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高齢化社会の影響で増え続ける介護される人、そして介護する人。親の介護は想像している以上に、身体的、肉体的、経済的に大きな負担が生じます。介護する子世代のほとんどは50歳代以上になりますが、その時期というのはちょうど人生の折り返し地点とも重なっており、それが介護に微妙な影を落とすことがあります。
何かご意見を
[スレ作成日時]2011-12-25 01:41:05
高齢化社会の影響で増え続ける介護される人、そして介護する人。親の介護は想像している以上に、身体的、肉体的、経済的に大きな負担が生じます。介護する子世代のほとんどは50歳代以上になりますが、その時期というのはちょうど人生の折り返し地点とも重なっており、それが介護に微妙な影を落とすことがあります。
何かご意見を
[スレ作成日時]2011-12-25 01:41:05
私は早々に親と決別してますから、将来寝たきりになっても関係なし。勝手に死 ねって感じです。死んだら相続放棄、遺骨受け取りも拒否します。まあ、相続といっても財産どころか酒とギャンブルで作った借金ばかりだろうけど。
>>普通に可愛がられて育った場合は拒否できませんよね。人道上の問題で。
そんなの関係なし。大学まで出してもらえば、後は用済み。そうされるのが嫌なら、最初から子供なんて作らなければいい。
↑№6
そうなんですよね。
親だけでなく、年寄り、障害者、などなど弱者を大事にするのは人類だけ。
人として当然なんだけど、生物体としては矛盾と非合理性の極みだね。
最近まで姥捨て山があったり、障害者は見捨てられていたりしてたんだけど・・・。
人類としては進化だろうけど、生物としては退化かもしれない。
3、40代くらいでも親御さんの介護で大変な想いをしている方々が
たくさんいます。 それは、いままでは、何ともなく元気だったのに、急に介護が
必要な病気に突如かかったりと。
昭和30年代半ば以降に生れた人達は、兄弟姉妹の数が少ない方が多いですし、
その悩みはとても深いようです。
他人は、お金を支払わなければ誰も助けてくれないのが現実なんではないでしょうか?
うちの両親は二人とも10人近く兄弟がいますが、両親はひとりっ子の私に頼りっきりです。
両親の親(祖父母)はたくさんの子供がいて
同居担当(家は当然もらえる)の伯父
たまに行って顔見せ担当の母や叔母、外国で仕事していて日本には帰らないが成功しているためまとめて仕送りしてくれる叔父
なんかがいてほどよい分担でした。
ひとりしか生まなくても祖父母なみの介護の期待がかかってるのできついですね。仕送り以外でですが。
人は必ず人に迷惑をかけるものです。これは、仕方がない。
確かに、迷惑をかけてはいけないけど、それでは、誰とも交流できない。
一人さびしく、誰とも話さず、誰ともなにもしないで生きるしかない。
12
年老いた親が迷惑だという事は間違いで、自分も必ず年寄りになるし
病気で入院でもすれば、その時、やはり誰かの世話にならざる負えない。
ただ、他人は金を支払わないと面倒は見てくれない。
年寄りでなくとも、自分の息子や娘が、体が弱かったり、身体上手助けが
必要で、まだ若い親御さんなんだけど 息子・娘さんを面倒をみているなんて事は
現にたくさんあります。
人ひとりが自力で生きる事が、他人に迷惑をかけない事で、良いという事でもないでしょう?
年をとったとき頼りになるのはお金ですが、痴呆になるとまったくお金の管理が出来なくなります。いま、青年後見人の遣い込みも問題になっています。
やはり信頼出来るこどもや身内は大切にすべきです。
今自分の場合は嫁さんの母親のみですが男の子供がいなかったので嫁さんとカナダに住んでる
姉さん夫婦だけですが嫁さんの母親とは結婚当初から折り合いが悪く、到底一緒に住む気はなく
東京と向こうは静岡で別々に住んでいます。画家で故高円宮さまとカナダ時代から親睦があり
なくなった後、肖像画を宮内庁に納めました。このカナダ人が自慢でこちらは当初から無視に近く
個人的に絵画も200万ほど出して購入しましたが特別感謝もなく、溝が深まりました。
それ以来、25年、親は次々と他界し、一人だけになりましたが頼るものも無くなり
この頃ではなんとなくお世辞を使うようになりましたが言葉に出せないほど悔しい思いを
しています。この頃ではリュウマチをわずらい免疫低下なるほどの強い薬のせいで
数日前に炎症を起こして入院しています。正直お見舞いさえ行く気になりませんが嫁さんは
行きっぱなしで正月もくそもありません。息子がいないので他の家庭から他人が入った経験が
ないので娘はいつでも家に呼び返すし自分だけの人です。嫁さんにははっきりと嫌いだと言いましたが
自分の親なので悪いところにはきずいて無いようでそれが元で今年の夏ごろは離婚問題に
発展しました。とりあえず子供のことを考えて収めましたがこれから親がぽっくり死ななければ
どうしようかという感じです。
リウマチは本当に辛い病気ですよ。
周囲の理解も少なく、強い痛みや不自由を強いられる孤独で残酷な病気です。
お年寄りならば症状が悪化した場合は介助が必要になると思います。
家事負担が難しくなりますから。
22さんが奥さんの母親がお嫌いなのは分かりますが、実子である奥さんが介護に通われてるんだからいいと考えましょうよ。こういうのって大抵嫁の仕事で看たくもない旦那親の介護をしている女性もたくさんいます。奥さんも自分の親の欠点はよく承知していながらも病気で高齢になった親を放っておけないのです。自分も奥さんと同じ立場なので分かります。
22さんは直接介護に関わらないでよいなら見守ってあげたらどうですか?
人間以外の動物は、親が子の世話をすることはあっても、子が親の世話をすることはないのではないだろうか。
人間も動物だということを、もう少し謙虚に考えてみてもいいのではないだろうか。
そうしないと、結局親世代が子供世代のリスクファクターになってしまう。
動物は、自分で息をして、自分で移動して、自分で餌を獲って、自分で飲み込んで、自分で出す。これが動物の基本。
動物の基本的条件を満たせなくなったら、そこに待っているのは「土に還る」ことだけど、色々な手段で基本を修正して延命させるのが、医療というもの。
どこまでの修正ができるかは、最後は社会の持っている経済力次第でしょう。
尿の出せない人の延命は、だいたい提供できているけれど、息ができない人に全員人工呼吸器を提供することはできないし、心臓が悪い人全員に人工心臓は提供できない。
どこまで基本を修正するにしても、お金はかかりますよ。金のかからない医療介護なんて、ありえないと思います。
どこで納得するか、ではないでしょうか。
介護には人手が必要ですね。
人手が「自分」なら、金はかからないけど、自分が仕事できないから、お金が入ってこない。
人手が「他人」なら、他人に金を払わないといけないから、お金がかかる。
誰かの労働力(=お金)が必要なんですよね。他人任せ、かつ安上がりに、というのは難しかろう。
効率良くするのが「社会化」だろうと思うから、どんどんと「老人園」を作るしかない。子供園も必要だけど、同じくらい「老人園」も必要になると思う。
誰もが、みとりの場は必要です。
↑36
この感覚が今後常識化していくでしょう。
それでいいと思います。
そうして医療費や介護費など生産性の無くなった人への支出は
自然と縮小し、社会全体の経済性が適正化されていくのです。
年長者を敬いなさいって、中国・朝鮮的考えですよね。ただ年食ってるだけのジジババになんで敬意を払わなきゃいけないんだ? 医者とか弁護士とか社会的地位の高い人なら年齢関係なく尊敬に値しますけど。ただ年食ってるだけじゃねえ。
100才で一人暮らしができてたら立派なんですけどね。実際は何人もの介護人のお世話になるわけですから。下手すると子供は死んでますよね。長生きのリスクを考えると、若いうちからしっかり貯蓄して厚生年金か共済年金の加入者になってないと子供に迷惑かけてしまいそうです。
社会的に役立たずになった高齢者を手厚く介護するのは程々に・・・、
もっとはっきり言えば、どこかで見限る、見捨てる・・・、
しかたがないかもしれませんね。
ただ、それなら社会的に同じ様な障害者に対してはどうします?
生活保護を受けてる様な人はどうします?
この頃、公金商売の最たるものが介護事業で総事業費の経営企業の自己負担分は20%、後は
国と自治体が80%負担してくれます。公共事業の減った建設会社、病院のセカンドビジネス
飲食事業の会社のセカンドビジネス。いずれも大きくなれば厚労省の天下りを受け入れることに
なります。今は雨後のたけのこのように乱立しています。本来、公がやるべきなのに
役人のやり方は退職後のために畑の地ならしをやるわけです。
それにしても、当初の入居金はすべて取られてしまい返ってこない事ですね。この辺が事業者の
都合を考えてるというか、ずるい仕組みのにおいがプンプンします。今、この負担金が急拡大
してまして社会保障の大きな出費になっています。本当に年寄りあるいは家族はお金がないと
老後も本当に楽じゃないですよ。どこの仕組みも役人が見え隠れしていて国民はいつも
ボッタくられる。自宅の売却相談もご相談ください、なんて説明書に書いてあります。
どうも国民が儲けの対象になってるようで日本人は楽じゃないですよ
安楽死システムの構築は急務かもしれない。
経済的に裕福な人は、よい医療を受けられ長生きでき
そうでない人達は、老後は苦しんで死ぬ運命。
そんな事が、将来にわたり続くのでは、今の50代以下の
人達は、老後など考えたくないし、老後は無いものと思った方が
いいです。
現実問題、お金がなければ、誰も介護などしてくれない。
他人の世話などお金を支払わなければ誰もしない。
お金が有る無しが、老後を良くも悪くするのではおかしい。
老後になってお金がない人達で、病気で苦しんでいる人達は、安楽死を
選択できるようにすればいいとマジで思います。
基本原則はシンプルなものですよ。
人間だって動物なのですから、生存の基本条件は、自分で動き、餌を獲り、喰い、出す。
治療で元に戻るようなもの(骨折とか)なら治療してもらって、基本に戻って生き続けたいけれど、
私が、もはや基本に戻れない状態になってしまったら、痛くないように、潔く逝かせて欲しいと思ってます。
なぜ安楽死はいけないことなのかな?
重度のガンとかで寝たきりになったら、医療費もかさむし、本人も苦しむし、家族も介護に疲弊する。だれ1人救われない。
あ。医者が儲かるか。高い薬や手術をバンバンやってくれるから。
そっか~、だから安楽死を世間は否定するのか~。医者が儲けて懐を肥やすために。
有料老人ホームは高いし、特養は入所者が亡くなるまで空かないから400人待ち。だから子供が仕事を辞めて親を看る。職無し、年金無しになった子供は誰の助けもない。
大部屋でもいい、特養の増設をしてほしい。
自分の親は責任を持って、看取りましょう。ボケてウンコをこね回す様になっても、子供の顔もわからなくなっても、徘徊しても暴れまくっても、介護師に押し付けず、まず家族で支えてあげて下さい。どれだけ介護がキツいか・・・
介護の充実、って、言葉にするのは簡単だけど、どういう中身を考えているのでしょうね?
今の要介護の人たちの世代は、その上の世代はたくさん子供を産んだ世代であり、かつ、日本人の平均寿命がさほど長くなかった時代だと思うのですよ。これからの時代は平均寿命が長くなり、かつ子供を余り生まなかった世代が高齢化した時代の介護を語らないといけなくなっています。
ひと世代前の発想ではやっていけないだろうと思います。
安楽死も本人が選択することで法制化するような話では無いと思います。
でも現在の医療体制は一般人は安楽死ではないけど、とっとと死んでくれという
政策ですよ。なかなか死なないだけなんですよ。
そうですね。今、橋下さんが大阪を何とかしようと頑張ってくれている。
若い私たちも頑張って老後も楽しく生きられるようにして行かないといけないですね。
今まで選挙に行かなかった若者が橋下さんの考えで一歩踏み出したのだから
これから頑張っていかないとね。。
長く生きる事が幸せと思える社会をつくるのは悪い事じゃない。
ただ、長く生きる人が幸せと思える社会を「支えている人」が幸せを感じられなければ、長く生きる人が幸せと思える社会は実現しないだろうと思うのですよ。
介護は、その一つの側面だと思います。
葬式代は絶対必要です。病院から火葬場直行でもない限り、普通に葬式あげて坊さん呼んで納骨すれば300万はかかりますよ。墓がなければ最悪です。葬式代と墓の確保は死ぬ人間の最低限遺しておく義務です。
高いなあ。別に火葬してお骨をずっと仏壇に置いておくわけにはいかないのかな?
亡くなった人だって遠く離れた墓地に埋葬されるより、死んだ後も愛する家族たちのそばに置いてもらった
ほうが幸せだろうに。
介護の後に来るのが葬式。別ではないです。最低額確保しなくてはいけないし、保険金は一ヶ月後だし、喪主になれば悲しむ余裕もないぐらい忙しいのです。介護の期間にいろいろ話し合わないと慌てますよ。
↑125
これは単なる自殺でしょ?今でもできるでしょ?
ただ装置を提供すれば自殺ほう助になりますね。犯罪です。
ボケてきたら・・・・といっても、ボケてくると人格変わりますからね。
正常の時安楽死希望していたからといって、ボケて抵抗する人を無理やり安楽死させれますか?
認知症になると本人は病識がなくなります。正常だった時に他人に迷惑を掛けることや頼ることを心苦しく思っていた人でも別人になります。自ら死を選ぼうとするのは判断能力のある人がすることです。病識がないうつ病でも自殺するのは若い人だけです。痴呆の老人にはできません。
↑朝起きていきなり別人のようになる場合もあるでしょう、しかし脳の萎縮などゆっくり起こるものも有るのは理解できますか?そういう場合は正常に戻った時に本人も病気であることがわかりますよね。あと最近の記憶はあるが過去の記憶が思い出せない症状なら自覚できる場合もあると思いますが。
一人っ子同士の夫婦はたいへんですよね。周りにいるけど。
友人とか、いとことか自分もそうですが。
夫の両親も自分の親も舅姑仕えしたことなく、兄弟も多いなかで親の介護をしなかった人たちなので加減知らずです。
一人っ子のひとり娘、息子嫁に頼る頼り方が半端じゃなくて…。
疲れます。
姑の面倒みなくてはいけなくなりました。
でも、金銭感覚が違うのでたまりません。
80歳になりますが、美容院代だけで月2~3万
化粧品も私は使ったことが無いような高額なものを使っています。
年なんだから仕方ないのにせっせと高いクリームを
惜し気もなく塗りたくっている姿を見ると
だんだんムカついてきます。
なんか自分が節約して質素にしてるのがアホらしくなります。
生んだ子供が、ちゃんと餌がとれるまで育てるのは、親の責任。
こんなこと、人間だけでなく犬や猫や豚や羊や猿や鳥でもやっている基本的なこと。
子供に対して「育ててやった」などと、偉そうにいうことでもないよね。
そして、子供が巣立った後、子供に面倒を見てもらおうなんてことを考える動物は、人間だけかも知れない。
頭が大きくなってしまって、人間も本来は動物なんだという基本を忘れてしまった人間のエゴかも知れませんね。
基本に返れば、進むべき道は見えてきます。
私は60代前半です。父親と別棟2世帯住宅に済んでいます。10年ほど前に元気いっぱいだった母親はぽっくりと逝き、ショックで父親がヤバイかなと思ってたんですけど、1年ぐらいで元気になり80代後半でいまだに毎週のようにゴルフに行っています。
妻が毎日昼と夜の食事を作っている程度の面倒しか見なくていいので助かっています。週2回は私の妹2人が夕食の面倒見てくれますし、現時点では非常に恵まれています。経済的にも父親は年金その他で四百万ほど収入がありますし、私の少ない収入から援助の必要も無く、この点も恵まれているかと思います。
介護が必要になってくるのはこれからだと思っていますので、夫婦でしっかりと支えて生きたいと考えています。
>No.166
>あんた方夫婦は子供に面倒見てもらえそうか?
レス有難うございます。幸か不幸か私たちには子供ができませんでしたので、介護してもらえるホームに入れるよう蓄財に励んではいますが、なかなか貯まりません。
まだ子供は学生ですが、将来子供に面倒みてもらおうなんて考えていません。
出きるだけ貯金して子供の負担にならないよう頑張ろうと思います。
できればぽっくり逝きたいと願っています。
子供たちだって必死でがんばって生きてるんだから、痴呆や色々な理由で自立できなくなった親の介護をすることで子供世代が潰れては、子供たちを生んだ意味がない。
介護の社会化、って、少し前に言われてたけど、私が動けなくなったら国立老人ホームが収容して、看取ってくれるのがいいなあ。
私なら、私の資産は少しずつ切り崩して私の生活に使ってもらって、もし足りなくなったら生活保護(生きて行くための最低限の)でなんとかお願いして、もし余りがあればそれを子供に相続させるような制度が良いなあ。
自分で飲み込めなくなったら、無理に栄養チューブは入れてくれなくていいから、枯れるように消えて行くのを看取ってくれれば良い。ただ、痛くないようにはして欲しい。世の中、ポックリ行くのは難しそうだから。
老人ホームは1年待ちなんてざら、近所に新しく出来たので義母(要介護4)の申し込みをしたら
30倍でした。
子供に迷惑を掛けたくなければ有料老人ホームしかない。
年金も期待できないしせっせと貯蓄してます。
日本人って「動物にあやかる」ということをよくしますよね。
戌の日の腹帯、たまごクラブひよこクラブこっこクラブ、、、
どうせなんだから、あやかりついで動物に倣って、親世代は子供世代の世話にならない(子供世代は親の世話はしなくていい)、ということにすれば良いのに。
こういうことを書くと、「人間と動物をいっしょにするな!」っていう輩が出現するんだけど、所詮人間だって動物の一種族に過ぎないんですよね。
うちのおじいちゃん、妻の終末期医療では徹底的に延命した。
意識は混濁しているのに、個室で呼吸器を付けて数年間命を長らえました。
保険に入っていたし、難病も持っていたので、持ち出しはほとんどなかったとか。
「お金を使わない人だった」と言っていましたが、税金や保険会社のお金はかなり使ったと思う。
自分の終末期にも同じように徹底的に延命して欲しいとか思っているのかしらね。
そういうのを見ていると、自分は終末が見えてきた時点で安楽死を選べるなら選びたいと思ってしまう。
自分のお金でやる分にはいいけれど、とことん延命治療をするために、他人の懐に手をつっこんでお金を奪って行くようなやりかたって、どうかと思いますね。
都会でも田舎でも、こういった老人の看護介護延命治療で食っている病院や労働者が多いんでしょうけど、死ぬまで延命措置にお金を出し続けるというのは、そろそろ考え直してもいいような気がしますね。健康保険制度にぶらさがって食べている人たちの反対の声は大きそうですけど。
敬意をはらうに値するような年寄りって、お目にかかった事がないなあ。
誰だって、何の努力もしていなくても、生きていれば歳をとる。
いたずらに齢を重ねただけで、若者から敬意を得たいなんて、都合良すぎるし、
そういう高齢者は、間違っても敬意をはらわれることはありえない。
自分の旅仕度は、歳をとるまえに自分でしておくべし。
そういう高齢者こそが、敬意をはらわれるのでありましょう。