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何を目指してきたか。
そして今後どういう方向に進みたいか。
[スレ作成日時]2007-11-15 22:54:00
何を目指してきたか。
そして今後どういう方向に進みたいか。
[スレ作成日時]2007-11-15 22:54:00
40歳台なら落伍者だね。
人のことばかりでなく、自分を見直しな。自分を棚上げして相手を責めることが実社会でのスタンスなわけ?貴様らこそ自分の思考の間違いや偏りに気付かずに生きてしまった悲しい人間なのでは?おたくらろくな人生送ってないだろ?
今だから言うが、私はおそらくはおたくらよりも遥かに優れた大学に通っている。
>257
まあ許してあげましょうよ。あなたの仰るように、可哀想な人たちなのだから。
駸々堂ってハイライトよりかなり東じゃなかったっけ??
そうでしたね。
> アメフト黄金時のQBは?
東海??
そう正解、あと、大社とか。これ問題に良いかもねw 何て読むか
> 学内のプレイガイド、CD販売店、スポーツ用品売り場はどこにあった?
体育館の隣の生協(どこじゃ?)
そう、エーと、西部講堂の横
> 教養の体育の授業で、近衛でやるのは?
弓道。あの先生元気かな?
そうでしたね。 あと、もしかしたらテニスも近衛のコートだったと思う。
> 正門前で青文字のヘルメットかぶってる人は?
青文字? 民青??
正解。
> あとアンケートでこえかけて来るのは○○研?
原理研。新入生は気を付けましょう♪人生を台無しにするよ。
正解。
> 本部正門入って左側、守衛室の北西の辺りには何があった?
消防車??毎年、防火訓練をやっていて、くす玉を的に放水しておったような記憶が
随分懐かしい事を覚えておられる方ですね。あと、保健医務室がありましたね。
> 金属、石油化学の場所は?
北の方でないかい
そう、今出川のぎりぎりのあたり
> 水産、畜産の場所は?
理学部はよ〜知らん
北部農学部棟の南西角あたり
> 理学の動植の場所は?
北部生協はいつも静かで好きだった
麺類が豊富でしたね。動植物は北部入構して左手の奥でした
ヨーロッパにおいては大学にはもともと貴族の子女が多く通っていたものであり、現在でも大学進学率は日本ほど高くはないため、大学間の評価の格差は小さいのが実情である。
出身階層の関係ない日本は、東大、京大に拘る。でも育ちが悪いので勘違いが多い。
>267
それは間違っていますねえ 笑
私は、博士号持ちで現在ある外資系家庭用品メーカーの研究所で自分の部署を持つ部長級研究員ですが、ヨーロッパの場合特殊なのはドイツでの自国の博士号の扱いのみで、あとの学士や、ドイツ以外の各国の博士号研究員のレベルや学位に対する考え方は日本のそれに酷似しています。
東大、京大と同様、トップクラスの一握りの大学とそれ以下の大学の格差は甚大です。
ヨーロッパはヨーロッパ
日本は日本
価値観の多様性を認めようじゃないか
「勘違い」 ← 軽薄な言葉じゃ
しかし、随分とおひまなエリート達ですこと。
ヨーロッパの入試制度や教育制度も日本とは大きく違い、例えばドイツでは統一試験アビトゥーアに通れば基本的にはどの大学でも入ることができ、日本のように一部の大学に優秀な学生が集うという現象が起きにくい。
アメリカ合衆国の大学はそれぞれに秀でる分野が異なり、「名門」と呼ばれ得る範囲が広いため、絶対的な「名門」は存在しないとも言える。
日本において名門と称される大学は入学難易度・知名度・学閥等に対する評価が高い大学を指す。ヨーロッパやアメリカ合衆国に比べると、入学難易度が重視される傾向が強い。
よって名門大学の定義が違うので、ヨーロッパは出身階層、アメリカは専門知識や能力、日本は、偏狭な入学難易度によって決まる。 結果としてヨーロッパアメリカはエリート達の社会的貢献に繋がり日本は、単なる自慢話に終始する。
いや、あくまで妄想だから。
うちの会社の上司(東大)は博学でさすがに「自分とはレベルが違うな。」と思わされるけど、
このスレの自称エリートさんはただの京大オタクみたいだなぁ・・・
なんか自分よりバカじゃないのと思ってしまいますね。
京大出ててもそんな人もいるという事にしておいてあげましょう。
***の遠吠えと理解しておきましょう
>***の遠吠えと理解しておきましょう
そのとおりですね。
さて
アメフトの 大社はなんて読むでしょう?
> アメフトの 大社はなんて読むでしょう?
わからぬ。おおもりか?
正門を出たところにあった本屋の名前は?
さらにその東隣には何があった??
(床屋ではない。これは難問のはず)
中央生協に降りる階段(南側)のところにあったお店は何の店?
> 京大出ててもそんな人もいるという事にしておいてあげましょう。
京大生も人間なんだよ
私の問題の答えは
おおこそ
です。昭和60年頃でしょうか、随分有名な方でした。
>277
正門前の本屋、名前忘れました。教科書屋さんですよね。その東。。。覚えてません。一通の小道が本部の東を北に抜けて、今出川に通じてたと記憶しています
たしかあの階段の横には小さな靴屋さんがありましたね。 懐かしいです。
あと。。小さな写真屋もあったような気がします。
薄れ行く良い思い出ですが、今の自分の地位と収入、家族の平穏と安定した楽な生活があるのも、大学のお陰と思っているのはまごうかたなき事実です。京大は本当に良い大学です。
おやすみなさい
親が高学歴ならそこまで必死に子供の学歴に拘らない。無学歴な親ほど必死に子供に行かすから
子供が洗脳されて東大至上主義に陥る。惨めである。
企業の御曹司や政治家の公達達は、伝統ある大学に行けばよい程度である。良い意味での財力と権力があれば何とかやって行けるからである。
無学歴の親は自分が苦労した分、子供を大学に行かせたら後は安泰だと思っている人が多い。なので親の言われた通り勉強して大学を出たが何をしたらいいか分からない。よって自慢話ししかすることが無くなるということ。迷える子羊の一種のカンフル剤みたいな物である。
なので話してる内容でその背景が大体想像が付く。これが社会人になるということ。
東京大学入学者の70%以上が上層ノンマニュアルの子弟
(1)・・・図1(略)は、東京大学の学生の保護者の職業構成を、過去20年間にわたって示したものである。このグラフが指し示しているのは意外にも、専門・管理職としてくくられる上層ノンマニュアル(医師、弁護士、大学教授などの専門職や、大企業、官公庁の管理職、および中小企業の経営者など)と呼ばれる階層の出身者の割合が、すでに1970年代から一貫して、ほとんど大きな変化もなく、高い値を示していることである。この20年間に、公立高校から東京大学に入る者の割合は、70%から50%へと大きく変化した。かわって、私立高校の出身者は、30%から50%へと大幅な増加を示す。しかしたとえ、どのような高校を経由してこようとも、もともとの出身階層の構成比率自体にはこの間ほとんど変化が生じなかったということである。・・・東大入学者は、私立高校の出身者の寡占状態を生み出すずっと以前から、すでに特定の社会階層出身者の寡占状態となっていたのである。
この事実は、次のことを示唆している。すなわち、東京大学に有利な階層の子供達は、有名進学塾に行くための教育費や、私立の中高一貫校の授業料を負担できる「財力」のみによって、有利な立場にあるのではない。それ以上に、この階層と結びついた財力以上の要因が東大入学までのチャンスを強く規定しているということである。・・・私立高校が優勢になる以前から、専門・管理職の子弟たちは、日比谷や西などの公立高校を経由して、やはり東大にたくさん入学していたのである。
(2)親から子へと家庭で伝達される階層文化を媒介として、社会的不平等が再生産される。こうしたメカニズムは「文化的再生産」と呼ばれる。そして、学校は、この文化的再生産の中で、相続された階層文化−フランスの社会学者、ブルデューのいう「文化資本」−を、学校での成功に変換し、それによって不平等を正当化する重要な機関と見なされている。
日本でも、家庭で伝達される文化資本が、学校での成功を左右していることはたしかである。文字や数字などの記号を操る能力、丹念に論理を追う能力、ものごとを捉えるうえで具体から抽象へと飛躍する能力。これらの能力の獲得において、どのような家庭のどのような文化的環境のもとに育つのかが、子供達の間に差異をつくりだしていることは否定しがたい。そして、こうした能力の違いが学校での成功と失敗を左右するであろうことも容易に想像できる。それでも、日本の場合には、学校で測られる学力は、特定の階層から「中立的」であると見なされている。しかも、生得的な能力の差異をなるべく否定し、「子供には誰でも無限の能力、無限の可能性がある」と見る能力=平等観が広まっている。・・・頑張れば誰でも「100点」がとれるとする努力主義信仰も根強い。・・・それゆえ、大衆教育社会が完成の域に達した以降は、特定の階層や集団にとって日本の教育システムが有利にはたらいているという見方それ自体が、多くの人々にとってはあまりピンとこない現実となっている。・・・実際には学校を通じて不平等の再生産が行われていても、そのような事実にあえて目を向けないしくみが作動しているといえるのである。
不平等を再生産すると同時に、そうした事態を問題視する視線をさえぎる。不平等を正当化するうえで、もっとも有効な方法が、大衆教育社会成立のなかで編み出されているのである。
(苅谷剛彦・東京大学大学院教授『大衆教育社会のゆくえ』中央公論新社)
東京都立大学教育学研究所
「現代と教育実践」研究グループが1990年に行った調査
成績と父親の職業(中学2年生)
ブルーカラー 自営農業 事務販売 専門管理 その他
成績上 19.5 25.7 33.0 45.0 31.3
成績中 34.9 40.6 34.1 29.1 25.0
成績下 45.6 33.7 33.0 25.9 43.8
成績と家庭の年収(単位:万円)(中学2年生)
〜400 400〜600 600〜800 800〜1200 1200〜
成績上 15.4 24.7 37.6 45.6 37.8
成績中 39.7 37.4 26.2 31.5 24.4
成績下 44.9 37.9 36.2 23.0 37.8
成績と母親の学歴(中学2年生)
中学 各種・専門 高校 短大 大学
成績上 19.8 34.0 33.8 45.9 57.6
成績中 29.3 30.2 34.8 31.2 20.7
成績下 50.9 35.9 31.4 23.0 21.7
東大の苅谷は、『大衆教育社会のゆくえ』の中で豊富な社会調査のデータ(右の表など)や、ブルデューの理論を参照しつつ、子供の学力形成や進学に潜む階層間格差の隠れた実態を指摘し、「日本の教育機会は誰にでも平等に開かれている」「努力して頑張れば誰でも百点が取れる」など世間一般で言われている言説に対して疑問を提起しました。
上記の引用部分は、(1)1970年−1990年の20年間の東京大学入学者の70%以上が、一貫して上層ノンマニュアルの子弟によって占められてきたデータに関する解説部分、(2)ブルデューの文化資本概念をもとに日本の教育社会を解説している部分です。
『大衆教育社会のゆくえ』は出版されるや世間に強い衝撃を与え、有名無名問わず様々な人々がこの本の論評を行っています(ヤフー・グーグルで「大衆教育社会のゆくえ」を検索した結果・・・189件)。
苅谷はさらに、文部科学省の推進する「ゆとり教育」や「総合的な学習の時間」などが子供の全般的な学力低下を招いていると指摘して、最近の「学力低下論争」の主要な論客の1人となっています。特に、過去のデータと比較して、両親の学歴や職業が低い子供の中ほど、学習意欲・将来志向・実際の学力などの低下が著しく、テレビやゲームの時間が大幅に増加していることに注目し、このような「インセンティヴ・デバイド」(意欲格差)によって、日本の社会階層間格差が現状以上に拡大していく可能性を指摘しています。