない……。

     74年に建設され、分譲後は管理会社に管理を委託しなかったこともあり、マンションのメンテナンスがないがしろにされてきた。マンション内の管理組合は機能しておらず、修繕費と管理費も区別なく合算で徴収するという形態で、滞納者も複数いた。

     そんなスラム化の一途をたどるなか、このマンションを所有する親戚から管理を委託された田邊賢一氏は、マンションの惨状を見るなり「スラム化マンション延命化」を事業として行う横浜サンユーに駆け込んだ。

     旧建築基準法の基で建っているため、建て替えとなると戸数を減らす必要があるほか、高齢者、外国人が多く金銭的にも難しい。そのため、まずは田邊氏自身が管理組合の理事長となり、延命策として大規模修繕を提案した。

    これは同意され、管理費、修繕費を払わないオーナーとは弁護士と話し合い、競売にかけるなどして体裁を整え、金融機関から1500万円の融資を受けてなんとか、第一次の大規模修繕にこぎつけた。

     しかし、修繕費として25万円の一時金を各戸が負担しなければならないということが判明すると、離反者が出ることになった。しかも理事会の決議で「理事長は居住者から選出する」ということになり、田邊氏は理事長の職を解かれた。

     その後、迷走が続いている。田邊氏の後を受けた新任の理事長に問題が山積するマンションを委ねるには無理があり、第二次の修繕はやり残されたまま。さらに、年1回必要な浄水槽の清掃などもストップしていることから茶色い水が出たり、外国人居住者が生肉を排水管に流すため水漏れが起きたり、老朽化のためガス漏れが4件発生するなど、事態は悪化している。

     これほど管理状態が悪いと日本人の入居は難しく、結果的に外国人の比率が増える傾向になる。それでも、利根社長は「延命は可能」と、再度の田邊氏の理事長就任に向けて背中を押す。

    管理会社も逃げ出した
    築55年の老朽マンション

     一方こうしたケースとは違い、大規模修繕も定期的に行い、管理組合も無借金経営を貫いてきても、延命がいよいよ限界に近づくマンションもある。東京都世田谷区にある「田園メイゾン」は、有名建築家が設計した築55年の全17戸からなる6階建てだ。建築当初からエレベータがあり、東日本大震災後に行った耐震調査で新耐震基準を満たしていることも判明した。

     しかし、骨格は頑丈であっても、老いは確実に進行している。「音漏れ、におい漏れは許容の範囲だが、大規模修繕の直後に雨漏りが一段と酷(ひど)くなった」と住民の一人は嘆く。5年前には汚水管が破裂して、複数の部屋が大惨事に。上水管も相当傷んでいるが、壁の中に埋め込まれており、修繕することすらできない。

     こうした深刻な老朽化に対し、財閥系の大手管理会社は、4回目の大規模修繕工事を前に、「責任を持てないので系列の業者では工事できない」と断ってきた。管理会社に紹介された中堅業者によって今年8月に工事は終わったが、その途端、管理会社は管理費の2割アップを突き付けてきた。

    自らも不動産業界に身を置く管理組合の永井聖理事長は、「管理会社は一般的に大規模改修で3割、日々の管理で2割5分のマージンを抜く。ここまで築年数が経つと次の大規模改修も見通せず、日々のメンテもさらに増える。味がなくなったこのマンションから逃げ出したいのだろう」と見る。

     「管理費の値上げは飲めない」と断ると、案の定、管理会社は間髪入れずに管理契約の打ち切りを通告してきた。「単純な大規模修繕を繰り返す時期は終わったので、これからは修繕費をただ積み立てるだけでなく、いかに使って延命していくかが問われる」(永井氏)と未知の領域に足を踏み入れる。

     延命措置と並行してマンションの建て替えの道筋を引くことも理事長の大事な役割である。しかし、理事長を悩ますのは法律の壁である。日照権の問題で、容積率は建設時の300%から200%へと減らされている上、風致地区にも指定されたため、建て替えの際にはセットバックも必要だ。この条件では、今の住居スペースより大幅に狭くなり、半分の住戸は家族では居住できない広さになり退去を余儀なくされる。このため住民の総意を得るのは難しい。

     マンションの「終活」が二進(にっち)も三進(さっち)もいかないなか、「マンション寿命」のカウントダウンは刻一刻と進んでいく。

  35. 35 匿名さん

    日本人は地方を見捨てるのか。
    2024年、少子高齢化で認知症が這い回る地獄絵図となる=鈴木傾城 2018年9月20日
    https://www.mag2.com/p/money/530806



    少子高齢化の問題を真剣に考えている人は少ない。日本人の半数が大都市圏に住んでいるため、その深刻さを理解できないのだ。日本をあきらめた地方の悲惨な現状を知っても、まだ見て見ぬふりを続けられるだろうか。


    都会の人は気づかない。急増する買い物弱者、団塊世代の認知症…

    日本を終わらせる「超少子高齢化」

    2018年9月16日、総務省は「日本の総人口に占める70歳以上の割合が2,618万人となり、初めて日本の人口の2割を超えた」と報告している。団塊の世代が70代に達しているのだ。65歳以上で見ると3,557万人で、日本の総人口比の28.1%である。

    一方で出生数の方は、200万人超えだった1974年以後から明確に減少の方向にあり、2016年にはとうとう100万人を割って97万6,978人になってしまっている。

    高齢者が極端に増え、子供が極端に減っている。まさに、超少子高齢化が進んでいる。また、人口の自然増減率を見ると2007年から一貫してマイナスを記録するようになった。

    これらのデータから、日本は3つの危険な事態が進行しているということが分かる。

    1. 高齢者が増え続けている
    2. 子供が減り続けている
    3. 人口も減り続けている

    高齢者が増えて、子供が減って、人口も消えていく。日本が静かな危機に直面している。

    高齢者が増え続ける国にイノベーションは生まれない。子供が減り続ける国に活力は生まれない。人口が減り続ける国に成長は見込めない。

    少子高齢化は日本を崩壊させる致命的な病苦なのだ。そろそろ日本人は、これから生々しい「日本の崩壊」を現実に見ることになる。

    日本人のほとんどは少子高齢化という病魔に無関心

    社会・文化・経済における「日本の崩壊」があるとしたら、その原因となる確率が最も高いのは、間違いなく少子高齢化の進行だ。

    しかし、日本人のほとんどは少子高齢化という日本を蝕む病魔に無関心だ。まるで他人事なのだ。なぜなのだろうか。それは、半分以上の日本人が「少子高齢化をまったく実感できていない」ことにある。

    なぜ実感できないのか。それは、日本人の人口の半分が三大都市圏(東京圏・名古屋圏・大阪圏)に暮らしており、この三大都市圏に暮らす人たちは「日本人が減っている」ということに肌で気づかないからでもある。

    総務省統計局「国勢調査」及び国土交通省「国土の長期展望」がまとめた資料を元に、総務省市町村課が作成した『都市部への人口集中、大都市等の増加について』の資料を読むと、この三大都市圏に住む人たちの割合はさらに増えていき、都市部の人口集中がこれからも続くことが示されている。

    一方で、三大都市圏以外の地域は着実に人口減となる。2050年までに、現在、人が居住している地域の約2割が無居住化し、国土の約6割は無人化すると分析されている。

    人口の半分以上は三大都市圏に暮らすので、少子高齢化はまったく実感できていないのである。だから、地方がどんどん死んでいくのに無関心のまま放置されている。

    日本崩壊の過程が人口動態から透けて見える

    この現象を見ると、日本の崩壊はどのように始まるのかは明確に見えてくるはずだ。

    「都会に住む日本人が無関心のまま最初に地方が死んでいき、やがて都市部もまた少子高齢化に飲まれて崩壊する」

    これが、人口動態から見た日本の崩壊の姿である。少子高齢化という病魔は、「地方」という最も弱いところを破壊して壊死させてから、都市部に侵食していくのだ。


    増え続ける「買い物弱者」

    最近、地方で買い物ができずに孤立する「買い物弱者」の問題が表面化しつつある。

    地方は人口が少ないので、そこでビジネスをしても割が合わない。だから地方に進出するビジネスは少ないし、逆に地方のビジネスはチャンスを求めて都会に向かう。

    仕事が消えれば、若者も消える。地方に残されるのは常に高齢層である。高齢層は消費が弱い。だから地方の個人商店は売上が上がらず、店主の高齢化も相まって次々と廃業を余儀なくされていく。

    地方で暮らすというのは、不便と隣合わせである。都会ではどこにでもあるファストフード店やコンビニも採算が合わないので進出しない。


    そこに今まであった個人商店さえも消えていくのだから、地方ではモノを買いたくても買えない人たちが大量に出現しているのである。

    地方は、もはや買い物すらできない陸の孤島に

    2015年の経済産業省調査では、こうした60歳以上の買い物弱者数は700万人いると試算している。

    若年層であれば、こうした環境であっても「インターネットで買い物すればいい」と考える。しかし、高齢者はそんなわけにいかない。

    高齢層は年齢層が高くなればなるほどテクノロジーから疎くなり、インターネットの基本さえ分からない。

    それだけではない。人口が減り、出歩く高齢者も減っていくと、交通機関も赤字経営となって維持できない。電車は走らなくなり、バスの路線もなくなり、交通はいよいよ不便になる。


    銀行も、病院も、郵便局も、赤字経営になれば撤退していくしかない。当然のことながらATMもない。

    そうなれば、地方は陸の孤島も同然の状態となり、いくら郷土愛が強くても、そこで暮らしていけなくなってしまう。こうした状況が延々と続いており、少子高齢化によって状況は悪化するばかりだ。


    自然災害からのインフラ復旧すら危うい

    ファストフード店もない、コンビニもない、個人商店もない、交通機関もない、銀行もない、病院もない、郵便局もない。少子高齢化はそうやって地方を「壊死」させてしまう。

    人口が減り、高齢化し、やがて消えていくのだから、地方が再生できると思う方がどうかしている。

    昨今は地震やゲリラ豪雨や台風と言った自然災害も大型化しているが、地方がこうした自然災害に被災していくと、やがてはインフラの復旧ができなくなる可能性も高い。

    インフラが消えれば生活環境は極度に悪化する。地方は再生よりも荒廃に向かう。


    見捨てられた高齢者が認知症で這い回る地獄絵図

    2018年、「70歳以上の割合が2,618万人となった」と総務省は発表したというのは冒頭でも書いたが、気がかりなのは2024年には日本で最も人口の多い団塊の世代がすべて「75歳以上」となってしまうことだ。

    認知症は75歳を過ぎると急激に増えていく。2024年から認知症は大きな社会問題として見えるようになっていく。2026年には高齢者の5人に1人が認知症患者となる。これは患者数にすると約730万人である。

    日本の地方は病院も介護施設もなくなっている。だとすれば、あと10年もしないうちに、見捨てられた高齢者が認知症で這い回る地獄絵図が発生したとしてもおかしくない。実際、そうなると危惧する人もいる。

    地方の人々は日本をあきらめた

    少子高齢化に叩きのめされ、地方は疲弊し、荒廃し、そして見捨てられた。そして、地方の人々はもうこの状況が改善できないことを悟り、再生をあきらめ、日本をあきらめた。

    しかし、都会に住む日本人はまったくそのことに気づいていないか、気づいても無関心のままである。これで日本はこれからも大国でいられると楽観的に思える人はどうかしている。


    日本を愛し、日本の未来を憂うのであれば、日本最大の国難は少子高齢化であると強く認識しなければならない。もう手遅れの一歩手前まで来ている。


    危機感が共有できていないうちは何も始まらない

    少子高齢化が日本を破壊する時限爆弾になっているという意識は、まだ日本人全体に共有されていない。そして、危機感もまた希薄だ。

    すでに少子高齢化が地方をじわじわと殺している現状にあっても、国民の半数は三大都市圏に住んでいるので、まるで他人事のように「見て見ぬふり」をしている。

    しかし、少子高齢化によって税収が減っている上に、高齢者にかける社会保障費が膨れ上がっている。

    少子高齢化の放置によるツケは、年金受給年齢の引き上げ、年金の削減、医療費負担の増大、税金の引き上げ……という見える形で、日本人全員にのしかかってくるようになっている。


    人口動態から見ると、少子高齢化問題は解決するどころかより深刻化してしまうわけで、もう日本人はこの問題を無視できないところにまできていることを認識すべきなのだ。

    自滅へのトロッコに乗った私たちにできること

    最初にやらなければならないのは、とにかく「少子高齢化が日本を自滅させる」という共通認識を持ち、これを広く周知して国民の意識と議論を高めていくことだ。

    危機感が共有できていないから問題は先送りされてきた。ここで少子高齢化の危機感が共有できなければ、日本は破滅的な結末を迎えてしまう。

    この危機感が共有できたら、出生率を上げるためにどうするのか、地方をどう救うのか、少子高齢化を解決するために税金はどのように配ればいいのか、政治家は何をすべきなのか、社会はどのように変わるべきなのか、すべての議論が進んでいくことになる。

    危機感が共有できていないうちは何も始まらない。だから、「少子高齢化による日本の崩壊」という未来が見えた人は、まず最初に日本を救うために「大変なことが起きている」と叫ぶ必要がある。もう時間がない。

  36. 36 匿名さん




    【不動産売買】リゾートマンション1万円で購入します【諸費用0円】 (Project羽金堂)
    越後湯沢の中古(マンション-一戸建て)の不動産・住宅情報・無料掲載の掲示板|ジモティー

    (リンク禁止なので google 検索して下さい)






    使わなくなった、管理費 2万円/月 以内の不動産【リゾートマンション】を1万円で購入します。

    仲介業者ではありませんので、仲介手数料や広告宣伝費の約15万円の諸費用不要です。
    不動産移転登記手続きなどは、無償(0円)で行います。司法書士報酬も必要ありません。
    悪徳業者のような、「管理費前払」「諸経費」などの徴収もありません。

    ※但し、固定資産税評価額証明書、印鑑証明、郵便料金など1,000円程度の実費負担お願いします。


    【条件】

    ・登記識別情報通知があること。
    ・管理費・修繕積立金の滞納がないこと。
    ・租税等の滞納がないこと。
    ・租税・管理費等の精算は行いません。
    ・管理費が2万円以内のリゾートマンション
    ・苗場地区でないこと
    ・残地物は、所有権放棄お願いします。


    よろしくお願いします。

  37. 37 匿名さん


    買い手が見つからないスラム化したリゾートマンションを処分する方法は?


    60 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 19:40:34.93
    リゾートマンションなんて買うと後悔するぞ。

    何が困るって、管理費/共益費/修繕積立費、それに将来の建て替え費用が出てくる場合も。

    年に半分ぐらい、そっちに住むならまだしも冬に時々行くぐらいなら
    普通にホテルに泊まったほうがよっぽど良い。


    64 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 19:47:57.72
    >>60
    賃貸にすればそれらのリスクは全て回避可能。

    家賃なんて家族が余裕を持って過ごせる広さでも5~7万円だから、月に1~2泊するならホテルより全然お得。
    ホテルより部屋は広いし温泉は空いてるし、何より荷物を置きっぱなしにできる。



    66 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 19:49:28.0

    湯沢は新幹線があるから、ここにすんで時々東京に新幹線でいけばいいや、くらいの人もいるからね

    でも、調べると、せめて300万で眺望のいい角部屋とか買っておかないと
    あとでババ抜きのババ状態で永久に手放せない

    やるとしたら、ダミー会社たちあげてその名義だね
    最後捨てるときは、管理費も固定資産税も、会社倒産手続きしてすべて終了。


    246 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/23(日) 15:16:08.82

    リゾマンはただの消費財じゃなくて、維持費が掛かるのに捨てられない(売れない)消費財だから性質が悪い。
    満足できる物件が賃貸で出ているなら、賃貸のほうがいいと思うけどな。

    自分から進んでババ抜きに参加したくない。


    249 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/24(月) 03:36:48.83
    >>246
    知識なさすぎ。

    高齢で財産ない人に譲渡する、ダミー法人作って偽装売却する、
    無限に方法あります。
    捨てるのは簡単だよ

    今現在管理費滞納して放置されているのは、その人(法人)自体が実質的に破産、夜逃げ状態で、もう終わっているケース。

    まだ本人元気なら、「切り捨て」は極めて簡単。


    75 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:17:42.00

    利便性考えると、湯沢でしょうが、永住老人が居ないという意味では苗場もいいかもね。

    ただし、夏いったことある人はわかっているだろうけど、フジロック以外は、完全なゴーストタウン

    寂しいを通り越して、恐怖を感じる
    千と千尋の神隠しみたいな感じ


    82 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:27:56.31

    ぶっちゃけ、苗場はスラム化へのカウントダウンが始まっているけど、
    あと何年もつか、それだけが問題。

    仮に3年もつとして、ガンガン使いまくって捨てるなら、損はない
    「財産」なんて考えると大間違い。使って捨てるティッシュペーパーみたいなもの

    あと、スラム化して、どうなるかだね。

    仕事場がないから、アジア系外国人の犯罪の温床にはならないでしょう

    どちらかというと、地元民の普通のマンション化か、それとも老人ホームか。

    ご近所つきあいとかしてしまうと、怪我、病気で車運転できない老人の介護、買い出しやらされるから、 絶対に近所つきあいはやってはいけないね。可愛そうだけど、高齢者がいたら完全無視。これを貫く。


    86 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:39:13.89
    >>82
    いくらなんでも3年はもつでしょ。
    維持のモチベーション以外はw

    使い捨てられるといいんだけど、投げ捨て禁止だからなあ。


    91 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:50:15.92
    >>86
    個人名義で買うのは危険すぎ。

    3年であぼんと予測したなら、やっぱり法人ダミーで最悪倒産手続き
    http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/ski/1434758230/


    しかし、みんながこの方法取ると、管理費・修繕費が集まらなくなり、水道修繕工事は不可能になり、水道も出なくなりますね。

  38. 38 匿名さん

    1戸1万円!? 越後湯沢発、リゾートマンション価格暴落という大問題
    松浦 新 2018/06/02

     スキーと温泉で人気を博したリゾートマンションが今、社会問題となっている。なぜ売却が進まないのか。住居の維持に力を入れる管理組合の取り組みを紹介しながら、問題の根深さを朝日新聞記者の松浦新氏が解説する。 (出典:文藝春秋オピニオン 2018年の論点100)


    バブル崩壊後、マンション住民が高齢者に変化 


     新潟県湯沢町は1985年に上越新幹線が上野に乗り入れ、関越自動車道も全線開通し、年間1000万人を集める観光地になった。首都圏から気楽に行けて、スキーと温泉が楽しめる。バブル景気に乗って、リゾートマンションは93年までに58棟、計約1万5000戸も造られた。不動産情報会社の東京カンテイによると、全国のリゾートマンションは約8万戸なので、2割近い。しかし、スキーブームは去り、供給過剰で価格は暴落した。


    スキーブームに沸いた越後湯沢 ©杉山拓也/文藝春秋© 文春オンラインスキーブームに沸いた越後湯沢 ©杉山拓也/文藝春秋
     バブルから約30年。マンションの利用者も大きく変わった。町によると、2016年4月時点の町民8000人余りのうち、1000人余りがマンションに住民票を置いていた。町民の12.4%を占める。バブル景気のリゾートブームで買った人たちが定年を迎えるなどして移り住み、地元の人も、高齢で冬の雪下ろしが負担などの理由で移住しているという。マンションの高齢化率は43%超と、町全体より8ポイントも高い。


    要介護者が大浴場を汚すことも 


     自らも定住している管理組合の理事長は、実態をこう話す。

    「数10万円なので、借金なしでも買える。管理費は高いが、大浴場が使えるので、光熱水費は安い。一方、介護が必要な人もいて、大浴場が汚物で汚れることもあります。亡くなって連絡しても、遺体も部屋もいらないという遺族もいます。相続放棄はこれから増えるでしょう」

     それだけに、価格の下落は深刻だ。17年9月、新潟地裁長岡支部で湯沢町のマンション9戸が借金の担保として入札で売られる競売にかけられた。88年から90年までのバブル期に建てられた約23~88平米だが、裁判所がつけた基準額はいずれも1万円だった。

     こんなに低いのは、いずれも管理費や修繕積立金の滞納があるためだ。競売で落札した人は、前の持ち主の滞納でも原則として引き継いで払わなければならない。滞納額が建物の評価額を上回ってマイナスなのだが、マイナス価格を認めると、「落札者」はお金がもらえることになる。それはできないので、裁判所は便宜上、1万円の基準額をつけているのだ。

     この入札の結果、3戸は1万円で落札されたが、6戸には20万円前後の値段がついた。実は、リゾートマンションを競売にかけるのは、ほとんどが管理組合だ。通常の競売は住宅ローンを貸している銀行がかけることが多いが、リゾートマンションは価格が低すぎて、競売でつく価格は経費にもならないことが多い。しかし、管理組合は滞納を放置すると他の所有者にもモラルハザードが広がる恐れがあり、それを止めるために競売をすることがある。湯沢のマンションはこのケースが多く、毎月数件は競売がある。


    競売も落札も管理組合が行う理由


     落札するのも、多くの場合は管理組合だ。滞納で実質マイナスなので、一般の入札は期待しづらいためだが、このところ、第三者が入札するケースも出てきた。

     あるマンションでは16年3月と4月に競売で売れた2部屋が、沖縄の宗教法人の名義で登記された。屋内プールやジャグジー付きの大浴場も備えた豪華マンションで、1室は、11、12階にまたがるメゾネットタイプの77平米だが、2800万円余りの滞納があり、裁判所の基準額は1万円。宗教法人はこれを33万円で落札したが、過去の滞納管理費を払わずに入居と同時に滞納を始めた。さらに、入れ墨をした人たちが部屋に出入りして共同の大浴場も使う。管理人が、入れ墨の人は風呂を使わないよう注意してもやめないという。マンションの管理組合は、仕方なく、2部屋の競売手続きを改めて進めている。

     こうした落札者がいるため、湯沢のリゾートマンションの管理組合は自ら落札する時でも、高めの入札をするところがでている。先述の9月の競売でも、ある管理組合は20万円前後で2部屋を自ら落札したが、別の応札者があり、高めの入札が功を奏したとみている。

     別のマンションの理事長は心配する。

    「マンションは安くなると様々な人が買って入ってくる。マンションが戸建てと違うのは、管理組合に億円単位の修繕積立金があることです。嫌気がさして出ていく住民が増え、管理組合が乗っ取られたら大変なことになる」


    マンションは値下がりしたのに固定資産税は高止まりとは


     価格が暴落したリゾートマンション定住者の間で負担感が高まっているのが、固定資産税だ。17年8月、町内のリゾートマンションの理事長ら30人が町の担当者と意見交換をする「連絡会議」が開かれた。席上、理事長から町の固定資産税に対する不満が出た。

    「総務省の規定で、固定資産税は時価が下がれば減額するはずだ。リゾートマンションがこれだけ値下がりしたのに固定資産税が高止まりするのはおかしい」

     固定資産税を計算するもとになる建物の評価額は、同じ建物を建てるのにいくらかかるかを、所管する総務省の基準で積算し(再建築価格)、経年劣化分の減額をする。そのため、マンションの評価額は、同じ建物であれば場所に関係なく同じになる。ところが、リゾートマンションの不動産広告を見ると、70平米以上の物件が10万円で、年間の固定資産税額がそれに近いようなケースもある。

     固定資産評価の原則は時価だが、町は「検討する」というだけで動きは鈍い。それは、町税収入の八割が30億円弱の固定資産税だからだ。そのうち、マンションは約8億9000万円と3割を占める。町を支えてきたスキー場やホテルが斜陽化して法人税が減っても、人口の高齢化で住民税を払える人が減っても、建物などがある限り、固定資産税は集められる。「最後の砦」ともいえる安定財源なのだ。

     湯沢では、マンション管理組合が自分たちの資産の価値を必死で支えている状態だが、人口減の日本で、マンションの供給が需要を大幅に上回る状況は、リゾートだけの問題ではない。湯沢で起きていることを他人事と考えず、資産の有効活用ができる対策を打つ必要がある。
    https://www.msn.com/ja-jp/money/news/1%E6%88%B81%E4%B8%87%E5%86%86-%E8...

  39. 39 匿名さん


    地球温暖化によって湯沢・苗場ではスキーができなくなる


    地球温暖化がスキー場の積雪量や滑走可能日数に及ぼす影響予測
    道総研 環境科学研究センター
    http://www.ies.hro.or.jp/katsudo/kikou/kikou_04.html


    地球温暖化によって将来、湯沢・苗場で「スキーができない」事態は発生しないのでしょうか? 心配なので今回は以下の文献で調べてみることにします。



    ◆◆◆ 地球温暖化がスキー場の積雪量や滑走可能日数に及ぼす影響予測-気象庁RCM20予測を用いて-◆◆◆
    ◇◇◇ 著者:中口毅博(2010) 芝浦工大紀要人文系,44-1,p71-76◇◇◇ 


    この文献は、地球温暖化によるスキー場の将来の積雪量の変化と、滑走可能日数の変化を予測したものです。スキー場の積雪量の将来予測は、

    【1】過去のスキー場の平年積雪量を算出し、
    【2】予測ツールを用いて【1】の再現性を確認したのち、
    【3】将来の平年積雪量を算出する

    という手順を踏んでいます。

    【1】
    気象庁の気候メッシュ値を利用しています。その他にも気象庁のサイトには過去の気候に関するデータが充実しており参考になります。
    (参考:http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php

    【2】
    IPCCのA2シナリオに基づき、水平解像度20kmの高解像度の地域気候モデル(MRI-RCM20)を用いて行っています。 A2シナリオとは経済重視で地域志向が強まったと仮定したシナリオのことです。
    (参考:気候変動適応策文献紹介シリーズ第1回)
    再現性については、スキー場の積雪量が1kmメッシュに対してMRI-RCM20が20kmメッシュであることもあり、高い相関関係は得られず説明力は高くないものの、現状から将来にかけての積雪量増減率の予測は可能であると判断しています。
    なお、今回の文献は2009年に執筆されたものですが、近年は5kmメッシュで計算できるモデルが出ており、さらに精度が上がった計算も可能となっているようです。

    【3】
    【1】【2】を踏まえ、2031年~2050年及び2081年~2100年の積雪量増減率平均値を求めています。有効データが得られた全国275スキー場のうち、2031年~2050年において増加するのは24スキー場であるとのことです。北海道では道央の数か所のスキー場が積雪量が増加すると予想されていますが、他のスキー場は減少しています(図1)。
    これが2081~2100年の予想となるとさらに積雪量の減少は加速され、北海道のすべてのスキー場は積雪量の減少が予想されています(図2)。




    図1 スキー場ごとの積雪量増減率平均値(2031年~2050年)
    ○は増加。●は減少。
    出典:地球温暖化がスキー場の積雪量や滑走可能日数に及ぼす影響予測 ~気象庁RCM20予測を用いて P3より




    図2 スキー場ごとの積雪量増減率平均値(2081年~2100年)
    ○は増加。●は減少。
    出典:地球温暖化がスキー場の積雪量や滑走可能日数に及ぼす影響予測 ~気象庁RCM20予測を用いて P3より


     また、滑走可能日数ついては、電話ヒアリングによって滑走可能な積雪量を調査し【3】と比較することによって推計しています。 全国15スキー場から回答が得られ、2008年では15スキー場平均で125日あった滑走可能日数が2031年~2050年になると平均で39日、2081年~2100年に至っては19日と約1/6となることが示されています。

     その他、夕張市のあるFスキー場の滑走可能日数が年ごとに棒グラフで示されています。2008年シーズンの滑走可能日数は120日ですが、2031年から2050年までの20年間のうち滑走可能日数が20日以下になるシーズンが8年に及ぶこと、2081年から2100年までの20年間のうちでは41日を超えるシーズンがなくなってしまうなどの結果となっています (表1)



    表1 Fスキー場の滑走可能日数

    滑走可能日数 2031年~2050年 2081年~2100年
    00~20日 8年 17年
    21~40日 8年 3年
    41~60日 3年 0年
    61~70日 1年 0年
    http://www.ies.hro.or.jp/katsudo/kikou/kikou_04.html


    出典:地球温暖化がスキー場の積雪量や滑走可能日数に及ぼす影響予測 図9及び図10より作成


     北海道は、言うまでもなくウィンタースポーツが盛んな地域です。さらには雪まつりや屈斜路湖における御神渡りなど自然を生かした観光、わかさぎ釣りなども魅力です。
     温暖化の影響を少しでも和らげ、将来にわたって北海道の自然を満喫していきたいですね!


    【今回ご紹介した文献はこちら・・・】
    http://homepage1.nifty.com/nakaguti/work/ondanka/ski.pdf

  40. 40 匿名さん

    発電をすべて原子力にしなければ地球温暖化で地球の気温は250℃になる



    「地球の気温は250度まで上昇し硫酸の雨が降る」ホーキング博士
    2017年7月4日(火)19時01分 ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

    理論物理学者のスティーブン・ホーキング博士 Toby Melville-REUTERS

    <アメリカのパリ協定離脱を批判したホーキング博士が、地球の「金星化」を予言。さらにこれを裏付けるデータも>

    著名な理論物理学者スティーブン・ホーキング博士が、人類に警告を発した。地球上の気温はいずれ250度まで上昇し、このままだと手遅れの状況になる可能性があるという。

    7月2日に母校のケンブリッジ大学で行われた75歳の祝賀記念講演でホーキング博士は、アメリカの「パリ協定」からの脱退が原因で、地球上の気温上昇が加速するとの見方を示した。人類にとっての最善策は、他の惑星を植民地化することだと語った。

    ホーキング博士は「地球温暖化は後戻りできない転換点に近づいている」と指摘し、ドナルド・トランプ米大統領によるパリ協定脱退の決断がさらに地球を追い詰めることになると非難した。気温は250度まで上がって硫酸の雨が降るという、まるで金星のように過酷な環境だ。

    さらにこれを裏付けるような調査結果が出た。アメリカ気象学会の衛星データから地球表面と地球全体の温度が連動してどんどん暑くなってきていることが確認されたとワシントン・ポストが報じた。

    【参考記事】イーロン・マスク「火星移住は生きている間に可能だと知ってほしい」
    【参考記事】リッチな人々の火星移住は近い

    不可逆的な状況になる前に

    トランプは6月1日にホワイトハウスで声明を読み上げ、パリ協定から離脱すると発表した。同時に、自ら離脱するにもかかわらず「(パリ協定に署名する194カ国と)再交渉を始めて公正な協定を結びたい」とも提案。これを受け、ドイツ・メルケル首相とフランス、イタリアの首相は即座に連名で声明を発表。「パリ協定は再交渉できない」とトランプの提案を拒んだとニューヨーク・タイムズなどが報じた。

    トランプの掲げるアメリカ第一主義に則って、離脱は「米国の雇用を守ることにつながる」と主張したが、アップル、フェイスブックなどの企業から批判を浴びる結果になってしまった。アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)はツイッタ―で、「パリ協定脱退は間違った決定」だと投稿した。
    https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/07/250-1.php




    地球の温度と温室効果
    http://www.s-yamaga.jp/kankyo/kankyo-kankyo-3-1.htm

    人間が作り出すエネルギーが大きくなりすぎてX点を超えてしまうと、地球は熱暴走を始め、海水はすっかり蒸発、石灰岩もすべて分解して、やっとD点(細かくいうとD点より少し温度の高いところ)で釣り合うようになる。そのとき地球の大気圧は水蒸気270気圧、二酸化炭素30~50気圧の合計300~320気圧、温度も200℃を越えるだろう。実際に、金星がこの状態である(図のE点)。金星は地球の90倍(90気圧)の大気を持ち、またその95%以上が温室効果ガスである二酸化炭素であるために、その温度は460℃~480℃にもなっている(※2)。


     地球の温度は、大きく見れば太陽からの放射エネルギー(地球が受け取るエネルギー)と、地球からの放射エネルギーが釣り合うところで決まる。物体が放射するエネルギーは、物体の表面積が一定ならば、その物体の表面温度(絶対温度)の4乗に比例している。これをステファン・ボルツマンの法則という。式で書くと

      E(J)=σT4  ここで、σシグマはステファン・ボルツマン定数=5.67×10-8(J/秒・m2・K4)

     地球の位置での太陽放射(太陽定数)は1.37×103J/秒・m2、それを地球全体に平均するとその1/4(1・2の(1)参照)、また地球の反射能(アルベド)は0.3だから(吸収しているのは0.7だから)、地球(地表と大気)が吸収している太陽放射は結局1.37×103J/秒・m2×0.7=2.40×102J/秒・mである。地球もこれと同じだけのエネルギーを放射しなくてはならない。この値をステファン・ボルツマンの法則に代入すると、

     2.4×102(J・s-1・m-2)=σT4   σ=5.67×10-8(J・s-1・m-2・K-4)
     T4=4.23×109(K)
     T=255(K) (0℃=273Kだから255K=-18℃)

    地球の温度は255K(-18℃)となる。これは実際の地表の温度より約33℃も低い。

     なお、この詳しい計算についてはこちらも参照。
    http://www.s-yamaga.jp/nanimono/taikitoumi/taikitotaiyoenergy.htm


    また、

    <1・2 食料>
    http://www.s-yamaga.jp/kankyo/kankyo-shokuryo-1.htm

    で用いた太陽エネルギーは、地表が吸収しているエネルギー(地表に到達するエネルギー)で、上で用いている太陽エネルギーは

    地表+大気(対流圏の大気)
    http://www.s-yamaga.jp/nanimono/taikitoumi/taikinokouzo.htm

    が吸収しているエネルギーであることに注意。

     地球の温度が単純な計算値より高いのは、地球の大気には水蒸気や二酸化炭素、さらにはメタン、窒素酸化物、オゾン、フロンガスなどの温室効果ガスが含まれているためである。温室効果ガスは、太陽からの放射エネルギー(おもに可視光線)は通すが、地球から宇宙に出ていこうとする放射エネルギー(赤外線)を抑えるのである。そのために熱がこもって、ステファン・ボルツマンの法則から期待される温度よりも高い温度になってしまう。

    ※ 物体が放射する電磁波の最大強度の波長はその物体の表面温度で決まる(ウィーンの変位則)。太陽のように表面温度が6000℃(5800K)の物体の最大強度は460nm(ナノメートル、黄色に見える)で、そのまわりの波長の電磁波が可視光線。そこで、太陽の放射エネルギーは大部分は、可視光線として放射されている。一方、地球程度の温度(-18℃であろうが、15℃であろうが)では、放射エネルギーは赤外線となる。


    図6-3 温室効果

     これをもう少し詳しく見てみよう。大気がない場合の地球(つまり月(※1))の放射エネルギーはステファン・ボルツマンの法則に従い、表面温度の4乗に比例する。このとき、太陽放射と釣り合う温度(図6-4のA点=約マイナス18℃)が月全体の平均温度であり、地球に大気がなかった場合の地球の温度ともなる。


    図6-4 地球の温度と地球からの放射エネルギーの概念図:自然の数理(筑摩書房、数理科学シリーズ、1975年)などから作成

     しかし、地球には海水として水が大量にあるし、さらに石灰岩も温度が上昇すると分解して二酸化炭素になる。つまり温度が上がれば上がるほど、大気中の水蒸気や二酸化炭素はどんどん増えて温室効果が強くなる。そのため温度が上がるとかえって放射エネルギーが低くなる。だが、すべての海水が蒸発し、またすべての石灰岩が分解すると、それ以上は温室効果は強くならないので、温度が上昇すると再び放射エネルギーは大きくなる。そこで、放射エネルギーのグラフは図の青線のようにいったん右下がりになったあと、再び上昇することになる。このグラフで、太陽放射と釣り合う温度は3カ所あるが、地球の温度はB点(約15℃)になる。

     もし、太陽の放射がいまより少し(10%くらい)大きくなったり、あるいは人間が作り出すエネルギーが大きくなりすぎてX点を超えてしまうと、地球は熱暴走を始め、海水はすっかり蒸発、石灰岩もすべて分解して、やっとD点(細かくいうとD点より少し温度の高いところ)で釣り合うようになる。そのとき地球の大気圧は水蒸気270気圧、二酸化炭素30~50気圧の合計300~320気圧、温度も200℃を越えるだろう。実際に、金星がこの状態である(図のE点)。金星は地球の90倍(90気圧)の大気を持ち、またその95%以上が温室効果ガスである二酸化炭素であるために、その温度は460℃~480℃にもなっている(※2)。

     いくら人間が無限の、しかもクリーンなエネルギー源を開発しても、それを地球で使えば最終的には熱になる。熱暴走を起こさないためには、太陽エネルギーの10%以下に抑えなくてはならないこともわかる。実際には、こんなに使う前に地球の環境は完全に破壊されるであろう。

    ※1 月のアルベド(反射能)は0.07なので、これを使って計算すると月の温度は276K(3℃)になる。

    ※2 金星のアルベドは0.78もあり、地球よりも太陽に近いのにもかかわらず吸収している太陽エネルギーは地球よりも小さい。

     

    補足:安定な平衡と不安定な平衡

     図6-4で、地球放射と太陽放射が釣り合う点が3つある。B点とD点は、地球の温度が上がれば太陽放射より地球放射の方が大きくなり、出ていくエネルギーの方が大きくなるので温度が下がる。逆に、地球の温度が下がれば太陽放射より地球放射の方が小さくなり温度は上がる。ここは、負のフィードバックがかかっている。つまり、この点は地球の温度がちょっと変動しても必ず元に戻る。このような平衡を安定な平衡(釣り合い)という。

     一方、C点はちょっとでも地球の温度が上がると、出ていくエネルギーの方が小さくなるのでますます温度が上がり、逆に温度が下がると出ていくエネルギーの方が大きくなるのでますます温度が下がる。ここは、正のフィードバックがかかっている。このような平衡を不安定な平衡(釣り合い)という。

     安定な平衡、不安定な平衡は、坂に球(ボール)を止めることを考えるとわかる。右図の青い球は谷底と頂上で止まる。その青い球は、谷底では位置が少しずれても谷底に戻るが、頂上では少しでも左右にずれると坂を転がり落ちてしまう。谷底が安定な平衡のイメージ、頂上が不安定な平衡のイメージである。
    http://www.s-yamaga.jp/kankyo/kankyo-kankyo-3-1.htm
     

  41. 41 匿名さん

    宇宙戦艦ヤマトの設定はある意味、将来を予言していたということですか?

  42. 42 匿名さん


    苗場のリゾートマンションが売れなくなったのは、白樺平ゲレンデや浅貝ゲレンデの様なリゾマンに隣接するスキー場が廃止されたからです

    苗場のリゾマンの販売価格はすぐ隣にスキー場があるという付加価値で高くなっていたのに、一番近くの苗場スキー場でも車で10分もかかる様になったので価値が暴落したのですね。

    実際、ファミールヴィラ苗場やファミールヴィラ苗場タワーは2年前に浅貝スキー場が廃業する前までは 100万円以上していたのに、廃業後すぐに10万円に下がりました。

    それ以前も、白樺平ゲレンデや浅貝ゲレンデが土日以外休業になってから売りが急増していました。



    湯沢のリゾマンもスキー場がすぐ傍だったり、無料循環バスがあるからまだ100万円代で下落が止まっているので、これから地球温暖化の影響でスキー場が廃止されたら苗場のリゾマンと同じになってしまいます。

    ____


    苗場地区で採算が取れなくなって廃止されたスキー場

    三国スキー場
    浅貝スキー場
    浅貝の隣のファミリーゲレンデ(今は別荘分譲地になっている)
    白樺平スキー場
    二居スキー場


    唯一残った苗場スキー場も稼働するリフトが 1/3 になり、ゲレンデには中国の団体客ばかりになりました。

    苗場でゴンドラに乗って上まで行っても、初心者はスキーで降りて来られない。
    大斜面の初級者用迂回路をコスト削減で閉鎖していますからね。


    地球温暖化の影響で湯沢地区のスキー場も苗場地区と同じになります。

    湯沢地区のスキー場で残るのはガーラと かぐら の二つ位でしょうか。


    田代スキー場は既に今でもガラガラで、営業日を土日だけにしないと採算が取れなくなっています

    かぐらスキー場は駐車場からメインゲレンデに行くまで40分もかかるし、ゲレンデも移動路みたいな狭いコースばかりで、初心者向きの緩いコースも一つも無い。

    それから、かぐらのゴンドラライン急坂に敷いているサマーゲレンデ用のピスラボ・マットを雪が無くなっても使っています。

    前はバスでロープーウェイ頂上駅と かぐらゴンドラ始点をむすんでいたから、雪が無くなっても かぐらメインゲレンデに行けたけど、バスを廃止したんで、ゴンドララインのエッジの効かない急坂のピスラボの上を滑らないといけない。

    初心者には危険だし、滑るだけでスキー板がボロボロになる。

    という事で、かぐらメインゲレンデに雪が沢山有っても かぐら・田代スキー場は採算が取れないのですね

  43. 43 匿名さん


    苗場のリゾートマンションの人気が無くなった理由


    近くにまともなスキー場がなくなったら、わざわざ苗場のリゾートマンションに行く意味も無くなる:


    ファミールヴィラ苗場タワーの元オーナーがリゾマンを売った理由


    Re 苗場地区の将来は? 投稿者:タワー引退者 投稿日:2016年 8月31日(水)12時22分29秒


    私は苗場スキー場に絶望してタワーを売却しました。
    毎年いるとわかるのですが、経営が傾斜した時から、

    ・コースの廃止(火打ゲレンデはかなりコース廃止されましたね)

    ・コース整備の手抜き(コースは存在しても滑れない。大斜面も迂回くねくねが存在して、初中級者でも上から下まで何とか降りてこれたはず)、

    ・ロープウェイ・ゴンドラがすぐに運休(強風とか視界不良とかの理由ですぐ1日運休する)

    ・平日はさらにコースも縮小

    ・プリンスホテル内の店が穴あき状態(行くと営業してないとか)

    ・プリンスホテル自体が季節営業に以降(今は夏はやっているようですが、冬しか営業せず)

    など、スキー場としてまともではなくなりました。
    子供と外国人だけ相手して、下の方で滑ってろと言わんばかり。
    子どももちょっと滑れるようになると、満足せず田代や湯沢まで遠征してました。

    さらにスキーシーズン以外で営業していたゴルフ場も廃止されましたしね。

    プリンスホテルだけのせいにするつもりは無いです。

    地元も浅貝ゲレンデもM選手の仲間内だけでの営業(レストハウスで仲間内だけでの盛り上がりで営業しているのかどうかもわかず、地元のホテル・ペンションとの連携もなし)で、M選手がスキー選手のせいかスノボパークもなくなり、地元もやる気なし(浅貝と温泉のセットでもやればいいのに)

    タワーは気に入ってたのですが、手放しました。

    苗場は温暖化で雪質も悪くなり、さらに奥の三国スキー場があれば雪質の良さは多分売りになると思うんですけど、地元もこうじゃ難しんでしょうね。残念です。
    http://8601.teacup.com/naebatower/bbs/983


    _____



    2009年12月26日 スキー専用になった浅貝スキー場
    http://blog.livedoor.jp/mightycraft/archives/50478809.html

    昨晩はオフィスでクリスマスパーティーでしたが、アルコールは飲まず、パーティー終了後子供3人を連れて車をとばし、深夜に苗場のマンションに到着しました。妻は仕事があるので一緒ではありません。

     朝は少し遅めの朝食をとります。

    DSC05047

     昼近くまでWiiのスーパーマリオをやらせて、スキーの準備をします。今日は苗場タワーそばにある浅貝スキー場に行きます。

     正式名称は苗場スキー場浅貝ゲレンデというらしく、リフトも1本でスキー場に昇格していないのですが、苗場スキー場からも離れていますし、1日券も別料金のため別のスキー場のようです。

     今日が浅貝スキー場のオープン日ですが、今年からスキー専用ゲレンデになったようです。スノボのパークアイテムがいくつもあり、どちらかというとスノボプレーヤーの割合の方が多かったのですが、なぜかスキー専用です。

     勝手な見解ですが、以前から赤字でスノボのパークを維持するにはコストがかかるので、スキー専用にしてスクールなどの団体を呼び込むつもりでしょうか。以前はハーフパイプのコースとかも作ってましたからね。

     どちらにしても苗場スキー場全体のリストラクチャリングの一環でしょう。苗場スキー場奥にあったスキー専用エリアの火打ゲレンデが廃止されたので、その部分を持ってきたとも言えますね。

     まずはいつものように、スキーロッカーからスキーの準備をする間に、子供達にはラジコンで遊ばせます。

    DSC05048

     浅貝ゲレンデまではマンションから徒歩で3~4分ですが、今日は妻はいないので車で移動します。

     まずはそりで遊びます。それにしてもオープン日だというのに人がいません。子供のスクールの団体で何人かいるようですが、その他は数えるほどです。

    DSC05051DSC05049DSC05056

     長女マミもプラスチックのスキーでスキーデビューさせました。やる気は満々でした。が、滑り出した途端、怖がって終了。そり遊びに戻りました。

    DSC05054DSC05053DSC05057

     1時半近くになったので、ゲレンデのレストランに行きます。ここも寂れていてお客がいません。小物を売っていた売店エリアも無くなってしまったようです。

     メニューの種類も少なく、カレーやピザなどを注文しました。サービスで豚汁をもらいましたが、全て素人以下の料理です。関係者のような人ばかり出入しているようで、どうもスキースクールの運営のレストランのようです。

    DSC05058DSC05060DSC05059

     子供向きの料理なども無く、浅貝をスキー専用にしてファミリーを呼び込めるとは思えないです。せめて苗場とかかぐらでやっているようなドリンクバーを設置すればいいのに。

     食後はスキーをします。スキーデビューしたはずのマミは、もうスキーを履きたくないとのことで背中に背負って滑ります。

    DSC05065DSC05063DSC05066

     リフトを3回乗り、滑って終了。リフト1本しか無く、さらに1枚岩バーンですから、この位で飽きます。
     スノボならもう少し楽しめるかもしれませんが、スキーだとすぐに飽きるコースですね。コースの下部もなだらかでは無いので初心者向けでもないですし。

     これからかもしれませんが、そりなどの遊びエリアも無く、ファミリー向けでもないでしょう。

     スキーが終わり、そのまま数十メートル先にある温泉の、「雪ささの湯」へ行きます。

    DSC05067DSC05068

     フロント横にある恐竜のおもちゃがお気に入りで遊んでいます。帰りがけにはリンゴをもらいます。

    DSC05069DSC05070

     夕食は冷凍食品のハンバーグです。夜はヒロキとユウキはスーパーマリオWiiを、マミはアンパンマンのおもちゃで遊んで過ごします。

     DSC05071DSC05072

     それにしても浅貝スキー場の先が思いやられます。元々リフトが1つしか無く、コースも少なく初心者向きでもないのに、スキー専用になり利用者激減(多分、いや確実)。ゲレンデレストランも素人運営で美味くない。ナイターも今シーズンから廃止。苗場スキー場との連絡バスなども無く孤立している。子供向けの遊び場も無い。と、マイナスの要素ばかり。

     来シーズンは西武マンションに隣接した白樺ゲレンデのように土日のみ営業になり、ゆくゆくは浅貝スキー場自体が廃止になりそうな・・・。

     苗場タワーのマンションの部屋から見えた、ナイターの様子はもう見られないと思うと残念ですが、スキー場自体が無くなるとしたらもっと残念ですね。

     元々運営元のプリンス自体にやる気がないんでしょう。苗場スキー場浅貝ゲレンデと名前がついているのに、ゲレンデ間を連絡するシャトルバスさえ無いのですから。

    苗場スキー場スタッフBLOGに、うちの子供達が写っていました。2枚目の写真の黄色の2人とピンクの1人です。ここです。
    http://blog.livedoor.jp/mightycraft/archives/50478809.html

  44. 44 匿名さん


    三国スキー場(新潟県湯沢町)

    「'86 SKI GUIDE(山と渓谷社)」によれば、

    「苗場スキー場から、3.5km。上越国境の山々に囲まれた谷あいにあり、43haのゲレンデは豊富な積雪に恵まれ12月初旬から5月上旬まで滑走でき、美しいブナ林に囲まれた独特な雰囲気をもっている。

    ゲレンデにはセパレートされた7コースが設定されており、初級者から上級者まで自分の技術に応じたコース選定ができ、安心して滑走できるようになっている。苗場プリンスホテル宿泊のスキーヤーには、無料送迎バスが運行されている」

    と紹介されている。

    標高1,120~1,548m。開設は1980年。
    最大斜度30度。

    苗場と同様、国土計画によってつくられた西武系のスキー場だった。
    リフトはペア2基、シングル1基。最長滑走距離2,500m。
    http://old-skier.seesaa.net/article/161623424.html




    2005年10月18日 さらば三国スキー場
    http://goodman.seesaa.net/article/8280789.html

    今日は、衝撃のニュースがあった...

    <抜粋>
    5スキー場と2ホテル休止 コクド、採算見込めず

     西武グループの中核企業コクドが、新潟県の「三国スキー場」(湯沢町)など新たに全国5つのスキー場と、北海道の「札幌北広島プリンスホテル」(北広島市)など二つのホテルについて、今冬の営業を休止することが17日、明らかになった。採算が見込めないのが理由。

     スキー場は「三国スキー場」のほか、新潟県中越地震で被害を受けたままの「小千谷山本山高原スキー場」(新潟県小千谷市)と、秋田県の「千畑スキー場」(美郷町)、「日光菖蒲ケ浜スキー場」(栃木県日光市)、「札幌北広島プリンスファミリースキー場」(北広島市)が対象。休止方針だった「土樽スキー場」(新潟県湯沢町)は正式に閉鎖を決めた。いずれもリフト1本の小規模スキー場で、黒字を維持するのが難しい。
    (共同通信) - 10月17日12時12分更新



    <抜粋以上>
    この閉鎖されるゲレンデの中でも、三国スキー場は、僕の大好きなゲレンデの一つでした。
    苗場スキー場の脇からくるまで10分ほど上った山間に、三国スキー場はあります。


    このゲレンデは、苗場が常に激しい混雑をしていた時代に、エスケープゲレンデとして作られたスキー場で、当時は最長1.5KMのコースを誇り、一番栄えた時期は、1000m級のペアリフト2本とシングルリフト1本を備え、ゲレンデレストラン2カ所と茶店1カ所を備えた、そこそこの規模のスキー場でした。


    ここの特徴は、すべてが深い林間にあることから雪質が比較的良く、喧噪から離れていることもあり、とても静かな雰囲気を保っていました。
    欠点といえば、ゲレンデが開発された時期が、カービングスキー以前なため、コースの幅が狭く、また下部行くほど緩斜面となっているために、春先にもなると滑走面の広いカービングスキーでは、抵抗が大きくなりすぎてスピードが出ない現象が発生します。

    でも良いときは、本当に楽しいゲレンデでした。

    頂上からの1.5Kmのダウンヒルは、出だしこそ緩斜面ですが、急に長い急斜面があり、その下部に緩斜面の踊り場があって、ここで左方に90度曲がり、100mほどの短い中斜面となります。ここの斜面変化が急なため、スピードに乗って下ってくると、ちょっとだけ飛べます...

    左からの別のコースとの合流を越えると、リフト乗り場までの約300mの長い緩斜面が続きます。ここは、仲間たちと直滑降や座りチョッカリで空気抵抗を減らして競争です。もちろんアイスや昼飯を賭けて....

    中央のコースは、出だしからレストランへ向けて、長い中斜面が続いているため、真冬の新雪が降った日などは、パウダーを楽しむには、もってこいの斜面でした。

    左側のリフト沿いには、タイムチャレンジャーが常設されていて(苗場には無いのです!)、ここでは仲間と真剣勝負を繰り広げました。
    斜度が比較的緩いので、ちょっとしたミスで勝負が決まるという、意外な楽しさもあり、よく遊んだものです。


    ここ数年は、ゲレンデの規模も逐次縮小され、ペアリフト1本、レストラン一軒(昼のみ営業)という縮退営業を続けていたため、僕も足が遠のいていました。
    苗場スキー場は儲かっているのだから、こういう静かな隠れ家的なゲレンデもやっているというのも粋な感じもするのですが、現在の企業体質に合わないのでしょうね...
    実に残念です。


    名物ちょうちん岩も、なかなか見る機会も無くなりますね...

    僕らの青春時代のたくさんの思い出を育んでくれた三国スキー場よありがとう!
    いつかまた、良い時代がやってきて、再びこのゲレンデで滑れる日がくることを祈っています。




    コメント


    う~ん、今シーズンも閉鎖中ですね。。
    わたしたち仲間の間でも
    三国はかくれスキー場として大人気でした!!
    またいつかオープンしてくれることを祈っています!
    Posted by トミー at 2007年01月22日 15:36


    最近の西部系のスキー場を見ていると、

    客が減る→リフト止める→つまらないので客がリピートしない→リフト廃止

    の縮小スパイラルという感じで、寂しい限りですよね....
    いつの日か、再び拡大期が訪れて、クワッドの架かった三国スキー場をかっ飛ばしたいものです (^o^)
    Posted by NOBU at 2007年01月23日 02:27
    http://goodman.seesaa.net/article/8280789.html

  45. 45 マンション比較中さん

    10年以上前の骨董記事延々と猿コピペして何がしたいのこのひと

  46. 46 匿名さん





    苗場 プリンスホテルの口コミ:2016年8月22日 ryojun 東京23区, 東京都

    お粗末すぎる苗場サマーパーク


    苗場プリンスといえば新潟県を代表する大型施設。今年はスキーワールドカップで各国のトップスキー選手をもてなし、かつてのスキーブーム時代を牽引した由緒あるホテルなはず。スキーブーム終焉とともに営業期間も縮小され、僅かなスキーシーズンとフジロックだけが頼り、から家族連れへのアピール頑張ってるな~と魅力的なホームページに惹かれ行ってきましたが、正直がっかりでした。

    おもしろ自転車→何処かの潰れた遊園地から持ってきたような古くて面白くない自転車20分¥600!

    苗バッシャーン→手作りウォータースライダー 水が冷たすぎて3回やったら家族全員ギブアップ30分¥1200!!

    わんぱく広場→こちらもどこかの潰れた施設から持ってきたような汚いエアートランポリン、エアースライダー(汚れていて全く滑らない)、説明書きもない謎のスケボーのような乗り物、超ゆっくり回る回転ブランコ、5才の子供が全て「つまらない」と言っておりました。20分¥600

    ほんとにくだらないこの3種目で¥2400なり。3人姉弟で¥7200

    長男が一番楽しみだったシューティングゲームは弾切れ?で営業終了。

    最後に乗ったお散歩カートは距離も長く唯一楽しめましたが、歩道も車道もなく、お客さんが普通に歩く場所を走るので危険極まりない。要普通免許2人乗り、のはずが免許の確認もなく4~5人で乗る家族も全く放置。

    どのエリアでもそうだったが、係員は客を管理もせずかなり放置状態。
    小屋の中で談笑してました。チケット払わずにエリアに入っても絶対にわからない状態。

    これがプリンスホテル???
    どこかの場末の遊園地よりも酷い。

    今まで色々投稿しましたがここまで書くのは初めてです。

    宿泊時期:2016年8月、家族旅行
    https://www.tripadvisor.jp/ShowUserReviews-g1119245-d301350-r408665421...

  47. 47 匿名さん

    アッフィさんの 苗場プリンスホテル のクチコミ
    アッフィさん [30代/女性] 2018年08月14日 18:50:31

    苗場は観光出来る所があまり無いので、ホテルに子供の遊べるプレイランドみたいなのがあるのですが、とにかく何をやるにも高い!

    部屋も狭いのに高い!

    どうしてこんなにも強気なのか?
    だからかわかりませんが、空室が目立ちました。

    もう行く事は無いだろうと思います。
    https://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/30694/review.html

  48. 48 匿名さん


    トオル4683さんの 苗場プリンスホテル のクチコミ
    トオル4683さん [60代/男性] 2018年01月24日 20:38:53

    夫婦で毎年スキー旅行で利用しています。

    時代の流れで仕方ないと思いますが、外国人のマナー悪さ(特に中国人)には驚きます、朝食時、席を確保してましたが、勝手に座り知らん顔。今回もロッカー前通路で進路妨害。

    6年位利用してますが、次回は思案してしまいます。
    https://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/30694/review.html

  49. 49 匿名さん

    投稿者さんの 苗場プリンスホテル のクチコミ
    投稿者さん 2017年10月10日 16:35:37

    車は無料のはずが1000円取られました
    お風呂は刺青だらけ
    部屋は古いからトイレも流れない

    最悪でした
    https://review.travel.rakuten.co.jp/hotel/voice/30694/?f_time=&f_k...

  50. 50 匿名さん

    >>45
    >10年以上前の骨董記事延々と猿コピペして何がしたいのこのひと


    西武が見当外れのコストダウンをやったから苗場が廃れて、苗場のリゾマンが10万円になったというのを実証したんだよ。

    湯沢も遠からず同じ道を辿るよ。

  51. 51 匿名さん


    採算が取れなくなったスキー場はこの手口で閉鎖するからね


    客が減る
    → リフト数を減らす
    → コース整備の手を抜く
    → リフト稼働日を土日・休日だけにする
    → つまらないので客がリピートしない
    → スキー場廃業



    この手口で閉鎖された苗場地区のスキー場

    三国スキー場
    浅貝スキー場
    浅貝の隣のファミリーゲレンデ(今は別荘分譲地になっている)
    白樺平スキー場
    二居スキー場


    唯一残った苗場スキー場も稼働するリフトが 1/3 になり、ゲレンデには中国の団体客ばかりになりました。

  52. 52 匿名さん

    バイク業界もこの悪循環で最盛期の1/10まで落ち込みました。次は自動車業界がやばい。

  53. 53 匿名さん

    青春時代はあこがれだった苗場がそこまでひどくなっているとは驚きです。

  54. 54 購入経験者さん

    独擅場状態のスレッドにレス付けてよいものか考えましたが質問させてください。
    私は不動産賃貸業をしています。
    空き部屋を物置代わりにしているのですが賃貸付ければ当然賃料が入ります。
    今年になって苗場周辺の不動産価格を知り、タダ同然なら物置代わりに購入出来ないかと?
    しかし、このスレでも書かれている「あと3年で崩壊?」という噂が気になります。
    このレス読んでいただいた住民の方から実際はどうなのかご教授いただければ幸いです。
    当方、特に注目しているのは湿気です。荷物置き場にして全てカビてしまうと困ります。

  55. 55 苗場歴20年です

    20年前にマンション購入していまでも冬はスキーで使ってます。
    冬は湿気とは無縁です。あたりまですね。
    夏なんですが、放置してるとカビ生えます。
    一回換気に足を運べばそこそこ平気です。
    この湿気は冬使ってた分の名残かと。
    廊下も夏はそれなりにカビ臭いですが、築年数相応だと思います。
    管理センターの方が掃除してるからですかね?
    でもここ数年、苗場の夏ですらムシムシするのは気のせいかどうか?
    昔は夏も夜寒いぐらいだった気がしたけど
    エアコンあってもいいかなとか、去年思いました。温暖化?それとも寒冷化へ向けての温度上下差?

  56. 56 匿名さん

    北米は寒波で、オーストラリアは40℃近いそうです。日本は今のところ、暖冬で雨が少ないといったところでしょうか?ただ日本海側は大雪のようです。

  57. 57 匿名さん

    空気や水、食品の鮮度は都内より良く、身体には明らかにいいのに資産性がないだけで評価されないというのは不思議、ドーパミンが出る材料が少ないというだけだと思います。

  58. 58 匿名さん

    楽しければよいと思います。ただ、負動産で子供たちに迷惑をかけなければ。

  59. 59 ご近所さん

    あなたのマンションも「廃墟化」する?危険な2つのステップに要注意 「買えば安心」は大間違い
    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63873
    2019.04.18 榊 淳司 住宅ジャーナリスト 現代ビジネス

    廃墟化への進行を留まらせるのは、一にも二にも管理組合の手腕である。管理組合さえしっかりしていれば、廃墟化を防ぐことができる。その好例を新潟県・湯沢町のリゾートマンション群に見ることができる。

    すでに湯沢町のリゾートマンション群は、「資産価値喪失」という廃墟化への第1のステップには十分に達している。だが、あのリゾートマンション群の管理組合の多くは、次のステップである「管理不能」という状態に陥ることに対して、頑強に抵抗している。

    たとえば、競落額が300万円未満であっても、果敢に競売を申し立てている。その住戸の滞納分を回収できなくても、おかしな人に競落されて、再び滞納が発生するのを防いでいるのだ。

    管理組合が自ら競落したあとは、管理費等を払ってくれる人に売却しているとか。その一連の動きは、そんなに簡単なことではないかもしれない。しかし、放置するよりも何十倍もマシな結果になると思える。




    「終の棲家」であるはずのマンション。しかし、このままでは数十年後、多くのマンションが「廃墟化」するという。どうすればマンションが「粗大ゴミ」になるのを食い止められるのか? 『すべてのマンションは廃墟になる』の著者で、住宅ジャーナリストの榊淳司氏によれば、「廃墟化」は2つのステップを踏んで進行するという。あなたのマンションでも起こっているかもしれない驚きの実情を、榊氏が指摘する。




    第1ステップ「資産価値喪失」

    私は分譲マンションの廃墟は、ふたつの重要なステップを踏んで進行すると考えている。



    最初に、そのマンションの「資産価値喪失」が起こる。そのマンションの資産価値がおおよそ500万円未満になることを、ここでは「資産価値喪失」とする。

    こうなると、そのマンション自体の存在意義が問われていくので、管理組合のモチベーションが著しく低下する。

    詳しく説明しよう。

    資産価値が500万円を切ると、区分所有者たちがそのマンションを所有していること自体に関心が薄れる。特に、非居住者にとってはそうなる。賃貸に出していて、賃料収入が得られていれば別だが、空室になっている場合は、なおさら関心が薄れる。やがて、管理費等を滞納するようになる。

    管理費や修繕積立金を滞納されると、管理組合には入ってくるべきお金が入ってこなくなる。それでは困るので、支払いの督促をかける。督促業務は、通常管理会社がおこなうが、督促している主体はあくまでも管理組合だ。

    督促しても支払われない場合、その住戸の競売を申し立てることになる。このときに、競売の諸費用や弁護士報酬などを差し引いても、滞納している管理費等をほぼ全額回収できるギリギリのラインが500万円なのである。

    もちろん、この500万円は、滞納額の多寡によって変動する。滞納額が100万円程度なら、300万円で競落されれば元が取れるはずだ。ただ、滞納額が100万円であっても競落を申し立てるには、初期費用を百数十万円ほど用意しなければならない。これはあまり現実的ではない。

    また、競売を申し立てる場合、申立人は個人か法人でなければならない。その管理組合が法人化していない場合、理事長の名前で申し立てをおこなうことになる。競売といえども、裁判の一種である。その当事者になるのを嫌がる理事長も多い。

    このように、資産価値が失われることで管理費等の滞納が増えると、管理組合は督促に追われ、あるいは複数の競売案件を抱えることになる。その場合には、管理組合の事務能力が問われる。

    あまりやる気のない管理組合だと、滞納を放置するケースが多い。すると、必要な収入が得られなくなる。入ってこないのだから、支払うほうも滞る。

    最近、マンションの管理業界は売り手市場だ。長引く人手不足によって、管理人が集まらないのだ。だから、管理会社は業務を委託してくる管理組合に厳しい目を向けている。問題のある受託先は遠慮なく契約を解除される。

    支払われるべき業務受託料が払われなかったり、理不尽な減額を要請されたりすると、管理会社は即座に「業務受託契約解除通知」を送りつけてくる。この場合、その解除日を過ぎると管理会社からは誰も来なくなる。

    第2ステップ「管理不能」

    管理費が徴収できずに、必要な管理業務や保全がおこなえなくなる状態が「管理不能」である。こうなったマンションは、ほぼ確実に廃墟化する。



    たとえば、エレベーターは定期点検をしなければ作動できない。受水槽は定期的に清掃しなければ水道の水が濁る。ヘンな臭いも出てくる。清掃する人がいなくなった共用部分は薄汚れていく。

    自転車置き場は乱雑なまま放置される。掲示板には古いお知らせがずっと残ったままになっている。マンションのなかで、どこかに不具合が発生しても補修できなくなる。マンション全体がなんともみすぼらしくなっていく。

    そのうち、住む人が少なくなっていく。住みにくくなるからだ。するとますます管理不能状態は進む。やがて、誰も住まないマンションになってしまう。これこそが廃墟化だ。

    廃墟化すると、ホームレスが住みつく可能性もある。何かの犯罪に利用されることもありえる。野犬などが住処にすることも考えられる。あるいは、建物の崩壊や、その一部が剥落して地上に落下することで、敷地外に被害が及ぶかもしれない。

    そういった場合の法的責任も、管理組合にある。管理組合が機能していなければ、一人ひとりの区分所有者が責任を負うことになる。

    たとえ廃墟になったマンションだとしても、区分所有権は法的に存在する。だから、これを行政機関なりが取り壊そうとしても複雑な手続きが必要だ。

    また、うまく更地にできたとしても、それをまとめて誰かが買い取ることはできない。もとの区分所有者が、それぞれ有していた床面積割合で敷地の所有権を有しているからだ。区分所有者全員の同意がなければ、その敷地の所有権は動かせない。

    今の区分所有法では、そのまま放置するしかないのが現状だ。

    こういった廃墟化への進行を留まらせるのは、一にも二にも管理組合の手腕である。管理組合さえしっかりしていれば、廃墟化を防ぐことができる。その好例を新潟県・湯沢町のリゾートマンション群に見ることができる。

    すでに湯沢町のリゾートマンション群は、「資産価値喪失」という廃墟化への第1のステップには十分に達している。だが、あのリゾートマンション群の管理組合の多くは、次のステップである「管理不能」という状態に陥ることに対して、頑強に抵抗している。

    たとえば、競落額が300万円未満であっても、果敢に競売を申し立てている。その住戸の滞納分を回収できなくても、おかしな人に競落されて、再び滞納が発生するのを防いでいるのだ。

    管理組合が自ら競落したあとは、管理費等を払ってくれる人に売却しているとか。その一連の動きは、そんなに簡単なことではないかもしれない。しかし、放置するよりも何十倍もマシな結果になると思える。

    都心のマンションも安心できない

    マンションという鉄筋コンクリートでできた構造体を維持するには、じつのところけっこうな手間ひまとお金がかかる。そのお金は誰が出しているのかと言えば、区分所有者だ。彼らが払っている管理費と修繕積立金が、そういう費用に充てられている。



    そのお金が、日常の管理業務をおこなっている管理会社に支払われる。あるいは修繕工事をする建設会社等に支払われる。

    もし、そのお金が足りなくなったらどうなるのか?

    それは先ほど述べたとおり、廃墟化への大きなステップとなる。結局のところ、廃墟化に進むかどうかという問題は、区分所有者にきちんとお金を払ってもらえるか否かにかかっていると言っていい。

    この点、資産価値が500万円未満にはなることはまず考えられない都心エリアのマンションでは「資産価値喪失」は起こらない。だから安心してもよいのだろうか。あるいは、数千万円以上の価値を持つマンションの区分所有者は、所有への意欲を失わないので、管理費の滞納などは起こり得ないと考えてもいいのか。

    私は少子高齢化している日本社会の現状を考えれば、都心立地にあるといえども必ずしも安心できないと考える。

    今は問題なくとも、この先、永遠に払ってくれるかどうかはわからないのだ。

    たとえば、高齢の区分所有者がマンション内で孤独死したとする。相続人を探したが、見つからなかった場合、その住戸の管理費と修繕積立金は誰が払うのか?

    マンションが老朽化すると、そこに居住する区分所有者も高齢化しているケースが多い。高齢化すると、収入も細くなる。払いたくても払えない状況に追い込まれる区分所有者も出てくるはずだ。

    マンションは、老朽化するほど管理費や修繕積立金の滞納が多くなると言われている。都心のマンションといえども、老朽化が進めば管理費等を滞納する、あるいは滞納せざるを得ない区分所有者は増えてくるはずだ。

    そういった場合、大きな問題となる前に、早めの対策を講じるのは管理組合の役割。しかし、現行の区分所有法では迅速な対応を不可能にしている面が多い。

  60. 60 ご近所さん

    5000万円がゼロ円に…「廃墟化」するリゾートマンションの悪夢 これは「現代の姥捨て山」か
    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/60267
    2019.03.21 榊 淳司 住宅ジャーナリスト 現代ビジネス



    「終の棲家」であるはずのマンション。しかし、このままでは数十年後、多くのマンションが「廃墟化」するという。どうすればマンションが「粗大ゴミ」になるのを食い止められるのか? 『すべてのマンションは廃墟になる』の著者で、住宅ジャーナリストの榊淳司氏は、バブル期に建てられた新潟県・湯沢町のリゾートマンションが、まさに現在「廃墟化」していると指摘。その驚きの実状を、明らかにしてくれた。




    「バブル」がもたらした悪夢

    ホイチョイ・プロダクション製作の映画「私をスキーに連れてって」が公開されたのは、1987年の11月。世の中は、あの平成大バブルの絶頂に向かって盛り上がっていた。また、スキーブームにも沸いていた。東京に住む多くの若者は、冬になると二度か三度はスキーに行くことがあたりまえだった。



    私はそのころ、広告制作会社の制作部門に在籍していた。もっぱら分譲マンションの募集広告を作らされていたのだ。

    あるとき担当させられた広告のひとつに、新潟県の湯沢町にできるというリゾートマンションがあった。

    「世の中には、マンションを買ってまでスキーをしたがる人がいるのか」

    そんなことを考えたのを覚えている。

    パンフレットや図面集、価格表を作った。価格を見て驚いたのだが、当時の東京の郊外型マンションとほとんど同じ水準だった。

    その購入費用と維持費用の総額は、同じリゾート地のホテルを利用した2泊3日のスキー旅行を毎年5回、30年続けた場合の費用よりも高額だったのである。

    「これを買う意味があるのか?」

    なんとも不思議な商品だった。そもそも、リゾートマンションという形態そのものが、温泉やスキーなどが目的や用途であるにもかかわらず、コストパフォーマンスでは説明できない不動産商品だったのだ。

    しかし、時はバブルだった。そういった商品に説明できない価格がついていても、それなりに売れていたと記憶している。そのうち、都心にあるようなタワー型のリゾートマンションまでが湯沢エリアに次々と登場した。湯沢エリアで、リゾートマンションブームが巻き起こったのだ。

    最終的に、湯沢町には約1万5000戸分のリゾートマンションが建設されたという。

    それで、現状はどうなっているのか。かなり悲惨である。

    まず、そういったリゾートマンションの資産価値は、ほぼゼロと考えていい。10万円で売り出されている物件も多数あるが、成約事例が多いとは思えない。

    このエリアのマンション売買は、H不動産というリゾート専門の大手仲介会社が、そのほとんどの取引にかかわっているはずだが、取引に関するデータを一切公表していない。またメディアの取材も受けつけない。

    一方、競売案件を調べてみると、多くの物件が備忘価格になっている。備忘価格とは実質ゼロ円なのだが、帳簿上ゼロ円だと存在しないものとされるので、形だけ価格をつけておく、というもの。競売開始額が1万円とか5万円に設定されているのだ。

    つまり、裁判所も、湯沢町の多くのリゾートマンションは実質ゼロ円だと見做しているのだ。

    かつては3000万円から5000万円以上で販売されたリゾートマンションが、今やその価値がゼロ円だと見做されている。これは日本の分譲マンションの歴史における、かなり衝撃的な出来事ではなかろうか。

    ここは「老人ホーム」か?

    そういった湯沢町のリゾートマンションを訪ねてみると、少々驚かされることがある。



    まず、多少老朽化したとはいえ、設備が立派である。特に、温泉大浴場は一流の温泉旅館並みと思える物件も多い。タワータイプのリゾートマンションのなかには、豪華絢爛な展望大浴場もある。

    もっとも、つねに新鮮なお湯が供給される「源泉かけ流し」になっているところはほとんどない。見たかぎり、すべてがお湯を使いまわす「循環ろ過」式だった。

    あるリゾートマンションでは、理事たちは絶対にお湯に浸からないと聞いたことがある。そこで湯船にたたえられているお湯がどういうものか知っていると、「とても浸かりたいとは思えない」のだそうだ。

    湯沢町のリゾートマンションを見ていると、そこの住人と思われる人には高齢者が多いことも意外だった。私が見せてもらったのは、11月の平日の午後。いくつかのリゾートマンションでは、浴衣を着てタオルを首にかけ、洗面器を持って大浴場に向かう高齢者と何度もすれ違った。

    数十万円の購入費と月々3万~4万円程度の維持費用で、温泉大浴場のついたマンションに住めるのである。ある意味で、高齢者向きと言えなくはない。ただし、湯沢は豪雪地帯だ。冬は雪に埋もれる。そういうときはどうするのだろう、と考えてしまった。

    また、身体の弱った高齢者も多いようで、さまざまな問題が起こる。大浴場では、しばしばお湯の中に固形排せつ物が見つかるという。

    かつて、リゾートマンションとして時代の先をゆく華やいだ存在だったのが、今や高齢者たちが寄り添って時間を過ごすデイサービス施設のようになってしまっているのだ。

    一説によれば、湯沢町にあるリゾートマンションの6割が、1年に1日も利用されていないとか。こういう数字には、どこまで信ぴょう性があるのかわからない。

    ただ、湯沢町の各エリアにあるリゾートマンションを見て回ると、オフシーズンに利用されている住戸は全体の一割にも満たないであろうと想像できる。私が宿泊に利用したマンションでは、全700戸のうち、夜の10時30分に部屋の明かりがついていたのは5戸だった。

    こういったリゾートマンションの所有者の多くが、「できれば手放したい」と考えているはずだ。運よく買い手が見つかる場合もあるのだろうが、大半の人が絶望感を味わいながら、管理費や修繕積立金、そして固定資産税などを払っていると想像できる。

    その費用は30㎡程度の狭い住戸でも、年間30万円前後はかかる。駅に近くて広い住戸だと、年間50万円以上になるはずだ。

    年に1日も使わないのに、そういった費用は払い続けなければならない。これはもはや不動産ではなく、所有しているだけで自分の資産がマイナスになる「負」動産だろう。

    お金を払ってでも手放したい

    最近、「なんとか手放せないものか」と考えている所有者の弱みに付け込んだビジネスが登場した。



    その会社のビジネスモデルは、「3年分の所有経費を払ってくれたら、区分所有権をもらってあげますよ」というもの。現所有者から3年分の管理費や修繕積立金、固定資産税などの総額相当を払わせることで、所有権を自社関連の法人に移転させるのだ。

    所有者からすれば、3年分の経費を払うことで、実質的に4年目以降の支払いから完全に解放される。「だったら、3年分払うから引き取ってください」ということになるのだ。

    とうとう、リゾートマンションは有料粗大ゴミ同然の存在になり下がったのだ。それも、かなり高額な引き取り料を要求される難儀なシロモノだ。

    しかし、このビジネスには多分に無理があるように思える。その会社は、引き取って自社関連法人の所有にしたマンションをどうするのか。たぶん、転売はできない。元の所有者が何年もかけて売れなかった物件だ。

    こういった取引でその所有者になってしまったら、管理費や修繕積立金、湯沢町への固定資産税を払わなければいけないではないか。

    この引き取りビジネスは、どういうスキームのもとに成立しているのだろう。

    私の勝手な推測を述べよう。

    その会社は、関連法人で引き取ったリゾートマンションを放置してしまうのだろう。当然、管理費や修繕積立金、湯沢町への固定資産税は支払わない。支払うと、このビジネスモデルでは利益が出なくなるからだ。

    つまり、この会社は報酬を得て区分所有権を自社関連の法人に移転するが、その後に生じる所有者としての義務は一切果たさないのだ。そして、3年分の所有経費相当の報酬は全額を利益にしてしまう。

    最初からその意図でやったとしたら、なんらかの違法行為になる。しかし、「関連法人を作って運用に努めたのですが、どうにもうまく行かなくて」と言い訳をしておけば摘発はしにくい。おそらく、そういうスキームだろう。

    それで、管理費や修繕積立金、固定資産税を払ってもらえない管理組合や湯沢町が困ることになる。

    結局、管理組合が競売にかけるか、湯沢町が公売に付すしか手はなくなる。しかし、そこで落としてくれる善良な一般人がそう易々と現れるとも思えない。

  61. 61 ご近所さん

    「マイナス180万円で購入します」越後湯沢リゾートマンションが「腐動産」に
    「負動産」につけこんだ「詐欺事件」まで起こっていた
    牧野 知弘
    https://bunshun.jp/articles/-/11166


    「あなたの所有している部屋をマイナス180万円で購入します」

     越後湯沢(新潟県南魚沼郡湯沢町)のリゾートマンションの所有者に最近奇妙なダイレクトメールが届いているという。送り主は東京のある不動産業者だ。

     マイナス180万円という意味は、あなたが買手である私に180万円払ってくれるのなら、あなたのマンションを引き取ってあげてもよい、ということだ。いらなくなったものを他人に差し出すときによく「熨斗紙付けてでも譲りたい」という表現が使われるが、ついに越後湯沢のマンションは「カネを払ってでももっていってもらいたい」という代物になったということらしい。越後湯沢のリゾートマンションに、いま何が起きているのだろうか。

    この記事の画像(4枚)
    https://bunshun.jp/articles/photo/11166


    バナナのたたき売りのような状況に

     80年代後半から90年代前半の空前のスキーブームの影響で越後湯沢の街には50棟以上、戸数にして約1万5000戸ものリゾートマンションが建設、分譲された。当時は空前のカネ余り時代。ねこも杓子もスキーに興じるのがあたりまえだった。なかなか空室がでないホテルを予約するのは面倒だ。スキー場近くのリゾートマンションを買えば、ゲレンデは我が物になる。誰しもがそのように考え、その需要をアテにした多くの不動産業者が群がり、越後湯沢の駅前から苗場スキー場にかけてリゾートマンションが林立した。



     バブル崩壊から30年がたとうとする現在、当時販売された多くのマンションの中古価格が10万円の値付けになっている。部屋の大きさとはほとんど関係なく「ひとこえ10万円」だ。分譲当時の価格からは100分の1どころかそれ以下。バナナのたたき売りのような状況になっているのだ。

     原因は日本の少子高齢化や日本人のスキーに対する興味の減退だ。スキー人口は93年の年間1860万人をピークに減り続けている。日本は少子高齢化の渦に巻き込まれ、若い世代の経済力は大幅に減退。スキーに行く人口は2016年の調査では580万人。この23年間で3分の1以下に減少している(日本生産性本部「レジャー白書」)。


     その結果スキー場には閑古鳥が啼き、必要がなくなったリゾートマンションの価格は暴落してしまったのだ。ちなみに10万円とは上場株式の株価でいえば1円を意味する。流動性がないゴミと一緒、ということだ。

     さらにこうしたマンションで次に問題となるのが、所有者の多くが管理費や修繕積立金の支払いを滞納することだ。管理費が払われないことには、やがてエレベーターの保守点検もままならず、共用廊下の電気すら消えたままになる可能性だってある。ましてや大規模修繕なんてできるわけがない。使わなくなり、興味もなくなったマンションは急速にスラム化していく。私が2015年に上梓した

    『2020年マンション大崩壊』
    https://www.amazon.co.jp/dp/4166610392?tag=bunshun_online-22


    で警鐘を鳴らしたのはこんな越後湯沢のリゾートマンションで生じている現象だった。

     その後多くのメディアがこの越後湯沢のリゾートマンションの惨状を取り上げたが、一部リタイアした団塊世代などがマンションを買って住んでいるという報道があった以外は、事態の解決には程遠い状況が続いていた。


    「マイナス180万円」の内訳とは

     さて、前置きが長くなったが、なぜ「マイナス180万円」なのだろうか。

     まず物件価格は10万円である。マンションとしては無価値という意味での10万円だ。問題はこれからだ。所有者は修繕積立金、管理費を2年間滞納していると仮定して月額5万円の24か月分として120万円を売手側に負担させるというもの。さらに部屋内の家具や家電類などの撤去費用で20万円、部屋の清掃費用や設備修繕費用で20万円、さらに本来は買手側が負担すべき不動産取得税や登録免許税などの税金負担30万円も上乗せして計190万円。つまり、物件価格は10万円だが、引き取り費用190万円を差し引いてマイナス180万円で買ってあげます、ということになる。

     多くのリゾートマンションで管理費や修繕積立金の滞納が生じている。買手側がこの負担を負いたくないので、未払い分を負担させることには理がある。だが家具家電等の撤去費用や清掃費などはかなりぼったくりの印象だ。売手側で行えばよいはずだが、売手もすでに高齢になっていて、わざわざ越後湯沢にまで出向いて処理する、清掃するのも億劫だし、どの業者に頼めばよいかもわからないケースがほとんどだ。そんな状況にある売手側の足元を見ているようにしか思えない。



     それどころか、本来は買手側にかかるはずの物件取得に纏わる税金などの諸費用までちゃっかり売手側の負担にさせている部分などは詐欺まがいだともいえる。


    「不動産」が「負動産」になっている

     最近世間では、「売れない」「貸せない」「自分も住む予定がない」、三重苦の不動産を「負動産」などと称するようになった。まったく使い道がなくなっても不動産は車などの耐久消費財とは違って捨てることができない。いらなくなったからといってこの世からなくすことができないのだ。建物は解体できたとしても、土地はどんなに引っ掻いてもこの世から消すことはできないのである。ましてやマンションのような区分所有建物では自分の部屋だけこの世から消し去ることはできず、永遠に管理費や修繕費用を負うことになる。このような状態になってしまうと、資産であったはずの不動産がカネを垂れ流す面倒な「負債」に姿を変えてしまうのだ。

     だが世の中では「捨てる神あれば拾う神あり」とも言われる。まさに、今回ダイレクトメールを送り付けてきた業者は、「拾う神」というよりも、負動産どころかほとんど腐りかけている「腐動産」に群がるバクテリアのような存在ともいえるだろう。

     バクテリアは腐乱死体を食べてしまうので、死体は自然に還っていくはずだ。では彼らの狙いはなんだろう。

    外国人に高値で売りつける作戦

     おそらく、購入当初より30年以上がたち、すでに厄介者となっているリゾートマンションに困惑する(おそらく)高齢者と思われる所有者の弱みにつけこんで、カネを払わせて物件を取得する。そしてこれをリフォームして、スキーに興味を持ち始めた外国人にでも高値で売りつける作戦だと思われる。オーストラリアや欧米からニセコや白馬にやってくる外国人富裕層のスキーヤーは越後湯沢には興味を示さない。越後湯沢は雪質が重く、彼らの「いいね」は得られないからだ。いっぽう最近スキーを始めた中国や香港のスキーヤーは東京から新幹線でアクセスできる越後湯沢なら便利だし、スキーを楽しめれば十分だから買ってしまう。平成バブル時の日本人と同じ思考回路だ。ここにつけこもうというわけだ。

     実際に最近では、越後湯沢のマンションを買いたいという中国などのアジア人が出始めているという噂も聞こえ始めた。また一部悪徳業者の中には、お金を振り込ませて、実際には所有権移転手続きを行わずにとんずらする「振り込め詐欺」事件まで発生しているというから事態は深刻だ。



    ついに不動産の「腐動産」化が始まった

     さて、実はこの話にはオチがある。業者が一生懸命送り付けてくるダイレクトメールは、ターゲットとするリゾートマンションの登記簿謄本を閲覧して、所有者として登記されている人宛に送られてきていると思われる。

     ところが最近では所有者の一部に相続が発生している。30年も前のバブル時代に買った中高年の所有者の中にはすでに亡くなっている人も多いのだ。相続人は親が残したこんな出血続きのマンションなんて相続したくない。それでも相続は避けられない。結果どうするか。登記をせずに放置しているのだ。相続登記をしなければ、相続したことを表明していないことになるので雲隠れできる。最近は多くの「負動産」が相続登記をされずに、「所有者不明」に陥っている。マンションの場合は管理組合に相続をした旨の連絡もしないので管理費や修繕積立金が未納になっても管理組合は請求先がわからずに困惑しているのが実態だ。だからせっかくのダイレクトメールも現在の相続人の手元には届いていないケースが多い。

     買手側も「半分騙し」だが、売手側も「半分隠蔽」の構図にあるのがこの話の裏側なのだ。ついに始まった不動産の「腐動産」化。そこで登場するのが腐動産を喰いつくした挙句に、何も知らない新たな客に高値で売りつけるバクテリアたちだ。その先買った人がどうなろうと知ったことではない。不動産屋の中にはそんなとんでもない輩が潜んでいるのだ。
    https://bunshun.jp/articles/-/11166

  62. 62 ご近所さん

    タワーマンションは「超高層レオパレス」である - YouTube動画



    2019/03/26 に公開


    レオパレスの建設したアパートが
    建築基準法違反レベルの状態である、
    ということが大きな問題になっています。
    界壁がなかったり壁が薄かったり・・・
    隣の生活音が丸聞こえである、
    という指摘もたくさんあるようです。

    実は、ブームになっているタワーマンションは
    構造的にレオパレスと類似した状態であることが
    世間ではあまり知られていません。
    構造上、壁を薄くしなければいけないのが
    日本のタワマンである、という現実を
    榊淳司がズバリ指摘しています。


    ____


    タワーマンションは買うな! 住宅ジャーナリスト榊淳司氏が大暴露 - YouTube 動画




    住宅ジャーナリスト榊淳司セレクション「それでもあなたはタワーマンションを買うか?」 - YouTube 動画



    タワーマンションを絶対買わない方がいい理由。後悔するよ - YouTube



    ▲△▽▼


    【恐怖】タワーマンションオーナーに今後降りかかってくる怖ろしいほどのリスクを解説 - YouTube



    2018年06月13日
    タワーマンション疲れも 高額な維持費や将来の老朽化



    高さが高いので構造や安全上の維持費も高い
    画像引用:https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/murakoshi5/20170829/2...


    タワーマンションに住む理由はステータス

    バブルの頃に1億円以上する高級マンション「億ション」が流行ったが、現在はそれ以上の高級マンションが売れている。

    森ビルや三井不動産は一戸10億円以上の「10億ション」を販売し、売れ行き好調でさらに増やしている。

    こうした超高級マンションは中国人や外国人が爆買いしているとも言われたが、実際に購入した大半は日本人だったそうです。



    事業などで成功した日本人資産家が購入しているのだが、超高級タワーマンションは購入価格以外の維持費も高額です。

    高級タワーマンションは節税や値上がり期待で購入する人もいるが、多くは自腹を切って高額負担をしています。

    普通のマンションの5倍や10倍の金額を払ってでも購入する大きな理由はステータスで、自分を誇示したいという欲求が叶えられます。


    「六本木ヒルズ」のヒルズ族が一時時代の寵児になったが、入居者のほとんどがIT成金でした。

    一時は社長が「六本木ヒルズに住んでいる」というだけで一流とみなされ、その会社の株価も上昇していました。

    一流とみなされる高級マンションには同じく一流の人が集まり、一流の人脈コネクションができます。


    数億円払うだけで「一流の人間」の仲間になれるのなら、それを安いと思う人も居るでしょう。

    一流といってもその程度を誇りに感じる人達なので、同じような仲間が増えていきます。


    高級マンションは維持費も高級だった

    本来はこうしたステータスを求める富裕層が、自己負担で購入するものだったが、2013年以降の土地バブルで状況は変わりました。

    タワーマンションを買えば値上がりするという間違った期待から、転売して儲けるために購入する人が増えたのです。

    こうした「転売屋」はそこに住む気などないので、修繕積立金など将来の負担には関心を持たない。


    転売屋の興味は高く転売するための豪華な外観や設備だが、それらは後年の修理費を増やす。

    多くのタワーマンションは200戸から300戸前後ですが、50年間に100億円の修繕費用が必要とされています。

    修繕費用は外壁、内装のほかに高層ビルなので消火設備などが非常に高価で、法令や安全に関わるので節約は難しい。


    300戸のマンションで50年に100億円かかったら、1戸あたり50年で約3300万円、年間約67万円、毎月5.5万円かかります。

    ところが大半のタワーマンションでは、積立金は月2万円以下が多く、これでは必要な半分しか積み立てられません。

    いざ大規模修繕になったら一戸あたり数百万円の負担が発生するのですが、誰が払うでしょうか?


    新築時の購入で支払った数億円にくらべれば、毎月5万円の積立や修繕時の数百万円は安いですが、住人は入れ替わります。

    同じ人が住んでいても購入時ほど裕福でなくなれば、大規模修繕の数百万円は痛いはずです。

    数億円のマンションを購入する人は、買うときには人生上り調子だが、その時が人生のピークかも知れない。


    年収数千万円の時には安く感じられた積立金や管理費も、年をとって収入が低下すると、肩に食い込むように堪えるでしょう。
    http://www.thutmosev.com/archives/76494391.html



    2018年06月08日
    それでもタワマンに住みたい? 修繕費地獄に住民から悲鳴


    首都圏では近年、常にどこかのエリアでタワマンが建っており、湾岸エリアにいたっては、どこを見ても大規模な建設現場という状況だ。しかし、今、タワマンの供給過剰が叫ばれ、中国人投資家も投げ売りし始めたという噂も聞こえてくる。一方、住人たちも購入前は予測だにできなかった数々の問題に直面していた――悲劇の現場を徹底リポート!


    タワマンの悲劇

    プールなど豪華な設備を備えるタワマンも多いが、特に温水設備などは維持費が高額になるという


    プールの温水をやめ、ラウンジも有料制に

    タワマンは、そのスケールメリットによって1戸当たりのコストが抑えられます」

     マンションデベロッパー営業担当者がよく口にするセールストークを全否定するのは、不動産ソリューションビジネスを展開するオラガ総研代表の牧野知弘氏だ。

    タワマンには、規模が大きいからこそかさむコストがいくつもある。例えばエレベーター。数十階分の距離を高速移動するタワマン用のそれは高性能なものが採用されており、1基あたり10階程度のマンションのエレベーターの倍以上の価格で、耐用年数も30年です。また、震災対策で非常用発電機を設置するタワマンが多いが、この1台の価格も数千万~1億円はする。しかも一度も出番がなくても15年で交換する必要があります」

     住宅ジャーナリストの榊淳司氏もこう付け加える。

    「十数年ごとの大規模修繕も、タワマンは一戸当たり250万円と、通常マンションの2倍以上の費用がかかるとみられている。足場の組めない物件の外壁改修は、屋上からゴンドラを吊って作業することになる。雨や風の強い日は作業ができず、工期や工費もやってみなければわからない。そもそも工事の担い手がいないかもしれない。3年ほど前、東京の湾岸エリアのタワマンの管理組合が大規模修繕の見積もりを大手ゼネコン5社に依頼したところ、全社辞退となったこともある。ゼネコンにとって20億円程度の案件など取るに足らず、不確実性が多い大規模修繕はリスクが多いのでしょう」

     ちなみに大規模修繕の費用を負担するのは住人自身だ。管理組合は住人から毎月、修繕積立金を徴収しているが、積立額が十分でないタワマンも多いようだ。国交省は、20階建て以上のタワマンに必要な修繕積立金の目安として、「月206円/㎡」という指針を策定している。しかし『日経新聞』(3月26日付)によれば、全国900棟のタワマンのうち8割弱が未達で、目安の半分に達していない物件も1割あったという。


    そんななか、各タワマンの管理組合では、修繕積立金の値上げも提案されているというが、実現は厳しい。住宅ローン支払いと現状の修繕積立金、それに管理費ですでにカツカツという住人が少なくないからだ。

     有明のラウンジや温水プール完備のタワマンに住む持田浩平さん(仮名・42歳/会社員)は言う。

    「月々のローン支払いは13万円で、加えて修繕積立金が1万1000円、管理費と駐車場代が3万3000円毎月かかる。管理組合では、修繕積立金の値上げが議題に上っているらしいのですが、反対が多数。それどころか、年間2000万円の管理費がつぎ込まれながら、利用者が限られているプールの温水設備をやめたり、ラウンジ利用を有料にして管理費を値下げする案も出ているほど。みんな、ギリギリの経済状況なんです」

     修繕費用が賄えず“バベルの塔”と化してしまう物件も、今後続出する可能性があるというわけだ。

     それでもあなたはタワマンに住みたい!?
    https://nikkan-spa.jp/1476697

  63. 63 ご近所さん

    10万円はヤバイ 激安リゾートマンションの最悪リスク&購入時の注意ポイント
    釣り人天国から負債地獄へ - YouTube 動画


  64. 64 ご近所さん

    みんなが困るからやっちゃダメだよ _ 買い手が見つからないスラム化したリゾートマンションを処分する方法


    60 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 19:40:34.93
    リゾートマンションなんて買うと後悔するぞ。

    何が困るって、管理費/共益費/修繕積立費、それに将来の建て替え費用が出てくる場合も。

    年に半分ぐらい、そっちに住むならまだしも冬に時々行くぐらいなら
    普通にホテルに泊まったほうがよっぽど良い。


    64 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 19:47:57.72
    >>60
    賃貸にすればそれらのリスクは全て回避可能。

    家賃なんて家族が余裕を持って過ごせる広さでも5~7万円だから、月に1~2泊するならホテルより全然お得。
    ホテルより部屋は広いし温泉は空いてるし、何より荷物を置きっぱなしにできる。



    66 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 19:49:28.0

    湯沢は新幹線があるから、ここにすんで時々東京に新幹線でいけばいいや、くらいの人もいるからね

    でも、調べると、せめて300万で眺望のいい角部屋とか買っておかないと
    あとでババ抜きのババ状態で永久に手放せない

    やるとしたら、ダミー会社たちあげてその名義だね
    最後捨てるときは、管理費も固定資産税も、会社倒産手続きしてすべて終了。


    246 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/23(日) 15:16:08.82

    リゾマンはただの消費財じゃなくて、維持費が掛かるのに捨てられない(売れない)消費財だから性質が悪い。
    満足できる物件が賃貸で出ているなら、賃貸のほうがいいと思うけどな。

    自分から進んでババ抜きに参加したくない。


    249 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/24(月) 03:36:48.83
    >>246
    知識なさすぎ。

    高齢で財産ない人に譲渡する、ダミー法人作って偽装売却する、
    無限に方法あります。
    捨てるのは簡単だよ

    今現在管理費滞納して放置されているのは、その人(法人)自体が実質的に破産、夜逃げ状態で、もう終わっているケース。

    まだ本人元気なら、「切り捨て」は極めて簡単。


    75 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:17:42.00

    利便性考えると、湯沢でしょうが、永住老人が居ないという意味では苗場もいいかもね。

    ただし、夏いったことある人はわかっているだろうけど、フジロック以外は、完全なゴーストタウン

    寂しいを通り越して、恐怖を感じる
    千と千尋の神隠しみたいな感じ


    82 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:27:56.31

    ぶっちゃけ、苗場はスラム化へのカウントダウンが始まっているけど、
    あと何年もつか、それだけが問題。

    仮に3年もつとして、ガンガン使いまくって捨てるなら、損はない
    「財産」なんて考えると大間違い。使って捨てるティッシュペーパーみたいなもの

    あと、スラム化して、どうなるかだね。

    仕事場がないから、アジア系外国人の犯罪の温床にはならないでしょう

    どちらかというと、地元民の普通のマンション化か、それとも老人ホームか。

    ご近所つきあいとかしてしまうと、怪我、病気で車運転できない老人の介護、買い出しやらされるから、 絶対に近所つきあいはやってはいけないね。可愛そうだけど、高齢者がいたら完全無視。これを貫く。


    86 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:39:13.89
    >>82
    いくらなんでも3年はもつでしょ。
    維持のモチベーション以外はw

    使い捨てられるといいんだけど、投げ捨て禁止だからなあ。


    91 :名無しさん@ゲレンデいっぱい。:2015/08/18(火) 20:50:15.92
    >>86
    個人名義で買うのは危険すぎ。

    3年であぼんと予測したなら、やっぱり法人ダミーで最悪倒産手続き
    http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/ski/1434758230/


    ▲△▽▼


    リゾマンの場合は相続の時に名義変更しなかったり、法人所有でその法人が倒産していたり、中国人がオーナーの場合は連絡が付かなかったりするから

    管理費・修繕積立金を支払うオーナーが全戸数の 1/2, 1/3 になると思っていた方がいいよ。

    全戸数がちゃんと払っていれば月10万円で良くても、全戸数の 1/2 しか払わなければ月20万円出さないといけない。

  65. 65 近所さん

    初級・中級者が かぐらスキー場のコブ斜面に入るとこうなる:


    2019 3 19 かぐら 衝撃の光景 - YouTube 動画




    2019/03/21 に公開

    既にコントロールを失って、このコースに突っ込んだか?
    初めてのスキー場で、このモーグルコースを知らずに突っ込んだか?
    冒頭からコマ送りで見ると、どうやら後者のように思われます。

    いつものスキー場でも見通せない場所では、転倒者がいるかも知れないと、減速して視認した上で滑りましょう。


    ▲△▽▼


    【Mt.Naeba】苗場・田代・かぐら・みつまた part56


    689名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 15:27:24.53>>692

    決められたコースしか滑走できないかぐらとか何の価値もないからな。
    基礎スキーヤーしか居ない過疎っぷりが目に浮かぶw

    690名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 16:11:50.42

    かぐらのコース内のつまらなさは屈指
    まあその人のジャンルによるんだろうけどね


    691名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 16:13:52.88

    コースだけでいえば、みつまた田代のほうがいい
    かぐら何もないし


    697名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 17:58:09.69

    かぐらはコブランド、コブこそ全て
    コブだめな人はみつまた田代



    700名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 18:01:02.52

    実際、コブダメって人向けの斜面はほとんとないね


    704名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 18:32:45.51

    ボーダーにはかぐら面白くないんだな


    706名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 18:40:43.41

    ハイシーズンはパウダーなけりゃ、みつまた籠もってりゃいいかー位にかぐらつまらない
    朝山頂から1本ぶっ飛ばして、そのまま下山みつまた籠もってりゃ楽しい



    711名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 19:30:00.33

    ボーダーにとってはクソスキー場
    長くやってるだけが取り柄
    あとなんちゃってBCできるくらい


    712名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 19:32:03.59

    コブはボードも楽しいっちゃ楽しいが、やっぱスキーの方が楽というか滑るには適してるからなw
    ボードでコブ攻めるやつは中々の変態だと思うw


    713名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 19:38:02.76

    ボーダーにとって理想的なスキー場って越後湯沢界隈ではどこ?


    714名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 19:40:30.30

    神立じゃね
    今時期はともかく、ハイシーズンのパークは定評ある


    708名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 18:49:12.36

    やだよ神立とか

    709名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 19:14:21.36

    壁も斜度も無いからなw


    719名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 20:10:10.40

    越後湯沢にこだわらんでも丸沼とか戸倉行くわ
    長野は面白いとこいっぱいあるけど遠い


    722名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/20(土) 20:47:23.57

    ボードだったら丸沼とか川場の方が楽しそう


    3名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/07(日) 19:51:23.61

    3/31で早々と苗場をクローズしたプリンスに苦情を入れよう!


    4名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/07(日) 19:54:27.94

    マジかープリンス系は軒並み31で終了したな。以前ならあと一週間冬休み一杯はやってたよな。



    244名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/11(木) 10:08:41.06

    ほんとプリンスの運営どうにかしないと衰退するだけ


    245名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/11(木) 10:15:00.74

    苗場はスキー場やめるらしいってだれか言ってた

    260名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/04/11(木) 17:08:05.36

    設備の償却がおわったあたりで廃業するんだろうな
    https://mao.5ch.net/test/read.cgi/ski/1554633768/l50


    ▲△▽▼


    西武の堤義明さんは元々 国道353号線を 四万温泉-苗場間も開通させて

    志賀高原-草津-万座-中之条-四万温泉-苗場

    を繋いでカナダのウィスラーみたいなスキーリゾートにしようと思っていたんですね。

    しかし、バブル崩壊でそれが不可能になってしまったので、山奥で孤立した苗場は西武から見放されてしまいました。

    苗場は元々急傾斜のゲレンデばかりでなので初級・中級者には向かなかったのです。

    また、かぐらは移動路とコブ斜面ばかりだし、メインゲレンデに行くのにロープウェイ、リフト、ゴンドラ、リフト と乗り継ぐだけで 1時間もかかるので、初級・中級者は一度行ったらそれで嫌になってリピーターにはならないのですね。

    苗場・かぐらをスキー場にしたのは西武の大失敗でした。


    ▲△▽▼


    hyd********さん 2015/12/25 20:53:05
    「苗場プリンスホテル」って儲かってるんでしょうか?

    先日、土曜日にかぐらスキー場に行く途中に苗場プリンスホテルの前を通ったんですが、えらく閑散としてる印象を受けました。
    バブル期

    はリア充がアホほどスキーに来て、スキー産業が馬鹿みたいに儲かってたとかいう話を聞きますが、今は苗場のリゾートマンションが10万円(管理費別なので下手をすると貧乏神物件になるらしい)とかヤバイ話を結構聞いたりするので、不安になるところです。

    利害関係は無いのでどうでもいいといえばいいのですが、私としては知的な興味のあるところです。
    ちょっと調べると
    『西武グループはホテル業が赤字でも税金対策になるので割とどうでもいい。スキー場ホテルは赤字っぽい』
    みたいな書き込みが見つかりましたが、これより精緻な情報をお持ちの方がいらっしゃれば、教えて頂ければと思います



    アンサー

    bla********さん 2015/12/28 11:42:23
    儲かっていたのは大昔の話ですね。今もやっているけどコンサートやったりして集客力があったので。東京から比較的近かったしね。
    税金対策?西武グループは傾いてしまってそんなこと言ってられません。売却したり閉鎖したホテルやスキー場も多数ありますから。


    cam********さん 2015/12/27 10:56:39
    スキーシーズン以外に苗場プリンスホテルに宿泊したことのある人はここでは少ないと思います。
    そうでなくても最近は、4月以降GWでも寂しい限り、昔は10月からシーズン始めということで賑わっていたのに昨今はスキーではなくて夏場のフジロックでと毛色を変えてきました。
    6号館は旅行会社経由の宿泊に割当てていたのが1~4号館だけで宿泊が賄えてしまうのは当然建物の維持だけでも相当な負債を抱えることかと思います。
    近くの西武ヴィラも閑散とし、法人でしか維持できないのではないでしょうか?
    これもある意味、節税対策でしょうか?
    そんな寂れた町は苗場だけではありません。
    ここはまだ巨大資本が入っているだけいいですが、世界大会もある意味町おこし事業の感があります。
    で、リア充って何ですか?
    スポーツの世界は妄想もある意味必要なんで、リアルな結果ばかり見ていると落ち込みますよ。


    sno********さん 2015/12/27 02:41:59
    バブリーな時代の名残です。
    苗場プリンスも何棟かは売りに出されてるという話です。

    スキー場は完全な赤字です。雫石や万座、八海山など
    動かしてないリフト、ゴンドラ在るのが証拠かなと。
    志賀焼額山も苗場並の稼働です。


    でも、コクドとつながりのあった
    ツツミンが強引にスキー場バンバン作ったおかげで
    今があると言えますね。

    今は国有化されてスキー場は作れないですから
    https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/

  66. 66 近所さん

    リゾートマンションの一番大きな問題は別荘の様に暖炉・薪ストーブの炎を見られない事かな。

    リゾマンには暖炉・薪ストーブがおけないから、代わりにこれを買うしかないね:


    ディンプレックス 電気暖炉(暖房機能無し)
    セリーニ フラワーオブライフ ブラック CLN28FBJ
    https://www.amazon.co.jp/dp/B07HFV3GPF/ref=sspa_dk_detail_0?psc=1

    価格: ¥ 103,549 通常配送無料


    ?サイズ:約幅420×奥行360×高さ705mm

    ?本体重量(kg):17

    ?電源:AC100V 50/60Hz

    ?消費電力:28W




    光と影がゆらめく、美しさ
    映像と鏡の反射による炎のゆらめき

    カバーに施された花の紋様が光に照らされ、床一面に咲き誇る
    オフィスのロビーやホテルのエントランスなどで、訪れる方を今までにない美しさで迎える

    華やかな光がただよう新感覚の電気暖炉(暖房機能無し)

    独自技術の映像と鏡の反射による炎効果
    「燃える薪サウンド機能」を搭載(ボリューム調整可能)

    便利なリモコン付き

    ▲△▽▼


    ディンプレックス 電気暖炉 Cellini Flower of Life - YouTube 動画
    https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%...

    DIMPLEX JAPAN Opti-V / オプティV シリーズ
    https://www.dimplex.jp/optifireplace/products/opti-v/

    CLN28FBJ/CLN28PWJ CELLINI 取扱説明書
    https://www.dimplex.jp/optifireplace/products/opti-v/images/SAMPLE_Cel...

  67. 67 近所さん

    【雪国魚沼】奥只見丸山スキー場 10号トンネル
    https://mao.5ch.net/test/read.cgi/ski/1534842622/l50


    325名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/08(水) 23:15:53.60>>326

    奥只見でパウダーって気持ちよかったことないんだけど
    春しか行かなかったから試しに12月1月の降雪時に行ってはみたけど、
    第2ペア降りて平面しばし漕ぎ、ABCコース滑っても(D論外)ブナ平ヒュッテから先で平面滑走になってかったるいんだよな
    結局真冬も春もあそこでスピードダウンするんだなって(ちなボーダー)
    俺、Eコースのコブしか面白くねぇもん、でパークも縮小されてったから行かなくなった


    326名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/09(木) 04:35:57.21
    >>325
    嫌みとかじゃなくて、上手い人にはつまらないかもね奥只見パウダー
    そもそも俺は下手だし底ツキ無しのパウダーであれば八方や谷川の沢筋からかぐら5ロマの緩斜面、妙高の重パウまで大好物w
    奥只見は確かにコースとしては物足りないけど、春に他がクローズする中まだまだリフト使えてグルグル回せるのは俺には貴重な存在
    あと春の奥只見は俺の中ではシーズン終盤のイベント的要素も有る
    実際、コースだけでみたら雪が激重でも須原のが面白いw
    それでも毎年セカンドシーズンオープン日が気になるし、あの長過ぎるトンネル抜けたらあの雪景色が目に飛び込んで来るとテンション上がるもんな
    キタああああ!!!!!!やっぱ奥只見だよなーってwww



    327名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/09(木) 20:37:33.41>>331

    奥只見のパウダーは重い
    新潟はどこも重いけどかぐらなら軽いときあるの?



    331名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/09(木) 22:28:29.61
    >>327
    ない
    新潟は日本海からの湿った雪だから仕方ない




    328名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/09(木) 21:19:59.59

    かぐらは軽い時もあるけど野沢や群馬のほうが全然軽い

    杉ノ原関温泉アライなどで軽かった時に当たった事はない
    八海山奥只見上国岩原などでも当たったことない
    東北も八甲田や夏油雫石とかあの辺の有名どころも回った事あるけど重かった

    尾瀬戸倉やパルコールなどではあの標高でもう軽い感じだからやっぱ群馬は軽いと思う
    でも量の面白さとアクセス楽ちんで新潟に滑りにいっちゃう


    329名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/09(木) 21:37:23.94

    野沢、がくらより軽いかなぁ
    俺がハズレなだけ?
    かぐらと同じくらいのイメージ
    群馬は軽いよね


    330名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/09(木) 21:53:26.30

    俺が行くといつも野沢のやまびこは軽いよw
    普段かぐら八海山に通ってるから、山向こうとこっち側で結構雪質違うなぁって感じる

    逆に上信越界隈や白馬には行かないので、そっちはどうなんだろうって
    昔は湯ノ丸とか菅平とか行ったもんだけど最近めっきり行かなくなった



    332名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/10(金) 10:55:02.94>>335>>336

    すっげー寒気入ったら八海山とかでも軽くなるって聞いたけど違うの?



    336名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/10(金) 15:58:04.41
    >>332
    それはない


    335名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/10(金) 12:52:37.24
    >>332
    そして、遭難が出る


    333名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/10(金) 11:50:25.71

    寒さより海からの距離だからね


    334 3332019/05/10(金) 12:01:51.78>>338

    寒さより海からの距離だからね
    だからニセコも重い


    338名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/11(土) 23:05:29.18
    >>334
    ニセコが重いって富良野とかと比べたらでしょ
    新潟なんかより全然軽かったよ
    気温も関係あるでしょ



    339名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/12(日) 04:58:42.16

    新潟の雪を制することができればどんな雪でも滑れる。
    よって、上手くなりたければ新潟県の、しかも標高の低いスキー場で滑るべし。

    ところで、さすがに今日で終わりだよな?奥丸。
    来週行こうかな、歩いて。金ないし。



    341名無しさん@ゲレンデいっぱい。2019/05/12(日) 06:52:10.72

    26日まで営業するかぐらならまだまだ雪たっぷりあるよ
    https://mao.5ch.net/test/read.cgi/ski/1534842622/l50

  68. 68 近所さん


    資産だと思ったらまさかの負債…「不動産相続難民」が急増中
    借金より深刻な問題がいま目の前に

    設備充実のリゾートマンションが負動産に

    東京都の遠山哲夫さん(38歳)は、約3年前に湯沢にあるリゾートマンションを相続しました。スキーが大好きだった父親が家族のために35年ほど前に購入した物件で、子供の頃は冬になると遠山さんも何度も訪れていたと言います。


    冬にスキーのためによく訪れていた温泉付きリゾートマンションを遠山さんは相続したが・・・ Photo by iStock

    ただ、ここ10年くらいは家族もあまり利用しておらず、今後必要になるとも思えないので、相続したらすぐ売却するつもりでした。築年数も経っていますし、リゾートマンション自体のブームもはるか昔に過ぎ去っていることはわかっていたので、売却したところで大したお金にはならないだろうことは十分予想していました。

    そのこともあり、積極的に相続したいわけではなかったものの、だからと言って、相続を放棄する必要性は特に感じていなかったと言います。

    「とりあえず相続して、どうするのかは、後で考えればいいと甘く考えていた」と遠山さんは当時の心境を振り返ります。

    けれどもまもなく、遠山さんは自分がとんでもない負動産を相続してしまったことに気づきます。

    遠山さんが相続した2LDKのリゾートマンションは、温泉付きの豪華な施設が売りでした。そのような豪華な施設を維持するためには当然ながら管理費用が必要ですが、修繕費用の積立金も合わせると、それがなんと月々5万円もかかるのです。

    住むわけでも、利用するわけでもないこの部屋に年間60万円も払わなくてはいけないという事実に遠山さんは愕然とします。当然、固定資産税も請求されますから、実際の負担額はさらに大きくなるでしょう。

    これはすぐに手放さなければやってられないと痛感した遠山さんは、不動産業者を訪れます。そこで提示された査定価格はなんと10万円。バブル時代に父親が3000万円で購入した物件なのに、そこまで価値が下がっていたのです。

    しかも不動産業者は、この値段にしても売れる保証はないと言います。信じられない現実に絶望しつつも、もはや、背に腹はかえられません。このまま持ち続けていれば、ランニングコストを永遠に払い続けなくてはいけないのですから、もうこうなったら買ってくれるだけでもよしとしようと開き直り、遠山さんはこの部屋を10万円で売り出すことにしました。



    ところが全く売れないのです。

    確かに築年数が経っているとはいえ、温泉付きのリゾートマンションです。2LDKですから広さも十分なはずです。そんな部屋がたった10万円で売られているのに誰も見向きもしないのは、高いランニングコストが仇になっているからなのは明白でした。

    おそらくタダであげると言われても、受け取ってくれる人はいないでしょう。

    家族と住む自宅マンションのローンもあり、大学受験と高校受験を控える2人の子供をもつ遠山さんにとって、月々5万円以上の支払いは大きな負担です。けれども、このリゾートマンションを手放せない限り、遠山さんは管理費・維持費、そして固定資産税の支払いから逃れることはできないのです。
    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/54612?page=3




    >バブル時代に父親が3000万円で購入した湯沢のリゾートマンション
    >修繕費用の積立金も合わせると、それがなんと月々5万円もかかるのです。
    >住むわけでも、利用するわけでもないこの部屋に年間60万円も払わなくてはいけない

    その3000万円で配当 年5%の優良株を買っておけば税抜きで手取り 年120万円
    もしリゾマンを買わないで株を買っておけば

    配当 年120万円 + 支払わなくてもよい 管理費・修繕積立金+固定資産税+電気・水道基本料金 年70万円 = 年 190万円

    年190万円で旅館に何泊できるかな?


    【高配当利回り株】ベスト50 <割安株特集> (5月10日現在)
    5月12日(日)10時10分配信 株探ニュース

    ●今週の高利回りランキング【ベスト50】

     対象は東証1部上場銘柄

    順位 コード 銘柄      利回り(%)  5/10終値 決算期
     1  <6810> マクセルHD    15.86    1803  20/03
     2  <1852> 浅沼組        8.93    2330  20/03
     3  <6306> 日工         7.30    2738  20/03
     4  <7224> 新明和        6.98    1247  20/03
     5  <2914> JT         6.23    2470  19/12
     6  <9434> SB         5.97    1424  20/03
     7  <3294> イーグランド     5.91     643  20/03
     8  <5857> アサヒHD      5.88    2040  20/03
     9  <7270> SUBARU     5.87    2453  20/03
     10  <7148> FPG        5.81     913  19/09

     11  <8558> 東和銀        5.79     691  20/03
     12  <8835> 太平発        5.71     700  20/03
     13  <8053> 住友商        5.69   1580.5  20/03
     14  <3299> ムゲンE       5.67     529  19/12
     15  <2674> ハードオフ      5.63     710  20/03
     16  <6186> 一蔵         5.62     534  20/03
     17  <1929> 日特建        5.41     591  20/03
     18  <3465> ケイアイ不      5.41    1552  20/03
     19  <9810> 日鉄物産       5.29    4350  20/03
     20  <5015> BPカストロ     5.28    1420  19/12

     21  <7245> 大同メ        5.26     665  20/03
     22  <3244> サムティ       5.25    1428  19/11
     23  <8020> 兼松         5.24    1145  20/03
     24  <7433> 伯東         5.20    1153  20/03
     25  <6461> 日ピス        5.15    1455  20/03
     26  <7971> 東リ         5.10     255  20/03
     27  <8074> ユアサ商       5.08    2953  20/03
     28  <2428> ウェルネット     5.03     994  19/06
     29  <8065> 佐藤商        5.02     856  20/03
     30  <7537> 丸文         5.01     599  20/03

     31  <1898> 世紀東急       5.00     600  20/03
     32  <9437> NTTドコモ     4.97   2412.5  20/03
     33  <8068> 菱洋エレク      4.95    1616  20/01
     34  <8892> 日エスコン      4.95     707  19/12
     35  <8999> グランディ      4.95     465  20/03
     36  <1808> 長谷工        4.93    1216  20/03
     37  <5391> A&AM       4.90    1020  20/03
     38  <8002> 丸紅         4.90    713.9  20/03
     39  <2760> 東エレデバ      4.88    1843  20/03
     40  <7480> スズデン       4.88    1434  20/03

     41  <4980> デクセリ       4.87     698  20/03
     42  <8133> エネクス       4.87     862  20/03
     43  <3245> ディアライフ     4.83     414  19/09
     44  <8007> 高島         4.83    1656  20/03
     45  <8031> 三井物        4.83    1657  20/03
     46  <1878> 大東建        4.81    12810  20/03
     47  <6915> 千代田インテ     4.81    1974  19/12
     48  <7214> GMB        4.81     832  20/03
     49  <6927> ヘリオスTH     4.77     629  20/03
     50  <1873> 日本ハウス      4.76     420  19/10

    ※利回りは%、終値は円。
    ※権利付き最終日を過ぎた銘柄は除いた。

  69. 69 近所さん

    湯沢・苗場や草津のリゾートマンションは

    水道代と下水道代合わせて1000円ちょっと、町会費やNHK受信料は払わなくてもいい
    駐車場は無料
    町会に参加しなくていい、雪下ろし不要
    暖房費と冷房費もあまりかからない

    しかし、管理費と修繕積立金が高過ぎるので、トータルではあまり安くならない

    それから、苗場や草津みたいな山の中のリゾマンだと車で買い物や日帰り旅行するだけでも大変だし。

    それで誰もリゾマンに定住しない

    別荘として使うには、湯沢には魅力が全然無いしね。

    安いものには安いだけの理由がちゃんと有るんだ

    湯沢や草津のリゾートマンションより、小布施、中之条や湯田中あたりでアパート借りた方が絶対にいい

    アパート借りて、そこから色々なスキー場や日帰り温泉に行った方が愉しめるよ :


    【SUUMO】小布施駅の賃貸(賃貸マンション・アパート)住宅のお部屋探し物件情報(長野県)
    https://suumo.jp/chintai/nagano/ek_63010/

    【SUUMO】中之条駅の賃貸(賃貸マンション・アパート)住宅のお部屋探し物件情報(群馬県)
    https://suumo.jp/chintai/gumma/ek_57030/

    【SUUMO】湯田中駅の賃貸(賃貸マンション・アパート)住宅のお部屋探し物件情報(長野県)
    https://suumo.jp/chintai/nagano/ek_63060/
    https://www.homes.co.jp/chintai/nagano/yudanaka_08132-st/list/?&cm...


  70. 70 近所さん

    3494 某リゾマン区分所有者

    固定資産税の通知は届きましたか?
    毎年のことですけれど、実態価格と算出根拠の価格の乖離が尋常じゃないですね。

    湯沢の500万円のリゾートマンションの固定資産税は、都内の7,500万のマンションと同レベルの固定資産税です。ちょっと理解できない。この計算だとリゾマンの価格が10万円になってる物件では既に固定資産税額が物件価格よりも高いケースも出てきていますよね?そんなもの理解不能ですよね?算出根拠がどうあれ、固定資産税の金額は見積価値(時価の7割程度)の1.4%のはずですからね。

    来年は縦覧期間に不服申し立てしてみようかな?もちろん自治体は簡単に認めないいでしょうけれど、これだけ実態価格と乖離がある以上、裁判になったら敗ける気がしません。

    固定資産税が下がると年間のランニングコストが下がるので、湯沢のリゾマンにとっては良い効果(価値↑)だと思うんですけれど、町の税収は下がる訳です。

    『湯沢町のリゾマンオーナーさん』はどう思いますか?ご意見をお聞かせください。



    ▲△▽▼


    家屋(建物)の固定資産税評価額の計算方法!
    経年減点補正率についても説明します。2018年3月13日
    https://reatips.info/keinenngenten-hosei/

    今日は家屋・建物の固定資産税評価額の計算方法、そして、古い建物の評価額が高い原因ともなっている経年減点補正率について書いてみたいと思います。

    簡単に下のような式で理解してもらえると一番簡単かと思います。


    評価額=再建築に必要な金額×建物の劣化等による減価


    家屋の固定資産税評価額はその建物を再建築するとした場合に必要な費用に、建物の劣化(これは年を経ることによる経年劣化が主となります。)を考慮して決定するとされているのです。

    一般的に再建築に必要な金額は、市場における建物価額よりも安い場合が多く、固定資産税評価で計算すると市場での建築価格の5~6割程度になるとも言われています。


    経年減点補正率について

    式の中では、「損耗の状況による減点補正率」となっていますが、その主たるものが経年減点補正率です。これは総務省の固定資産評価基準の別表に、建物の構造(木造か、鉄骨造、RC造かなど)、用途・種類(専用住宅か、事務所、店舗、旅館等かなど)の別によって定められています。

    最初にこの経年減点補正率の一番のキモをお話ししてしまうと、率は最低でも0.2です。つまり価格は0.2よりは何年経っても下がりません。

    RC造のホテル・旅館の経年減点補正率

    建物の評価額が高い!と相談をよく受けるのがホテル・旅館だったりします。先に書いた家屋固定資産評価額の減額の判決の記事も旅館のものでしたね。

    一般的である、鉄筋コンクリート造(鉄骨鉄筋コンクリート造)の経年減点補正率は下のとおり、耐用年数が45年と長いので上の数字だけ表示されるように表をしてあります。

    最下限である2割水準まで下がるには45年かかります。また住宅アパートと異なるのは1年経過してもたいして減価しないといったことでしょうか。住宅では1年経過すると2割減となりましたが、旅館・ホテルでは2%弱の減価です。


    経過年数, 経年減点補正率
    1 0.9822
    2 0.9644
    3 0.9467
    4 0.9289
    5 0.9111
    6 0.8933
    7 0.8756
    8 0.8578
    9 0.8400
    10 0.8222
    11 0.8044
    12 0.7867
    13 0.7689
    14 0.7511
    15 0.7333
    16 0.7156
    17 0.6978
    18 0.6800
    19 0.6622
    20 0.6444
    21 0.6267
    22 0.6089
    23 0.5911
    24 0.5733
    25 0.5556
    26 0.5378
    27 0.5200
    28 0.5022
    29 0.4844
    30 0.4667
    31 0.4489
    32 0.4311
    33 0.4133
    34 0.3956
    35 0.3778
    36 0.3600
    37 0.3422
    38 0.3244
    39 0.3067
    40 0.2889
    41 0.2711
    42 0.2533
    43 0.2356
    44 0.2178
    45以上 0.2000
    https://reatips.info/keinenngenten-hosei/

  71. 71 近所さん

    廃虚同然リゾマン、執念の解体 全員同意へ所有者を追跡 2019年4月27日

    負動産時代

     つくるのは簡単だが、こわすのは大変。それはマン
    ションの宿命といえる。一度建ったマンションを建て
    替えたり、更地にしたりするには、所有者の大多数、場
    合によっては全員の同意が必要だからだ。

     築44年で老朽化が進み、所有者も散り散りになって
    いた新潟県湯沢町のリゾートマンション(リゾマン)が
    昨年取り壊され、更地として売却された。所有者全員が
    同意してのマンション解体は全国的にも珍しく、「奇跡
    的」ともいえる。売るに売れず、税金や管理の負担が重
    くのしかかる「負動産」の問題を長く取材してきた記者
    が、現地に向かった。


    リゾマンの草分け
    上越新幹線の越後湯沢駅から車で約30分。「マン
    ション苗場」があった場所はいま、きれいな更地になっている。
     全国屈指のスキーリゾートとして知られる苗場高原にこのマンションが建ったのは1975年。6階建て、40~50
    平方メートルの30部屋にレストランなどもあり、リゾートマンションの草分け的存在だった。その後、バブル期にか
    けてリゾマンが次々と建ち、そのバブルも崩壊したため、利用者は激減した。
     管理費の滞納も相次ぎ、管理組合は機能不全に。2003年を最後に大規模修繕も行われなくなり、廃虚に近づい
    ていった。


    立ち上がったオーナー

     朽ちゆくマンションの惨状を見かねて、立ち上がった所有者たちがいる。その一人が新潟県柏崎市の建設会
    社社長、石坂泰男さん(54)だ。会社名義でマンション苗場の物件2戸を持ち、先代社長だった父は管理組合の理
    事長をしていた。石坂さんは「このまま廃虚になることだけは避けたい」と、14年に地元の不動産仲介会社ひまわり
    に相談した。
     廃虚同然のリゾマンをどうするか。やらなければならないことは山ほどあった。
     まずは休眠状態にあった管理組合の立て直しだ。15年6月に臨時総会を開き、あらためて理事を決めた。
     つぎに、散り散りになった所有者たちの意向を確認しなくてはいけない。
     石坂さんらは不動産登記簿に載っていた28の個人・法人にアンケートを郵送した。回答は21、無回答が3。4通
    は宛先不明で戻ってきた。
     回答があった21人のうち19人は、すでにマンションを利用していなかった。2人が「年に5~10泊利用している」
    と答えた。使い続けたいという声は皆無で、解体をめざすという方向性は決まった。保証期間が切れる寸前だったエ
    レベーターを止め、建物は閉鎖した。15年10月に改めて管理組合の定期総会を開き、解体の方針を決議した。


    全員同意の「壁」

     管理組合の「財布」を調べ直してみると、修繕積立金が約3500万円残っていた。理事を務めていた3人ら、一部
    の所有者が管理費・積立金を払い続けてきたことが大きかった。解体費用のめどは立った。だがそこで最大の難関
    が立ちはだかった。「所有者全員の同意」だ。マンションを壊すのに、なぜ全員の同意が必要なのか。

    マンションを壊すのは①建て替える②更地にして売却する――という二つのパターンがある。

    原則として①では
    所有者の5分の4以上、②では所有者全員の合意が必要となる。ただし②には特例もある。耐震性が足りないマ
    ンションや、大規模に被災したマンションについては5分の4以上の合意があれば、解体・売却できる。
    マンション苗場も耐震性が足りない可能性があり、特例の「5分の4以上」の合意による解体も検討した。だが、
    行政の手続きでかえって時間がかかるかもしれないと判断。全員合意を目指す方針をとった。



     全員から合意を取り付ける仕事にあたったのは大野元さん(61)だ。ひまわりグループのリゾマン専門の管理会
    社、エンゼルの管理部長としてこの問題を担当した。
     大野さんはさっそく壁に突き当たった。所有者不明問題だ。
     所有者へのアンケートで、宛先不明で戻ってきてしまったのは3人と1法人。送り先の住所を訪ねてみたが所有者
    は見つからない。
     大野さんは周辺の「聞き込み」から始めた。3人のうち1人は飲食店オーナーだったが、すでに自己破産して行方
    がわからなくなっていた。ただし、飲食店の元従業員がいることがわかった。訪ねて事情を聴くと、元従業員もかつて
    マンション苗場を利用したことがあるという。すぐに元オーナーに連絡を取ってくれ、協力を得られることになった。
     法人の1社は2部屋を持っていたが、何度か住所が変わった末に事業の実態はなくなっていた。最後の住所地を
    訪ねるとマンションが建っていて、手がかりはなくなった。
     それでも大野さんは聞き込みを続けた。訪ね歩くうちに、ふと目についた診療所の看板に、元経営者の特徴のある
    名字と同じ名前があった。その診療所に飛び込んで事情を話すと、医師の父が、探していた法人の元経営者だとわ
    かった。
     残った2人には、管理組合が滞納分の管理費の支払いを求める裁判を起こした。裁判所からの手紙である「送達」
    は、郵便局の転送期限が切れても可能な限り転居先を追いかけて届けられる。これで2人とも連絡が取れた。
     このうち1人は、納める管理費を一部減額することを条件に解体に協力してくれた。
     最後の1人になった。でも、解体には合意できないという。もともと、管理組合との関係がこじれていた所有者だっ
    た。
    最後の1人
     いざこざの原因は複雑だ。
     その人が買ったマンション苗場の部屋は競売物件だった。元の所有者が住宅ローンを滞納したため差し押さえら
    れたのだ。
     ここで「債務の引き継ぎ」というやっかいな問題が持ち上がる。
     競売物件を買った人が、元所有者の住宅ローンを肩代わりする必要は、もちろんない。ところが、元所有者が滞納
    していた管理費などの債務は、物件の新たな所有者に引き継がれるのだ。
     管理組合は滞納分の支払いを求めたが、新たな所有者は応じなかった。そこで管理組合は、この所有者がマン
    ションを利用することを拒否していた。
     説得に当たったのが大野さんだ。「あなた以外の所有者は解体に合意しています。このまま幽霊屋敷になって事
    故が起きたら、あなたが責任を問われますよ」などと説き、ようやく解体することにだけ合意が得られた。
    個人の土地を、管理組合が競売に
     ついに全員の合意を取り付けた。17年10月の管理組合総会で解体を決議した。残っていた修繕積立金約
    3500万円を使って解体を始め、昨年6月に更地になった。
     あとは更地を売るだけ、という段階で、最後まで解体に応じなかった1人が土地売却に反対した。そこで管理組合
    は、その人の所有分である土地を競売にかけることを申し立てた。管理費の滞納があるため、「債権者」である管理
    組合は土地を競売にかけることができる。今年2月、新たな所有者が落札し、一連の敷地売却が完了した。
     こうした苦労を重ねてようやく更地になった敷地を買ってくれたのは、近くのペンション経営者で、500万円を出し
    てくれた。大野さんの努力もあって、滞納管理費など1千万円以上を回収できた。
     解体工事費や諸経費などを差し引くと、500万円近くが残った。これを、ずっと管理費などを払い続けてきた7戸の
    所有者の5人に分配した。
     理事長の石坂さんは振り返る。
     「管理がない状態が続いて積立金がたまっていたので、工事費に回せた。初期のリゾートマンションだったので、
    所有者はもともと比較的余裕のある人たちが多く、協力が得られたことも大きい」
    思い出のマンション
     ほかにも、いろいろな課題に直面した。解体にあたって工事車両の出入りや足場の設置場所が必要だったため、
    隣の土地を借りたいと頼んだときのことだ。
     隣の土地の所有者から、借りるのではなく買うよう求められた。応じざるをえなかった。
     解体前、苗場マンションを「社員寮にしたいので丸ごと売ってほしい」という話が舞い込んだこともあった。石坂さ
    んたちは真剣に検討した。しかし、本当に責任を持って使ってくれるかの確信が持てず、断った。
     その会社が近くでやると言っていた事業は、いまはない。もし売却していたら、マンション苗場の所有者たちは楽
    になったかもしれないが、物件そのものは今も放置され、廃虚になっていたかもしれない。
     「自分が中学生のときに親が会社の保養所として買い、友達と何度も利用した思い出のマンションだった。廃虚
    になることが避けられて、本当によかった」

     石坂さんはほっとしているという。(松浦新)
    http://www.angel-r.com/pdf/asahi_1.pdf

  72. 72 近所さん


    湯沢は将来的には日本の姥捨て山になる

    湯沢は認知症と寝たきり老人の姥捨て山になる

    リゾート施設は軽井沢、蓼科、志賀高原、菅平、妙高、白馬、富士五湖、箱根、伊豆、ニセコ、富良野に集約される

    私は、日本の介護にとって、中長期的には介護職員の待遇改善だけでなく、日本の高齢者の自然かつ物理的な集約もある程度必要だと考えています。現在の日本は、地方にいるとよくわかるのですが、高齢者の自宅や高齢者施設が物理的にあまりにも「点在」しています。

    例えば、訪問介護でもAさん宅を訪れた後、次のBさん宅に向かうまでに(少々大げさに言えば)「山を一つ越える」等ということは普通にあります。すなわち、高齢者の点在により、いくら優秀な介護職員を集めたところで、きめ細かい対応を行うには物理的な限界があるのです。

    また、こうした高齢者の集約性の低さは介護関連産業にも悪影響を与えています。人手不足の介護現場は生産性向上のニーズが豊富にありますが、日本の場合、在宅はもとより施設でも、特徴ある小規模なものが多く、大規模なものはあまり多くない傾向があります。

    日本で高齢者を集約にはどうしたらよいのでしょうか。私は、ある意味逆転の発想ですが、高齢者が“高齢者になる前に”「集約」を進めるのが大事だと思います。年をとるとどうしても住み替え等は億劫になりますがもう少し若ければいいのではということです。

    皆さんはCCRC (Continuing Care Retirement Community)というコンセプトをご存知でしょうか。これは海外(特に米国)ではそれなり認知度があるのですが、高齢者が健康な段階で入居し、終身暮らすことができる生活共同体を意味します。多くの場合、50代・60代くらいの「若い」方をターゲットに入居者を募り、居住スペースのあるコミュニティの中には医療施設やスポーツ施設、レクリエーション施設が設けられていたりします。ざっくりとしたイメージとしてはシニア向けの(大学)キャンパスのような感じ。子育て等を終えた若いシニアが、不要となった従来の広い居住スペースを手放す等してCCRCに入居。コミュニティ内で行われるさまざまなアクティビティを通じて友達を作り、第二の青春を過ごしながら老いていくが、必要となる介護・医療等もコミュニティで完結…といった感じ。

    ちょっと伝わりにくいかと思いますので、海外(タイ)の事例ですが、私も視察した施設のわかりやすいyoutubeビデオを紹介します。タイ語ですが、なんとなくでもイメージを感じてください。娘に連れてこられたお母さんがCCRCで過ごす日々の話です。



    CCRCでは高齢者に関わる、あらゆる産業が集約可能です。それぞれに特徴があるのが一般的ですが、医療・介護はもとより、プール、ヨガ、テニス等のスポーツからリハビリテーション、生涯教育、そしてガーデニング、ダンス、カラオケ等の余暇活動に至るまでさまざまな付加価値の形態があります。

    そして、こうした集約は高付加価値サービスを生み出す源泉となります。日本は豊富な介護需要と高度な訓練を受けた介護士、そして技術力のある企業を多く持つ国ですが、これまで残念ながら介護現場の生産性向上はその底力に比しては進んでいません。未だに数十年前とあまり変わらぬやり方で高齢者の食事、入浴、排泄等を介助・介護しているところがほとんどなのが現実です。

    しかし、CCRCでは高い付加価値を持つサービスの提供に対するハードルが一気に下る可能性が高くあります。何しろ高齢者にまつわるすべてのサービス需要がワンストップで集約されるのです。私が訪れたいくつかの海外のCCRCでは、それらの入居者が比較的裕福ということもありますが、敷地内バリアフリーはもとより、ハイテク車椅子を使った移動やどこでもすぐに同じ敷地にある医療施設から医療スタッフが駆けつけられるよう転倒通知のセンサーを張り巡らす整備、また生体計を用いて居住者の健康管理を遠隔でモニターできるシステムの導入等が当たり前のように検討されていて驚きました。

    逆に言えば、介護技術・産業技術に強みのある日本でこうした取り組みを行えば、そこから生み出されるイノベーションはかなりの数にのぼり、また競争力をもったものにもなるでしょう。

    実際、既に日本でも日本版CCRCを創出する計画は各地であります。地方創生の文脈で都会の高齢者を地方に呼び込もうとするものや、大学や病院と連携してそれぞれ生涯教育・医療サービスの付加価値をつけようとするもの、行政と一体となってコンパクトシティと結びつけるもの、民間のサ高住が大規模化して発展したもの等さまざまです。

    日本版CCRCはまだまだこれからです。日本、というより地域の特色を活かしたCCRCが各地に次々に生まれれば、そこから日本を追って高齢化する諸外国にも普及し得る多くの革新的な事例が生まれるでしょう。例えば、最近私が会話に加わったアイデアとして次のようなものもあります。高齢化した過疎の農村地域。地域の中心部に医療機関を誘致した後、地元の廃材を燃料とする環境負荷の低いバイオマス発電所を立て、それで電気を賄い高齢者が移住するコミュニティを作る。また、当該のバイオマス発電には地熱の発生が伴うそうなのでそれを使って、コミュニティ内に見晴らしの良い大浴場を設置。さらに、集まった元農家の高齢者たちと地熱を利用した常夏のビニールハウスで家庭菜園のようにコーヒーを作ったり、マンゴーを作ったり。

    そこで近隣の高校が実習もし、さらに大学と連携して生涯教育やレクリエーション活動も生まれる…。もちろん実現には課題もあるでしょうが、おもしろいと思いませんか。高齢者のためのコミュニティづくり。異業種の人々が集えば各地で素晴らしいアイデアが次々と出てくることでしょう。
    https://38news.jp/default/13694

  73. 73 近所さん

    湯沢を姥捨て山ではなくリゾート地にする方法

    苗場と四万温泉の間の国道353号線の未通部分を開通させたり、ロープーウェイで苗場山山頂まで行ける様にすれば観光客は来るけど、湯沢町は絶対にやらない。

    湯沢は何をやっても家族向けの観光地にはならない
    見込みがあるのは風俗の里くらいかな

    街をオシャレにしなくても、国道と県道すべてを白樺の並木道にすれば人気出るけど
    湯沢は何故か桜の街路樹しか植えない

    湯沢を吉野にしても観光客は来ないというのがわからないんだな。

    湯沢にはアホしかいないから永遠に観光地にはならない


    北海道を真似て至る所に白樺やカラマツを植えまくればいいのです:

    北海道の白樺並木 - YouTube 動画
    https://www.youtube.com/results?search_query=%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%...

    北海道の白樺 - YouTube 動画
    https://www.youtube.com/results?search_query=%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%...

    Most Beautiful Road 日本で一番美しい道?富良野・美瑛 - YouTube
    https://www.youtube.com/results?search_query=Most+Beautiful+Road%E3%80...


    白樺林の唯一の問題は花粉症なのですが、市街地にまで白樺並木を作らなくても、17号線の三国峠や湯沢-苗場の間を白樺並木にしたり、廃スキー場の跡地を白樺の森にするだけで 十分リゾート地の雰囲気になります。


    【2019年】札幌・旭川で白樺花粉に苦しむ僕。北海道での日常対策を9つ紹介
    https://www.kitalannotabihurotravel.com/entry/sirakaba


  74. 74 近所さん



    北海道の白樺並木 - YouTube 動画
    https://www.youtube.com/results?search_query=%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%...


    北海道の白樺 - YouTube 動画
    https://www.youtube.com/results?search_query=%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%...


    Most Beautiful Road 日本で一番美しい道?富良野・美瑛 - YouTube
    https://www.youtube.com/results?search_query=Most+Beautiful+Road%E3%80...

    【2019年】札幌・旭川で白樺花粉に苦しむ僕。北海道での日常対策を9つ紹介
    https://www.kitalannotabihurotravel.com/entry/sirakaba

  75. 75 口コミ知りたいさん

    無理やり造られた観光地など必要がない
    将来を見据えたら発破数発で倒してしまったほうが
    人間は考え始めるのではないのか?

    とてつもない疲弊感を日本人を襲うのはこれからだと言うのに。

  76. 76 匿名さん

    沼地を首都にした日本人だから、そこは大丈夫しょ。

  77. 77 名無しさん

    ペースのあるコミュニティの中には医療施設やスポーツ施設、レクリエーション施設が設けられていたりします。ざっくりとしたイメージとしてはシニア向けの(大学)キャン

  78. 78 名無しさん

    さん(38歳)は、約3年前に湯沢にあるリゾートマンションを相続しました。スキーが大好きだった父親が家族のために35年ほど前に購入した物件で、子供の頃は冬

  79. 79 名無しさん

    っても下がりません。

    RC造のホテル・旅館の経年減点補正率

    建物の評価額が高い!と相談をよく受けるのがホテ

  80. 80 名無しさん

    2647 通りがかりさん
    2日前
    素人の考えです。ディズニーと同じで値上げしないから人の多さに悩まされる、需要減らすために値上げだ
    新宿から遠方の各駅しか停車しない駅から優先的に値上げして各駅の本数減らして快速急行を増やす
    仮に運賃2倍しても人数半減はしないだろう、利益上がるからロマンスカーの本数を減らしてもいい

    小田急のページ(ゆったり重視派20代女性Cさんの場合)で代々木上原で快速急行乗り換えおすすめしててひどいw
    1番嫌われる乗り方じゃん

  81. 81 名無しさん

    アパートに住んでますが、生活音が本当にうるさくって、イライラするレベルです。
    普通に会話の内容がわかるくらいの壁、床の薄さってありえないです。
    わざとかよってくらいドンドンドンドン夜中でもトイレの音、響まくります。
    引っ越したいけど違約金かかるし、一年以上ならかかりませんか?
    デザインはいいけど、作りが雑すぎ。新築なのにシンク下の壁に穴が最初から空いていました。
    床のフローリングもなんか変な黒いゴミ最初っから詰まってるし。
    むかつくくらい欠陥住宅でした。

  82. 82 777

    どんな感じ?

  83. 85 匿名さん

    思想的にアレな人なのね。
    イタコ芸の信者さんだったっけ?

  84. 86 匿名さん

    あれ?ちょっと待てよ。

    ラ・ヴィで競売落札して問題になった宗教法人って沖縄だったよな。

    あー、なるほどね。
    全部合点がいったよ。
    要するに腹いせだったんだね。

  85. 88 近所さん

    [No.83~本レスまで、スレッドの趣旨に反する投稿のため、いくつかの投稿を削除しました。管理担当]

  86. 89 通りがかりさん

    苗場のリゾマンを持っていましたが、数年前に手放しました。理由はスキーに興味がなくなったことが一番。買った当時は定年後も滑れるし、良いかなと考えていましたが、趣味も歳とると変わって行き、今は夫婦で海外旅行になり、年末年始に過ごしていた苗場もビーチホリデーに変わりました。お金が掃いて捨てるほどある人なら良いですが、一般庶民にはリゾートマンションは維持して行くのが大変です。行く度に掃除しないといけないですし、部屋の空気入れ替えの為に夏場も行かないといけないし、買った頃は避暑地になっていた苗場も、今では暑くてエアコンが必要だし、管理費を払う分でどこかの温泉に毎月一泊出来ますからね。

  87. 90 eマンションさん

    なんかスレ主の前置き長過ぎて冒頭しか読む気になれなかったけど、スレ主さんはリゾマン持ったこと無いでしょwまぁ今は負の遺産なだけだけどね。それでも数年前に国税の払い下げオークションで苗場のマンション落札した。2LDK室内は何年も使われてない様子だったけどカーペットや壁紙、水周りの状態も良かった。しかもよくある全オーナーの家財は一切無し、滞納管理費もこちらに請求される事も無く、最上階で15万で落札。他に入札者が居なかったから最低価格で買えた。日帰り温泉はそばにあるし、毎週末気分転換に行ってる。管理費だって毎月25000円くらい、普段はアパート住まいだけど月収25万もあれば維持出来るし、定年後の居場所と思っていればお得感ある。所得税も購入時に町役場に提出する書類の使用目的だったかなぁそんな項目に一言書いて所得税免除。まあコンビニもそばには無いけど車や地域の送迎マイクロバスを使えば食材の買い物は出来る。なんかダラダラ書いたけど、要は不動産屋から買わない事、実際同じマンションでもっと狭い下層階が俺が落札した物件の2倍以上に加え、保証金50万とか馬鹿バカしい値段だから。最近ヤフオクに出てないけど、国税物件を利用した方がかなり安い。買っても次はタダでも売れないから老後借家の更新なんか心配するならリゾマン購入も有りかと思います。

  88. 91 通りがかりさん

    親戚がオーナーで9号館を毎年数回使用していますが、水道水は飲用できないは嘘ですねー。少し出しとけば普通に使えます。

  89. 92 eマンションさん

    ネタの水道水が飲めるとか飲めないとか、そんな事どうでもいい。ネタ主は大した知識もなく書いてるんだから。
    それよりこんな利用方法とか、買うならこうしたらいいとか書いた方が建設的スレになると思う

  90. 93 匿名さん

    間違っても投資案件にはなりゃせんわ
    頭にタンポポ生えてるわけじゃないんだから
    wwwwwwww

    これ書いても怒る人いないだろうしwww

  91. 94 匿名さん

    民泊受けるリゾートマンションなんか買ってはいけないと思いました。

  92. 95 デベにお勤めさん

    >>91
    >親戚がオーナーで9号館を毎年数回使用していますが、水道水は飲用できないは嘘ですねー。少し出しとけば普通に使えます。

    築年数によって違うんだよ

    【オーナー様コメント】

    昨年9月にカーペットを全面貼替えてあります。

    ガス暖房機も一機新品に交換

    茶水対策の為、宅内水道管をリニューアルしました。

    苗場ヴィラ特有の茶水も殆ど出ません。

    トイレの壁も本漆喰を使用、昨年施工しており匂い対策も行っております。

    ※H29.9月 ガス暖房機交換済
    ※H29.9月 カーペット貼替、トイレの壁クロス貼替済 / リフォーム実施時期:201709 / リフォーム実施内容:カーペット貼替、トイレの壁クロス貼替済

  93. 96 ご近所さん


    『加山キャプテンコーストスキー場』で大損した加山雄三の借金人生 100億円以上を完済


    加山雄三は20隻以上のヨットを設計した設計士、一等航海士、ギタリスト、旭日章俳優などの顔を持つ

    加山雄三は名俳優の父と共に、多彩な活動をする大物俳優として知られています。

    だがもう一つの顔は借金王で、恵まれすぎた子供時代のせいか、金銭感覚が大きすぎました。


    借金100億円を返済

    俳優の加山雄三はアメリカの永住権(グリーンカード)を取得し、妻と子供がアメリカに住んでいる。

    本人は東京成城の一等地に豪邸を持っているが、誰も居ない家に帰る事は少なく、仕事に忙しい。


    忙しいのは俳優人生の大半を借金を返すのに費やしてきたからで、100億円以上の借金を抱えていた。



    スポンサー リンク





    その加山雄三が2015年になって「借金完済」宣言をして世間を驚かせました。

    加山雄三の人柄はともかく商売上の評判は、ちょっとした仕事でも高額ギャラを要求するのであまり良くなかった。

    たとえば学校行事のゲストに芸能人を呼ぶ事があるが、他の芸能人は数十万円なのに加山は2000万円を要求したという。


    ゼニゲバという評判だったが、この頃は借金に追いまくられていたので、金の亡者のごとく稼がなければならなかった。

    100億円の借金というと金利5%でも一日100万円以上の金利、10%なら毎日300万円近い金利で、確かに数十万円で営業しても追いつかない。

    これを返済する為に、芸能界の仕事は最低でも数百万円以上の仕事に限っていたようです。


    その借金は経営する『加山キャプテンコーストスキー場』(新潟県湯沢町)が作ったものだった。

    そのスキー場は2011年5月に廃業が発表されたが、前のシーズンも休業していた。

    経営が行き詰って休業したところに東北地震で打撃を受けて、そのまま廃業を決めたようです。


    この時加山は「20年間で20億円以上をつぎ込み、ずっと赤字で1回も黒字なし。本当にバカだね。」と自分を評した。



    借金の経緯

    加山スキー場は1990年スキーブームの全盛期に開業し、当時は話題になり年間数万人の利用客がありました。

    1987年に「私をスキーに連れてって」という映画が公開されて、数年間がブームの頂点とされていました。

    つまり加山のスキー投資は最も高い時に買って、最も安い時に売る、典型的な「高値買いの投売り」だった事になる。


    加山スキー場は予想ほど利用客が伸びず、資金難からコースが短縮されたのと、駅や高速道路から遠かったので集客に苦労しました。

    何よりスキーブームが終わってしまい、周辺のスキー場もクシの歯が抜けるように廃業して行きました。

    最近スキーはやや盛り返しているようですが、損切りした途端に相場が上がり始めるのは、どの世界でも同じようです。


    加山はスポーツを中心に多趣味な人で、様々な事業を始めたが失敗例が多かった。

    最初の事業は1965年、当時流行の先端だった茅ヶ崎で父親とホテルを開業したが、1970年に倒産しました。

    倒産時も加山は海外で遊びまわっていて、暴力事件を起こしたり女優と結婚したりしていました。


    ホテルを開業したのは父親の俳優上原謙で、71歳の時に再婚して子供を作っているので、父親に似たのかも知れない。

    ホテル倒産で23億円の負債を背負い、毎日卵かけご飯だけで過ごし、1980年頃に約10年で返済しました。

    加山雄三が生まれたのは1937年なので、ホテル開業は28歳で借金返済は43歳の頃だった事になります。


    その後数年は俳優としても活躍し、人生で最も平穏な数年間を過ごすが、バブル景気が過熱するとまた悪い癖が出ました。

    趣味のヨットなどでは飽き足らず、ブームになりつつあったスキー場を開業しようと思い立ちました。

    加山が思い立つ新事業は焼肉屋などではなく、壮大で元手の掛かる事業なのが特徴です。



    父は名俳優で家政婦が2人居た

    『加山キャプテンコーストスキー場』の開業までには推定で数十億円掛かり、開業してからも20億円ほどつぎ込みました。

    肝心の利益はまったく出ず、借地だったようなので土地を転売して利益を出す事もありませんでした。

    人生2度目の大借金を払い終えたのは2014年頃らしく、この頃旅番組とか他の俳優と同じような仕事を始めています。


    今後の予定はヨットで世界一周と話しているので、78歳だが体力的には元気なようです。

    加山雄三は先ほど出た俳優上原謙の長男として生まれ、父は既に日本を代表する名俳優で、金銭的に不自由なく育ちました。

    親類の岩倉具視は幕末に長州藩をそそのかしてクーデターを画策し、幕府を倒して明治政府が出来るまでは実質的な首相を務めた。


    家にはお手伝いさんが常に2人以上居て、家は最初田園調布にあり、2歳から30歳まで神奈川県の茅ヶ崎で過ごしました。

    学校は地元の名門学校から慶応高校、慶応大学へ進み「慶応ボーイ」という言葉まで出来た。

    大学卒業後に東宝へ入社しすぐ三船敏郎の映画でデビュー、父の上原謙は松竹でデビューしたが、この頃は東宝映画に出演していた。


    父はまだ現役俳優で映画界にも顔が広かったので、おそらくコネ入社だったのでしょう。

    1961年から映画「若大将シリーズ」が大ヒットし、1960年代を代表する人気映画俳優になりました。

    その後はホテル開業から借金に追われるようになり、借金返済のための芸能活動をせざるを得なくなって行きます。


    70年代からは映画からテレビに活動を移し、時代劇から現代劇まで幅広い作品に出演し、演技力でも評価されています。

    80年代にはさらに司会者としても活躍し、これも好評を得たが、1990年のスキー場開業で人生が暗転し始めます。

    90年代にはバラエティー番組の出演が多かったが、2000年代には高齢もあってテレビ出演は減少した。


    替わってディナーショーなどいわゆる地方営業的な事で、数をこなして借金返済に励んでいたと思われます。

    若い頃はスポーツ方面で多趣味だったが、最近はゲームや料理、鉄道模型などがプロ級とされていて、パソコンも使いこなす。
    http://www.thutmosev.com/archives/50376468.html

    最悪時に借金100億円を超えていたときも、東京の豪邸とアメリカの別荘、その他資産を手放そうとせず、こだわりが強い。

  94. 97 ご近所さん

    加山キャプテンコースト

    名前の通り、あの加山雄三が道楽で経営しているとおぼしきスキー場ですが、大丈夫でしょうか?

    とにかく何から何まで中途半端。レストハウスはすべてプレハブで、貧乏臭いことこのうえないし、コースも上級と超初級はあってもその間が無い。

    それでも岩原や中里あたりの賑やかな界隈にあれば、昔ながらのスキー場ってこんな感じだよなあ、なんて誤魔化せるのですが、微妙に人里離れたところにあってどうにも救いがありません。

    お客さんも少ないし、本当に先行きが心配なのですが、もしかして経営はどうでもよくて、単なる税金対策か何かなんでしょうか?

    (最終滑走年:2005/最終更新日:2005.1.18)
    https://www.ariioe.com/Ski/ski_Kanetsu2.html

  95. 98 ご近所さん

    2020年05月28日
    深刻なマンション空き室と高齢化 「限界マンション」増加

    一見おしゃれだが、バブル期に建てられた湯沢のリゾートマンション

    引用:http://tsunoken.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2013/08/22/2013...



    限界マンションが増加

    都会を中心にマンションの空室増加と老朽化、住民の高齢化が同時に起こっています。

    人が住める限界が近づいた物件を「限界マンション」と呼び、遠からずスラム化します。

    限界**ならぬ「限界マンション」が増加しているが、一体なんの事でしょうか。

    限界**は人口の50%以上が高齢者で、若者が出て行き過疎化が進んでしまった**で、全国で1万以上存在します。

    一旦こうなると商店や銀行サービスなど生活基盤がなくなり、就職先も役場も郵便局もなくなります。

    分譲マンションは全国で650万戸以上存在するが、昭和期に立てられたマンションが続々と「高齢化」します。



    現在築40年以上のマンションは85万戸ですが、10年後に151万戸、20年後に300万戸に増加します。

    老朽化したマンションには高齢者が住んでいて、40年前に30歳で購入した人は70歳になっています。

    築40年以上経過したマンションでは50%のマンションで、住人が60歳以上の高齢者だけになっています。


    高齢マンションは空室率も高く、10%前後が空室になっていて、限界化の原因になっています。

    空室の部屋は家賃収入はともかく、管理費や修繕費を支払わないので、修繕や建て替え費用も出ない事になります。

    例え空室が無かったとしても、自分が60歳を過ぎているのにお金を払って建て替えたい人は居ないでしょう。


    子供はそれぞれ住居を構えて別な家族を形成しているので、戻って来る事はありません。

    高齢の住人達が望んでいるのは、自分の残り人生をこのマンションで暮らす事で、変化を望んでいない。



    限界マンションを掴まない為には

    居住者の多くは働いていないので収入がなく、預金や生活保護、子供からの支援で暮らしています。

    業者などがマンションを建て替える可能性もあるが、全世帯から買い取る必要があり、まず不可能でしょう。

    このまま老朽化が進んで、崩壊の恐れが出てくると、自治体が強制的に解体する必要が生じる。


    古くなったマンションは築年数に応じて売買価格が下がっていき、最後は値段がつかなくなってスラムになります。

    給水設備が錆びるので赤い水が出る、安く改修するために、建物外側に水道管を取り付けます。

    水道修繕費は一戸100万円にも達し、そういえば古い建物では、変な所に菅が伸びていたりします。


    外壁はひび割れるが安く修理する為に、まるで壁に模様を描いたように、ヒビにそって補修の跡が残っています。

    ベランダはサビだらけで窓枠などが数十年古い構造になっていて、エレベータは動けば良いほうです。

    建て替えは駐車場や駐輪場、植木などがスペースを取っている場合は可能かも知れません。


    余った敷地が多ければ、余り部分に建物を広げる事で、売り出せば収入になり、負担が減るからです。

    逆に余分の敷地が無く、背の高いマンションは部屋数を増やせないので、高額負担になり建て替えは困難です。

    最近増えているマンション投資も限界化を促進しているとされています。


    投資のために中古マンションを購入した人は、住む気がないので組合に加盟せず、修繕積立金も支払いません。

    それを賃貸住宅として借りた人も、やはり組合に加盟しないので滞納率が上昇します。

    全国のマンションの4割では管理費滞納者を抱えていて、築年数が古いマンションほど滞納者が多い。


    もし中古マンションを購入するなら、修繕をきちんとやっている事や、管理組合がしっかりしている事が必要でしょう。

    最近多いゼロゼロ物件(管理費ゼロ、積立金ゼロ)は裏を返すと何もしない物件なので、既に限界化が始まっているかも知れません。
    http://www.thutmosev.com/archives/61900708.html

  96. 99 マンション比較中さん

    遂にスラム化が始まる!? 逃げ切り世代に牛耳られた“高齢化マンション”の末路
    牧野 知弘 2020/06/16


     マンションの管理運営は基本的にはマンションごとに結成される管理組合で行われている。管理会社が行っていると勘違いしている人もいるが、マンション管理会社は組合から業務を委託された存在にすぎない。つまり、管理会社はマンション管理に関わる実務を執り行うだけで、意思決定は組合の判断にゆだねられることになる。

     その管理組合では、理事会が結成される。通常は理事長と複数の理事から構成される。理事会ではマンションの管理運営に伴う様々な意思決定事項を協議し、決定された内容を管理会社に指示し、その実施状況を管理していく。

     理事会で決定できる内容は日常業務に関わるものであり、その多くが管理規約などで定められた業務内容のものに限られる。


    大規模修繕については組合総会で決議

     一方で、組合員である区分所有者による決議を必要とする大規模修繕などの内容については、随時管理組合総会を開催して、合議によって決議するというのが一般的な手法だ。


     さてこの決議だが、一般的には区分所有者それぞれが一住戸一票(マンションによっては区分所有面積比による票)を所持し、多数決で決議されることになる。100戸のマンションであれば51票の賛成があれば議案は可決する。議案の内容により、総会の議決を行うに足るだけの出席者がいれば、委任状の提出者を含む出席者の議決権の過半数で議案は可決される。

     一方で、大規模修繕のうち共用部の大幅な変更を伴うような内容のものは議決権の4分の3以上の賛成が、建替えでは5分の4以上の賛成が必要になる。

    マンションは“日本社会の縮図”

     マンションは複数の区分所有者によって構成される、居住のための共同体だ。そのマンション全体の運営に関わる問題について、合議で決定していくことは民主主義の原則として理にかなったものと言える。

     言ってみれば、マンションという共同体は町や国といった仕組みの縮図なのかもしれない。マンション内には様々な価値観を持った人々が暮らしている。その社会の中で平穏に暮らしていくためのルールを定め、全員がそのルールを守って健全な生活を送っていくことが必要だからだ。

     ところがこの仕組み、最近ではいろいろな齟齬が生じている。

    高齢者の「終の棲家」に選ばれはじめた
     マンションの老朽化に伴い、区分所有者も高齢化していることで、共同体を今後も維持していくためには不都合な所有者構成となってきているのだ。

     本来はマンションという共同体は区分所有者が徐々に入れ替わり、新陳代謝が行われていくことを前提としてきた。マンションは戸建て住宅を購入するまでの一時的な棲家として認識されていたこともあり、どちらかと言えば若い人たちの一次取得としての住宅という意味合いがあった。

     つまり、最初にマンションを購入した人はやがてそのマンションを売却し、戸建て住宅を購入し移転をする。そのあとには若いファミリーが入り、戸建て住宅が買えるようになるまでそこのマンションで暮らすといった、「住宅すごろく」が成立していたのである。

     しかし、次第にマンションという生活スタイルは、都心部のみならず郊外部あるいは地方でもすっかり定着し、マンションに永住しようとする人が多数を占めるようになってきた。そうした中で、特に老朽化マンションの中にはその区分所有者のほとんどが高齢者によって構成されるマンションが増加してきた。死ぬまでここで暮らそうという「終の棲家」に選ばれ始めたのだ。

    「死ぬまで住めればよい」
     一方で、親の住んでいるマンションを相続して住もうという子供もいなくなっている。少子高齢化の影響もあれば、不動産価値の減退によって相続価値を認めない子供が増えたことも原因だ。

     こうした事態になればなるほど、現在の区分所有者である高齢者は「死ぬまで住めればよい」という考えを持つようになる。つまり、マンションという住宅は子供の代に引き継ぐものではなく、自分が「住みつぶせればよい」という存在になっている。

     ここから生まれる発想はどうしても「自分さえ満足であればその他のことはどうでもよい」というわがままな考えにつながる。

    とにかくカネのかかることはやりたくない
     具体的には、とにかくカネのかかることはやりたくない。自分が生きている間にどうしても必要な事はやらざるを得ないが、特別なことはしなくてもよい、だからなるべくこのままがよい、こういった発想になりがちなのだ。

     実はこの発想は、マンション管理の現場だけで起こっている事象ではない。日本という国家全体にこの発想が蔓延している。今や日本国内の有権者の半数以上が50歳以上だ。つまり、日本で国会議員になりたければ高齢者層の支持を受けなければならない。彼らが好む政策を打ち出していかない限り、その地位は危ういものとなってしまう。

     この状況をマンション管理に当てはめればどうなるだろうか。高齢化した区分所有者が望む施策しか、理事会は実行しなくなるだろう。それこそがマンションという共同体の運命でもあるからだ。

    給排水管の交換も外壁の修繕も必要ない!?
     では、マンションにおける区分所有者の年齢構成が大きく高齢者側に偏ると、他にはどんな事態が生じるだろうか。

     マンションは共同体として、今後も資産価値を維持し続けていく必要のある建物だ。だが、問題となるのは時間軸である。マンションを今後10年という時間軸で見るのか、あるいは30年という時間軸で見るのかで運営管理上必要とする施策は異なったものとなる。

     今後30年という時間軸で見るならば、たとえばマンション内の給排水管の交換、外壁の修繕はもちろんのこと、設備の更新、共用部のリニューアル、全館のバリアフリー化、災害時に備えた防災設備・防災用品の整備は必須となる。マーケットでも競争力を保ち、新たな所有者や賃借者にとっても魅力的な物件であり続けるために必要な修繕は、継続的に行っていく必要がある。

     ところが、多くの区分所有者が「自分の代だけ住めればよい」という発想に立つと、施策のほとんどは「俺たちには関係ない」ということで却下されるようになる。共用部を今の時代に適したデザインや仕様に変更して若い世代に借りてもらう、買ってもらうようにしたくても、高齢者たちの「ありのままでよい」というセリフで掻き消されてしまう。

    そしてマンションのスラム化が始まる
     新陳代謝の行われないマンションは商品としての魅力を急速に落としていく。結果として、亡くなったり、高齢者施設に収容された区分所有者の住戸は、「魅力のない」「古臭い」マンションとして、貸すことも売ることもできない状況に陥り、空き住戸のまま放置されていく。

     空き住戸が増えていけば、その先に待っているのはマンションのスラム化だ。スラム化したマンションは相続財産としての価値もなくなり、誰にも引き継がれないまま野ざらし状態になっていく。

     今後大量のマンションが、築40年のステージに入ってくる。日頃の入念で手厚い管理と建物寿命を伸ばすための大規模修繕を施すことで、不動産価値は保たれていく。だが、将来に引き継ぐ施策を実行していかない限り、世の中にスラム化マンションが溢れかえることになるだろう。

    今後10年が大きな転機になる
     こうした事態を防ぐには、時間軸を長く持ち、マンションという共同体を継続させようという区分所有者や居住者の意思が必要不可欠だ。日本社会に到来した少子高齢化問題が、マンションに大きな影を投げかけ始めている。日本の問題の縮図として、マンションの今後の存続が問われていると言い換えることもできるかもしれない。

     マンションの区分所有者が自分の都合だけに拘泥せず、不動産価値を全員で維持・向上させていくことは果たして可能だろうか。日本は欧米などと比べて私権の強い国と言われる。一見すると欧米は個人主義で私権が強いように考える人が多いが、欧米は「個」に対する意識の強さと裏腹に、「コミュニティー」に対する従属にも大きなウェートを置いた社会だ。つまり、コミュニティーという社会の中におけるプライバシーが確立された社会なのだ。

     したがって、コミュニティーにとって有害な個人の主義、主張は排除される傾向にある。放置された空き家などは近隣住民が勝手に入り込んで草刈りをしたり、地域社会にとって危害を及ぼすと考えられるような場合には強制的に空き家を撤去することも、日本と比べて比較的容易に実行できる。

     一方の日本では空き家対策特別措置法はできたものの、個人の住宅の敷地内に他の住民が入って草を刈るなどという行為は不法侵入の罪を免れない。

     私権の強い日本でこうした欧米のような発想が浸透するのか、高齢者が中心の社会構造の中でどこまでマンションのスラム化は防げるのか、これからの10年ほどが大きな転機となるだろう。

    https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e9%81%82%e3%81%ab%e3%82%b9%e3...

  97. 100 ご近所さん

    2020年09月25日
    格安住宅や格安物件は購入後の費用負担が多い
    格安物件は維持費やリフォームに金がかかり手放すケースが多い

    格安物件には当然裏がある

    最近古民家や山林を安く買うのが流行っていて、「50万円で山を買った」などの動画をユーチューブで見ることもできます。

    築80年の古民家を買って住んだり、格安マンションを購入して賃貸オーナーになって成功した人も居ます。

    これらは本当に安い場合もあるが、表示価格以外の費用負担が多いこともある。

    また購入後にトラブルに悩まされるのが、格安住宅や格安物件購入後のお約束になっている。

    まず格安住宅ですが、50万円などで売られるのは築40年以上でかなり傷んでいると思います。

    湿気で腐食が進んでいたり雨漏りがしたり、何らかの不具合があるから格安と考えて良い。


    加えて立地もかなり田舎に違いなく、近所に駅は無くバス停やスーパーからも遠い。

    下手をすると人口減少でインフラが維持できなくなっている可能性もあります。

    上下水道に電気ガス、道路にゴミ収集などが過疎地域では維持困難になっている場合もあります。


    例えば限界**ではガスや灯油を配達してくれず、薪を燃料にしている地域がかなり存在する。

    梅雨や秋の台風では水害で道路の通行止めが発生したら、車を持っていても通勤などできません。

    古民家には金がかかる

    マンションの場合はそんな田舎ではないでしょうが、築古マンションでは際限なくトラブルが発生します。

    エレベーターや水回りのトラブルはお金が掛かるが、修繕金が集まらないので放置されることが多い。

    競売物件は不動産屋を介さないので安く買えるが、まともな不動産屋は住める物件しか販売しません。


    という事は競売では「住むに値しない物件」もあるという事なので、物件を見ないで入札するなどは論外です。

    最近人気の格安古民家ですが、快適に住むにはまず最低1千万円のリフォーム費用がかかります。

    トイレが汲み取りで水回りは全面改修が必要、これだけで500万から1千万円かかるでしょう。


    テレビで取り上げられるような快適な古民家にするには、2千万円から3千万円はかかってしまいます。

    つまり築50年から100年の古民家を買うより、住宅地で築浅の一戸建てを買う方が安いです。

    むろん汲み取りトイレや古い土間の台所のままでも住めますが、耐震性が悪く腐食も進んでいる筈です。


    古い家を買って住むよりは、郊外にアパートやマンションを借りて田舎に遊びに行く方が合理的です。

    自分で大工仕事をするにしても、トイレや水回りは工事業者に発注せざるを得ないでしょう

    http://www.thutmosev.com/archives/83973499.html

  • [お知らせ] 特定の投稿者のレスを非表示できる機能を追加しました

[PR] 周辺の物件
オーベルアーバンツ秋葉原
ガーラ・レジデンス梅島ベルモント公園

同じエリアの物件(大規模順)

スポンサードリンク広告を掲載
スポンサードリンク広告を掲載
スムログ 最新情報
スムラボ 最新情報
スポンサードリンク広告を掲載
スポンサードリンク広告を掲載

[PR] 周辺の物件

プレディア小岩

東京都江戸川区西小岩2丁目

6400万円台~8200万円台(予定)

3LDK

65.96m2~73.68m2

総戸数 56戸

ガーラ・レジデンス梅島ベルモント公園

東京都足立区梅島2-17-3ほか

5100万円台~7200万円台(予定)

3LDK

55.92m2~63.18m2

総戸数 78戸

ジェイグラン船堀

東京都江戸川区船堀5丁目

6998万円・7248万円

3LDK

70.34m2・74.58m2

総戸数 58戸

オーベルアーバンツ秋葉原

東京都台東区浅草橋4丁目

1LDK~3LDK

34.63㎡~65.51㎡

未定/総戸数 87戸

クラッシィタワー新宿御苑

東京都新宿区四谷4丁目

1億500万円

1LDK

42.88m2

総戸数 280戸

ヴェレーナ西新井

東京都足立区栗原1-19-2他

5568万円~7648万円

3LDK

66.72m2~72.74m2

総戸数 62戸

イニシア東京尾久

東京都荒川区西尾久7-142-2

5500万円台・6300万円台(予定)

2LDK・3LDK

43.42m2~53.6m2

総戸数 49戸

バウス板橋大山

東京都板橋区中丸町30-1ほか

3990万円~9230万円

1DK~4LDK

26.25m2~73.69m2

総戸数 70戸

リーフィアレジデンス練馬中村橋

東京都練馬区中村南3-3-1

6858万円~9088万円

3LDK

58.46m2~75.04m2

総戸数 67戸

オーベル葛西ガーラレジデンス

東京都江戸川区南葛西5-6-4

4600万円台~7700万円台(予定)

1LDK+2S(納戸)~4LDK

62.72m2~82.02m2

総戸数 155戸

イニシア日暮里

東京都荒川区西日暮里2-422-1

6900万円台・7900万円台(予定)

1LDK+2S(納戸)~2LDK+S(納戸)

57.12m2~66.93m2

総戸数 65戸

ユニハイム小岩プロジェクト

東京都江戸川区南小岩7丁目

未定

2LDK~2LDK+S(納戸)

45.12m2~74.98m2

総戸数 45戸

リビオ亀有ステーションプレミア

東京都葛飾区亀有3丁目

4670万円~8390万円

1LDK~2LDK+S(納戸)

35.34m2~65.43m2

総戸数 42戸

オーベル練馬春日町ヒルズ

東京都練馬区春日町3-2016-1

8148万円~9448万円

3LDK・4LDK

70.07m2~80.07m2

総戸数 31戸

バウス氷川台

東京都練馬区桜台3-9-7

7398万円~1億298万円

2LDK~3LDK

52.27m2~70.96m2

総戸数 93戸

レ・ジェイド葛西イーストアベニュー

東京都江戸川区東葛西6丁目

未定

1LDK~4LDK

45.18m²~114.69m²

総戸数 78戸

サンクレイドル南葛西

東京都江戸川区南葛西4-6-17

3900万円台~5900万円台(予定)

2LDK・3LDK

58.01m2~72.68m2

総戸数 39戸

リビオシティ文京小石川

東京都文京区小石川4丁目

未定※権利金含む

1LDK~4LDK

35.89m2~89.61m2

総戸数 522戸

ヴェレーナ大泉学園

東京都練馬区大泉学園町2-2297-1他

5798万円~7298万円

3LDK

55.04m2~72.33m2

総戸数 42戸

ジオ練馬富士見台

東京都練馬区富士見台1丁目

6640万円~9590万円

2LDK+S(納戸)・3LDK

65.34m2~72.79m2

総戸数 36戸

[PR] 東京都の物件

カーサソサエティ本駒込

東京都文京区本駒込一丁目

2LDK+S・3LDK

74.71㎡~83.36㎡

未定/総戸数 5戸

リビオタワー品川

東京都港区港南3丁目

未定

1LDK~3LDK

42.1m2~130.24m2

総戸数 815戸

サンクレイドル西日暮里II・III

東京都荒川区西日暮里6-45-5(II)

6980万円・7940万円

2LDK

50.02m2・52.63m2