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みんな間違ってないようw
大辞泉 やまのて【山の手】
1 「やまて」に同じ。
山よりの土地。山のほう。やまのて。(反対語)海手(うみて)。
2 都会で、高台にある町。多く住宅地になっている。東京では区部の西側の台地の区域をいう。江戸時代は本郷・小石川・牛込・四谷・赤坂・青山・麻布などの台地の地域を称し、武家屋敷や寺院が多かった。(反対語)下町。
そうそう、市街地(都会)においては高台、台地の住宅街の事を言う意味なんだね。
せいぜい標高も数十メートル前後までの事で、決して山の斜面じゃない。
山の手ではなく山手(のを入れない)は、〔山手に向かって〕とか、山方面の方角を
さす山側という意味では使われるが、決して平地より山側にあるものや山そのものが
全て山手〜という事ではない。苦楽園中学や甲山高校を山手にある学校と言うのは
誤った用法。正確には、山の中腹にある学校もしくは山にある学校というのが正しい。
>>552
御影や住吉山手は詳しく知りませんが、芦屋では現在でも朝日ヶ丘、岩園に田畑は残り、西宮の柏堂以北にも多くの田畑が残ります。また現在は宅地化されて田畑が無くなった芦屋の阪急以北も多くは元々田畑であったし、西宮でも苦楽園や柏堂界隈も多くは田畑で、宅地化に伴い山を切り崩したのは一部の地区だけ、それでも山の中腹?
また江戸時代の芦屋界隈は江戸幕府直轄の天領であり、山の所有は許されてませんでしたし、現在の六高山も国有地。これ等の元々田畑で宅地化された地区と、山ではは明らかに傾斜も違います。
部外者がいくら山手ではないと主張しても地元住民には受け入れられません。
修正)六高山→六甲山
追筆、
芦屋の奥池と六麓荘の7割程度は例外として国有地の払い下げ。
北山貯水池付近から旧鷲林寺新田地区の一部は海底平野が隆起した地形なので、田園があったが、
苦楽園の番町から剣谷、柏堂の大部分は土石流堆侵食地ベースの荒地に江戸時代以降植林して
山林化していた地形を再度表層を剥がして宅造したもの。
間違っても元良好な水田があったような田園ではないw
岩がゴロゴロ数メートル以上堆積しており、とてもじゃないが良好な稲作を行えるような
地層ではないからな。当時の大名も**じゃないから。
だいたいウバラ郡(現在の東灘区〜芦屋市、夙川以西の西宮市)はあれだけ広い面積が
ありながらたった9000石程度だw
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/3914/settsu_amagasaki.html
武庫郡の10分の1以下。南部の天井川流域の氾濫地だけでなく、北部の斜面地の大部分の荒地で
稲作が行えていなかった不毛の地であった事のなにより証拠がちゃんと歴史に残っているこの数字。
だからこそ(まともに稲作を行える土地が殆どなかった)皮や石などのBK賤業が栄えていたわけだが。
岡本の西側(?)で山の造成してるのが、海手から見えるのですが、
何か建つのでしょうか?緑が破壊されているのが、結構目だって気になります。
場所が良く分からないのですが、
http://www.jj-navi.com/kansai/FJ010B00451.do?SE=010&NC=00135416&am...
ですか?
ランドシティー岡本です。
地図からすると、どうもそうみたいです。即答、有難うございます。
マンションを建てるだけで、あんなに山を崩すとは・・・。甲南台みたいな
戸建てが建つのかと思っていました。
造成の場所の質問をしたものですが、私は不動産屋ではありません。
うちのマンションから、岡本あたりの山が見えてこれまで感じよかったのに、
この半月くらい、地肌の剥き出しがあらわになってきて、一体どこの開発なのか
気になったので・・・。
「岡本ハウベス」に山が削られた件の書き込みがあり、怒っている人がやはり
いるのがわかりました。
補足説明ですが、岡本ハウベスは古いマンションの後地に建てられます。山を削るような事はないと思います。
ランドシティー岡本以外でも山の造成は岡本7丁目北の番外地で行われています。戸建住宅だそうです。
駅から登り坂の場合、徒歩8分以上は価値無し
平地は徒歩15分以上は価値無し
山上駅も含む?
8分という基準はちょっと手厳しいけど、駅から1km以上(不動産広告で12分以上)で
坂道もきついエリアの不動産は正直これからの人口減少、高齢化の時代において厳しいだろうな。
まぁ本当の意味での山の手の閑静な理想的な住宅地とは
・第一種低層住居専用地域 (絶対条件)
・とんでもない山間部や中腹ではなく山のふもと(麓)、裾野を造成した地域
・きつい坂道が無いが完全平坦でもない緩やかな南斜面
・標高が30m以上でなおかつ80m以下
・駅に近いが近すぎない徒歩4〜9分(近すぎると電車の音や人の多さなどが×)
・かつて田や池や沼だった低湿地を埋め立てて宅地にした場所ではない
・盛土造成地や谷埋盛土造成地ではない(山の中腹の斜面は殆ど盛土と切土の混合宅地)
・大雨による土砂災害警戒区域や浸水想定区域ではない
・200メートル以内に高圧送電線や地下埋設高圧線、変電所がない
・200メートル以内に携帯基地局、無線中継局、テレビ中継局、ラジオ送信局が無い
(ウィルコムの基地局は携帯の端末以下の微々たる出力なのであっても可)
・500メートル以内に暴力団事務所、宗教関連施設、**関連施設、朝鮮総連関連施設、ラブホテル、パチンコ屋、風俗店が無い
・500メートル以内にゴミ焼却場、民間焼却炉、火葬場、汚水処理場、産廃施設、工場、火力発電所が無い
駅から徒歩5分と車5分では、同じ沿線の同じ駅であっても
生活スタイルがかけ離れてきますよね。
車が無いと買い物や鉄道や生活施設を利用できない立地は
結局、日本全国どこにでもある田舎と同じです。
都市近郊に住むなら、鉄道が徒歩で使える立地以外には価値が無いというのは
残酷かつ乱暴な意見だが、誰も否定できないと思う。
関西は本当に山の手、山手を間違った意味で使っている輩が多いね。
ちゃんと調べたらわかるけど、山の手の手は指を指す意味。
等高線が手の形になったところの指の部分(高台)を指す言葉。
阪急やJRより北側が山手って**か?
山の手はもともと標高があまり高くない地域(平野部)で、谷よりも少し高くなっている
丘(等高線で指に見える部分)を指す意味だよ。
池沼あふぉはお前だ573
手とはその方向を示す意。 山側というだけの意味だよ。
574が正しい。
【以下、再掲】
大辞泉 やまのて【山の手】
1 「やまて」に同じ。
山よりの土地。山のほう。やまのて。(反対語)海手(うみて)。
2 都会で、高台にある町。多く住宅地になっている。東京では区部の西側の台地の区域をいう。江戸時代は本郷・小石川・牛込・四谷・赤坂・青山・麻布などの台地の地域を称し、武家屋敷や寺院が多かった。(反対語)下町。
阪神間の山手とは山よりの土地、山の裾野、および丘陵地帯を指し、山とは違う。
東京近郊でも海抜100m程度の住宅地なんてごろごろあるし、
そのような住宅地でも○○山手とか○○山手台とか普通に使われている。
574こそ無知なア・ホ・ウそのもの
ちゃんと由来、語源を調べたほうがいい
山の手という言葉の発祥は江戸時代、山が平野に同化する部分を上から
見て手の形に例えて指に見える部分つまり高台を山の手と呼んだのが始まり
つまり山であっても手の掌の指と指の間に見える
(尾根より低くなっている部分)は山の手とは言わない
よくわからない話題になってます・・・
山手って要するに住みやすいのですか?住みにくいのでしょうか???
山の手、山手・・・もうそんなことどうでもいいよー。
本題に戻してくださいな。
>>578
だからどうなのか意味不明。
阪神間でも一部の宅地を除き多くの山手と言われる地区は高台やそれに上がる為の傾斜地だ。
阪神高速上や埋立地など六甲山よりも少し離れて見ると解りやすい、山とは明らかに傾斜も違う。
おそらくここで否定し続けてる人は一人だけだと思うが、もういい加減にしてほしい。
山手と言えるのは平野につながるごく緩やかな山すその一帯(標高数十メートル前後)。
間違ってもいたるところに崖地形(30度以上の傾斜で5メートル以上の高低差)や
土砂災害警戒区域、急斜面崩壊警戒箇所、山腹崩壊警戒箇所が見られるような
山の中腹の造成地(標高が100m以上)は山手ではない。
修正
阪急より北側でも多くの地域は→阪急より北側の住宅地でも多くの地域は
すなわち角度で表すなら4,5度→すなわち角度で表すなら4,5度未満
山の手とは、江戸時代に大名の武家屋敷があった水はけがよく浸水が無く
かつ大雨による水害、土砂災害もない、平野部の小高い立地の事です。
六甲の南斜面のような、未だに造山運動の最中でほぼ全域が天井川の
氾濫域(旧河川の流域)で、風化した花崗岩の礫で極端に水はけが
悪くなっている(地下水圧が高く、地下水、伏流水が張り巡らされている)
ような地質の立地を指すような意味合いじゃ元々ない。
だから六甲の南斜面のような地域では、山の手、山手という単語は用いず、
単に山側、山、山の中腹、山の尾根、山の谷、山の斜面、山のふもとと
いった用語で立地を語ればいい。
業者や不動産屋が山の方にあるものをなんでもかんでも山の手、山手と
言い出したのが、戦後の誤った用法、地名を生んだの原因。
芦屋には東山、西山、山芦屋などの地名があるが、山以外の何も度でもないのは名前からも読み取られる。
高さ3メートル超の擁壁が無いと家が建たない条件の宅地の割合が相当多いエリアが
山の手とかありえない。そういう所(=緩やかではない斜面地)は山の手ではなくもはや山。
本当の山の手なら、地域の大部分の宅地は大掛かりな擁壁など不要。
必要な場合でもせいぜい高さ1〜2メートルまで。
六甲の南斜面の住宅街はどこの市も区も山のほうに登ると大部分のエリアが新規開発は
宅造申請必要な高さの擁壁が必要な地域で土圧、地下水圧への対策が必要なエリアだよ。
高さのある古い石積みなども不適格擁壁だらけ。
阪急より山側で宅造申請不要な低い擁壁ですむ住宅街など、まだ坂がなだらかな山すその
ほんのごく一部の恵まれたエリアのみ。
芦屋の最上部の代表的な住宅地の標高差と距離を調べて見た。
・標高差/距離
山手町 80m/950m 朝日ヶ丘 70m/1000m 六麓荘 110m/900m
・一区画平均15mとしての平均石垣高低差
山手町 1,26m 朝日ヶ丘 1,50m 六麓荘 1,83m
六麓荘が山腹か山手なのか、グーグルのストリートビューで自分の目で確かめてみたら?
http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&ll=34.753428,135.311002&spn=0.001166,0.001717&z=19&layer=c&cbll=34.752846,135.310899&panoid=qdPLyYSufDOuljiN8Ap_jw&cbp=1,333.56778960952783,,0,4.6169244870946064
上記が上手く付きませんでしたが、グーグル検索で全てを貼り付けると現場まで直行します。
駅からも遠過ぎ、山奥過ぎ、有名住宅地でも絶対に住みたく無い住宅街。
http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&layer=c&cbll=34.089109,-118.407918&panoid=b4mTnANIyGpZ1OKcZkhsFw&cbp=1,24.060504674188962,,0,11.296760282275936&t=h&ll=34.089492,-118.40778&spn=0.00235,0.003433&z=18
地目が山林だった土地が数十年前まであちこちにあった、あるいは現在も
多数残ってる住宅街が、山の手とかありえないw 完全に山。
甲陽園の西山町、目神山町、苦楽園の番町などが山じゃないとか
いってる奴は頭に蛆が湧いてる
http://www.hazardmap.pref.hyogo.jp/MWIISapHMapMudslide/HM_map.asp?x=89...
警戒区域の印がある場所のうち、土石流関係以外は、崖や山腹崩壊、地すべりなど、
山に起因する斜面災害の地形。また、多くの警戒地区は崖(崖の定義=傾斜度が30度以上で
高さが5メートル以上)。
こういった地形は、標高80〜90メートル前後より高くなるにしたがってあからさまに
多くなってくる事がよくわかる。つまりそれより高くなると山に関する災害(人間が
勝手に災害と呼んでいるだけで、実際には地形そのものをつくる自然現象)を起こした形跡
が地形に頻繁に見られる標高になってくるから、もはやそこは山の手ではなく山だという事。
尾根や谷、崖、山の斜面は、偶然できたのではなく、地震や大雨による、隆起、堆積、山崩れ、
地すべり、土石流などを数十〜数百年谷で繰り返して現在の所は今の地形になっているわけだからね。これからもどんどん変わっていく。
http://www.risk-lab.net/erosion/erosion.html
http://www.ohta-geo.com/siryou44/080517_18.html
>傾斜地が崩れるということ
> 傾斜地が崩れるのは「自然現象」です。斜面は降雨量や地殻の隆起量などと絶妙のバランスで存>在しています。このため気象の変化、道路建設などによる沢の流量の変化、植林などによる植生状>況の変化に対応して、新しいバランスへ移行します。その移行過程で浸食作用、すなわち山崩れが>起きるのです。
> 「何かが変化すれば、新しい地形バランスに移行する」ということさえ認識しておけば、斜面と>人間は十分共存していけるのです。
> 土砂災害は、上流部での斜面崩壊が誘起するものです。斜面崩壊は、地震で直接起きる場合もあ>りますが、圧倒的に降雨で起きる場合が多いのです。逆に言えば降雨がなければほとんど発生する>ものではありません。
山全体を均一な斜面に見立てたときの勾配と実際の勾配を混同しちゃいけないよ。
実際には均一ではなく、高さ5メートルを超える崖、10%を超える勾配が数十メートル
続く住宅街、異様に高い擁壁だらけの住宅街なんて、標高100メートル以上の山の
斜面の造成地の周辺にはあちこちにあるわけで。
簡単に言えば、緯度が同じでも山の谷と尾根の間の斜面を造成した住宅街は、谷埋め
盛土にした場合以外の場合は、相当な急斜面になる。
平均的な間口、奥行きの宅地の低層住宅街なのに、2階の窓が隣接している前の2階
建ての屋根より高い(隣なのに高低差が3メートル以上ある)とか、大阪湾が見えるとかは
完全に山の急斜面に立地する住宅街だ。
とうとうアンチ山手君は頭が壊れちゃいましたw
山の手とは水捌けの良い平野部の高台を指す元武家地の住宅街の事。
明治から大正にかけて、江戸時代に武家地だった場所を指す言葉として
生まれたのが始まり。方角を指す用法は典型的な誤用で、もともとは
平野の中において水害に強い武家地と、弱い湿地を区別する用語。
過去数十万年の間、数十年置きに何万回もの大雨に伴う土砂災害を
繰り返してきた日本一の土砂災害のメッカ「六甲山麓の山肌」にへばりつく
斜面地の住宅街を「山の手の住宅街」なんて言ったら笑われる。
「不安定で安全性の低い山肌を無理矢理造成した住宅街」が正解。
http://web.pref.hyogo.jp/wd17/wd17_000000019.html
> 六甲山は、古くは人々の生活を支える里山として、そして現在では大都市に近接
> した貴重な緑の空間として人々の日常生活と深く関わってきました。一方、六甲
> 山は風化花崗岩からなるもろい地盤と断層活動にともなう急峻な地形を有するこ
> とから、土砂災害が発生しやすい状況にあり、山麓の市街地はその拡大の歴史
> とともに過去に多くの大災害を被ってきました。特に、谷崎潤一郎の小説「細雪」
> の一節にも描かれた昭和13年の阪神大水害や、宅地造成等規制法制定のきっかけ
> となった昭和36年災害、「急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律」制定
> のきっかけとなった昭和42年災害は、六甲三大災害と呼ばれ、多くの尊い命がう
> ばわれました。
土砂災害がおこりやすい六甲山系
http://www.rokko.kkr.mlit.go.jp/disaster/earthsand/index.php
NHKの篤姫でも、黒船の砲弾が飛んでくる可能性がある浜近くの島津藩邸を避ける場面が有りましたよね・・・・・
風呂上がりに飲んでてちょっと散歩がてらに追加の酒とつまみも
歩いて買いに行けないような場所は、優良な都市型住宅地とは言えない。
歩いて都市機能も享受できない何でも車に頼って食糧の備蓄も必要な地域なんて
アメリカの田舎、郊外と同じだよ。
六麓荘町は、山の中腹か山手かという以前に、上流部から流されてきた土石流が山の斜面に堆積してそれが沢に侵食されて丘陵上に谷に対して盛り上がっている土石流地形だよ。六甲山の浸食作用と土石流段丘の特徴が非常にわかりやすく見られる貴重な例として、県の自然景観レッドデータにも指定されている。
http://www.pref.hyogo.jp/JPN/apr/hyogoshizen/reddata/rdb/data/chikei.h...
所在地 芦屋市六麓荘町
分類区分 土石流
概要・特徴 六甲山地の激しい侵食作用を考えさせる土石流地形とその土地利用。
あそこの地盤はそもそも地の山じゃない。地面を掘ったら大きな岩がいくらでも出てくるが、これは上流部から土石流で繰り返し運ばれてきた岩や礫が長年かけて堆積したものであって、直下の山自体の岩盤ではない。風化花崗岩からなる山の斜面に、土石流が厚く堆積、侵食され段丘化した地形という認識が正しい。
風呂上りに追加のつまみ、なんていうライフスタイルなら、山小屋住宅や山奥住宅には住めないですね。
脱帽脱帽。
一般的に武家屋敷が江戸の等高線を手の形に例えて指にあたる部分に
構えられていたのが山の手の語源となったのは有名な話。
「武家屋敷 山の手」で検索すればいくらでも出てくる。
そもそも駅に出かけるにも駅から帰ってくるにも家族の送り迎えがいちいち必要な地域はただの不便な田舎。いわゆる日本の主要6大都市圏と言われる地域(都会)では鉄道網が都市形成、立地価値の全ての根幹となるものだが、その鉄道網やそれに付随する都市機能を享受するのに田舎の象徴であるマイカー移動、マイカー送迎がいちいち必要な住宅街は、いくら都心からの距離が10〜30km以内であっても、都市圏にありながら都市機能の享受に制約のある辺鄙な田舎。運転できなくなった高齢者がコープこうべの宅配が無いとまともに生活できない山の斜面なんて欠陥住宅街でしかない。
>>609 どうやら山の手で調べるよりも下町の方が多いです(笑)
>「武家屋敷 山の手」で検索すればいくらでも出てくる。
武家屋敷 山の手 の検索結果 約 9,140 件中 1 - 10 件目 (0.23 秒)
武家屋敷 下町 の検索結果 約 26,000 件中 1 - 10 件目 (0.49 秒)
山の手とは
・一種低層住居専用地域(閑静な住宅街)
・少し小高い丘
・山の斜面ではない
・きつい坂が殆ど無い
・駅まで数分で歩ける
・緩やかな坂を少し歩いて下れば生活に必要な施設が揃っていて決して不便ではない
・子供にも高齢者にも優しい永住環境
>>612
また勝手定義を論じてるが、
東京で山手とされる地域でも外れる地域は多数存在しますね。
東灘も芦屋も西宮も、山手と言われる地区の多くは、丘陵地又は扇状地であり、
山山の斜面ではない。
六麓荘が山腹か山手なのか、グーグルのストリートビューで自分の目で確かめてみよう
グーグル検索で全てを貼り付けると現場まで直行します
http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&ll=34.753428,135.311002&spn=0.001166,0.001717&z=19&layer=c&cbll=34.752846,135.310899&panoid=qdPLyYSufDOuljiN8Ap_jw&cbp=1,333.56778960952783,,0,4.6169244870946064
ケーキやパンを買いに行くにも、ちょっとお茶やランチするにも、
いちいち車で斜面下りて店の前に路駐しなけりゃいけないような家はちょっとねぇ・・・
まぁ住んでる本人は山手だと勘違いしていても、はたから見ると完全に
山の土手っ腹だろってな住民は多いですょ。
>>615
東灘芦屋西宮は住宅街としては美味しい店の密度は高いと思いますが、パンならあそこの店、ケーキならここ、ランチならそこで、まさか自転車で30分も掛かる店にでも行くのですか?
エンジョイするのなら車は必要不可欠です。
またそれらの山手地区には多数の古墳群が存在しますが、多くは作られてから1000年以上も大きな水害に合うこと無く表土上に残っています。しかし平野部の遺跡等は如何でしょうか?
度重なる水害で1m以上も掘り下げて出てくる物も少なくはありません。これ等の事からも想像出来ますが、山手地区よりもむしろ平野部の方が有史以来の天災は多いと考えられる。
しかし山手地区でも住吉川、芦屋川、夙川等の川は有史以来何度も氾濫してるので他の平野部を流れる川と同じく危険とも言えるが、河岸工事も行届き現在はリスクは少ない。
虫といのししと共存ができないので、海のそばがいいな。
年寄りだらけになる??
地権者多いからね。
前に逆瀬川にいたけど、駅ビルはさびれジジババばっかだよ
砂防の効果なんて一定の雨量までしか対応できない限定的なもので知れてるからねぇ。
六甲の地質が変わったわけでも(むしろ年々花崗岩の風化、マサ化が進んで悪化している)、
気象条件が変わったわけでもないから今後も永久に土砂災害は起こり続ける。
県自身や学者が六甲の南麓は日本で最も土砂災害の発生しやすい条件を備えた
高リスク地域だと認めているようにね。
実際は阪神大水害なんて、数百年スパンで見たら10回以上ある程度の決して珍しくない
雨量なわけで、まだ山林の破壊面積も今より小さく人口密度が高くなかったあの当時でも
壊滅的被害が出たからね。苦楽園の山麓一帯なんて当時完全に壊滅したし。
山肌が削られ、風化花崗岩のリスクがさらに高まり、家々が建てこんでる今あれ以上の
500〜600ミリ級の集中豪雨にさらされたら家屋の倒壊数、土石流、地すべり、山腹崩壊
被害は比較にならないだろう。
http://stat.ameba.jp/user_images/8e/f0/10006072537.jpg
ここ百年の間に地すべり、崩壊した形跡が見られる箇所
全域が帯で東西に繋がる
ようするに六甲は砂状に風化した脆い花崗岩で出来ているから、豪雨が降ると定期的に
斜面が崩れる 地すべりや斜面が崩れるのはどこの山でも必ず起こる自然現象だが、
六甲はこの侵食作用が他と比べて極端に激しい それは瀬戸内海に面した気象条件と
花崗岩の性質と、極端に水源から河口までの距離が短いという条件が重なる事によるもの
岡本もそうだった。
年寄りの町。
>621
>苦楽園の山麓一帯なんて当時完全に壊滅
でたらめな事ばっかり書いてるんじゃないよ!
阪神風水害の時には川沿いの温泉宿が壊滅的なダメージを受けたがその他の被害は無し。
616でも書いたが苦楽園にもほぼ全域に古墳群が存在するがほとんどが地表にあり
1000年以上もの間土石流の影響は受けてない。
但し指摘のとおり土石流、地すべり、山腹崩壊のリスクは避けられない地域もあり、
苦楽園の最上部は山腹崩壊の危険性あり、谷近くは土石流の危険性あり。
ただし、公共団体が出す防災地図は最大限の被害を想定している。
例えば尼崎や大阪は上町台地を除く多くの地域が洪水危険地域。
またその上町台地も最も危険度の高い上町断層直近。
山手地区なら地すべり、山腹崩壊、の危険性のある地区には住まない方が良いだろう。
でも土石流に関しては大きなリスクがある地域は一部地域だけ、他は命には別状無し。
苦楽園界隈もも年寄りだらけ
あと、10〜20年もすれば墓場だらけ
うわ。それわキツい!
自分も年寄りになるか・・
つーか、苦楽園、芦屋山手辺りに家を構える購買力も度胸も無いやつが吹聴するのは痛々しいなあ
はっきり言って、金あればそんな細かい事考えないよ。
急斜面は必ず崩れるし、山は長期的に見れば必ず土石流や地すべりを起こしながら
長い年月をかけてじょじょに変形していく。
生き物だからね、山は。
これはどこの山でも同じ。
ただし六甲が一般的な山と決定的に違うのは、海への近さと大雨を降らせやすい
気象条件、風化速度が凄まじい花崗岩で形成されている事。
それゆえに地形を変える大規模な自然現象の発生頻度が、通常の山とは比べ物にならないほど
短いサイクル(数十年〜100年スパン)でやってくる。ただそれだけの事。
少なくとも土砂災害警戒区域に指定されているような地形は必ず崩れるし、必ず
大きな被害が出る。
ただその時期が10年後なのか、30年後なのか、100年後なのかという予想は出来ないということ。
言い換えれば、400ミリの大雨で崩れるのか、500ミリの大雨で崩れるのか、600ミリの大雨で崩れるのかは誰もわからないという事。
既にリスクが無い土地が、土砂災害警戒区域に指定される事はない。
指定されている地域は例外なく危険があると認定されているからこその指定。
ただ指定されていない地域であっても、谷埋盛土地域や不適格擁壁などによる危険な宅地は
広範囲に存在するので、指定されていないからといって安全というわけではない。
苦楽園の標高の高い斜面地はもともと観光地だったのが、大水害の土石流で殆どの建築物が
全壊、壊滅して住宅地になった所。
鷲林寺の本堂も土石流でぶっ壊れた。
あの辺の山の斜面の住宅街は、平均で10〜30メートル以上、巨岩など土石流堆積物が
厚く堆積している地形。数十メートル掘らないと地山の岩盤(風化花崗岩)は出てこない。
それゆえにかっこうの石垣用採石地として、江戸時代に徳川幕府に重宝されたわけだが。
(深く掘らなくてもいくらでも数万回の土石流で堆積した巨岩がとれたため)
山手が崖崩れとかグダクダ吐かす前に平田町、松浜町、浜芦屋町に一戸建持ったらエエやん…
阪神間の山側の斜面はとにかく盛土造成(谷埋、池埋)や危険な擁壁
(豪雨時の土圧、水圧に対する安全基準を満たしていない)が多い。
土地を買う場合は、絶対に専門家に依頼して調べたほうがいい。
因みに公立の小中学校や公共施設は、大半が谷や溜池などを埋めて
盛土した場所に建てられている。
重要なのは、地形を変動させる断層の活動サイクル(地震災害)は1000〜2000年スパンだが、
地形を変動させる規模の豪雨発生のサイクル(土砂災害)は50〜100年スパンだという事。
乱暴に言うと、地震関係のリスクよりも豪雨に伴う土砂災害のリスクのほうが10倍以上頻度が高い。
やっぱり大阪が便利でええな
ほんまに金のある奴やったら、山じゃなくて街中におっきな家たてるんじゃないか〜?
幸いにしてそれを聞いた者も、連休のレジャーのことにすっかり気をとられていたし、そもそもこの地方に地震の起こるわけがないと誰もが信じ切っていた。
われわれは本気でそう考えていた。しかし、考古学者は地震の前に、ある警告を発していた。
神戸市の東部にある、歴史的にも有名な、四世紀のロマンティックな伝説の伝わる古墳で、発掘調査から明らかになったことは、おそらく慶長の大地震のときに、神戸も甚大な被害を蒙っていたのではないかということだった。
その古墳からは、邪馬台国の所在地論争にかかわる重要な銅の鏡が十一枚も発掘されたのだが、研究者を驚かせたのは、そんなことよりも、地下にある竪穴式石室の異常なまでの壊れ方だった。
それは、竪穴式石室を真っ二つに断ち切ったあげく、副葬品の数々を断層の斜面にぶちまけただけでなく、石室の板石をばらばらにするほどすさまじいものだった。
それは明らかに巨大地震による結果で、その地震は、実は前方後方墳だったその古墳を前方後円墳に形を変えてしまうほどのものだったのではないか、従ってこの地方に地震の起こるわけがないなどというのは、根拠のない思いこみにすぎないのではないかと、こともあろうに今度の地震のわずかひと月前に警告していたのである。
しかし、銅の鏡の出土数が全国で三番目の膨大な量にのぼったために、そうした警告はほとんど相手にされず、報道は邪馬台国の起源に関する歴史のロマンスに終始する結果となった。その古墳に避難していた近所の人たちでさえ、そんな警告のことなどちっとも知らなかったほどである。
京阪神周辺だけでも、二十以上の遺跡が、程度の差こそあれ同様の痕跡を残しているという事だった。
つまりこの地震は、子細に検討してみれば、十分に予告されていた出来事だったのである。
少数だろうがなんだろうが、自分がよいと考えて住む人もいるんじゃないの?
芦屋のどこがいいわけ?
よくわからん。
かわいそうに・・・
芦屋ラーメンぐらい?
古墳の話にもどると、640さんの指摘された古墳は、前期の大型のものですね。
あのあたりは、昔海岸沿いだったのでしょうか。
阪神間の山手も、後期の横穴式古墳跡だらけですが、それらには、慶長の大地震の
跡が何か出たのでしょうか?
日本一住みやすい街は大阪の上町台地で決まり
グラっときたら、廃墟になるのに