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スレ主ちゃん [更新日時] 2014-10-18 14:27:53

0歳

旧華族の血筋を受け継ぐ大財閥「幸(さいわい)家」に一人の男の子が生まれた。
その生まれながらに美しい顔立ちは、周囲の人々を太陽のように明るく照らしだし、一寸の陰りさえも見えない。
莫大な富と名誉を欲しいままにすることを 生まれながらにして約束され、”幸・鉄平(さいわい・てっぺい)”と名づけられたこの男の子は、これからどんな人生を歩んでいくのだろうか。

[スレ作成日時]2007-02-18 15:32:00

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創作しましょ、百歳物語3

  1. 25 スレ主ちゃん

    24歳
    パリ大学での研修は終ろうとしていた。
    鉄平の師事する医学部教授”プロフェッサー・フロイト”は、最後の課題として、鉄平に自らを対象として”夢分析”をするように指示した。

    ”夢分析”とは、精神医学における基本的な分析手法で、夜みる夢を基に、その人の潜在意識(無意識)を解読しようと試みるものである。
    夢に関する自由連想を行うことにより、次第に無意識を表面化させることができるのだが、それが、必ずしも当人に納得できるものとは限らないと言われている。

    夕暮れ迫る、フロイト教授の研究室で、裸電球に照らされて、二人は向き合った。
    鉄平は、数年前から良く見るようになった、あの夢についてフロイトに語り始めた。

    まず、夢に家族が登場すること。
    これは簡単です。
    いつも、私は家族の写真を持ち歩いています。
    その写真に誘発されて、昔のように家族そろって暮らしたいとの欲求が具現化したものです。
    その上に、将来弟の手術を失敗することの恐怖がかさなり、家族離散のイメージになったと思われます。
    次に、千太郎氏ですが、これは、サチの父親であり、将来自分の父となるかも知れないという意識がもたらしたファーザーコンプレックスの現れです。
    かつて、自分が大切に思っていた志摩観光ホテルを私たち家族から奪った者への潜在的な憎悪が加味されてこのような姿になったと思います。
    そして、注目したいのは、夢の中で何度か「暴力」が出てくることです。
    「男性のテントを襲撃」
    「殺害」
    「全裸にされた妹」
    「日本刀で殺害」
    これらについては、男性を襲撃して殺害するということについて、同じ襲うならもっと金持ちを襲うのが普通です。
    と、いうことは、この襲撃は金のためではなく、人の命を奪うこと自体が目的の襲撃です。
    それは、快楽を求める心の現れではないでしょうか。
    また、千太郎氏が、犯罪である未成年女性の買春を行い、しかも証拠となる写真をわざわざ残すのもおかしい。
    そもそも男が女の写真を撮るとは、自らの存在を顕示しようとする心の現われそのものです。
    千太郎氏の姿を借りて、僕は夢の中で自分の欲求を満たそうとしたのです。
    さらに、殺害方法ですが、お座敷にある刀というのも変です。
    料亭のお座敷や日本刀についての知識がある者なら、飾り刀は”目立て”していない、つまり刃が研ぎ出されていないことは知っています。
    そんな刀では、大根だって切れません。
    では、何故、日本刀なのか。
    この場合の日本刀は、男のシンボルであり、僕自身のことです。
    それを振りかざして、自己顕示特を満足させ、快楽を求めたのです。
    しかし、これは、僕のような若い男性にはよくある普通の生理現象です。
    恥ずかしいことではありません。
    そして、よく登場するお座敷。
    これは主に女性の象徴であると言われています。
    自分を包む器としてのお座敷。
    これは、マザーコンプレックスでいう母性を求める心を表しています。
    結局、これらの自由連想から、考えると、次のように解釈出来ます。
    「私は、早く医学を修め日本に帰り、弟の手術を済ませてその重圧から開放されたい。
    そして、愛する女性と結ばれ、幸せになりたい。」


    プロフェッサー・フロイトは、席から立ち上がると、鉄平の両手を握り締めた。
    「よくできました。ムッシュ・鉄平。
    医学の恐ろしい所は、その人が、自分自身ですら知らないほうがいいことを暴けるということです。
    医学は使い方を謝ると大変なことになります。
    私が常々『安易な気持ちでこの世界に入ることは薦めない』と言っている理由はそこにあるのです。
    あなたの夢分析による自己批評は完璧でした。
    あなたならきっと、立派に医者として人々を救うことが出きます。
    わたしが、教えることは、もうなにもありません。卒業です。日本に戻りなさい。」

    こうして、鉄平は、医者となり、日本へ帰って来たのである。

  2. 26 啄木

    26歳

    一子と彼は、川縁の桟橋に腰掛け、桜を待つ青空を鏡のように鮮やかに映し出す水面に、釣り糸を垂れていた。

    彼は言う。
    「釣りをする人のことを太公望と言うが、それは司馬遷が記した中国史書の一節を間違って引用した表現だ。
    一説によると、太公がその時、持って川に挑んでいった物は竿と糸だけで、針をつけていなかった。
    魚を釣るからには、魚の痛みを知れと言う、有り難い教えなんだ。
    釣りをスポーツとして楽しむ奴なんかエセ太公さ。」

    隣に座る一子は、真っ白い服を着ていた。
    真っ白いショートパンツにショートスリーブ。
    彼女は、彼の好きな色に合わせて、白系の服をいつも着ていた。
    彼は、清潔さにはさしてこだわらなかったが、生活習慣の割と整った男で、洗濯や物資の整理だけは毎日欠かさなかった。
    その為、いつも着ている白い服は、少し黒ずんだり解れたりしている部分をひっくるめても、結構白く清潔に見えた。
    彼は余裕ぶった笑顔をしている。
    「何でそんなに笑っていられるの。あたしは必死なんだよ。」
    彼は笑って答えた。
    「魚釣りとは、そこに人間達の生と魚の死を賭けた、水辺の狩りなのだ。しかし、釣れないよねぇ。」

    そんなことは言ってないよ、あたし。君には悩みなんて物は、多分無いんだろう。
    一子は、彼に真剣になることを求めるのを諦めて、悲しそうに微笑むと、和歌を詠んだ。

    釣り糸の浸けたる先は未だ冬引いて弥生の花よ煌めけ
    (川面に漬けている釣り糸の先(餌の周り)は、未だに冬を引きずっている様なさびしい風景だ。弥生の桜よ、(三月の魚達よ、糸の先を引っ張って)水面で煌めきなさい。)

    何か釣れるよう、願をかけるつもりで詠んだのだが、なぜか彼が笑った。
    「何。」
    彼女は、さらに歌を続けた。

    桜待ち川面に映る君とわれ悴む吾子を君ぞ包める
    (桜が咲くのを待ち、川面に映っている貴方と私。悴んでいる私の子ども(私の快活な心)を包み込んでくれているのは、他でもない、貴方自身なのだよ。)

    一子は、ぴったり寄り添って彼の右肩にもたれ掛かった。
    …どうしよう。
    一子は、家が決めた別の男との結婚を目前にして、まだ彼に話を切り出せないでいたのだ。
    ねぇ、と言って、一子は彼の耳元に最後の一句をささやいた。

    ねがわくは はなのしたにて はるしなん そのきさらぎの もちづきのころ (一子)

  3. 27 西行法師

    27歳

    銀平は小学舎の帰途に、偶然遭遇した事件で受けた銃弾の後遺症で半身不随のまま、港区の自宅で
    療養していた。
    「ブスバスガイドの、ボスガスボスバクハツ・・・」脳裏にうかぶ呪文のような言葉とともに、
    あの日の出来事は十数年たった今でも鮮烈に覚えている。

    そんなある日、自首し刑期を終えた極道組の***が銀平を見舞い、丁重に謝罪した。
    ***は紋付袴すがたで、大きな果物カゴを持参していた。
    彼は、かつて極道組の親分のボディーガードだったが、今は若頭に出世していた。

    「***なんて人間のクズですな〜」ため息まじりに、そうつぶやいた***の頭に
    白髪が混じっているのをみて、銀平は時の過ぎ去るのは早いと思った。

    「実は・・・」***は少しためらったあと、「京都の花菱組と、ちょいと揉めてましてね」
    花菱組は全国に下部組織をおく広域ホニャララ団である。
    最近は、東京進出をうわさされ、老舗の地元***の極道組に、ちょっかいをだしているらしい。
    「うちの若いモンも血の気が多いやつらなんで、苦労してますわ。ドンパチが始まったら、
    カタギの衆に迷惑かける事になると思うと、お前さんの姿が気になりましてな」

    「実は、こんど兄の執刀で手術を受けることになったんです。」銀平はうちあけた。
    「神経がやられていて、へたに手術すると全身マヒして植物状態になる危険があるみたいで、
    いままで誰も手術を引き受けてくれませんでした。 でも、兄なら安心してまかせられます。」

    「そうですかい、そりゃあ良かった。手術の成功をお祈りいたしやす。」***は少し、肩の
    荷がおりたような素振りで銀平宅を辞去していった。

    「極道組若頭殺害さる」の大きな見出しの新聞を銀平が見たのは、それから幾日もたたない
    寒い朝であった。

  4. 28 京都をよく知る人

    28歳
    京都特有の焼けるように暑い夏。
    四条河原町では祇園祭りの鐘太鼓が、コンチキチンと打ちならされる中、京都大学病院では、幸銀平の手術が始まろうとしていた。
    第一外科の面々がが緊張し忙しく立ち働いている。
    その中には、薬学部を優秀な成績で卒業し、看護士となったサチもナース姿で働いている。
    小泉医学部長、安倍第一外科教授もそろった。
    だが、肝心の執刀医、幸鉄平助教授が現れない。
    鉄平は、パリ留学から帰国後、請われて、京都大学医学部の助教授に就任していたのだ。
    すでに、銀平は全身麻酔をかけられ手術台に横たわっている。
    時間がかかりすぎると、神経障害が残るかもしれない。
    全身麻酔による、手術は時間との戦いなのだ。

    いよいよ、オペの時間となったその時、鉄平がようやく現れた。
    あせる周囲を黙殺し、鉄平は時計を一瞥し、一気にメスを振るい始めた。
    銃創による障害は頚椎の神経節にまで達している。
    しかし、鉄平はひるまずメスを進める。
    見事なメス捌きである。
    驚異的な短さで手術は完了し、無事に成功した。

    1時間後、鉄平の行った手術に対して記者会見が開かれた。
    責任者である安倍教授が説明しようとするが、記者は鉄平のコメントを求めた。
    安倍は不快感をあらわにし、興奮して、手が震えている。
    テレビで流れるそのニュースを、サチの父・雅千太郎が喜んで見ていた。

    数日後、週刊誌に掲載された手術会見の写真は、鉄平ばかりが注目されていた。
    今や第一外科は“鉄平外科”と呼ばれ、彼を慕って多くの患者が集まってきていた。
    鉄平の上役である安倍教授の不快は、日増しに募るばかりであった。

    そんなある日、安倍教授の総回診が始まった。
    鉄平ら医局員を従え、外科病棟を回診するのだ。
    安倍が、執刀した患者を前に自慢話を始めた。
    倫理意識が欠如し、患者への思いやりのかけらもないその言動に鉄平は心を痛めついに、安倍にやめるように諌めた。
    安倍の怒りが爆発した。

    鉄平は一年足らずで助手に降格である。
    誰もが「あれは安倍教授の嫉妬だ。」と思ったが、その処遇には従うしかなかった。
    安倍は、次期学長選の実権を握る大物の一人なのだ。
    だれも彼に逆らうこうとは許されない。

    五山の送り火が行われる夜、鉄平は千太郎に呼ばれて 祇園の”しらかわ”へ足を運んだ。
    二人が始めて合間見えたあの料亭である。

    午後八時、京都盆地の証明が一斉に消され、五山に送り火が灯された。
    東山の大文字の灯りを見ながら、千太郎は、鉄平に語りかけた。
    「京大医学部は、安倍の一人天下じゃ。あんなところは見限って、サチと結婚し、雅家の婿になってくれんか。」
    千太郎の、高笑いが闇に包まれた祇園に響き、遠くから八坂神社の鐘の音が聞こえて来た。

  5. 29 29歳

    29歳
    鉄平はサチとの結婚を固辞した。千太郎の高笑いが気に食わなかったからだ。それに夢とはいえ一度殺している相手と結婚することは鉄平にとって苦痛でしかなかったのだ。鉄平は一人になりたいと思っていたのだ。
    そのころ京大でも鉄平の居場所はなくなっていた。傲慢で不適切な人物であろうと安部が教授であることには変わりないのだ。その安部に逆らった人物として鉄平は周りからさけられていったのだった。毎日雑用ばかりの日々に鉄平はうんざりしてた。
    そんな時に福岡の大学から鉄平を教授に迎えたいとの話しが舞い込んできた。鉄平は迷うことなく二つ返事でその誘いを受けた。しかし、これは安部の陰謀だったのだ。
    そんなことなどつゆも知らず鉄平は福岡へ移住した。胸の中は新境地での期待に膨らんでいた。

  6. 30 30歳

    30歳
    福岡大学での生活は実に平凡なものだった。
    教授の肩書きは名ばかりで、実質、事務職員となんら変わるものではなかった。
    そんな鉄平の元へサチが一人でやってきた。
    千太郎には無断でやって来たといい、どうあっても、鉄平に付いて行くと言う。
    こうして、二人だけの生活が始まった。

    そんなある日、二人の元にニュースが飛び込んできた。
    京大医学部の安倍教授が、花菱会と極道組の抗争に巻き込まれ銃撃されたと言うのだ。
    安倍は行きつけの河原町のクラブ”アラジン”で飲んでいたところ、たまたま同じ店にいた花菱組の構成員を狙って極道組が襲撃し、その流れ弾に当たったという。
    安倍は重態で、緊急の手術が必要になっていた。
    しかし、その手術は大変困難なものであり、鉄平しか出きるものはいなかった。
    安倍の家族は、福岡の鉄平宅を訪れ、手術してくれるよう、懇願した。

    うらみ重なる安倍を助けるのか。
    鉄平は、恩讐を越えて手術を引き受けた。
    しかし、、、、
    手術を始めた鉄平は、開胸した瞬間、息を飲んだ。
    銃創そのもは、鉄平の技術をもってすれば何とかなったが、末期癌が胸膜全体に広がっていたのだ。
    それは、全身転移と同じであり、一部の発巣切除などは意味がない。
    鉄平は、銃創のみを手術すると、直ちに閉胸した。
    鉄平の説明を聞いた安倍の家族は動転したが、同時に安倍に対して本人告知をしないでくれと懇願した。
    今の安倍は京都大学の学長選挙に勝つことだけが生きる希望なのだ。
    それを奪うような告知は許してくれと言う。
    鉄平は安倍ほどの専門家にどうやって隠せるか?と疑念を述べるが、家族の希望通り、安倍には病状を隠すことになった。

    数ヶ月たっても安倍は入院したままだった。
    そんなある日、ナースが抗がん剤の点滴に病室へ入って来た。
    薬剤の名を見た安倍は、ナースを問い詰める。
    重度のがんに処方する抗がん剤だ、安倍にはすぐにその意味が分かった。
    安倍は自分の身の変調に気が付き始めていたのだ。

    鉄平が安倍の診察を行いに来た。
    安倍は抗がん剤のことを尋ねる。
    言葉に詰まる鉄平を見て、安倍は自分の病状の重さを確信した。
    その晩、安倍は医局に向かい、自分のカルテを探しだし、廻りの人々が自分に嘘を付いていることを見破ってしまった。

    数週間後、安倍は容態が悪化し、安倍は死を悟った。
    鉄平が病室に来た頃、安倍の意識レベルは低かった。
    だが、鉄平の呼びかけに安倍の瞼が上がる。
    混沌とした意識の中、メスを探す安倍の手を鉄平が握った。
    目を開けた安倍は、鉄平に「京大医学部学長を引き受けてくれ」と笑みを浮かべ…。

  7. 31 西行法師

    31歳

    安倍の死後、鉄平は第一外科教授として再び京大医学部に戻った。
    もちろん、サチも一緒である。
    雅千太郎の喜びようは、盆と正月がいっぺんに来たような歓迎ぶりであった。

    やがて小泉医学部長の定年退官にともない、鉄平は医学部長選挙に巻き込まれるのであった。
    対抗馬は鳩山第一内科教授である。

    話は前後する。
    安倍の手術後を担当していたのは鳩山第一内科であり、鳩山教授みずからが担当医であった。
    「鳩山君、手術の痕も良くなったし、そろそろ退院じゃないのかね」
    「安倍先生、先生には小泉医学部長のあとを継いでいただく、大切なお体です。充分に
    養生してもらいたいと思いますので、自重してください。」

    数日後、鳩山はナースに点滴を指示した。
    医者であれば研修医でもわかる抗がん剤であった。

    事実を知ることが却って、安倍の死をはやめた。
    それが鳩山教授の意図したことかどうかは問わないでおこう。

    いま、鉄平は鳩山教授と医学部長の椅子をめぐり、忙殺されていた。
    千太郎は、あらゆる裏工作をして鉄平をサポートした。
    京大はえぬきの鉄平と東大系の鳩山教授では、鉄平の方に分があった。
    しかし医学部の教授達の考える事は、まさに魑魅魍魎の世界である。

    医学部長選挙の結果は、僅差で鳩山教授の勝ちであった。
    うわさでは、小沢京大総長の天の声が、医学部の教授達に何らかの変心をもたらしたというが、
    確かなことはわからない。

  8. 32 大学教授さん

    32歳

    新医学部長就任にともない、新たな医学部人事が発表された。
    第一外科の教授席には、鳩山新医学部長の弟子筆頭の菅が座った。
    鉄平は、第二外科部長に降格である。
    第一外科はあっという間に菅体制に切り替わっていった。

    翌月、鉄平に、医学部から、ポーランドで開かれる国際外科医学会に出席し、公開手術をするようにとの指示が出た。
    それこそは、鳩山と菅の謀略であったが、そうとは知らない鉄平は喜んで出席することにした。
    サチは、新婚旅行にも行っていなかったので、鉄平との旅行に大喜びである。
    豪華な見送りを受け、二人は関西空港から北の空に向かって飛び立って行った。

    ポーランドのワルシャワ空港に着くと、鉄平は、公開手術を行う大学へ向かった。
    鉄平は、学会会長のエマーソンに会い、手術スタッフと交流を持つ。
    鉄平はすでに日本を代表する名医として知れ渡っていた。
    翌日の手術は慣れない環境の中、鉄平らしい完璧な執刀であった。
    後日行われた講演も見事なもので、偏屈で鳴るエマーソン博士をして、学会の名誉会員に推薦したいとまで言わしめた。
    二人は、意気揚々と帰国。
    だが、空港で財前を待っていたのは。。。。
    安倍教授の死を不審とする遺族から医療過誤裁判の提訴の知らせだった。

    2週間後、総回診中の財前のもとへ事務課の職員が血相を変えてやって来た。
    裁判所から証拠保全の連絡がきた。
    ざわつく医局員たち。
    鉄平は、そんな馬鹿なと叫んだが、後の祭りであった。

    小沢からの指示により、鳩山と菅が安倍の家族を抱きこんで 鉄平を罠にかけたのだ。
    鉄平たちが、ワルシャワにいる間に全ての手はずは完了していた。
    もはや、鉄平には裁判で無罪を勝ち取る意外に道は無くなっていた。

  9. 33 とくめいさん

    33歳

    医学部は完全に小沢一派に掌握され、もはや鉄平の名前を口にすることも出来ない状態となっていた。
    大学の職員たちは、密かに鉄平のことを”財前”という隠語で呼び、鉄平の再起を心待ちにしていたが、一審、二審と続けて鉄平が敗訴するのを見て、ついに彼らは鉄平を見限った。
    「”財前”は、もう終わりだな。」
    「ああ、小沢学長に睨まれてはこれまでさ。」
    そんなささやきが、医局を満たしていた。

    そんな中、上告の手続きを済ませた鉄平は、マスコミの執拗な取材を避けるため、木屋町 先斗町(ぽんとちょう)の置屋”寺田屋”に身を潜めていた。
    そこは、京大医学部からは、三条大橋を越えた目と鼻の先。
    しかし、灯台もと暗しとなって、ちょうどよい隠れ家となっていた。

    そこへ、旧友の吉田松竹梅が鉄平を訪ねてきた。
    「やあやあ、久しぶりすなあ。お元気でしたかあ。苦戦しちょう、ようじゃが」
    鴨川の川原の見える2階の座敷にあがると、山口訛りの抜けない言葉で吉田は切り出した。
    「敵はなかなかやりもうすようじゃ。ここは一つわしに任せんかね」
    「ニューヨークの弁護士事務所はどうするんだね」
    「そんなもん、どうでもよかけん。友人を助けるのが一番じゃけ」
    吉田はそういうと、女将がだした鮎の塩焼きを頭から齧り、ジュンサイのスマシ汁を一息に飲み干した。
    「うまかね。やっぱり、日本が一番じゃね。」

  10. 34 ビギナーさん

    34歳

    鉄平は、医師生命と自らの真実を賭して法廷に立った。
    東京都千代田区、皇居のお堀端に聳える最高裁判所の大法廷である。
    10mを越える高さの天井から差し込む天空光に照らされて、原告と被告、そして最後に裁判官が席についた。
    傍聴席は、マスコミ関係者で満席である。
    安倍に対する憎しみと確執による殺人である、という原告側の訴えに対し、弁護士・吉田は完全否定で臨んだ。
    反対尋問で吉田が証人に呼び出したのは、安倍の主治医だった菅教授、その人である。
    吉田は、尋ねた。
    「あなたは、医者が患者が向き合う時に、最も不可欠なものはなんだとお考えですか」
    そして、菅の目をじっと見ながら続けた。
    「選択の可能性を話すと言う事ではないのですか」
    吉田はさらに、たたみ掛けた。
    「鉄平さんが、安倍の胸部を手術で開く前に、すでに安倍は重度の癌に侵されていました。
    当然兆候はすでに現れており、MRIによる健診でも発見されていたはずです。
    残念ながら、すべてのカルテは書き換えられていて、その証拠はありませんが。。。」
    吉田は続けた。
    「私は、あなた方の医師としての心に問いたいのです。
    何故、あなたは、安倍に説明を怠ったのですか。
    説明を受けていれば、安倍はもっと早く手術を選んだかも知れません。
    きっと、別の安らかな気持ちで手術を迎えることが出来たでしょうに」

    鳩山が、原告席でいきり立って叫んだ。
    「安倍ほどの医者に、治療法の選択について事前説明することは、無意味だ。
    君は何を言っているんだ」
    ものすごい剣幕である。
    吉田は言った。
    「患者自身が生き方の選択する。
    その権利をあなたたちが奪うことは許されない。
    遺族は、安倍の生きる力が医学部長になることだということを知っていた。
    あなたは、その安倍を思う心を利用して逆に安倍を死においやったのです。」
    吉田の心の叫びのような質問に鳩山は言葉に詰まった。

    その時、傍聴席で声が上がった。安倍の遺族である。
    「その弁護士の言うことは本当なのか!鳩山さん!菅さん!」。
    叫び声に法廷は色めきたった。
    遺族は廷吏によって退廷させられたが、菅の顔は蒼白である。
    裁判長は、法廷秩序を守るために、菅へのそれ以上の質問は認めなかった。

    最後に、裁判長は菅に、今も安倍に告知しなかったことについて考えは変わらないか?と、質問した。
    菅は下をむいたまま答えなかった。

    2カ月後、上告審の判決が下された。
    裁判所は、鉄平の手術は適切であり、菅は治療行為のリスクを患者に説明することを怠ったとして一審、二審の判決を変更、鉄平の逆転勝訴を言い渡した。
    鉄平の勝利が確定した。

  11. 35 購入検討中さん

    35歳
    という淡い夢を見ていたのだが現実は全く逆のものであった。上告審の判決は一審、二審の判決を支持するものとして鉄平の有罪が確定した。求刑8年に対し、判決は5年とわずかに主張が認められたが、医師としての資格を問うとの厳しい内容も含まれていた。すべてが鉄平に対して背を向けた。医師会も医局員もそしてサチさえも。サチは鳩山の娘と結婚した。鉄平はすべてを失った。なにより明日からは懲役に服する身だ。たとえ出所したとしても医師としての人生は終わったのだ。医療過誤の裁判に負けた=医師失格である。どこもやとってくれるはずがない。
    最後に鉄平は思った。おれはいつ財前と改名したのだろうか?もう何がなんだかわからなかった。これが一部の人間の横暴が生んだ物語の末路であった。

  12. 36 ビギナーさん

    36歳
    刑務所の中の生活は最悪だった。
    まずい飯、技術訓練という名の無意味な労働。
    どれをとっても鉄平には耐え難いものだった。
    噂で聞いたところによるとサチは子供を産んだそうだ。
    人とはこれほどまでに早く気持ちが変わるものなのだろうか?
    この話を聞いたときにまずそれを疑問に思ったが、時間がたつにつれ
    それは憎悪へと変わっていった。
    今の鉄平を支えるのは鳩山、小沢、サチへの復讐心だけであった。

    書き込みはしましたが、もうお腹いっぱいというのが正直な気持ちです。
    スレ主さんと一部の人の意にそわなければ強引に話をもどす。
    そして時たま起こる無理な話の転換。
    こういったスレは沢山の人の書き込みがあってこそ成り立つものではな
    いでしょうか?
    今の状況はスレ主さんの強引さが招いたものではないでしょうか?
    もう一度考え直してもらいたいです。

  13. 37 匿名はん

    36歳

    ぴちぴちぴち・・・小鳥のさえずりで、鉄平は目覚めた。
    「また変な夢をみてしまった。しかも、だんだん、話が長くなる」
    鉄平は最近また変な夢を、幾度も幾度もくりかえして見るようになっていた。
    「裁判で有罪になって服役するなんて。しかも、サチが鳩山の娘と結婚して、女同士で子供まで創っているなんて、遺伝子操作技術によるクローン受胎だろうか。」
    不思議な夢の意味を理解しかねて、鉄平は大きく頭を振った。

    鉄平は、今、米国のマサチューセッツ州ケンブリッジ市にいる。
    窓越しに、五月の晴れた空を見上げて鉄平は、3年前を思い出していた。

    裁判で逆転勝訴した後、ニュヨークへ帰る吉田松竹梅を成田空港まで見送りに行った時のことである。
    吉田は鉄平に一冊の本を手渡して、機内の人となった。
    帰りのリムジンの中で、鉄平は吉田から貰ったその本を開いた。
    山崎豊子原作の「白い巨塔」であった。
    大学病院での権力争いを描いたこの物語は結局、悲劇的な結末で終わるのだが、鉄平は自分が京大病院で”財前”と呼ばれている理由を この本を読んで初めて知った。
    権力欲に身を任せ、あらゆる裏工作を使って医学部長の座に登ろうとする傲慢な天才外科医”財前”。
    その主人公の外科医”財前”が自分にそっくりなのだ。
    「なるほど、自分は確かに”財前”だ。吉田松竹梅、君には、裁判意外でも一本取られたな」
    そういって、鉄平は笑った。
    もはや、京都大学にも医者にも未練は無かった。
    小沢や鳩山の顔など二度と見たくなかった。

    おりしも、父・大介が経営する幸特殊製鋼では、あらたな技術開発のための優秀な指導者が必要となっていた。
    大介は、鉄平を東京へ呼びつけると言い渡した。
    「マサチューセッツ工科大学の大学院に留学し、冶金工学を学んで来い。そして帰国後、幸特殊製鋼の社長に就任するのじゃ。」
    渡りに舟であった。
    こうして、鉄平は、サチとともに、3年前、アメリカへやってきたのだった。
    そして、はやくも卒業、帰国の時は、目の前にせまっていた。
    幸特殊製鋼社長として、鉄平の新たな人生が始まろうとしていた。

  14. 38 申込予定さん

    38歳
    塀の中にいるうちに鉄平には妄想癖が出ていた。無理もないのかもしれない。鉄平は囚人の間でおもちゃにされていた。繰り返し行われる暴行。見ぬふりをする刑務官。何もかもが現実とは思いたくなかったのだろう。昔の栄光にすがることしかできない、現実逃避しかできない、そんななさけない男に成り下がってしまったのだ。もういい加減に終わってくれないか繰り返される暴力と意味不明の言葉をうけながら鉄平は思った。すべてを終わらせたかった。出所まであと1年。鉄平の心は既に折れていた。

  15. 39 競合物件企業さん

    39歳
    ぴちぴちぴち・・・小鳥のさえずりで、鉄平は目覚めた。
    「また変な夢をみてしまった。しかも、だんだん、話が長くなる」
    鉄平は最近また変な夢を、幾度も幾度もくりかえして見るようになっていた。
    不思議な夢の意味を理解しかねて、鉄平は大きく頭を振った。

    鉄平は、今、木更津の幸特殊製鋼で社長として働いている。
    地方都市の埋立地にある製鉄会社とはいえ、社員はみな、鉄鋼マンとしての誇りに満ちており、すばらしい製鉄技術を有する有望会社だ。
    サチは田舎暮らしがすっかり気に入り、毎日、遠浅の海岸に遊びに行っては、アサリやハマグリを採って帰って来て、鉄平に美味しい味噌汁を作ってくれていた。
    そんなある日、鉄平が家に帰ってくると、サチが嬉しそうに耳元で囁いた。
    「赤ちゃんができたの・・・」

  16. 40 匿名さん

    40歳
    「わあ、今日は波が高いのね」
    サチは強い海風に遊ばれる長い髪を押さえながら笑っていた。
    水平線の向こうには遥か遠くに富士山がある。
    強い波涛によって深く抉られたこの崖の上で、鉄平とサチは何度もその富士山をこの目で捉えようとこの場所まで足を運んだ。
    しかしこの付近の天候は彼らに意地悪で、きまって上空を鉛色のヴェールで覆ってしまっていた。
    「きっと今日も、駄目みたいね」
    サチは崖の端から手前にある鉄柱と鎖だけの防護柵の前で、鉄平に向かって叫んだ。
    鉄平はサチがぼやけて見えるほど離れた場所に車を停めて、ボディーに寄り掛かりながら煙草を吸っていた。
    潮風はそれほど水分を含んでいなかったため、肌に心地良かった。
    サチから少し遠くの方で、数人の人々が崖の手前を歩いていた。
    二人は子供で、サチと同じようにはしゃぎ回っていた。
    それを両親と思われる二人の大人が眺めながら追うといった様子だった。
    「私たち、この海に嫌われているのかしら」
    何時の間にか駆け戻ってきたサチは、鉄平の手を握って呟いた。
    「私たちはこの場所が大好きなのにね」
    鉄平は視線を彼女から水平線の方へ向けた。
    相変わらず遠くは深いガスがかかっていて、全く消える気配はなかった。
    そして、ここは常に波が荒かった。
    ここは船が頻繁に往来していた。
    今も漁船が何隻か見える。
    一度双眼鏡でこの漁船の概観を確認した事があるが、鉄平の知らない文字で何か書かれていた。
    その時は別の、さらに見た事のない文字で書かれた灰色の船に追いかけられている様子だった。
    どちらもボートレースのように素早かったのを覚えている。
    「あ、海女さんだ」
    サチは崖を歩く家族の更に奥手を指した。
    ラバーの真っ黒なスーツに一つ目のゴーグルを着けた海女が数人、こちらの方に走って来るのが見え
    た。
    「この下で何か採れるのかしら。雲丹とか鮑とか」
    「サチ、そろそろ帰ろうか」
    鉄平は、半ばまで楽しんだ煙草を足元に落とすと、軽く踏んだ。
    サチはうなずくと、助手席の方に回った。
    エンジンをかけてから数秒、鉄平が軽くステアリングを左に切った時、辺りには誰も居なくなっていた。
    「ああ、みんな帰るところだったんだ」
    サチは鉄平と同じ方向を見ると、事も無げにつぶやいた。
    車が加速を始めた頃、一隻の船が水平線に向かって走っているのが見えた。

  17. 41 匿名さん

    41歳
    「空が見たい」
    助手席のサチが言った。
    「空?」
    鉄平は運転に注意しながら視線を上げる。
    天気は晴れ、真っ青な空が在る。
    「見えるよ」
    「ううん、もっと近くで。もっと大きく」
    近くで、ねぇ……。
    鉄平はサチを横目を見ながら、右ウィンカーを出した。

    高層ビルの最上階。
    目の前に拡がる景色、吸い込まれそうな空が半分を占める。
    じっと空を眺めていたサチは振り返って言う。
    「まだ、遠い。もっと大きく、もっと近く」
    わがままな口調。
    溜息付いた瞬間に見た、涙のいっぱい溜まった目。
    今日はなんか変だ。
    「次、行こっか」

    観光用タワーの展望台。この辺じゃ一番高い。
    大きく拡がるパノラマの景色、眺め続けるサチ。
    辺りの雑音も鉄平の言葉も、聞こえてはいないだろう。
    こんな彼女は初めてだった。
    明るくて、うるさいくらいに騒ぐ彼女が、今日はこんなに無口で勝手。
    何があった? ……鉄平には分からない。
    何を探して、何を求めて。
    鉄平は、ふと、自分は彼女の事を何も知らなかったのでは?と思った。
    「もっと近づきたいの……お願い、連れてって」
    哀願する瞳が鉄平を向いた。

    車は山道を進む。
    彼女は空を眺め、深刻に何かを求め続けている。
    えっと、一番近い頂上は……。
    日はまだ高い。
    が、暮れる前に着けるかな。
    「あっ!」
    ……ん?
    「止めて、降ろして」
    急ブレーキまじりで止めた車から、彼女は飛び出した。
    鉄平は慌ててエンジンを切り、走って行く彼女を追う。
    そこは、草原だった。
    見渡す限り全て、全部。前も後ろも、全て緑の草。
    風は好きに吹き、光はまっすぐに射す。
    頭上は遮るモノなどない、そのままの空、まあるい空。
    「こんなに近い……」
    天に向かい、求める様に差し出される両手。
    頭上一面、全て青色、みんな空。
    眩しいほど笑顔を見せる彼女が、ゆっくり口を開く。
    軽やかにすべり出るのは歌声。
    澄んでいて、明るくて、華やかで、強い。
    空へ向けられた彼女の唄が、踊りながら登って行く。
    天高く突き抜ける様に登って行く。
    「お母さん……」
    終曲の後に漏れた、小さな呟き。
    「お母さん?」
    「うん。3日前に、死んだって」
    驚く鉄平を眺める、彼女の顔、満面の笑み。
    「私、お母さんの顔、知らないの。小さい頃に離婚して……父は、ずっと、会わせてくれなかったし、会おうともしなかった」
    彼女がまた空を仰ぐ。
    「でも、この唄だけは覚えてた。お母さんが唯一私に残してくれた唄……葬式にだって出なかった私の、お空に行ったお母さんへの贈り物」
    いつもの、はじゃぐ口調に戻っていた。
    鉄平は彼女の肩をそっと抱き寄せる。

    「ねぇ、君の思い出。聞かせてよ」
    鉄平は、自分は彼女の事を何も知らない、と改めて思った。

  18. 42 啄木

    42歳

    まだ暑さの残る初秋の夜。
    蓬髪の若き破戒僧が一人房総半島安房の国の山中に在るこの破れ寺を今宵の宿に定めた。
    焼け落ちた山門をくぐり、本堂の縁側に腰かけると、矢傷の残る古びた柱のひとつに背をもたせて、荒れ果てた庭に向つて若木の枝のような四肢を投げ出した。
    疲れ切つた僧はすぐにうとうと とまどろみかけたが、叢を分け入る小さな足音に瞼を上げた。
    うす闇にかすんで、藪の小枝のごとき手足を襤褸に包んだ背の低い爺が、童の頭ほどある大きな徳利を下げてゐる。
    獺が後足立つたような風体である。
    その縮れた白い無精鬚の口元が嗤つた形のまゝ「佳い月だ」と謂つた。
    日没の朱が溶けた藍闇の西空に三日の細月が架かり、辺りの雲が硫黄色に染められてゐる。
    なるほど寥々たる月だが、あやかしの類の裂けた口を思はせ些か気味が悪い。
    そう訝しんでゐるのが伝わつたのであろうか、爺は口の中でくくくと嗤い小さな黒目をくるりと回した。
    縁側に上がりこんだ爺は懐から欠けた白磁の盃を出して徳利からなみゝゝと注ぎ込んだ。
    そのまゝ呑むかと思えば手招きして盃を指すので、鬚に頬を寄せて獣くさい息を我慢し乍ら覗き込むと絃のごとき月が見事に映つてゐる。
    爺が盃を口に運ぶと、ちゞれ鬚の口の両端がにゅうと釣りあがり、酒の面に映る月をするりと呑んだ。
    幾度も乾した爺は生暖かい息を吐き、盃を僧に突き出した。
    酌まれた酒を僧は喉の奥へ一息に流し込む。
    安酒とは違う。
    薫り高き鮮やかな甘露であった。
    吹き始めた風が火照つた頬を撫でる。
    細い月明かりに芒が揺れて淡く光つていた。

    遣れ寺にさかづき居りし秋の夜

    嗤つた唇のまゝ爺が朗々と詠んだ。
    僧はしばし黙つて盃を玩んでいたが、凛とした声で、

    見あぐるやまことの月のかかりしにさかづき映し影を詠うや

    これを聞くや爺は薄い眉をひょいと上げ無精鬚を掻いていたが、

    見あぐるにとどかぬ月を如何せんさかづき映し影を詠うも

    「虚も実もありはせぬ。全ては己が眼に映りし空也」
    爺は盃をふうと吹いた。
    ざわりという音に振り返ると芒が大きく揺れている。
    否、どうしたことか、芒の上に架かる絃月もまた中天にゆらゝゝと波立つていた。
    風が凪いで月はまた空に凍りつき、それを芒が受け止めたように撓つた。
    気づくと僧はひとり破れ寺に遺されてゐた。
    爺の座つてゐた辺りに古びた木切れがあり、一つの句が書きつけられてあつた。

    さかづきのうつし世にありすゝき垂る

    その僧こそは、だれあろう・・・旧友の鉄平に頼まれ、鉄鉱脈を探しに南米から戻ってきた坂本奔馬その人であった。

  19. 43 匿名さん

    43歳

    房総の浜辺はカラフルな水着をつけた男女で溢れかえっていた。
    響き渡る歓声、 戯れる恋人達。
    しかし、その平和な光景を睨みつける不穏な視線があった。

    黒いマントをなびかせ、黒い仮面をつけた男がブーツで砂を踏みつけて呟く。
    「申し訳程度の布切れで身を隠すぐらいなら、いっそ剥ぎ取ってやろうではないか」
    場違いな姿の男は傍らの部下と思しき男にあごで合図した。
    男達がなにやら掃除機のようなものを取り出す。
    そこには、グラマーな肢体を紐ビキニで覆った女性達がビーチボールに興じている。
    「ビキニバキューマー、スイッチオン」
    掃除機もどきが唸りを上げる。
    と、同時に彼女達の紐ビキニが一瞬のうちに引き剥がされた。
    「きゃああっ」
    魔王の指令でバキューマーが全方位に向けられる。
    バキューマーに吸い込まれていくビキニ達。
    「わしは、恐怖のエロ魔王。この世をエロで支配するためやって来た。」
    男達に、エロ魔王は手に持った竹の杖を向けた。
    「本能刺激ビームっ」
    ビームに包まれた男達はたちまち濁った目に変わり、目当ての女を追いかけ始めた。
    逃げ惑う女達を見て、エロ魔王は叫んだ。
    「バキューマー、最大出力っ」

    「お待ちっ」 
    声とともにバキューマーを抱えた男がもんどりうってひっくり返った。
    「な、何者っ」
    狼狽して周囲を見回す男の頭を白いヒールが蹴り飛ばした。
    「ピチピチ戦隊1号! キラーホワイト参上」
    透き通るほど白い四肢を白いワンピースから惜しげもなくむき出しにしたポニーテールの少女が砂地に着地した。
    「ピチピチ戦隊2号! バトルルージュ推参」
    きらきらと光るピンクの口紅も鮮やかにショートカットの少女がアーミー柄のミニスカートを翻した。
    「ピチピチ戦隊3号! ミステリアスシャドー見参」
    切れ長のクールな瞳をひらめかせ、ジーンズ姿のスレンダーな長い髪の少女が現れた。薄いシャツから透ける黒い下着が刺激的だ。
    ホワイトを中心にポーズを決めると、三人は叫んだ。
    「私達は女性の敵、品性下劣なエロリストに立ち向かう美少女戦隊よ」
    「こ、こしゃくな。やってしまえ」
    魔王の指令で部下達が三人に襲い掛かる。
    「変身」
    声とともにホワイトがワンピースを脱ぎ捨てると、白いビキニ姿に変身した。
    反動でビキニから白い胸がはみ出て揺れる。
    どよめくエロ魔王一団。
    「馬鹿者、動揺するな」
    そう言うエロ魔王も視線が胸元から離れない。
    「この世に仇なすエロリストども、ホワイトニング攻撃、いくわよっ!」
    彼女が跳躍すると、肌、そして光沢のある髪までもが白く輝き始めた。
    光が浜辺を満たし、ホワイトの姿が消える。
    「ぐえっ、ど、どこだ。ぶほっ」
    白一色の中、部下が次々に砂地に突っ伏した。
    「ま、魔王様っ」

    突如、魔王は目を見開いた。
    「見切ったぞ、真夏の太陽に容赦無し。ホワイトニング敗れたりっ」
    言葉が終わるとともに杖が一閃する。
    「きゃああっ」
    ホワイトの悲痛な叫び声が響いた。
    ふっつりと光の洪水が消え、砂地に倒れこむ少女の姿。
    「ど、どうして……。この日焼け止めは最強のはず」
    「み、耳が消えてないわ」
    ルージュの叫びに慌てて耳に手をやるホワイト。
    「ふふふ、愚か者め。日焼け止めを耳に塗り忘れたな。日差しで耳が焼け保護色効果が無くなったじゃ!耳ありホワイトというわけか」

    「今度は、わしの番だ」
    杖からヘドロ色したどす黒い気体がうねって広がっていく。
    「ファンタジーバンブーの術っ。わしの妄想でお前らを虜にしてやる」
    「ああっ、いやんっ」
    たまらずルージュが涙を浮かべて膝をついた。
    「そこは、だ、だめっ」
    胸を抱え蹲るシャドー。
    「ファ、ファンタジーバンブー……妄想竹。あっは〜んっ」
    砂地に転がって喘ぐホワイト。

    「竹…空洞。」
    苦しい息の下、ホワイトは邪念が噴出する竹の杖の先端の穴を見た。
    「あの穴を塞ぐわよっ、ストロングパック攻撃っ」
    ホワイト、ルージュ、シャドウが声をそろえてパッククリームを投げた。
    次々とパックが竹の穴を塞いでいく。
    ぼぼぼぼ、杖から邪念の噴出が止まった。
    行き場の無い妄想が充満し、魔王の持つ竹が不自然に膨らむ。
    次の瞬間、バッカーン。妄想竹は激しく爆発した。
    どっ、と巻き上がる砂煙。
    視界が開けた時、砂の上にはエロ魔王が倒れていた。
    「お、お前らの反応に興奮して、暴発する妄想を止める事が出来なかった……」
    絶え絶えの息で魔王が少女達を睨み付ける。
    「年にそぐわぬ体。男の本能を刺すフェロモン。お前らの存在自体が罪だ。エロ無きところに潤い無し。」
    「限度ってもんがあるのよ、バカっ」
    「わしを倒しても第二、第三のエロ魔王が出現する……お前らの戦いは永遠に終わらない。うおっ」
    ホワイトの蹴りが炸裂し 黒い仮面に亀裂が走った。
    なんとそこに、あらわれた顔は、あの坂本奔馬であった。
    やがて、彼は、ぷしゅーという音とともにしぼんで消えていった。

    「行き場の無い夏の妄念が魔王を生んだのね」
    シャドーが呟いた。
    「美ってどうしてもエロを誘発してしまう。美しすぎるのは罪、なのね」
    シャドーが長い髪をなびかせた。
    「そうかもしれない。だけど無差別なエロは許さない」
    ルージュが唇をかみ締める。
    夕暮れの房総の浜辺で少女達は、新たな戦いの予感に身を震わせていた。

  20. 44 匿名さん

    44歳

    鉄平の旧友・勝海虫は目を覚ました。
    カーテンの隙間から外の明かりが漏れている。
    枕元の時計を見てがっかりした。
    昼過ぎまで寝ていようと思ったのに、もう眠れそうになかった。
    脱いだ服が床じゅうに散らばっている。
    そういえばしばらく洗濯していない。
    勝はシャツや下着や靴下を拾い集めて片っ端から洗濯機へ放り込んだ。
    勝は手前の操作パネルの「念入り」コースに指を止め、ちょっとためらった後「ふつう」コースにした。
    ドラムが回転を始める。
    しゃっくりするような動きに合わせて、白いボディがごん、ごん、と揺れた。
    「ふつう」コースを指示された洗濯機は一回の洗いと二回のすすぎをして、最後に五分ほど脱水する。
    勝は、ポケットから煙草を出して火をつけた。
    思い切り吸い込んで、息を止める。
    別にたいして美味くもない。
    開けっ放しの風呂場の鏡に勝の顔が映っている。

    二週間ぶりの休日だった。
    何が忙しいというのでもない。
    いつも通りだ。
    自分が勤める工業高校の学生たちと放課後ラグビーの練習をする。
    ただ、それだけの毎日。
    家に帰ると服を脱いで湿っぽい布団に眠るだけ。
    この歳まで独身で通しているうちに、日常行為は何だか面倒くさい特別な儀式のようなものに変化してしまった。
    洗濯は、祖父の七回忌とかそういう感じだ。
    やがた、揉まれる洗濯物は、海外の友人たちに初めて見せた遺影のようにリアリティを失う。
    それが選びようのない勝の現実だった。

    工程を終えた合図の小さな電子音が鳴った。
    ねじれて絡まる洗濯物をひとまとめにして、床にどさりと落とす。
    たくさんのシャツと下着と靴下を、窓のカーテンレールに下げたハンガーにかける。
    乾けばそこがそのまま箪笥になる。
    淡い色の太陽がはす向かいの高校の屋上をかすめて、慎ましく昼の訪れを告げていた。
    洗濯物は、田舎道でバスを待つ老人の日傘のように頼りなく北風に揺れて、時々太陽を遮る。
    勝はただじっとそれを見ていた。
    光を感じるのはとても久しぶりだった。
    そうしているうちに、勝はうとうとと眠ってしまった。

    窓を揺らす風の音で目が覚めると、空の色が少し薄くなっていた。
    木枯らしに洗濯物が揺れている。
    勝は窓から下を覗き込んだ。
    南側のフェンスに洗濯物がひっかかって、風に弄ばれていた。
    勝はサンダル履きでアパートの階段を降りた。
    眠る間に吹き始めた風は辺りをすっかり冷たくしていた。
    洗濯物はどうにかフェンスにしがみついていた。
    勝は拾い上げて軽く埃を払った。
    足元で動物の唸り声がした。
    振り返ると背の低い女に連れられた小さな犬がいた。
    「洗濯ですか?」
    女がきれいなアルトでそう訊いた。
    彼女の視線は勝の手元を見ていた。
    「ええ。まあ」勝は適当な相槌を打った。
    彼女の犬が、同じく勝の手のあたりを睨んで足元で小さく唸っている。
    平面的でいかつい顔をした犬だ。
    「うちの人は、洗濯なんて、何もしないわ」
    「俺だって結婚したらきっと洗わない」
    「そんなものかしら」
    「わからないけど。洗わないでもやっていけそうな気がする」
    「そうかしら」
    「そうかな」
    「私は毎日洗濯してるわ。いろいろとね。他にあまりやることもないし」
    「そう?」
    「あなたもダンナの転勤にくっついて見知らぬ土地に行けばわかるわ」
    「ダンナを貰う予定はないね」
    「そうね」
    彼女の犬がまた唸る。
    「ええと、アナログ盤のレコードがあるでしょ。一枚だけ残ってた一枚を繰り返し聴いてる、みたいな感じかしらね」
    平面的でいかつい顔をした犬の散歩と、すりきれたアナログ盤。
    そして洗濯する休日。
    風は休みなく吹いて、彼女と勝の間にある幾つかのものを冷たく乾かして通り過ぎていく。
    「ブラームス」
    「え?」
    「犬の名前」
    「ブラームス?」
    「私ピアノを弾いていたのよ。結婚するまではね」
    そう言ってブラームスを連れた彼女は去ってゆく。
    ブラームス。
    勝は繰り返した。
    冬の空は朱が染みるより早く紫の薄絹を下ろし始める。
    ブラームスという言葉は、しばらく頭の中であちこちにぶつかって反響していたが、やがて毎朝の出勤で通りかかる赤い屋根の家の庭先に佇む女性の記憶に辿り着き、そこで落ち着いた。
    響きのかけらがひとつ体の中心近くまで届いて、そこに残っていた午後の光の匂いがふわりと立ち昇り、小さく鼻をくすぐった。

    勝海虫が、消息を絶った旧友・坂本奔馬を探しに 房総へ旅立ったのは、そんな休日の夕方だった。

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8148万円~9448万円

3LDK・4LDK

70.07m2~80.07m2

総戸数 31戸

リビオシティ文京小石川

東京都文京区小石川4丁目

未定※権利金含む

1LDK~4LDK

35.89m2~89.61m2

総戸数 522戸

バウス氷川台

東京都練馬区桜台3-9-7

7398万円~1億298万円

2LDK~3LDK

52.27m2~70.96m2

総戸数 93戸

レ・ジェイド葛西イーストアベニュー

東京都江戸川区東葛西6丁目

未定

1LDK~4LDK

45.18m²~114.69m²

総戸数 78戸

ジェイグラン船堀

東京都江戸川区船堀5丁目

6998万円・7248万円

3LDK

70.34m2・74.58m2

総戸数 58戸

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プレディア小岩

東京都江戸川区西小岩2丁目

6400万円台~8200万円台(予定)

3LDK

65.96m2~73.68m2

総戸数 56戸

サンクレイドル西日暮里II・III

東京都荒川区西日暮里6-45-5(II)

6980万円・7940万円

2LDK

50.02m2・52.63m2

ユニハイム小岩プロジェクト

東京都江戸川区南小岩7丁目

未定

2LDK~2LDK+S(納戸)

45.12m2~74.98m2

総戸数 45戸